召喚獣と僕 | ナノ


▼ 28 最終話 召喚獣と僕の行方

聖地保護遠征はラームが戻ってきてからというもの、円滑に終了した。騎士団と教会の共闘により異端魔術師は排除され、大聖堂での儀式も成功したのだ。

色々あったが僕と召喚獣の仲はより深いものになり、日々穏やかに、一方では刺激的に過ごしている。

「レニ。起きろ。今日は朝から会議なんだろう?」
「んー……眠いよう。ラーム、起こして……」

部屋の毛布にくるまる僕を優しく引っ張り起こし、裸に服を着せてくれる。だらしがないとは思うけれど、夜にあまり眠れなかったのは彼のせいなのだ。

「お腹空いたね。あとで食堂でなんか食べよう。ラームは…一杯だよね」
「そうだな。結構膨れている。……でもこっちは足りない」

彼は自慢の腹筋をさすったあと、僕の後ろから顎をとり逆さに口づけしてきた。獣だから行儀がよくない。

僕は呆れまじりに照れてから、出かける準備をして廊下に出る。
ここは騎士団領内に建つ魔術師別館で、僕ら専用の研究室があり寝泊まりもできるのだ。

転移魔法も使わずに出勤可能なんて、夢みたいだと思った。
ただ今の僕は、ほぼ魔力欠乏の心配はいらなくなったが。

「おはようございます、お二人とも。おや、随分お元気そうですね」
「あ! エブラル先輩! おはようございます!」

朝から出くわした灰ローブ姿の大物に緊張感をもって接する。どうやら彼も珍しく会議に出席するらしい。

「エブラル。俺達はそんなに元気に見えるか? ははっ。それもそのはずだ。なんせ昨日はーー」
「ちょっとラーム! 何話す気だよ、大先輩なんだよ!」

僕は真っ青になり人型の茶狼に突っ込んだ。彼は最近、魔力に満ち溢れているからか元気が有り余っている様子で、テンションも高いのだ。

「ふふ。私のことはお気になさらず。若いとは素晴らしいですね。独り身はこたえるな」

銀髪の紳士に苦笑され、笑ってごまかした。この人の見透かすような妖艶な瞳には、すべて気づかれてるんじゃないかと思わされ肝が冷える。

「そういえば、レニさん。あなたが会いたがっていたセラウェさん、今日やっとお帰りだそうですよ」
「え! 本当ですか、嬉しいな。聞くところによると、ロイザさんと特別な任務に出ていたんですよね。きっと大変だっただろうなぁ」

心配しながら会議室の扉を開ける。
するとそこには長方形の机に突っ伏した、黒髪の男性がいた。
僕らに気づき、げっそりした顔で振り向く。

「あ……お前ら。久しぶり。ロイザそのへんにいなかったか」
「いませんけど、どうしたんですかセラウェさん、脱け殻になってますよ!」

僕は慌てて彼のそばに行き、疲労困憊だというので回復魔法を優しく体全体に施した。ラームは彼の肩をもんであげていて、「ちょ、強えよッ」と注意されていた。

少し離れた上位席に優雅に座るエブラルさんが、僕らのことを微笑ましく見守る。

「ご苦労様です、セラウェさん。あなたも偉いですね。使役獣の尻拭いをきちんと全うするとは。遠征分の損害凄かったらしいじゃないですか」
「まあな……あんな奴でも主従関係だからさ。どっちが主かわかんねえけど……時々役には立つしな。皆の口添えにも助けてもらったし…」

ぶつぶつと語る先輩が、隣で大人しく聞いていた僕とラームを見た。
その深緑の瞳がやけにじっと見開かれて、じりじり詰め寄ってくる。

「ん? んんん? 待て、お前。なんだ……? レニ」
「は、はい! なんでしょうっ」

今まで色んなことを相談しお世話になった彼に、さすがに隠していたことがバレたかと恐れた。召喚獣との密な関係だ。
しかし指摘は少しずれていた。

「お前の魔力なんか増えてねえ……? え? どういうことだよオイ」

なぜか若干憤慨しながら僕の前に来て、獣みたいに鼻をくんくんさせて近づいてきた。
そこで見かねたラームが彼の肩をぐいっと引く。

「おい。何をしてるんだ? レニの匂いをかぐのは俺の仕事だ」
「うっせえ! つうかお前も……なんだよそれは! 二人して魔力もりもりになってんじゃねえかッ、この裏切り者っ!」

急に浴びせられた言葉に僕達は目を丸くし、顔を見合わせる。

「ちょ、どういうことですか裏切り者って。そんなことしてませんよ!」
「いやしてるだろ、先輩より強くなりそうな後輩ってどう思う? 俺の立場あると思う?」

やさぐれた表情で問われて僕は一瞬呆けてしまった。
エブラルさんは呆れた表情で笑い、少し頭を抱えている。

「は、はあ? セラウェさんひどいです! 僕はあなたのこととても尊敬してる後輩なのに! そんな目で見てたんですか? っていうかそれが本心ですかっ、僕が弱そうだから可愛がってくれてたんだ、ひどいよ〜! うえーん!」
「……はっ? なにその泣き声、お前かわい子ぶってんじゃねえぞ! もう弱くねえんだからな、誰も甘やかしてなんかくれねんだよ! くっそ魔力どんどん増えやがって、結局は血筋かよ、あーあ、いいなぁ羨ましいなぁ!」

僕が思わず本音を叫ぶと彼も本性をさらけ出してきて、かなりの言い合いになってしまった。

この人こんな人だったんだ。信じられない。
温厚で優しくて完璧な人格者だと思ってたのに……!

