召喚獣と僕 | ナノ


▼ 3 魔導師の先輩

バイト先の上司と面談した後、僕とラームは係の騎士によって、まず騎士団領内を案内された。
一通りの建物を見て回り、連れられたのは、魔術師専用の別館だった。

ここには教会の魔術師達の研究室や個室、訓練ルームなどがあるらしい。
とりあえず同僚となる皆さんに挨拶する為、僕たちはまるでホテルのように豪華な控え室へと通された。

しかし扉を抜けると、室内はがらんとしていた。
責任者である伯父の趣味を思わせる、真っ白な壁に多彩な絵画達や、高価そうな家具が並んでいる。

「ラーム、誰もいないね。緊張して損しちゃったよ」
「いや、レニ。そこに寝てる奴がいる」

召喚獣の警戒する声にびっくりして見渡すと、中央の大きな白ソファから黒い髪がぴょんと覗いて見えた。
近寄っていくと、そこには座りながら目を閉じて、寝息を立てている男の人がいた。

フード付きのパーカーに、細身のパンツを履いた年上のお兄さんのようだ。

「あ、あのう……すみません」
「……んん……」

あどけない顔つきだけれど、もしかして魔術師の人かな? 自分より明らかに大きな魔力量を感じる。

「おい。お前は誰だ。起きろ」

ラームが無遠慮にその人の肩を小突いた。僕が声を出して止める前に、男の人はばちっと目を開けた。
真上から見下ろしていた召喚獣に驚いたのか、一瞬固まる。

「……えっ。……わあああッなんだお前!」
「お前こそなんだ。俺はラームだ。隣にいるのはレニ。俺の主だ」

なぜか偉そうに自己紹介をし、僕の横でまた警戒心を強める。

「あっあの、起こしてしまってすみません! 僕たち今日からバイトに入った者で……魔術師のレニシア・イヴァンといいます。レニと呼んでください!」
「……イヴァン? お前、だったのか。あーごめんごめん、俺待ってたのにすっかり寝ちゃって」

その人はとっさに合点がいったかのように、顔つきを柔らかくした。
はねている髪の毛をぽりぽりと掻き、恥ずかしそうに立ち上がる。
僕より背の高い、優しい雰囲気の男の人に見えた。

「待っててくださったんですか? 魔術師の方ですよね」
「うん。つうか魔導師だけど。お前もずいぶん若いけど魔術師だよな。俺はセラウェ・ハイデルっていうんだ。よろしくな」
「は、はい! よろしくお願いします。ハイデルさんーー」

……ん?
今、聞いたことのある名前が聞こえたような。

「あの、もしかして魔導師のセラウェさんって……ハイデルさんのお友達の……あれ、でもあなたもハイデルさん……?」

頭がこんがらがってきた僕の前で、自己紹介をしてくれたセラウェさんが、大きな緑の目を丸くする。

「あれ、ひょっとしてお前、団長の…ハイデルに会ったのか?」
「はい、さっきお会いして、先輩のセラウェさんのこと教えて頂いたんです。何かあったら頼るといいって」
「ええ! あいつそんなこと言ったのかよ。……まぁ全然いいけど」

なぜか魔導師の顔がぽっと赤く染まった。照れてるのかな?
目をキョロキョロさせて、ゆっくり口を開く。

「あーあいつと俺、兄弟なんだ。言っとくけど、俺のほうが兄貴だから。見えないかもしんないけど」
「えっ。そうなんですか、確かに同じ名前……。そうか、だからハイデルさん、あんなに嬉しそうに教えてくれたんですね」

友人じゃなくてお兄さんだったのか。
そういえば話をしていたハイデルさんの、どこか信奉を思わせるような、憧憬の眼差しを思い出した。

新たな事実に驚いたけれど、素直に納得した僕に、セラウェさんは数度瞬きをしてみせた。

「お前驚かないのか? 全然似てないだろ、俺達。あいつだけすごい立派だし」
「そ、そんなことはーー確かにあまり似てませんけど、僕の伯父と父も、双子なのに全然似てないので……」
「……えっうそ! イヴァンって双子なの!? 全然イメージねえ!」

途端に爆笑する彼に、僕も若干の引き笑いをする。
けれど意外な話の取っ掛かりが出来て、安心した。

正直言うと屈強な聖騎士団のイメージから、勝手に魔術師も厳つくて怖そうな人々を想像していたのだ。
セラウェさんは年上なのにすごく話しやすそうで、こちらの緊張感をといてくれるタイプに見えた。

「まぁ立ち話もなんだから座ろうぜ。つうかさ、本当は新しい同僚が来るっていうんで、他の奴らも出迎えるはずだったんだけど、皆任務で出払っててさ。ごめんな、こんな俺だけで」
「いえ! とんでもないです、僕なんか新人なのに、ありがとうございますっ」
「はは。そんなかしこまんなよ。……なんかお前、良い奴そうだな。俺、実はすげえ嬉しい」

