召喚獣と僕 | ナノ


▼ 23 遠征にて

ラームがいない間、色々なことを思い出した。
魔法学校にいた時のことだ。弱い僕は学校でよく生徒から絡まれていた。

「おい、なんだよさっきの授業。また召喚獣とかいうやつ使ってズルしやがって。一人で戦ってみろよ、魔力がしょぼいお前なんか俺にぜってー勝てねえんだからな!」
「ぅあっ、ちょ、やめてっ」

トイレから出た途端、取り巻きを連れた男子に胸ぐらを掴まれ、真っ青になる。
しかし廊下で待っていたラームが彼を素早く引き剥がし、軽々と持ち上げまた下ろした。真っ赤になった男子は捨て台詞を吐く。

「この大男がッ毎回邪魔しやがって! つうかなんで中等科におっさんが入れんだよ、このコネ野郎! 一人で行動してみろバーカッ。……お前ら行くぞ!」
「お、おうっ」

制服姿の生徒達がようやく去っていく。
ため息を吐いて彼の言葉を反芻した。確かに僕はお情けでこのアカデミーに入学できたコネ野郎だ。

「はあ。……助けてくれてありがとう、ラーム。獣化しても大丈夫だよ」
「わかった。……レニ、俺はおっさんか?」

言われた言葉を気にしていたラームだったが、僕は「大人に見えるだけだよ」と答えておいた。
校内では授業外でも召喚獣の携帯は認められているが、この茶狼は僕を護衛してくれようと時折人化する。

魔力の少ない人間には不似合いな、立派なボディガードのような存在を従え、それをよく思わない生徒はいた。

放課後、僕は部活に向かった。
色んな意味で浮いていたため、同級生の友達は少なく、この召喚物サークルでは気分も安らぐことが出来た。

「先輩、受験勉強ですか?」
「そうよ。内部進学だけどテスト厳しいからね。レニ君も来年頑張りなよ」

優しい女子の先輩が声をかけてくれる。
応援しながらも、自分のこととなると気が滅入った。
僕は十歳の頃からこの時の十四才まで、魔術師の父により水準の高い教育を受けさせてもらった。
だから普通はアカデミーの他の子らと同じように、高等科に進むはずだ。

しかし、僕はーー。

「レニ。将来のこと、どう考えているんだ?」

それから一年後。残った教室で聞いてきたのは、担任の先生だ。
隣に茶狼が行儀よく座る中、口ごもっていると、先に話をされた。

「かなり落ち込む事を言うかもしれない。悪いな。お前の魔力量を考えると、この先の専門的な分野に進むのは難しいと思うんだ。……どうだ、実戦を含む魔術師になるのは諦めて、研究一本にしぼるっていうのは。レニ。お前は努力家だし、筆記の成績もかなりいい。悪くない将来だと思うぞ」

お世話になった先生に励まされ、僕は正直かなりショックを受けた。分かっていたことなのに。授業についていくのが精一杯で、しかもどれもが召喚獣の力を借りたものだってことも。

隣でラームが見つめてきて、悲しそうな声で鳴く。
その姿を見た僕は、先生にこう答えた。

「分かりました。僕は中等科で卒業します。仕方ないですし……。でも魔術師になるのは諦めません。ラームがいる限り、僕はそれを目指したいんです」

痛々しい微笑みに見えたかもしれない。でも先生は笑わずに、最終的に僕の言葉を受け入れてくれた。

たった一年前のことだけど、僕の気持ちは当時と変わっていない。
どうして魔力が少なくて、向いていない分野なのに辞めないのか。

それは父や伯父が魔術師で、そういう家系だからというだけじゃない。
働き者で心優しく、力強い茶狼の召喚獣に、少しでもふさわしい主になりたかったからだ。

幼い頃から、ラームがいたから。
だから僕は自分がちっぽけでも、魔術というものに惹かれ続け、ラームと一緒に成長し、もっと強くなりたいという気持ちを持てたのだ。




リメリア教会で幸運にも雇ってもらえて、数ヵ月が経っていた。
僕は今、大仕事である遠征に来ている。

「ようこそお越しくださいました。こちらに署名をお願いいたします」

聖職者や職員に混じり、歴史的遺産である聖堂内の受付で案内をする。
厳粛な雰囲気にはじめは圧倒されたけど、何日か経つと慣れてきた。

「レニシア。調子はどうかな? あの可愛い子は誰だって密かに評判なんだよ。僕は彼らに自分の甥だって自慢しているんだ」
「お、伯父さん。変なこと言わないでくださいよ。真面目に仕事してるんで」

