召喚獣と僕 | ナノ


▼ 4 秘密の関係

「んっ、んぅーっ」

僕は控え室のソファに押し倒されていた。
両肩をがっちりと掴むラームの茶髪が、ぱさりと頬に落ちる。

朝ぶりの、今日二回目のキスだ。もうすぐお昼だから、ラームのお腹が減ってるのも無理はない。

「……ん! んん!」

でもやけに長い。息を止めるのも限界だと思い、一生懸命胸を押し返そうとした。
すると反対に強く唇を押し付けられた。

どうしちゃったんだ? 
強引な召喚獣の行動にパニックになっていると、もっとひどい事が起きた。

真横からぼわっと特有の光粒が漂い、汗だらだらで目線だけを向けると、そこに現れたセラウェさんと目が合った。

ーーまずい、なんてもんじゃない。

「……えっ。なにやってんだお前ら……」

大きな緑の目を最大限に見開き、口元をひくつかせる。
魔導師の出現にキスを止めたラームが平然と僕の体を起こし、その腕の中に、まるで所有を示すようにぎゅっと閉じ込めた。

「ち、違うんですセラウェさん! これはその……ちょっとラーム、離して!」

大きな体躯の肩越しに弁解しようとすると、その隣に背の高い誰かが立っているのが見えた。

不思議な気配をした、白髪で褐色の肌をもつ男の人だ。腕を組み、端正な顔立ちに浮かぶ無表情にじろじろ見下される。

「おいセラウェ。坊主が襲われてるが、助けなくていいのか? お前の命令さえあれば、この暴漢は俺が瞬殺してやる」
「いやちょっと待てロイザ、こいつ召喚獣だってさっき……。あ、あれもしかして……お前らそういう関係? 俺ら邪魔しちゃったのかなぁ、アハハ」

完全に引いている抑揚のない声に、僕は太い腕をすり抜けて、やっとのことで立ち上がった。

「誤解ですよ、今のは魔力供給してただけなんです! 僕の魔力が低いから、一日何回もキスしなきゃなんなくって、別に好きでやってるわけじゃーー」

そこまで言って慌てて口を押さえた。
また彼を傷つけることを言ってしまったかもと思い振り返ると、案の定悲しげな顔で腰に抱きつかれた。

「あっごめんラーム、そんなつもりじゃなくて」
「レニ。俺は好きだからしてる。お前以外の魔力は欲しくない」

真っ直ぐな瞳に見つめられ、召喚獣の正直な気持ちを告げられる。
僕は恥ずかしさよりも、なんだか親ばかのような気持ちが勝ってしまい、胸がこみ上げてきた。

「そ、そっかぁ。深い事情がありそうだな。突っ込んでいいのかよく分かんないけど……まぁそういう秘められた関係つっうのも存在するからね。別に気にすることないっていうか」
「そうだなセラウェ。男同士の痴情などというのは、そこら中に散らばっているものだ。特に珍しくもないな」
「……んだとこのぉ! 俺別にそこまで言ってねえだろが!」

二人が仲良さそうに話しながら、向かいのソファに腰を下ろした。

うそ……良かった。
あんなとこを見られたのに、破廉恥扱いもせずスルーしてくれるなんて。てっきり大騒ぎになって、クビになってしまうとこまで想像したのに。

僕は二人の優しさに感動し、心の底から感謝した。

「あの、もしかしてあなたが、セラウェさんの使役獣なんですか?」
「ああ、そうだ。俺はロイザという。そこの野良犬とは違って、由緒ある血統をもつ白虎だ」

背もたれに手をかけ、長い足を組む姿が様になっている。
筋肉質な肉体には圧倒的魔力量を感じるし、この場の誰よりも強いことがすぐに分かる。

すると隣からグルル、と低い唸り声が聞こえた。
ラームが敵対心を隠そうともせず、激しく眉を寄せて僕の側からぴたりと離れない。

「犬というか狼ですけど、すごいな、どうやって分かったんですか」
「匂いだ。お前は完全な幻獣では無いな、野生の匂いが強い。年も若く、俺からすれば赤ん坊同然だ」

ロイザさんが涼やかな表情のまま、口元だけを少し吊り上げた。
一字一句正しい指摘をされ、主である僕も思わず驚嘆する。
しかし召喚獣はやっぱり噛み付いた。

「赤ん坊じゃない……大人の男だ。レニを守ることも出来る」
「ほう? 主を襲ってるようにしか見えなかったがな」
「おいおい、仲間に喧嘩売るのはやめろ。……つうかレニ、ちょっと後学のために聞きたいんだけどさ。……マジで、き、キスで魔力供給なんか出来んの?」

