召喚獣と僕 | ナノ


▼ 6 魔術師テスト

最近のラームは、やたらと人型を好むようになった。
獣化させるのに消費する魔力も、僕にとっては馬鹿にできない量なので、いつもは頼んで変化してもらうんだけどーー

今日はラームも素直に茶狼になってくれた。
なぜなら教会で、僕たちの魔術の素質テストが行われるからだ。

「うおっ、やっぱでけえなぁ。野生の狼より二周り以上のサイズだわ〜。耳もピンとして格好良いし、ほら見て、顔全部埋まるほどすっげーモフモフ!」
「あはは。セラウェさんてほんとに獣好きなんですね。もう二十分以上も毛並みに貼りついてるし」

僕と先輩の魔導師、そして若干スキンシップに我慢している様子のラームは、騎士団領内にある別館の特訓ルームにいた。
しかし何もないだだっ広い空間に三人ではなく、もう一人大人の男性も一緒だ。

「そろそろいいですか、セラウェさん。今日はお二方のテストなんですから。あなたの強い希望により観覧は許可しますが」
「へいへい分かったよエブラル。邪魔はしねえって。……でもこいつらが心配だからな、またお前えげつない新人いじめしてきそうだし」

灰色のローブをまとった銀髪長身のその人は、教会ナンバー2の呪術師エブラルさんだ。
男の人なのに息を飲むほど妖艶で、只者じゃない魔力量を誇る彼が、藤色の瞳を怪しげに細めた。

「レニさんのようにまだ若い方には、もちろん手加減しますよ。しかしそちらの召喚獣、ラームさんの実力は私にも未知数なので。……ではさっそく手合わせしてみましょうか。全力で来てくださいね、遠慮は無用ですよ」
「え! もう始めるんですか、僕まだ心の準備がーー」
「頑張れよお前ら! 俺もちゃんと安全なとこから見届けてやっからな!」

呪術師と僕らの脇で、ちょうど真ん中の位置に仁王立になったセラウェさんに応援される。

やるしかないのか。
こんな強そうな人に向かっていくのは初めてだし、正直怖くて仕方がないけれど、ラームがいるから何とかなるかもしれない。

「ラーム、いつものでいくよ!」
「分かった、レニ。こいつを仕留めるぞ」

少し前に立つ茶狼のラームが闘志満々で宣言した瞬間、彼の毛並みがぼわっと逆立ち、赤い炎に似た魔力のオーラが包みこむ。
同時に主を守るための防御魔法の青の光粒が、僕のまわりに円形に立ちのぼった。

戦闘態勢に入るとすぐ、狼は勢いよく前足を蹴り、猛スピードで標的の元へと駆け出す。静かに佇んでいたエブラルさんは、わずかに口元を上げるだけで動かないままだ。

『レニ。俺の炎で焼き尽くす』

頭の中に冷静なラームの声が鳴り響く。召喚獣と僕は、戦闘時における感覚の共有や意思疎通が可能なのだ。

『えっ焼くの? 駄目だよそんなことしちゃ! 大先輩だよっ』
『大丈夫だ。こいつはその程度じゃたぶん死なない』

脳内で意見が割れる中、召喚獣は問答無用で大きな口を開けた。激しい咆哮が空間を支配し、恐ろしい牙の奥から苛烈な炎が一気に吹き出る。
呪術師の人影がすっぽり炎に覆われた瞬間、大きな叫び声がした。

「わああああエブラルッッ」

セラウェさんの声に僕もびっくりして振り向く。すると鼻先が何かにぼすっと当たった。
それが灰色のローブだと気づき顔を上げると、艷やかな笑みを浮かべる呪術師が僕を見下ろしていた。

「あなたの左手首、何か刻印がありますね。それで召喚を行うのですか? 良ければ私にも見せて頂きたいな」

ぞくっと寒気がする表情で告げられ、僕はすぐに左手を後ろに隠した。
同時に素早く術式を唱える。

『ラーム、今だ!』
『ああ、分かった』

鼓動がドクドクと迫る中、ラームの姿が呪術師の背中越しに見える。狼の召喚獣が再び赤いオーラを発し、一瞬揺らめいた後、その獣の体から一体、二体、三体と同一の狼が出現する。

