騎士団員おいしい。 | ナノ


▼ 18 ハートに火をつけて

魔術師の研究室で、俺はコウモリの姿になり、ベッドの下に隠れていた。
木枠にぶら下がり、小さな目を閉じて瞑想する。
ここを訪れた騎士アルシャは、俺との触れ合いの後、名残惜しそうな顔をして部屋を後にした。

人間に好きだと言われたのは、初めてだった。
対象に好意を持たれることは良いことだ。それだけ餌として、食いやすくなる。
けれど俺の心は、依然としてすっきりしない。

ガチャリ、と扉の開く音がした。
鎧の重たい音と、ローブの布が擦れる音がする。ベリアスのずしん、と響く足音で体が揺れる。

「ルニア、どこだ」

不機嫌そうな声色に、なぜか安心した。
静かに潜んでいると、金髪金眼の男の険しい顔が、突然ベッド下を覗いてきた。
なんの躊躇いもなく大きな手に掴み取られる。

「ピィッ」
「なんでお前コウモリなんだ。……何かあったのか?」

手に握られたまま、怪しんだ様子でぎろっと睨まれる。
小さく震えていると、ベリアスは短く息を吐いて俺をローブに突っ込んだ。

「もう帰るぞ。今日で野営地の任務は終わりだ。今から騎士団本拠地へ戻る。話はそれから聞いてやるよ」

ひとりでに呟き、部屋から連れ出された。
さっき起きたことで話せることなど、何も無いのだが。

分厚い鎧のままだからか、威圧感と緊張感を漂わせる騎士とともに、俺は本拠地の宿舎へと帰還した。



ベリアスの転移魔法によって、団長の自室へと戻る。
騎士は俺をベッドへ放り込むと、自分は服を脱いでさっさと風呂へ向かってしまった。

コウモリから人の姿に変化し、ベッドの上で騎士の帰りを待つ。
はやく交接の続きをしたい。
求めればきっと呆れられるだろうが、アルシャとの行為を思い出し、なんとなく頭のもやもやを拭い去りたかったのだ。

けれど騎士はいつまで経ってもベッドに来ない。
俺は起き上がり、寝室を出て、明かりのついたリビングへと向かった。

金色の濡れた髪をタオルで拭きながら、ベリアスはソファへ腰掛けていた。
正面の低いテーブルには、酒瓶とグラスが置いてある。
この男、俺をほったらかして一人で酒盛りしていたのか?

「酷いぞ、俺待ってたのにッ」

俺はずかずかと近くに迫り寄り、どすっと騎士の隣に腰を下ろした。
ベリアスは蒸留酒をあおりながら、俺を横目で見やる。

「お前なんで全裸なんだ。服着ろよ。恥じらいってもんがないのか?」
「あんただって寝るとき裸だろ!」

苛立ちを表し睨みつけると、反対にふっと笑いをこぼされた。
余裕の笑みが余計に腹立たしい。

「何怒ってんだよ、お前。そんなに俺に構ってほしいのか」

グラスを置き、俺のほうに向き直ってきた。
片膝をソファに乗せ、興味深そうに顔を覗き込まれる。

「……そうだよ、構ってほしいんだ。一人で寝るの、嫌だから」
「なんだ、ルニア。今日は随分可愛いこと言うんだな」

ーー可愛い?
野性味あふれる筋肉隆々の男には、不似合いな言葉に思えた。
けれど何故だろう、こいつに言われると、体がムズムズしてくる。

「おい、どうした。黙りこくって。顔が赤いぞ」
「なに…言ってんだっ。嘘つくなッ」

魔族の真っ白な肌は、めったなことじゃ色など変化しない。
カッとなり目を逸らすと、突然騎士の腕に強く抱き寄せられた。

ベリアスの大きな体に包まれ、熱いほどの温もりが伝わってくる。
それに風呂の後だからか、いい匂いがする。

「石鹸の香りだ。あんたの普段の匂いも好きだけど……これも良いな」

この男は、普段はむらっとくるフェロモンを発しているのだ。
素直に告げて見上げると、ベリアスは無表情だった。なぜか微動だにしない。

「……お前、そういう事感じたりするのか」
「どういう意味だよ。俺は悪魔だけど感受性もあるぞ」

馬鹿にされたと思い、ムキになって反論すると頭を撫でられた。

「そうか。じゃあお前も一緒に風呂入れば良かったな」
「なんで? 俺は水は嫌いだ。匂いもないはずだけど」

魔族は人間とは体の構造が違う。風呂など必要ない。

「いいや、お前ちゃんと匂いがあるぞ」
「? どんな匂いだよ」

なぜか焦った俺は、くんくん自分の腕に鼻をくっつけた。
すると手首をがしっと掴まれ、ベリアスの鼻先まで引っ張られた。
すん、と匂いを嗅がれて全身がビクリと反応する。

「俺を誘う匂いがする。好きな香りだ」

にやりと笑みを向けられ、そのまま腕を舌で舐め取られる。

「んあ、あ、ベリアス……っ」
「動くな、ルニア」

くちゅくちゅと舐められ、腰をがっちりと手で固定されるが、我慢できずに身じろいでしまう。
この男は、一体何なんだ。
いつ火がつくのか分からない。

「はぁ、はぁ、もう、いいから……お願い、ベッドに来て……」

騎士の上半身にしがみつき、腰をすり寄せる。
いい加減我慢の限界だった。ベッドでなくても、今すぐここで抱かれてもいい。

「駄目だ。お前の体はまだ不安定なんだ。無理はさせられない」

体を離され、優しく言い聞かせるように金色の瞳が見つめてくる。
俺は途端に怒りが爆発しそうになった。

「……ッじゃあなんでこんな事するんだ、俺の好きなもの、何でもくれるってあんたが言ったんだろ!」

持てうる力の限り、憤りをぶつけた。
どうしてこの男と一緒にいると、こんなに感情が揺さぶられるのだろう。
いつもいつも頑固すぎるこの騎士を、俺の思い通りにしたいのに、なんで叶わないんだ。

「お前に触れたいからだ。俺にも意志はある。それじゃ納得できねえのか」

偉そうにもっともらしく言っているが、それならもっと理性が飛んでしまうぐらい、抱いてくれればいいのに!

