召喚獣と僕 | ナノ


▼ 24 覚醒

夜になり、聖地巡礼を行う聖職者が続々と現れては次の聖堂へと出発していく。
僕と若き聖騎士セルゲイさんにも格式高い馬車が用意され、御者台にも二人の騎士が並んでいた。

青い制服に身を包んだ逞しい彼の隣に、一応魔術師らしくローブを羽織った小さい僕がいたが、なんて弱そうなのだろうと戦慄する。

「レニ。…って呼んでいいか?」
「……はいっ? もちろんです!」
「はは。元気がいいな。緊張してるのか。もうすぐ聖職者が来るから、段取りを決めておこう」
「わかりました!」

爽やかに微笑まれ、彼に馬車内での座る位置や非常時の行動などを教えられた。正直いかつい短髪の風貌から寡黙で怖そうなのかと思っていたが、すごく優しい気さくな人だった。

話していると、やがて巡礼者である要人が到着する。
書物を手に現れた白装束姿の彼は、なんと会ったことのある人物だった。

「やあ、久しぶりですね。レニ君。私のことは覚えていますかな?」
「はい! まさかこんな所でお会いするとは…! お久しぶりです、ターシュさん」

挨拶すると胸に手を当ててお辞儀をされる。彼は以前教会の配達任務を受けたときに三教会で出会った司祭なのだ。
父と同じ年ほどの中年男性で、穏やかでとても親切な人なのを覚えている。

驚きの再会だったが、時間はきっちり守る必要があるため早々と皆馬車に乗り込んだ。
後方のドア近くに騎士のセルゲイさんが座り、中央に僕と司祭が腰を下ろす。

次の聖地まで三時間ほどの道のりで、司祭はまた夜通し別の馬車で参拝を続けるというから、連日の巡礼に尊敬の念が止まなかった。

「君が元気そうで安心しましたよ。ところで今日は、召喚獣のラーム君はいないんですね」
「……あっ。そうなんです。実は……」

彼と世間話をさせてもらっていたのだが、個人的な話を任務中にしていいのかと迷い、ちらっと斜め正面にいた騎士を見た。
すると司祭も青年に目をやり温厚な表情で口を開く。

「大丈夫ですよ。彼らは皆口が固いですから。ねえ」
「はい。自分のことはお気遣いなく」

頷かれて僕はいいのかと思いつつ話を聞いてもらうことにした。
ターシュさんは以前使役獣を飼っていた経験があると聞いていたのだ。

「ーーなるほど。では彼は今君の中に」
「はい……中々出てきてくれなくて。こんなことってあるんでしょうか。やっぱり心の問題なのかな」
「そうですね……十分ありえると思います。些か長いのが気になりますが。ひょっとして、意思とは別に出られなくなっている可能性も…」
「えっ?」
「私の勘ですがね。彼のまとう雰囲気は明るく、主を強く慕っている様子でしたから。もがいている最中かもしれませんよ」

予想外の指摘だった。僕にはラームの状態が分からないため、希望と受け取っていいのか戸惑いつつも、なおさら早く顔を見たくなってくる。

「ですがレ二君。君の魔力は随分成長しましたね。今度ラーム君が戻ってきた時には、きっと二人とも更なる力を手にいれていることでしょう。今はあまり思い悩まず、出来ることをしましょうか。彼のためにも」

柔らかい笑みとともに与えられた助言が、心に染み渡っていく。
僕は感動し、涙が潤む中つい子供のように頷いてしまった。

「……はい! ありがとうございます、ターシュさん。かなり心が楽になりました。そうですよね、僕が芯をもってラームを迎えないとだめですよね! ……それにしても、あなたともう一度お話ができて本当にすごいし嬉しいです。こんな偶然ってあるんですね」
「ふふ。実はですね、レニ君。半分偶然ではないんですよ。あれから君達のことが少し気になりまして、イヴァン司祭に尋ねたのです。彼とは旧知の仲ですから。もちろん今回の護衛の件は偶然なんですけれども、馬車の手配につき君を勝手ながら指名させて頂きましてね」
「え、ええー!! 僕を指名ですか、大丈夫ですかそんなこと! 僕ド新人なのにっ!」

