召喚獣と僕 | ナノ


▼ 27 ラームの心 (召喚獣視点)

俺達が結ばれた次の日、レニは早く起きた。
腕の中から抜け出して、部屋の掃除と換気をし、自分の体をチェックしている。

「やばいよ。任務中にあんなことしちゃって。ねえ僕の体、大丈夫だよね?」
「大丈夫だぞ。痕はつけてない」

ベッドにあぐらをかいた俺に、裸の尻を見せて尋ねてくる。
すごく交尾の続きがしたくなった。

二人で着替えたあと、レニを持ち上げて膝にのせ、戯れの時間を作った。番になったばかりだから、本能に従ってたくさん触る。

「もう。くすぐったいよ、ラーム。ははっ」
「笑わせたいんじゃないんだけどな。ほら、キスだ。レニ」

顎をとり唇を重ねる。レニは赤い顔のまま目をつぶり俺の好きにさせた。
小さな体からは魔力がとめどなく溢れている。心配になるほどだ。

レニと繋がり、初めて味わった満腹。
それよりも俺は目の前の番に夢中だった。



しばらくして教会の人間に呼ばれ、俺達は本拠地の聖堂に向かった。
ホールには魔術師が揃っていて、トマスが仕切っていた。

「やあやあ、ラームじゃないか。素晴らしいタイミングで戻ってきてくれたね。僕もそんな気がしたんだよ。良かったね、レニシア」
「はい! ありがとうございます伯父さんっ」

嬉しそうに礼を言う主と、心から安堵を示すトマス。
俺は自分のしたことの重さを知り、たくさん反省した。

「悪かった。もうやらない。お詫びに今日から目一杯働くぞ。なんでも使え」
「はは、それは頼もしいな。じゃあ遠慮なくーーと言いたいところだが、今日は見張りに回ってもらおう。夜だから君の嗅覚と視覚に期待しているよ」

さっそく仕事を任され気合いが入る。主のためにも名誉挽回をしないとだめだ。

仲間のセラウェとロイザにも会いたかったが、奴らは他の地点にいるらしかった。
レニが職員と話している間、俺は声をかけてすぐ外の入り口に出た。ある男の匂いを感じたのだ。

そいつは全身鎧を着て騎士達を率いていた。ひりつく空気を放っていたが、どうしても言いたいことがあった。

「クレッド。ちょっといいか?」
「ーーむ。何者だ、ハイデル様の前を横切るな」

側の騎士に止められたが、俺は団長である男を見つめた。
すると奴は仮面を取り、見事な金髪を晒して俺に頷いた。

「大丈夫だ。お前達、先に行っていてくれ」
「はっ」

金属の音を響かせながら男達が通りすぎる。
俺はクレッドに建物の隅に呼ばれついていった。

「帰ってきたのか、ラーム。お騒がせな奴だな。レニは平気か?」
「ああ。無事だ。それと許してもらった。お前に伝えたいことがあるんだ」
「なんだよ」
「昨日レニと番になった。お前の助言通りに完璧にはいかなかったが、うまく出来たんだ。礼を言いたかった」

誇らしく告げると奴の蒼い瞳が瞬く。
しばらくして頭を半分抱えられた。

「おい。お前は任務中に何をしてるんだ。……まあ俺が言う資格はないが。……とにかくよかったな。レニを大事にしてやれよ」
「わかった。そうだ、ロイザはどこにいるか知ってるか?」
「……あいつか。それが昨日は大変なことになってな。敵を血祭りにあげて聖職者を気絶させたらしい。今は兄貴に説教を食らっているはずだ。レニのことも心配だったが、あの白虎も違う意味で懸念がーー。お前のように素直で扱いやすい獣だったらよかったんだがな」

ため息混じりな強い男から褒められ、悪い気はしなかった。
説教が終わったらあいつらにも会いに行こう。
その後忙しい男を解放し、俺はレニのもとに戻った。



「ラーム、どこ行ってたの? もういなくならないでって言ったでしょ!」
「すまない。すぐそこにいた。クレッドを見かけたから話してたんだ」
「えっ、ハイデルさんっ? だめだよお邪魔しちゃったらっ」

優しいが躾には厳しいレニに叱られる。 
俺は手を引かれ、任務の時間まで別の場所で待機することになった。

本拠地の裏庭のベンチに座る。
教会関係者や魔術師、騎士らが多く行き交う道だ。
隣に座るレニの横顔を眺め、さらっとした金髪の匂いを鼻で掠めとりたくなる。
だが今は人化しているから、我慢しなければ。