「ルニア。確かに俺は、お前に好きなだけやると言ったな。じゃあお前は、俺のものになるのか?」

……しつこい騎士だ。
俺がいくらその場で認めたところで、俺の本当の所有者は俺を手放したりしないだろう。
はっきりとそう言えばいいのに、俺はベリアスとのこんな歪な関係でさえ、失いたくないのだ。

「俺はあんたが欲しい、ベリアス。もう許して、俺のこと抱いて……」

この男と繋がれるのならば、何度意識が途切れても構わない。
あの強すぎる目眩が襲って、体がおかしくなったとしてもいい。

ベリアスは溜息をついて、俺の体を抱き起こした。
反転させ、膝の間にちょこんと座らせる。
後ろから抱きしめられ、耳元に温かな唇を寄せられた。

「んあぁっ、何するの……っ?」
「したいんだろ。手でやるぞ」

ぞんざいに言い放ち、片手を俺の胸元に這わせる。
ゆっくりと撫でながら、腹のほうに下ろしていった。

大きな手のひらで俺のモノを包み、そっと指先に力を入れて、刺激を与えていく。

「あ、うぁ、んんっ、あぁっ」

あのベリアスが口淫に続いて、手でも扱いてくれるなんてーー
交接の時は俺の要求を無視し、焦れったいプレイに終始していた男なのに。

突き放されているのか、甘やかされているのか、もうわけが分からなくなってくる。

「はぁ、あぁ、ベリアス、気持ちいいっ」

下腹部から快感が駆け上り、胸にくっつけている背中がズリ落ちそうになる。
逞しい腕に支えられ、きつく抱きかかえられた。

「……ならもっとお前のやらしい声、聞かせろよ」

耳の後ろで囁き、耳たぶを舌で愛撫される。
喘ぎを止められず、余計に力が抜けて、だらりとされるがままになる。

「んぁあ、だめ、ぁあ、でちゃう……ッ」
「もうイクのか? お前早えよ」
「だって、あんたの手、我慢できない、……ぅあ、あ、もう出して、いい……?」

はぁはぁ浅く息づいて、腰を震わせ、射精の許可を問う。

「いいぞ、出せよ」

低い声音に体がのけぞり、手が動きを早めるにつれて快感が押し上がってくる。

「あっあぁっ、やあああぁぁっっ」

俺は夢中で腰を揺らし、騎士の手の中でビクビクと果ててしまった。
自分でするよりも、何万倍も気持ち良い。

もう俺は駄目だ。
べリアスが与えてくれる全てを、手にしたいと思ってしまっている。

吐精の疲れで動かずにいると、ベリアスは俺の液がついた掌をへその辺りに撫でつけてきた。
俺は騎士の手を両手で取り、ぺろぺろと舐めて綺麗にした。

この間、指を舐められるのが好きと聞いたので、丁寧に行う。
騎士が俺の髪をそっと撫でてきた。

「ちゃんと綺麗にして……偉いな」

思わぬ優しい言葉に舌が止まりそうになる。
どんな顔で言ってるのか気になるところだ。

「んむっ、ん、ぅ、……本当は、あんたの舐めたい」

本音を告げると、後ろから深いため息が漏れた。
指を口から引き抜かれ、いきなり体を持ち上げて正面に向けさせられる。

「わがまま言うな。今日はこれで我慢しろ」
「……無理だ、俺はお腹が空いてるんだっ」

反抗的に返した。
自分の出したもので腹が膨れるか?
俺は間違ってないはずだ。

けれど騎士の厳しい瞳は変わらない。
俺は悔しくなり、とっさに広い胸に抱きついた。

「だって、あんたの精液、欲しい……ねえ、くれないの?」

吐息混じりに問いかけると、すぐに体を引き剥がされた。
俺を見下ろすベリアスは、金色の眉を吊り上げて、怒っているようだった。

「お前、分かってねえだろ。お前が俺を煽る度に、俺がどんだけ苛立ってんのか」
「え……?」
「ーークソッ、お前の所有者なんざ知るか、わざわざ俺のもんに手出しに来やがって」

ベリアスが忌々しげに舌打ちをし、怒りに身を滾らせている。

なんだ。
何かが騎士の逆鱗に触れてしまったらしい。

「どうしたんだよ、ベリアス。俺が欲しいなら、今すぐあんたのものにしてよ……」

瞳をじっと見つめて、許しを乞うように騎士を求める。
けれど激しい怒りの矛先は、ぎろりと俺に向けられた。

「そういう事を言うから、俺はお前をめちゃくちゃにしてやりたくなるんだよ、ルニア」

心臓がドクドクとこの上なく高鳴る。
獲物を狩る獣のような目つきに、一瞬で捕らえられてしまう。

どうやら俺は、やっと本当の意味で、この頑なな騎士のハートに火をつけたみたいだ。



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