馬車が揺れてしまうほど驚き飛び退いたが、彼はくすくすと笑うのみで意に介していなかった。
さすが経験豊かな上位聖職者の方だ。

まあでも馬車を護衛するソラサーグの騎士が三人もいるし、僕を当てにしなくても戦力は十分なんだろうな。
そんな任務中の魔術師にあるまじきことをのんきに考え始めてしまっていた。

しかしだ。
今は聖職者らが大聖堂での儀式に取りかかるための、最重要事項である聖地保護遠征の最中なのだ。

実際、このあと何が起きても不思議じゃなかった。

「ふあぁ。あと何時間でつくんだろうなぁ」
「あと一時間ほどだ。レニ、さすがに眠るのはあとにしてくれよ」

正面の後方で姿勢正しく座っている騎士のセルゲイさんに苦笑して声をかけられる。

「あっ! すみませんっ。僕ってば任務中になんてことを!」
「大丈夫さ。君は教会の魔術師の中ではかなり真面目だ。こちらもやりやすいよ」
「……へっ? そうなんですか。皆さんいつもどんな感じなんですか」

思わず尋ねると彼は肩をすくめ、言葉を濁すに留まった。
なんとなくだが伯父やイスティフさんあたりを思い浮かべ、僕も苦笑いするしかない。

「そうですねえ。魔術師というのは態度も含め変わり者が多いものだから。それも個性ではあるのだけど」
「……そうか。でもやっぱり個性って必要ですよね。リメリア教会の人達はすごい人ばかりだし」
「騎士団もそうさ、上のほうの人達は。俺達も負けていられないよな」

爽やかに述べるセルゲイさんに同意し、三人の男達の中でも和やかな空気が流れた。
それにしても、騎士団も変わった人が多いんだ。
確かに団長さんからして、すごい特性を持った人だなというのは感じたけれど。

『レニ』

えっ?

突然頭の中で声が響き、僕は愕然とした。
いや待ち焦がれた故の幻聴だろうと思い、馬の歩く音の合間に耳を澄ませる。

『レニ』

しかしもう一度、間違いなく彼の声が聞こえた。

「ラーム!? ラームなのっ!」

僕が馬車内で叫ぶと騎士と司祭も驚き注目する。

『レニ。敵が来る。気をつけろ』
「……えっ!? どういうこと、ラーム!」
『敵だ、レニ』

もう一度忠告され、血の気がすごい勢いで引いた。
間違いじゃない。僕の茶狼が頭の中に話しかけてきた。まるで戦闘時のように。

「馬車を止めて! 止めてください! 敵が来ますっ!」

立ち上がろうとし窓から外を見ようとする。顔色が変わった騎士はすぐさま僕の言葉を信じ、身を乗り出して前方の操縦席の木扉を叩いた。

「敵襲だッ! 馬を止めろ!」

その言葉とほぼ同時に馬が急停止する。
窓の外は暗闇で誰の気配も無かったが、すぐに外にいた騎士により明るい松明が増やされた。

夜の月明かりと灯火が、山道と馬車をぼんやりと照らす。
肌寒い風の中、僕らは慎重に馬車から降りた。

もし間違いだったらどうしよう。
そう考えたが騎士三人が長剣を抜き出し、警戒する表情で構える。

その間、司祭のターシュさんは書物を開き静かに詠唱を始めていた。
僕ら全員の周りにキラキラと白い細かな光が舞い降りてくる。

「これで魔法をある程度防げます。続いて対物理攻撃の詠唱を行うので時間を稼いでください。敵は近いようです」

司祭は普段の温厚さを消し、険しい顔つきで告げる。
皆にも緊張が走った時だった。

一人の騎士の片身にビリリッと雷光が通り抜け地に当たる。

「……ッ」

負傷はしなかったが飛び退き、すぐさま剣を構えるとそこ目掛けて男が跳躍し剣で切りかかった。黒いフードをかぶったそいつは攻撃を受け止められると一旦引き、二刀をぐるりと振って近くをゆっくりと歩く。

