召喚獣と僕 | ナノ


▼ 7 先輩のおうち

バイト二日目にして、家に帰れなくなってしまった僕たちは、セラウェさんのお宅にお泊りさせてもらうことになった。
そこは騎士団領内の一角にある、立派な三階建の住居だった。

突然の訪問に関わらず、同居しているという弟子のオズさんに温かく迎えられ、夕食までご馳走になることとなった。

広々とした一階のリビングで、3人の魔術師とラームが食卓を囲んでいる。白虎のロイザさんは近くのソファに寝そべり、優雅に毛づくろいしていた。

「うわ〜すっごく美味しいです! オズさんて料理がお上手なんですね。いいなぁ、毎日こんなご飯食べてるんですか、セラウェさん」
「おう、まあな。つーか俺も料理出来るけどね。家事全般は弟子の使命だから。な、オズ」
「はいはい、マスター。でも気に入ってもらえて嬉しいな〜。レニくんはご家族と暮らしてるんだっけ?」

明るい雰囲気で大きな茶目が印象的なオズさんが、僕に気さくに尋ねてくれた。

「そうなんです、父とラームと三人で住んでます。うちは小さい頃にお母さんが亡くなってるので、完全に男所帯なんですよ」

笑顔で事実を述べると、途端に先輩達の顔が若干くもった。あ、まずい。なんか悲しげな空気になってしまった。

「そうだったのか…? じゃあお前結構苦労してんじゃねえか」
「いえ、そんなことは…使用人の人達にもお世話になってますし……。僕も小さかったので、記憶が朧げなんですけど、うちのお母さん剣士だったらしいんです。冒険で魔物と戦ってる時に、命を落としてしまったって……」

なるべく暗くならないように、皆さんに家族のことを説明した。
僕の母は女だてらにかなり強く、破天荒な人だったらしいが、僕が四才の頃に亡くなり、それ以降は父の手によって育てられたのだ。

「剣士か、お前の母ちゃんすげえな。親父さんも大変だっただろうな…。立派な人だよな。何やってんだっけ、会社員?」
「いやマスター、お父さんも魔術師だって聞いたじゃないですか。ラームくんを召喚した人だって……あれ、じゃあ二人はいつ頃から一緒にいるの?」

オズさんとセラウェさんの瞳が関心をもって見開かれ、僕と隣に佇む召喚獣に注がれた。
ラームを見やると、無垢な表情がぱっと明るくなる。

「同じく四才の頃なんです。僕が一人のとき心配だからって、召喚師の父が彼を連れてきてくれて。ね、覚えてる? ラーム」
「ああ、絶対に忘れない。小さかったレニの世話を毎日した。すごく可愛かった」
「えっ、そう? 恥ずかしいなぁ、もう」

なぜか饒舌に語りだしたラームに、皆がほのぼのした表情で聞き入っている。

「狼のときは添い寝したり、遊んだりした。チャゼルに頼まれて、人化して風呂に入れてやったこともあったぞ」
「そうだっけ、僕あんまり覚えてないや。……ん? ていうか風呂って、ラーム体洗えるの? この前出来ないって言ってたのに」

疑問に思い尋ねると、明らかに蜂蜜色の瞳が動揺に揺れた。
どういうことだろう、あれ嘘だったのか?

「ちょっとラーム、出来るんなら教えてよ! なんで僕に体洗わせようとしたの?」
「それは……いいだろう別に。そういう気分の時もある」
「はぁ? 気分ってなに? おかしいよそんなの、ラーム大人の男なんだよ!」
「お、おいおい。お前らなんつー会話してんだよっ。恥ずかしいからやめろよッ」