「はぁはぁ……ああ、疲れた。任務明けで疲れさせんなよ…」
「…なっ! あなたこそっ僕の敬愛を返せぇっ」
「なんだとやんのかコラぁっ」

互いにムキになり気持ち的には取っ組み合いを始めてしまうかと思ったが、他の体格のいい男性二人はとくに止めなかった。
僕達が本当はそこまで本気の喧嘩でないことは知っていたのだろう。

「……ははっ。なーんてな。悪い悪い、レニ。ちょっと鬱憤をお前らで晴らしちまった感がある。あれだ、先輩っつってもただ年上なだけで俺はもともとしがない魔導師なんだ。だから夢を見すぎなんなよ俺に対して。なっ?」
「いや見てないぞ。クレッドとロイザは強い男だと思ってるが」
「うるせー! 獣は黙ってろッ!」

また先輩を切れさせてしまったが、喧嘩両成敗ということで僕も頭を下げた。

「すみませんセラウェさん。僕の方こそ子供っぽい態度取っちゃって。あれですよ、魔力増えてもセラウェさんの後輩だという立場は絶対変わりませんから! それにセラウェさんのほうがまだまだ全然強いです! ラームはわかりませんけど、僕は実戦経験ほとんどないですから!」

胸を張って言うことではないのだが、事実だから気をひきしめる。
しかし隣の召喚獣は僕を見てきて口を開いた。

「そんなことないぞ。レニもすぐに強くなる。俺達は二人でひとつだ。いつかこの教会で一番になるぞ。有望株だ」
「はは。ラームってば、難しい言葉知ってるね。でもありがとう、そうなれるように頑張ろうね」

二人で約束したところを、セラウェさんはじとっと白けた目をしていた。

「ふーん仲いいね。まぁ俺にもすっげえ強い弟いるし。いざとなったらそいつが出てくるから。だから大丈夫だし」

恨めしげな先輩の気持ちをまた少し刺激してしまったようだが、僕は苦笑いで頭を下げておいた。

さっきまでのことはかなりびっくりしたとはいえ、どこか新しい自分に出会えたようで、先輩との距離もある意味縮まったみたいで浮き足立つ。

やっぱり、本音で話すのっていいことなんだなぁ。
むしろよかったかも。

安穏としていると、会議室の扉が開き、白装束姿の聖職者が現れる。黒髪ですらっとした彼は、皆を呼び出した張本人だ。

「なんだい皆、遠くからでも賑やかな声が聞こえてきたよ。仲間意識が深まってきたのかな? 実にいいことだ」
「げっ! イヴァン! あんたな、今日はまともな内容にしてくれよ。こっちはヘトヘトなんだ。なぁレニ」
「そうですよ。伯父さんなるべく優しいものでお願いします」
「ふふ。上司の僕に向かってセラウェ君と徒党を組むとは。君も一皮むけたね、レニシア」

伯父がまた軽妙に言葉を発し、どこか嬉しそうな様子で微笑んだ。
そんなこんなで会議が始まり、各々が意見を交わし折り合いをつけ、時間内に無事に終えることが出来た。



その後同僚と別れ、休憩がてら二人で領内を散歩した。
木々の色づく葉を眺めながら、思いを巡らせる。

半年前は想像もしていなかったな。今の自分とラーム、そして二人のことを。

「ねえねえ。そういえばさ、僕達の魔力って、結局増えたってことだよね」
「ああ。レニの魔力は増えたというより、あるべき量に近づいているといった感じだろうな。それにつれて俺のタンクもでかくなっている。いいことだ」

隣をゆくラームが立ち止まり、満足げに僕の頭を触る。

「原因はやっぱり触れ合いだよね? あと、二人の気持ちとかも、かな。はは。……でもラームの寿命も、もう大丈夫なんだよね? 問題ないよね?」
「ないと思う。お前と触れ合ってから、空腹が明らかに減った。レニの魔力も成長して、いいことづくめだ」

すっきりと笑む彼につられて、僕も安心し頷いた。

「でも一番嬉しいのは、心の幸福感だ。もともとたくさんあったが、もっと満杯になったからな。レニはどうだ?」
「うん。僕も同じだよ。ラームが一緒だと、幸せだしドキドキするんだ。……ドキドキは、なんか変なんだけど」

それは家族だったから。
単純なことなのだが、大柄な彼は首をひねる。

「変? 交尾のときか?」
「そっ、それだけじゃないよ。好きな人だからっ。……ラームはそういうことないの?」
「あるぞ。聞いてみろ。ちなみにレニも俺の好きな人だ」

胸を張るラームが、僕の手をもってそこに当ててくる。大きな心臓の音。どっ、どっ、どって速く感じる。

「わぁ、平気? 走ったあとみたいに速いよ」
「獣だからな。レニも確かめよう」

手のひらが僕の胸を覆う。反射的に息をとめてしまった。

「なっ!! 俺より速いぞ! 病気かもしれない、トマスに見てもらおう!」
「平気だってば、ラームが触るから!」

大袈裟な彼を真っ赤になって止める。
ラームは僕の変化をまだよくわかってないのかな。
きっと彼が思ってるより緊張したり焦ったりしてるのに。

……まあいいか。これがいつもの彼だ。

「そろそろ行こっか。お腹すいちゃった」
「ああ。一緒に行くぞ、レニ」

手をつないで目的地へ向かう。
召喚獣と僕は、いつもそんな幸せな日々を送っていく。



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