「え? えっ? なんだこれ、すげーっ! あいつ四匹になったぞ!」

戦いを見ているセラウェさんが興奮した声で叫んだ。
ものの数秒でさらなる多勢になった僕たちは、一斉にエブラルさんに攻撃をしかける。

四匹もの狼の集団がその呪術師の背中に噛みつき、グルルルと激しい唸り声を上げて襲いかかる。

確かに手応えがあったーーそう思ったのだけれど。
初めの攻撃と同様、獣に囲まれたはずの人影は跡形もなく、床に灰色のローブだけがぱさりと落ちた。

「そんな……これは……高度な幻術なのか…?」

ラームのスピードや攻撃がかすりもしないなんて。こんな事は初めてだった。

「レニ、ラーム! エブラルはこっちだ、ここにいるぞ!」

セラウェさんの声に僕たちが振り向くと、実際に呪術師は彼の前に立ちはだかり、その口を大きな手のひらで容赦なく塞いだ。

「んんーーっっ、んんん、んっ!!」
「……セラウェさん。あなた何二人に加勢しようとしてるんですか。これはテストなんですよ。それにさっきから大声で邪魔ばかりしてーー」

え!
試験中なのに先輩が大変な目に合っている、どうしよう。
助けなきゃいけないんじゃないか、そう思った瞬間、僕の後ろからまた本体の一匹だけに姿を戻した召喚獣が、勢いよく飛び出した。

『今だ、隙がある。もう一度やるぞ、レニ』
『ちょっ、駄目だよラーム!』

その日一番の猛烈な加速と闘気を見せた茶狼が、迸るような火炎を口から放つ。

まずい、セラウェさんもいるのに。

僕が焦る間もなく、瞬時に二人は炎に包まれた。
ごおおお、と天高く燃え上がる火を呆然と見て立ち尽くす。

「やったな。レニ。これで合格だ」

やや息を荒げたまま満足気に言うラームを、僕はふるふると見やった。
しかしその時、沈静化した炎の中から、呪術師と魔導師の姿が現れた。

そこには呆れ顔のエブラルさんと、右手を前に掲げたまま、怒りの形相で震えるセラウェさんがいた。

「……てっ、て、てめー! このクソ狼! なんで俺ごと火炎魔法ぶっ放してやがんだ、危ねえだろうがッ! 聖力なかったら死んでたぞコラッ!」
「いいえ、セラウェさん。今のは私が予め張っておいた防御魔法のおかげで助かったんですよ。感謝してください」
「なんだとぉ! そもそもお前が俺んとこ来るから巻き込まれたんだろうがエブラルッ!」

いつの間にか二人が喧嘩し始めている。
ああどうしてこんなことに。僕はラームを連れて急いで駆け寄った。

「すみませんすみません! あのなんて言い訳すればいいか……とにかく魔法放っちゃってごめんなさい! ほらラームも謝って!」
「なぜだ? 何も悪いことはしていない。全力を出せと言われた。……でも仕留められなかったが」

まっすぐと僕を見つめる蜂蜜色の瞳が、言葉の最後に伏せられる。
凛々しく立っていた耳も、悲し気に垂れていた。

「そうだね。結局全然敵わなかった、僕たち……。けどラームはよく頑張ったよ。落ち込まないで」

毛並みを優しく撫でると、召喚獣は互いを慰めるような鳴き声を出した。

「そうですよ。ラームさんだけでなく、レニさんも中々頑張っていたと思いますよ。戦闘中に召喚獣の分裂が可能なのは興味深いですし。ねえ、セラウェさん」
「ん? 確かに、すげえ技だよな。だってモフモフが四匹だぜ? マジ最高じゃねえか。なぁなぁそれ通常時でも出来んの?」

さっきまでの怒りはどこへ行ったのか、先輩の魔導師が急に目を輝かせて尋ねてきた。
僕は焦って「いえ、魔力の関係でここぞという時にしかーー」と、動物好きの彼には申し訳なく思いながら答えた。