あの時の羞恥がよみがえり、気づくとヒートアップしてしまった僕達に、真っ赤な顔をしたセラウェさんが制止に入る。

ああ、人の家に来て早々、みっともない言い合いをしてしまうなんて。僕は我に返った。

「ごめんなさい! つい思い出しちゃって。あの、今のは何でもないんです、あはは」
「ほんとかよ、あんまり突っ込めねえけど結構きわどかったぞ」
「ま、まあまあマスター。俺たちも使役獣に振り回されちゃうことよくあるでしょ。レニくん、うちのロイザもね、すごく手かかるんだよ。強いから頼りになるけど、暴れん坊でモノ壊しまくるし」

優しいオズさんのフォローに感謝しながら聞いてると、ソファにいた白虎のロイザさんがゆったりと体を起こした。
美しく威厳ある灰色の瞳と目が合い、つい背筋を正してしまう。

「ふっ。獣だからな、多少は目をつぶれ。とはいえ俺はそこの変態趣味の野良犬とは、全てにおいて格が違うが」

またもやロイザさんの鋭い指摘が飛んでくる。
やっぱりラームって、変態なのかな…? ここ最近の行動、なんか変だし。

「てめーロイザ、あんま可哀想なことはっきり言うんじゃねえ。あと自分の行動棚上げすんなっ」

先輩の厳しい叱責により、おかしな雰囲気になってしまったその場は、なんとか収まったのだった。






あんな会話をしてしまった後で恥ずかしいけれど、夕食後、僕と召喚獣はお風呂をいただく事になった。
浴室の前で、セラウェさんに着替えのパジャマとタオルを渡される。

「レニ、これ俺のなんだけどお前には若干デカイと思うわ。まぁ寝間着だからいっか。あとラームのはロイザのしかなくて。ガタイもあいつより良いしちょっとキツイかもな、悪い。……つうかお前ってクレッドより背高いよな、もしや師匠とおんなじぐらいか…?」

独り言のようにぶつぶつ言いながら眺めている先輩に、召喚獣の目がきらりと光る。

「クレッドって誰だ?」
「……えっ。いや、俺の弟…だけど」
「あの団長か。強い男だ」
「う、うん。まあな」

なぜかドギマギした表情で目を逸らしたセラウェさんを、ラームが興味深く見下ろした。

「レニ。二人は同じ匂いがする」

視線は魔導師を捉えたまま、僕に話しかけてきた。

「すごいねラーム、そんな事まで分かるんだ。きっとハイデルさんとご兄弟だからだと思うよ」

笑顔で何気なく答えると、セラウェさんはなぜかプルプル肩を震わせていた。
え、どうしたんだろう。何か失礼なこと言っちゃったかな。

「いや、そうじゃない。何かが混ざり合っ」
「ああーー!! そういやレニ、お前の親父さんに今日のこと連絡しとかないとな! 家に魔法鳥送っといてやるから、さっき聞いた住所でいいんだよな!?」
「あっ、はい。ありがとうございます、何から何まで本当に…!」
「いいっていいって、ゆっくり風呂入れよ! じゃあな!」

先輩は大声で足をもつらせながら、その場をドタバタと慌てて去っていった。
ぽかんとしてしまう僕らだったが、とりあえずお言葉に甘えて、入浴を行った。






夜も更けて、僕とラームは貸して頂いたすっきり綺麗な個室で、就寝の準備をしていた。 

今日は魔術師テストで魔力を使い果たし、どうなることかと思ったけれど、本当に優しい人達に恵まれて感謝しかない。

「ラーム、良かったね。今日も温かいベッドで眠れて…」
「レニ。まぶたが重そうだ。でもまだ寝るな」
「……え? どうして?」
「何か忘れてないか?」

薄暗がりの中、一緒に布団に入ったラームが、物欲しそうな憂いの表情で見つめてくる。
魔力量の関係と、人の家で獣の毛を落とすべきでないという思いから、彼は人型のままだった。

