騎士団員おいしい。 | ナノ


▼ 21 悪徳魔術師

目が覚めると、俺は薄暗い空洞にいた。
周りは土壁で所々白く盛り上がり、デコボコしている。よく見ると人骨だった。

「うぁあッ」

悪魔のくせに恐れおののき悲鳴をあげる。
ここはどこだ。
一見して洞窟のようだが、遠くに視線を向けると、黒石で造られた祭壇らしきものが見えた。
何本もの蝋燭に、不気味に火が灯っている。

俺が座っている茶土の地面には、赤い線で描かれた巨大な魔法陣らしきものが存在した。
とっさに立ち上がろうとするも、拘束の術式下にあるかのごとく、体が動かない。

「どういう、ことだ……」

急激に嫌な予感がし、ぶるぶる震える俺の背後から気配がした。
バッと振り向くと、そこには俺を捕らえた騎士と青いローブを羽織った男が立っていた。
騎士がしゃがみ込み、間近でじろじろ眺められる。

「あー起きたか。おい、この淫魔でいいんだろ? 綺麗な面してっから、無駄にすんのもったいねえな」
「無駄ではない。召喚の礎になってもらうんだ。大いに俺の役に立つ」

何気ない二人の会話を聞いて、全身に悪寒が走る。

「なに言ってんだ、てめえら……俺をどうする気だ」
「ふっ、その魔法陣を見て分からないか? 俺は黒魔術師だ。さらなる高位悪魔召喚のため、今からお前を生贄とする」

青ローブの男が嫌らしく口角を上げてみせた。

そういう事か。自分の状況に合点がいく。
なんて馬鹿馬鹿しいのだろう。

だから魔術師は嫌いなんだ。
俺のように慎ましく食事をする悪魔より、よほど残酷で自己中心的じゃないか?

「へえ。あんたもしかして、教会の悪徳魔術師だろ。騎士たちが目をつけてたっていう」
「ああ、その通りだ。この騎士団は多種系統の魔術に精通する稀な組織でな、敵もそれなりの水準にある。ずっと機を窺っていたが、真なる魔族を捕獲出来るとは、実に満足しているよ」

青ローブの男の瞳が、愉快そうに俺を見つめる。

隣に立つ騎士をぎろりと睨んだ。
騎士団の中にも教会と通じてた者がいたのか。

運が悪い。なぜこの男を襲ってしまったんだろう。
言いつけを守り、大人しくしているべきだった。これじゃあまたベリアスがーーきっと怒るなんてもんじゃないだろう。

「おい、じゃあ俺はもう行くぜ。後は好きにしてくれ」
「ああ、ご苦労だった。……では、早速始めるか」

騎士がその場から立ち去るのと同時に、魔術師が俺の方に近づいてくる。

まずい、依然として体が動かない。
儀式の内容からいって、手練の術者らしき者による拘束魔法は、解く事が不可能だ。
悪魔人生で最大ともいえるピンチに陥ってしまった。

「なあ、あんた、悪魔を生け贄にするって禁術だろ? 化物でも召喚するつもりか。悪いが俺のようなか弱い魔族じゃ意味ないと思うぞ」
「そんな事はない。お前の体を調べさせてもらったが、中々興味深い代物だ。淫魔らしく豊潤な精気を蓄え、さらにおかしな淫紋までつけている。……団長ベリアスのものだろう?」

その名を出され、途端に体が強張った。
魔術師は動揺する俺を楽しむかのように、さらに続けた。

「あの男、しつこく俺を付け狙っていてな。お前のことは単なる性処理に使っていたようだが、失ってしまえば多少はダメージを食らうだろう。ふふ」
「……ふざけんなッ」

カッとなり、一気に頭に血が上った。
俺達のことを侮るような台詞が、耐え難い屈辱に感じたのだ。

「お前みたいな器の小さい逆恨み野郎は、悪魔に魂取られて速攻冥府行きがオチだぞ!」
「ふっ。ただの小悪魔が調子づいて吠えたところで、俺の魔術に敵うはずもない。……それに、もう一つ気になることがあるんだよ。お前の体に秘められた、強力な魔印だ」

急に冷えた眼差しで見下され、ぎくりとする。

そうだ。この魔印は、兄上の所有物であることの証。
この男は愚かな選択をしようとしている。
俺に手を出せば、一番恐ろしい存在となるのはあの方なのだ。

「なあ、あんた。もう止めておけよ。きっと酷いことになるぞ」
「何を言うか。お前を餌に更に大きな獲物が釣れるなら、危険を省みず試してみたいと思うのが……魔術師なんだよ」

青ローブは俺に向かって右手をかざした。
聞き覚えのない言語をすらすらと発しながら、詠唱を開始する。
同時に魔法陣がぼうっと青白い光で浮き上がり、強制的に俺の体が本来の姿を表す。