すると呪術師のじっとした視線に気づいた。

「……そうでしょうね。レニさん、あなたの魔力は今どのような状態ですか?」
「えっ。あの、実は……恥ずかしいんですけど、すっからかんの状態です」

僕は恥をしのんで正直に答えた。
魔力が極端に少ない僕は、こういう感じの戦闘は、一日一回しか行えない。ラームは体内に蓄えた魔力があるので、継続して戦わせる事は可能だけれど。
二人で戦うよりも勿論攻撃力は落ちてしまう。

きっと大先輩のエブラルさんはそんなこと、お見通しだろう。

「あの、やっぱり、駄目でしょうか。僕、学校でもこんな感じだから落ちこぼれだったし…」
「え? あなたは落ちこぼれなんかじゃありませんよ。大丈夫です。素質は十分ですし、まあラームさんの猪突猛進的な戦術に関しては、少し考える余地があるかもしれませんが…」

呪術師は僕らに対し、にこりと笑った。

ということは、もしかして、テスト大丈夫なのか…? 二人に炎まで浴びせちゃったのに。

「ですので今のところは、何も問題ありません。心配しないでください」
「あ、ありがとうございます!」
「うおお、良かったな! レニ!」
「はい、セラウェさんも応援してくれて、すごく心強かったですっ」

二人でわいわい喜んでいると、ラームが僕のそばに寄ってきて頬を擦り付けてきた。僕は嬉しくなり「ありがとう、ラーム」とお礼を言って優しく抱きしめた。

良かった。バイトもまだ首になってないし、ここで召喚獣と一緒に働いていけるんだ。

「ところでレニさん。ほぼ魔力がないということは転移魔法も使えないのでは…」
「えっ」

呪術師の冷静な問いかけにハッとなる。
どうしよう、その通りだ。

いつもならきちんと魔力の消費量を計算して詠唱しているのに、今日は緊張と戦いに集中するあまり、完全に失念していた。

「やばいよ、ラーム。家に帰れない…」
「本当か? レニ。どうすればいい?」

無垢な蜂蜜色の瞳に覗き込まれ、ラームの大きい舌に顔をぺろりと舐められる。

僕たちの家はここから遥か遠く離れた地域にあり、馬車でも一日で着く距離ではないのだ。
二人でしょんぼりしていると、落とした肩をふいにぽんと叩かれた。

「なんだよそんな事か。じゃあうち来いよ。領内にあるし、泊まってけばいいじゃん」
「ああ、それはいい考えですね、セラウェさん。今日はイヴァンが不在ですし、私達は初めて行く場所へは転移できませんからね。レニさん、彼にお世話になっては?」

当然のように頷く呪術師と魔導師を、驚きの目で交互に見やる。

「えっ、でも……そんなの、さすがにご迷惑じゃ……いきなり先輩のご自宅になんて、しかも僕たち、二人だし…」
「全然迷惑じゃねえよ、気にすんなって。だいたいあそこ俺の家じゃねーし、クレッーー騎士団に借りたもんだから。部屋はいっぱいあるしさ、ゆっくりしてけよ。うちも弟子と使役獣がいて騒がしいけどな、ハハ」

や、優しい……。
先輩方の懐の深さに触れ、僕はつい涙腺が弱まりそうになった。

お父さん、トマス伯父さんの仕事場って、いい人がたくさんいて、とっても良いところみたいだよ…!

思わず脳内で父に話しかけた後、僕は何度も頭を下げた。

「じゃあ、あの、よろしくお願いしますっ。お世話になります、セラウェさん!」
「おう。じゃあもう帰ろっか。俺も久々に戦闘したらお腹減ったわ〜」
「あなたとくに何もしてないでしょう、セラウェさん」
「ああ? 今日俺、結構危ない目に合ったぞッ!」

そんなこんなで、僕とラームはその日の夜、騎士団領内にあるセラウェさんの仮住まいへと、宿泊させてもらうことになったのだ。



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