「まだご飯を食べてない。お腹が空いて死にそうだ」

召喚獣は悲しげに呟くと、僕の顔に自分の顔を近づけた。

そうだった。今日は慌ただしくて、午後に魔力供給を行ったきり、申し訳ない事に彼の食事を忘れてしまっていた。

「ごめんねラーム、僕最悪だ、主なのに。……でもどうしよう、魔力がまだ回復してない。眠った後じゃ、駄目だよね」
「全然駄目だ。眠れないし、飢え死にする」

やたら大げさに言うラームが、そっと僕の顔を指でなぞった。
男らしく無骨な手でほっぺたを覆うと、何も言わず唇を重ね合わせてきた。

「んっ……」

性急な振る舞いにびっくりしたけれど、今日は僕も文句を言えない。
だが目をきつくつぶり、大人しくキスを受け入れていた僕に、予想外のことが起きた。

ラームが僕のより分厚い唇を、うっすらと開く。
温かい舌が出てきて、唇の隙間をゆっくりなぞられた。

「……っ!?」

彼の腕を掴もうとすると、反対に掴まれ、やんわり押さえ込まれた。

ラームの舌が上唇を舐めてきて、僕は体を震わせる。
息を止めるのも限界になり口を開けると、見計らったように、舌先が入り込んできた。

「ふっ……む……っ」

舌を絡め取られ、口をちゅうっと吸われて、苦しさに喘ぐ。

なに、してるんだ?
どうして僕、ラームとこんなキスしちゃってるんだ。

「んっ、……ふ、ぁ……んんっ」

徐々に力が抜けそうになっていき、焦った僕は足をバタつかせ、大きな体躯を思いきり押しやった。

やっとラームの力が弱まり、塞いでいた唇が離される。

「……っはぁ、…………な、なにっ…………ラームのバカっっ!!」

開口一番僕は召喚獣を怒鳴りつけた。
口がじんじん痺れたまま、恥ずかしさとパニックのあまり、全身が熱くなる。

「レニ。涙が出てる。泣いてるのか?」
「……えっ? 知らないっ、ラームのせいだ! 変なキスしてくるから!」

生理的に滲んでしまった目元を、彼の指の背で拭われる。
僕がキッと睨みつけても、少し赤らんでいるラームの表情は、どこか満たされたように穏やかだった。

「変なキスじゃない。もっと美味しいやつだ。レニも……気持ち良くなかったか?」
「な、なんでそんなこと関係あるんだよ、ラームのご飯だろ…!?」

そうだ。ただの魔力供給なのに、なんで僕はこんなにうろたえて、心臓がうるさくなってるんだ。

ベッドの中で見下してくる召喚獣が、途端に眉を下げる。

「ご飯だが、気持ちいいほうが良い。……それに、こっちのほうが魔力を多くとれる」
「えっ……。そうなの?」
「ああ。今日のレニは魔力が尽きているから、このキスの方がいいと思った」

怒られた子供のようにしょんぼりした様子の彼を見て、ちょっぴり胸が痛んだ。

そっか、ラームは僕のことを考えて、今みたいな大人っぽいやり方をーー。

でも待ってよ、やっぱりなんかおかしい。
この茶狼、魔力供給にかこつけて、段々エスカレートしてないか?

「……僕、ちょっとお手洗い行ってくる」
「俺もいく。レニ」
「だめ。ラームはベッドで大人しくしてて。約束だよ」
「…………分かった。でもレニ、早く帰ってきてくれ」

反省したのか分からないけど、控えめに告げる彼の茶髪をそっと撫でた。
僕は一人で部屋を出て、静かに階下へと続く階段へと向かう。

はぁ。
とにかく混乱してのぼせてしまった頭を、一度冷やしたい。


三階から一階にたどり着くと、暗がりの中、廊下の奥に人影があった。
ビクッと慄いた僕は明かりをつけようとする。

すると目の前の視界が、その黒い影に覆われた。

「……っ!」
「おい。声を出すな。お前の召喚獣のことで話がある」

口をがっしりと大きな手で塞がれ、僕は驚きのあまり目を瞬かせる。
冷たく低い声の主は、白虎のロイザさんだった。



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