真向かいに座った彼は、突然にこっと屈託のない笑顔を見せた。
なぜかさっきのハイデルさんと重なり、どきりとする。

「だってさ、ここの奴らみんなちょっと頭おかしいからさ。お前みたいなまともそうな奴、初めて見たよ。しかも俺の後輩になるんだろ? やべえよ」
「そ、そうなんですか? でも僕なんて、まだまだひよっこですから、役に立てるかどうかーー」
「いいんだよそんなもん。俺だって大した仕事してねーもん。気楽にやれよ。な?」
「はっ、はい! よろしくお願いしますセラウェさんっ」

ああ……なんだか、すごく気が楽になってきた。
この人と僕、波長が合いそうだ。追い詰められると失敗ばかりしてしまう僕に対して、最初からこんなに優しい言葉を投げかけてくれるなんて。

夢見心地になっていると、セラウェさんの目線が急にちょびっと険しさを見せた。

「……とはいえ、ちょっと気になることあんだよな。さっきからずっとお前のこと間近で凝視してるけど……その隣の男、なんだ? 用心棒か? たぶん人間じゃねーよな、魔力すげーし」

さすがリメリア教会の魔導師だ。団長と同じく、鋭い。
僕もいつものように、隣で大人しく僕を見ているラームに気づいていた。

召喚獣は僕と目が合った途端、目元を子供みたいに緩め、無垢な蜂蜜色の瞳を覗かせる。

「そうなんです。彼は僕の召喚獣で、本当は狼なんです。だよね、ラーム」
「ああ。やっとこっちを向いたな。レニ。寂しかったぞ」

全然会話が噛み合ってないけれど、僕は人前なので一応頭を撫でるのは我慢して、彼に微笑みを向けた。
しかしラームは構わず僕に体を寄せて、肩に額を乗せてきた。
すりすりと狼の仕草で撫でつけられ、ぎょっとする。

「ら、ラームやめて、今人化してるんだから、みっともないだろっ」
「じゃあ獣化する。それでいいか、レニ」

パーソナルスペースを無視して顔を覗き込んでくるラームは、剛健な見た目に反して、少し甘えたがりなのだ。
でももうちょっとタイミングを考えてほしいと困っていると、セラウェさんの真っ直ぐな視線を感じた。

「……こいつ召喚獣なのか。にしては随分素直そうっつうか……ええと、レニ、だよな。お前にすごい懐いてるんだな? かなり面白い絵面だけど」

若干目を泳がせて、じろじろ見られてしまう。ああもう、だから恥ずかしいんだ。
慌てつつその場を取り繕うと、魔導師の目が突然きらりと輝いた。

「でも狼なんだっけ、すげえ、カッコよさそう! いいなぁモフモフ……あっそうだ、実は俺も使役獣飼ってんだけどさ、よかったら見せ合いっこしないか?」

子供のようにはしゃぎ出したセラウェさんの予想外の言葉に、僕も急にテンションが上がった。

「ほんとですか? はい、ぜひ! 僕動物が好きでーー何の使役獣ですか?」
「白虎だよ、つうか俺も動物好き!」
「わぁ嬉しいなぁ〜ていうか白虎ってカッコ良すぎじゃないですか、羨ましいです!」

初めて会った目上の人なのに、雰囲気も合うし、共通の話題で意気投合できて嬉しくなってしまった。
正直世話が大変な為、獣を使役している人自体あまり多くないのだ。

「よしっ。じゃあちょっと待ってろよ、今あいつ持ってくるから!」

そう言ってセラウェさんは立ち上がり、その場で呪文を唱え出す。
転移魔法を詠唱し、僕らの前からふわっと姿を消した。

楽しみだなぁ。わくわくしながらふと隣を見ると、ラームはさっきまでの穏やかな目つきを険しく細めていた。
眉間にシワを寄せて、明らかに不機嫌そうに見える。

「えっ。どうしたのラーム。疲れちゃった?」
「……レニ。嬉しそうだ。白虎のほうがいいのか」
「へ?」

ずいっと前に来て、じっと僕のことを見てくる。

「そんな事言ってないよ、僕にも召喚獣がいるから、嬉しくなって……」
「言った。羨ましいって言ったぞ。狼じゃ嫌なのか?」

ラームの顔がやけに真剣に、切羽詰まった表情をしている。
何気なく放った言葉も、彼は絶対に聞き逃さず、意図をはっきりさせようとしてくるのだ。
主に僕への執着心を燃やして。

「もう、嫌なわけないだろ? 僕動物好きだから、ぽろっと出ちゃっただけだよ。僕にとってはラームが一番なんだから」
「……本当か?」
「うん。小さい頃からずっと一緒なんだし、ラームのこと大好きなんだからね」
「俺も大好きだ、レニ。一番だ」

すかさず答えた召喚獣の瞳から、やっと焦りの色が薄れていく。
実はこのやり取りも何度もしている事だけれど、さすがに人化した大きな男のままだと気まずい。

機嫌も直ったようだし、頭を撫でながら獣化してもらおうと思った矢先、ラームの顔が近づいてきた。

「ちょっ、なに? 今はだめだよっ」
「でもレニ。安心したら腹が減った。魔力が欲しい」
「いや、もうちょっと待って! もうすぐセラウェさん戻ってくるから!」

僕が静止するのも聞かず、ソファの上で覆いかぶさってくるように迫るラームを押しやろうとする。
でもこの召喚獣は、あんまり言うことを聞かないのだ。特に僕らの魔力供給のことに関しては。



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