「くそっ。奇襲が失敗した。その上準備もされちまったよ。一番弱そうな奴らを狙ったのに」
「依然として弱いほうだろう。中年に若騎士にガキ一匹。さっさと片付けて獲物を奪おう」

好き放題言う黒フード二人は、一人は剣士でもう一人は魔術師だった。禍々しい魔力を放つ黒魔法の使い手だ。
敵はそれだけじゃなく、あと二人も後ろから出てきた。

僕は足がガタガタと震え真っ青になる。
実戦経験がほぼ皆無な上、物騒な悪者と初めて対峙した。
ラームがいればもっと自信が残っていたはずだ。しかしーー。

震えているうちに、戦闘は始まっていた。
騎士達は司祭による防護の力に包まれ、青い光をまとった剣で敵とやりあっている。

あれはリメリア教会から聖騎士に授けられるという特別な守護力だ。すさまじい剣技と威力で武力では圧倒していたが、後ろに控えた魔術師の中距離魔法により次第に押され始めていく。

僕はどうしたら。
何が出来るんだ。召喚を試みようとしても、左手首の刻印が反応せず絶望する。
司祭はその間も騎士達に回復魔法を注ぎ、バリアを張り続けている。

「レニ君! 全体魔法を唱える間、なんとか注意をひきつけてください!」
「は、はい!」

そのときだった。
セルゲイさんが敵を一人倒し、他の騎士らがもう一人と戦う。
しかし敵の魔術師の一人が大きく手を空に掲げるのを僕は見た。

まずい。きっとしゃれにならない威力の術式だ。
僕は両手を突きだし、飛距離のことも考えずに炎魔法をあらゆる力を振り絞ってまっすぐに放った。

「う、っ、く、はあぁぁあ!!」

叫びとともに吹き出す炎は、目の前で信じられない爆発に変わり、ためらいなく敵の眼前に到達した。そして瞬間的に、彼は火に飲まれ燃え上がった。

「く、くそッ!」

それを見た敵の剣士が怯み、隙を突かれ聖騎士らに剣を突き立てられる。
ぐさっと鈍い音がしたかと思うと、気づけば敵は皆倒れ込んでいた。

「ああ、あ……」

僕は後ろにふらりとよろける。すると力強く脇を持たれ支えられた。
呆然とする僕にセルゲイさんが「大丈夫か!」と聞いてくる。

あんな威力の魔法など、出したことがない。
しかもあれは敵だったけれど、まだ炎に包まれ消し炭になろうとしている。

「ど、どうしよう。僕……」

まるでラームの炎に似た性質だった。
何が起こったんだ。

「レニ君! 怪我はありませんか。驚きましたね、あれほどの炎を作り出すとは」
「ターシュさん……死んじゃいましたよね、あの人、そんなーー」

自分のしたことに身震いが止まらず、その場に崩れ落ちた。

「敵は我々を殺すつもりで襲ったのですよ」
「そうだ。見てみろ、残りも始末した。君の働きは十分だったよ、よくやった、レニ」

頭をくしゃりと撫でられ、そのまま抱き起こされる。
なんとか自分の足を踏ん張り、僕は無惨な光景を見つめた。

これが騎士や魔術師同士の戦い。敵も命をかけているし、僕らも命をかけて立ち向かい殲滅する。

そういうことなんだ。
教会で働くということはーー。

「さあ行きましょう。幸い負傷は少ないです。騎士は私が治癒しますから、次の聖地まで向かいますよ」

その後、司祭のターシュさんにより馬車内で治療を受けた騎士達は事なきを得た。
僕はまだ満身創痍な状態で任務を続け、頭の中ではこの事を教えてくれ、僕らを救ってくれたラームに必死に話しかけていた。



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