「うあッ、ああぁぁッッ」

激しい痛みが全身を襲い、体がのたうち回る。
尻尾がびくびくと地面に叩きつけられ、意識が朦朧としてくる。

もう駄目か。
俺の生涯はこんなに呆気なく幕を閉じるのかーー

最後に羽目を外しすぎたのかもしれない。
やっと兄上以外に夢中になれるものを、見つけたと思ったのに。

「……ベリアス……助けて……またあんたに、会いたい」

力なく呟き、騎士との最後の交接を思い出す。

バリバリと光が音をあげて魔法陣を包み込む中、魔術師の詠唱が辺り一帯に響き渡る。
次の瞬間、空間にまばゆい閃光が放たれた。
無音が支配し、すぐに真っ暗闇に包まれる。

何も見えない。
詠唱は止み、時間が止まったかのようにしん、と静寂が漂う。

しかし突然、バシュッと鋭い音が響いた。
同時に近くで何かの物体が大きな音を立てて、崩れ落ちる気配がした。

(な、なんだ。何が起こってーー)

コツコツ、と足音が近づいてくる。
その足元を照らすように、ぼんやりとした光が、徐々に上へ向かって灯りだす。
人影がはっきりと姿を現した。

漆黒のローブをまとう、肩ほどまでの銀髪の男だ。
透き通るような真っ白な肌が、艶かしく闇に浮かび上がる。
紫紺の瞳が、俺の怯える目を突き刺すように捕らえる。

「ルニア。この状況を見るがいい。お前は私がいなければ、満足に生きる事も出来ないのだ。……どうだ、身に沁みただろう?」

俺の前に立ちはだかり、冷たい瞳で見下ろしてくる。
そんな。
まさかこの方が、わざわざ地上に降りてくるとはーー

「あ、兄上……何故ここに……俺を助けに、来てくれたのですか?」

震える声で尋ねると、兄上は銀色の眉を不快そうにピクリと上げた。
視線を横に向け、地面を顎で指し示す。

「あれは何だ? 小賢しい魔術師めが、私の所有物を用い召喚術を試みたようだがーー召喚と同時に骸になろうとは、夢にも思わなかったか。愚かな人間よ」

兄上が侮蔑の眼差しで吐き捨てる。
同じ方向を見やると、魔術師が倒れ伏していた。すでに事切れているようだ。

やはり恐ろしい人だ。
俺ですら、何が起きたのかまだ混乱を極めていた。

「申し訳ありません、兄上。俺の不注意で、こんな事態に……」
「お前が詫びるべきは、そこじゃないだろう? 私の魔印をことごとく汚しにかかる、その目障りな淫紋だ」

まずい。
兄上の凍てついた瞳が、静寂の中の憤怒を表している。

これは怒られる。
ベリアスなんか目じゃないぐらいのお仕置きが、俺を待ち受けている。

しかし何故だろう、以前のように胸が高鳴らないのは。
それどころか、ぎゅうっと心の奥深くが、締め付けられているみたいだ。

「兄上、これは……別に汚らわしいものでは……」
「なんだと? 言いたいことがあるのなら、私の目を見てはっきりと話せ」

長くしなやかな指先に顎を取られ、じっと瞳を覗き込まれる。
久々に触れた兄上の温度を感じ、金縛りのように体が強張り、動かなくなる。

「お、俺はまだ、地上にーー」

言いかけたところで、洞窟の奥まった所からドシン!と大きな衝撃音が響いた。
地面が揺れ出し、何事かと目を見張る。

耳を澄ますと、集団の足音が鳴り響いてきた。
明らかにこちらへ向かっているのだと分かった。

恐る恐る兄上を見やるが、表情を変えず、まるで動じてない様子だった。
それどころかーー

「どうやら元凶が向こうからやって来てくれたようだな。手間が省けたか。私が直接、お前に手を出した不逞の輩に、罰を下してやろう」

口元をわすがに吊り上げ、怪しく瞳を細める。
突如放たれた死の宣告に唖然としていると、ガシャガシャと金属音が聞こえてきた。

「おい、ここだ! 儀式の跡が見られるぞ!」

洞窟内に男の声が反響する。
ぞくぞくと現れたのは、黒いローブをまとった騎士集団だった。 
後ろから大柄な金髪の男が姿を見せる。俺の待ち焦がれた男、団長のベリアスだ。

「ルニア……ッ!」

大剣を握りしめ、俺を認めた瞬間、大きく目を見開いた。
鬼気迫る表情を前にして、俺は自分を抑えきれなくなった。

「ベリアス!」

兄上がいるにも関わらず、一目散に騎士のもとに駆け寄り、広げられた腕の中に飛び込んだ。
本能的に行った行為がさらなる悲劇を招くとも、まだ気づかずに。



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