「あっ! セルゲイさんだ」

レニの目に映ったのは違う男で、他の騎士といたそいつはこちらに気づき、笑って手を上げる。
そればかりか近づいてきて、俺は立ち上がりおののいた。

情けない。昨日の自信のない自分が戻ってくる。

「やあ、レニ。よかった、元気そうだな。こんなにすぐ会えると思わなかったよ。君も任務か?」
「はい、そうなんです。今日は夜の見張りをラームと任されていてーー」

主の顔が元気なのに、俺は曇っていく。召喚獣失格だ。
でもこの騎士は、昨日レニのことを腕に抱いていた。
事情も全部聞いているし、仕方ないことだと思う。

俺はいつものように強く出れないでいた。
すると騎士は手を差し出してきた。厳つい見た目だが壁のない笑みだ。

「よろしくな、ラーム。俺は第二小隊所属のセルゲイっていうんだ。レニとはまだ知り合ったばかりだが、もう仲間だよな。また任務で一緒になる機会があるかもしれない。魔術師と騎士はペアになることが多いんだ」
「あ、ああ……ペア……」

レニの番は俺だと言いたくなったが、隣の主の朗らかな雰囲気を壊したくなかったから止めた。

俺が狼の姿だったら、こいつも恐れおののいたかもしれない。
だがレニのそばだと人型が好ましいから難しいところだ。

「ラーム? どうしたの。難しい顔して。お腹空いちゃった?」
「いや……全然空いていない」

普通に事実を告げただけなのだが、レニは赤色の瞳を見開き、なぜか一瞬ショックを受けたように固まっていた。

その後、騎士はまた仕事だと言って爽やかに去っていった。
俺は体格の優れた制服姿を記憶にとどめる。あいつは要注意の雄だ。レニは絶対に取られてはいけない。




夜になった。俺達はばらばらに散らばった数人の騎士とともに、森の近くで夜営を行っていた。
俺は夜目がきくように狼の姿に戻っている。

焚き火を炊き、その前に横たわっていた。茶色く暖かい毛並みの中に、レニを寒くないよう包み込んで。

「ふあぁ……やっぱり眠いなぁ、この時間。任務って大変だね、ラーム。でも今日は一緒だから安心しちゃうな。もっと気合いいれないとだめだね」

あくびを隠して微笑むレニが可愛く、頬をすりよせる。
人化するまでの時間の長さのほうが俺には堪えた。

それからしばらくして、さらに夜も更ける。
俺は遠くの気配も察知できるため、主に少し眠るように伝えた。
しかし頑張りやの主は首を縦に振らない。

騎士達は離れたところで見張りを行っている。

「レニ。昔話をするか? お前が知りたがっていた、俺の誕生のことだ」
「……えっ? いいの?」
「ああ。昨日話したかったんだが、もっと優先したいことがあったからな」

笑うとレニの頬も染まる。
俺は話を続けた。最初の話は、本当はあまり言いたくなかった。
以前に教えた通り、俺は手足がふわふわの毛玉に隠れた、かろうじて生き物といえる何かだったからだ。

レニは可愛いと言ってくれたが、当時のことは覚えていないようだった。

「ーー俺は最初、クッションだったんだ。レニは母親の死に落ち込んでいて何もしゃべらなかった。でも、俺のことは寝るときに掴まって眠っていた。俺はそのときから、レニの寝顔を見ることも、役に立つことも嬉しかった」

俺を与えたのは父親のチャゼルだ。あいつに話しかけたとき、一番驚いていたのを覚えている。「お前、しゃべれるのか?」と。

失礼なやつだと思ったが、レニと過ごすうちに更に自我が芽生えた俺は、奴に頼み事をした。

「俺をレニと同じ人間にしてくれって言ったんだ。他は知らないから、同じものになりたかった」
「ええ! そうだったの、ラーム」
「ああ。でもチャゼルを困らせた。すぐには無理だと言われて悩んだ。だがその気持ちが抑えられなくてーー」

その時点で俺はまだ白い毛玉のクッションでいた。
レニと話すときはもっと格好いい形を望んだ。

何ヵ月か過ぎたが、とうとう魔術師のチャゼルは方法を見つけ出した。
双子の兄であるトマスと、召喚術の師である男を連れてきて、俺は施術を受けた。
何度も何度も。つらい時期だった。思い通りの形になるまで、俺は耐えた。

