召喚獣と僕 | ナノ


▼ 2 司祭と団長

今日からお世話になるリメリア教会は、ソラサーグ地方の聖地を統括する自治領として機能している。
直属の聖騎士団と優秀な魔術師達を抱え、エリート戦闘集団としても名高い組織だ。

僕はラームとともに、騎士団領内へと転移魔法で辿り着いた。
敷地の中では混乱を避ける為、召喚獣は本来の茶狼ではなく、人型でなければならない。

小柄な僕が見上げると首が痛くなるほど、ラームは大きいし、体も分厚い。
視線を投げかけてくる屈強な男達と同じ様に、制服を着てさえいれば、騎士に見えなくもないと思う。

「ええっと……待ち合わせ場所は聖堂だって。どこだろう。広くて見当たらないよ」
「あっちだ、レニ。あいつの匂いがする」

僕の手を引いて、有無を言わさず歩き出す。
方向音痴の主にとっては、鼻が効く召喚獣の存在はありがたいけれど。

丸いドーム型の聖堂に入ると、そこには黒髪に白装束姿の、見覚えある人物がいた。
書物を片手に祭壇の前で、祈りを捧げている。

僕らに気づいたその聖職者は、優雅に振り向くと同時に、口元に笑みを浮かべた。

「やあ、レニシア。それにラーム。よく来たね、待っていたよ」
「トマス伯父さん、お久しぶりです。今日はありがとうございます」

改まってお辞儀をすると、くすりと微笑まれた。

「なんだい、そんな他人行儀な挨拶して。敬語じゃなくていいよ、ここは割合砕けた職場だからね。司祭の僕を上司扱いしない人間も多いし」
「……あっそうなんですか。じゃあトマス伯父さんも、僕のことレニって呼んでください…」

レニシアというのは僕の本名だけど、女みたいな名前なのであまり好きじゃない。
でも伯父は絶対にそうやって呼ぶのだ。

「ふふ、駄目だよレニシア。素敵な名前なんだから、恥ずかしがっていては勿体ない。僕は好きなように君を呼ぶからね?」
「は、はあ…」

やっぱりこの人はあまり話が通じない。双子なのにゆるい感じの父とは違って、我が強いタイプだ。

伯父に促され、聖堂の奥の部屋へと通された。
白壁に包まれた、落ち着く空間にある長テーブルを囲む。
茶菓子を用意してもらってる間、隣で静かにしていたラームの眉がぴくりと上がった。

「レニ。誰か来る。強い男だ。血なまぐさい」

いきなり何を言い出すのかと思えば、突然伯父が吹き出した。

「はは! 相変わらず鋭いな、君は。実は僕の大事な身内の面談だから、特別に騎士団長にも来てもらおうと思ってね」

自慢げに語る伯父の目線が、部屋の丸扉へと向けられた。
そこから現れたのは、とても背が高く逞しい体躯の、金色の髪をした騎士だった。

透き通った蒼い瞳に、鼻筋の通った凛々しい顔立ちーー。
近寄りがたささえ感じるほどの、美しい男の人だ。

眩いオーラに圧倒され、僕は立ち上がってすぐに頭を下げた。

「あっ。あの、初めまして。今日からお世話になります、レニシア・イヴァンといいます」
「ああ。君がイヴァンの甥か。俺は団長を務めるクレッド・ハイデルだ。よろしく頼む」

緊張のあまり若干声が震えてしまった僕に対し、頭上から硬派な美声が降り注ぐ。
ちらりと顔を見ると、隙を見せなかった表情が僅かに口元を上げ、微笑まれたような気がした。

うわ、格好いいーー。

同じ男なのにそう思ってしまった瞬間、僕の腕がぐいっと後ろから引っ張られた。
わざと物音を立て前に出てきたラームの背後に、隠されてしまう。

「ちょっと、ラーム?」
「お前、強いな。群れの頭なのか。だがレニは渡さない。俺のだ」

突然脈絡のないセリフを吐いた召喚獣に、僕は唖然とした。
団長のハイデルさんも目を見開き、僕たちに交互に視線を送る。

「な、なに、もう恥ずかしいから変な事言わないでってば!」
「恥ずかしくない。一番最初にはっきりさせる。大事なことだ」

こういう事は、実は初めてではない。
魔法学校にいた時も、何故か強そうな男に対峙すると、ラームは主の僕を守るように立ち、宣言することがあったのだ。

でも何も、バイト初日で上司の人にやらなくても……。

「別に俺に渡す必要はないが……お前は、何なんだ。その話が噛み合わなそうな態度……人間じゃない気がするんだが」

ハイデルさんが冷静な顔を崩し、若干瞳を曇らせた。
僕がしどろもどろになってると、やり取りを眺めていた伯父の笑い声が再び響いた。

「その通りだ、ハイデル。彼はレニシアの召喚獣でね、本来は狼の姿をしている。戦闘能力は高いし、任務でも大いに役立ってくれるはずだ」
「なんだと? 貴様、また俺に初めから全てを明かさなかったな。……召喚獣か、どうりで嫌な既視感があると思ったんだ。あいつを思い出すぞ」

二人の会話をそばで聞いていて、焦りが募ってくる。
どうしよう、すでにあんまり好印象を持たれてないようだ。

「あの、ラームはちょっと周りを気にしないとこがあるんですけど、僕が大人しくするように言い聞かせます。だから、その……」
「いいじゃないか、ハイデル。レニシアもこう言ってるし、なにより二人はとても仲が良い。僕はね、彼らには二人一組で頑張ってほしいと思ってるんだよ」

目を細めて助け船を出す伯父に、騎士の鋭い視線が刺さる。

「勘違いをするな。俺は反対しているわけじゃない。どちらかというと、君のこれからを憂慮しているんだ、レニシア」

真剣な顔で突然名前を呼ばれドキリとする。
すかさず伯父から「彼の事はレニと呼んでやってくれ」と断りが入った。

ラームが未だ険しい顔で様子を伺う中、ハイデルさんは穏やかに僕の事を見下ろした。

「まあいいが……では、レニ。ここでの任務は大変だとは思うが、君はまだ若いし無理はするな。獣を連れての厄介さは、俺も理解している」
「えっ。あ、ありがとうございます。役に立てるか分かりませんが、僕がんばります!」
「いい心がけだ。……ああ、そうだ。教会に所属するセラウェという魔導師がいるんだが、君の先輩として色々教えてくれるだろう。この職場では珍しく彼はとても優しい人だから、何かあったら頼るといい」

そう言ってハイデルさんは、初めてにこりと微笑んだ。

失礼を働いてしまったのに、僕たちのことを邪険にせず、先輩にあたる魔導師の人のことまで教えてくれるなんて。
なんて優しい人なんだろう…!

「セラウェ……。そいつも強いのか? 魔術師たちの頭か?」
「違う。その人はお前の敵ではない。何かしたらただじゃおかないぞ」

感動していた僕の上で、二人の大柄な男の不穏な会話が聞こえた。
今度はため息混じりに伯父が笑っている。

セラウェさんっていう人は、ハイデルさんと仲が良いのかもしれない。
きっと彼の言うように、いい人なんだろう。

早く会ってみたいな。
僕の心はなぜか浮足立っていた。



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