頬を赤らめたセラウェさんに、突然忘れかけていた恥ずかしい事柄を質問された。
そりゃそうだよね、同じ魔術師として関心を持たれないわけがない。

「あの…はい。ラームができるって言うので……僕も、してるんですけど。セラウェさんもお気づきかと思いますが、僕の魔力が人よりものすごい少ないので…」
「……あー、確かに、ちょっとな。まぁ俺も文献とかで読んだことはあるけど、実例見るのは初めてでさ。なぁロイザ、びっくりするよな〜」
「お気楽な主だな。魔術師など変態どもが多いからな、意外に溢れてるかもしれんぞ。ヤッてたとしてもわざわざ他人には言わないだろう」

ロイザさんの信じがたい指摘に、先輩が目を剥いた。
僕も容赦ないその台詞に、意識がふっと途切れそうになる。

「おっおま! 言葉遣いに気をつけろ! こいつら俺らよりもっと純粋な奴らだぞたぶん!」
「純粋な奴が体液交換なんぞするか。現実を見ろ、セラウェ。……なあ野良犬。俺からも質問があるんだが、なぜ魔力供給を主にこだわる? 感情に任せるには、そいつは子供過ぎるだろう」

灰色の瞳にじっと見据えられ緊張が走る。
呆れたようでいて柔らかい言葉尻に、僕は少し驚いた。

その間もずっと僕を見ていたラームが、急に手を握ってきた。

「分かっている。だから今はキスしかしていない。でも俺は、レニの魔力じゃないと生きられないんだ」

召喚獣の真剣な思いに、自然と頷きが生まれる。
それは本当のことだ。だから僕も一生懸命我慢してラームとーー。

えっ?
ていうかキス以外に何かあるのか?

何か引っかかりを感じたけど、セラウェさんの咳き込む音に注意を引き戻された。

「ちょ、ちょっと待てよ、……いや、でも周りが口出すことじゃないのか…? ええっと、ラーム。お前他の奴と魔力供給出来ないのか?」
「出来ない。俺を召喚したチャゼルがそういう契約をした。だからご飯は主のレニからしか貰えない」
「チャゼルって誰だよ。なんでそんな厳しい制限かけたんだそいつ」
「レニの父親だ。魔力が少ないレニを守るために、主従の結びつきを強くする目的がある」

はきはきと二人の関係を述べる召喚獣を見て、僕は心のどこかで感動していた。

大柄な体型とは反対にいつもは子供っぽくて、ところ構わず甘えてくるラームだけど、ちゃんと僕たちの繋がりを心に留めてくれているんだと、嬉しくなったのだ。

「ラームの言うとおりなんです。もちろんこんな事、誰にも言ってないけど……実は年々彼の食事量が多くなってきて、今の事態になってしまって……でも僕だってラームが必要だし、絶対に失いたくない。その為なら、出来ることは何でもしようと思ってるんです…!」

こんなふうに決意を誰かに話すなんて初めてだ。柄にもなくだんだん気持ちが高ぶってくる。

「レニ……なんでもしてくれるのか? 俺は、嬉しくなるぞ」
「はは。だってラームが大事だもん。これからもずっと一緒にいたいって思ってるんだ」

僕は人の目があるのに、つい彼の髪を優しく撫でた。
召喚獣は蜂蜜色の瞳をじっと向けたまま、少し顔を赤らめた。

様子を見ていたセラウェさんが、急に立ち上がる。真顔で僕の前に来て、「ちょっと」と言い腕を引っ張った。

部屋の隅に連れられた僕が内緒話かなとドキドキしていると、こっそり耳打ちをされる。

「おい。余計なお世話かもしれんが、あんまり何でもしてやるとか言わないほうがいいぞ。なんかあいつ、目が急にギラついてたぞ」
「……へっ? どういう意味ですか? あ、もうお腹空いちゃったのかな、ラームってば」
「い、いやそうじゃなくて……お前結構のんきだな。とにかく、気をつけろよ。なんか変わった事があったら俺に言えよ、ちょっと心配だから」

今日会ったばかりの先輩となった人に、これほど親身になってもらい、僕は何度めか分からない感銘を受けた。

「はい、ありがとうございます、セラウェさん!」

ぽりぽりと頭を掻きながら頷く魔導師に、何度も頭を下げる。
すると近くから鋭い二つの視線を感じた。

「おい坊主。主でなく俺に直接頼んでも構わんぞ。犬の一匹や二匹、白虎の俺が言うことを聞かせてやる」
「何を言っている? お前は不気味で危ない匂いがする。俺のレニに近づくな」
「言葉に気をつけろ新参者。危険なのはお前だろう。……まったく、知能指数が合わん相手はこれだから困る」

中央のソファから二人の男の話し声が飛んでくる。 

もしかして、ラームにも初めての獣のお友達が出来たのかな?
そうだったら嬉しいな。

一時はどうなることかと思ったのに、単純な僕はこのどこか和やかなムードに、ひとしきり安心してしまったのである。



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