「やっと出来たのは、人化した今の姿だ。これは思ったとおりの出来で、まさに俺の理想だった。でも、挨拶をしたときお前は怖がり、泣き出した。とても悲しかった」
「……えっ。うそ。全然覚えてないよ」

レニは驚愕していたが、物心がはっきりつく前で、大柄で屈強過ぎたのか、怯えられて俺はすぐに引っ込んだ。

そして考えに考えた結果、狼になろうと思った。レニは動物が好きだし、狼なら足が早く牙も強く、悪いものから守ることもできる。

生まれてまだ若い俺はそう信じていた。

だがその願いはチャゼルを困り果てさせた。
しかし奴もレニの父親で、魔術師としての誇りもある。
だからまたしばらくして、奴は偉業をやってのけた。

「俺は本物とみまごうばかりの狼の半実体を手にいれ、その姿に満足した。レニが俺を紹介され、恐る恐る毛並みに手を伸ばしてくれたときは、さらなる幸せを得たんだ」

喉を鳴らして主に寄り添う。
全てを語れば一日じゃ終わらないから、かなり簡潔にまとめたが、昨日の事のように懐かしく思い出してくる。

「ラーム……っ。初めて会ったときのことは、なんとなく覚えてるんだ。嬉しかったなぁ、お父さんにこの獣は僕のだよって言われて。魔術で刻印もつけてもらって、二人で契約をしたんだよね」

喜びを示し頷く。二人が主と召喚獣になった日のことは忘れられない。
自分の確かな存在と居場所を見つけた瞬間だった。

「僕のために、そんなにたくさん頑張ってくれたんだね。もっと早く知りたかったなぁ……ありがとう、ラーム。僕はどうやってお返しすればいいんだろう?」

目尻がうっすら光るレニを、もどかしく思い舐める。
お返しは必要ないが毎日もらっている。こうしてレニと一緒にいられることだ。

狼になってからは、中身を伴わせようと毎日レニが眠ったあと、森に出掛けた。本物の彼らを観察し、習性を頭と身体に叩き込んだ。

簡単にはいかなかったが、俺はもともと獣に近い生き物ではあったようで、日々そうしていると感覚が肉体に馴染んではきた。

心のどこかでは、本物じゃない。ふりをしている偽物だ。そう理解していた。
けれどレニの前では狼でいたかったし、いる必要があった。
主を守るという、大事な目的があるからだ。



任務は明け方まで続き、幸い何も起こらなかった。
騎士達が移動の準備をする中、茶狼の俺は人型になってレニと手伝いも行った。

「ラーム、お腹空いた?」
「まだ大丈夫だ。寄り添っているだけで満足だぞ」
「……えぇっ! そっかーー」

自信満々に答えたが、レニは戸惑い気味だった。

交尾の効果はすごいと思ったけれど、それだけじゃないのかもしれない。
俺が中にいる間もレニは魔力が貯まっていた。
もしかして、外に出ないほうがいいのか?

「なあレニーー」
「ねえラーム」

話しかけられて譲ると、やはり譲られたが、俺は先にレニの言う言葉が聞きたかった。

「あのね。お腹空かなくても、僕と一緒にいてくれる?」
 
思いもよらぬ事を不安そうに言うから、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
獣なのに恐れまで襲い、とっさにレニを腕に閉じ込めた。

「いるぞ。そんなの当たり前だ。俺は餌のためにレニといるんじゃない。レニと一緒にいるために餌が必要なんだ」

早口で言うと、俺の主はほっと嬉しそうに笑ってくれた。
もっと交尾で教えてやらないとだめなのかもしれない。今日も頑張ろう。

「よかったぁ。ラームの言いたかった事は何だったの?」
「えっと、いや……」

言いかけてやっぱり止めた。
中に入りたくないし、俺は狼だが、今はなるべく人間の姿でレニの隣にいたい。

魔力のことは帰ったら考えよう。

「お前と手を繋ぎたいと思ったんだ」

だから今思ったことを代わりに告げた。
却下されるかと思えば、優しいレニは照れくさそうに手を差し出してこう言った。

「いいよ、ラーム。はい」

俺はレニの右手を握り、幸せに包まれる。
それは食欲だけじゃ決して満たされない場所にある感情だ。



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