焦りながら苦笑すると、忙しいはずの司祭の伯父は、白装束を通した腕を組み笑った。

「ふふ。君に注意をされるのも新鮮だね。でも本当に今回は助かったよ。うちの教会には普通の仕事ができる人間が少なくてね。皆協調性がないから。レニシアやオズ君のような人材が必要なのさ」

一瞬この人が言うのも凄いなと思ってしまったが、褒めてるのだと思うから素直にお礼をいう。
オズさんは勿論素晴らしい魔術師だ。でも僕は、この界隈では凡人以下の存在でーー。

「ん? どうしたんだい。急に悲しげになって。……ああ、もっと側にいてやりたいがあっちで呼んでいるな。大丈夫かい? 困ったことがあったら何でも言うんだよ」
「あっはい。ありがとうございます。司祭」

お辞儀をすると彼は優雅な笑みで去っていった。
トマス伯父さん、仕事中なのに気にかけてくれてるし、すごく優しい。
申し訳なさも感じたが、それほど僕を心配してくれてるのだろう。

気付けばラームが出てこなくなってから、もう一ヶ月が過ぎていた。
彼は僕の体にいる間は眠っているイメージだけど、お腹は空いてないだろうか。

こんなに長い間離れ離れになった経験がないから、心配と不安で、本当はどうにかなりそうだ。
ラームのことを考えていると、しかし最近あることに思い至った。

彼はきっと根底の部分で自信がなかったのかもしれないと。
自分は一体何なのだろうと悩む気持ちや、欲しているものが手に入らない辛さは、魔力の乏しい僕にはよく分かる。

僕達は似た者同士だと思う。
彼の壮絶であろう頑張りに比べたら、並ぶのは失礼かもしれないけれど。

でもラームは、僕にとっては本物の狼だ。
彼もこんな僕を魔術師だって認めてくれている。
それでいいじゃないか。

「早く出てきてよ、ラーム。寂しいよ……。命令だよ」

午後の休憩時に裏口のベンチに座り、僕はひとり呟いた。
孤独に苛まれ目が潤んでくる。

このままもし彼が出てこなかったら……一生会えなかったらどうしよう。
考えるといっそう目元がじわりときた。

もっと魔力供給してあげればよかった。わがままだなんて思わずに、いっぱいキスして、望むことを何でもやってあげればよかった。

そうすれば彼だってもっとーー。

「……レニ! おいレニ! 大丈夫か? ぼーっとして」
「わ、わあ! セラウェさん!」

気配があんまりなかった先輩が突然横から出てきて、驚き立ち上がる。なんでも彼は周辺任務から帰ってきたばかりで、僕を呼びにきてくれたらしい。

午前に会ったばかりの伯父から緊急召集があったようで、急いで聖堂内の別ホールへ向かう。

そこにはすでに司祭と騎士団の小隊が集まっていた。
領内で見かけたことはあったが、二十人ほどの屈強な聖騎士の視線を浴びることはなかったため緊張で動きが固くなる。

「二人とも、急に呼んですまない」
「いやちょっと、なんだよこの物々しい雰囲気は。あんたまた俺らに重荷な任務やらせようとしてんじゃねーだろうな。……つうか、あっ!! お前、なんでここに……うそだろ!」

セラウェさんが伯父に噛みついたかと思えば、先頭にいた背の高い騎士に声をかける。僕はその人を見て一瞬息をのんだ。

色素の薄い茶髪に同色の瞳、長い睫毛に色気のある目元。
中性的な顔立ちの麗しい男性だ。

「なんでって、護衛の任務さ。君達魔術師とともに聖職者を目的地まで送り届ける。俺達第二小隊が直々に担当するんだ、誇らしく思ってくれないかな? セラウェ」

にこりと笑う様は厳つい騎士のイメージとは違い、思わず見とれてしまう。
聞いた話では、ソラサーグ聖騎士団は四騎士と呼ばれる隊長達によりそれぞれ第一から第四までの精鋭部隊が組まれている。

彼らは第二小隊というから実質ナンバー2の実力をもった凄腕の男達だ。
美形の隊長はユトナさんという名で、かなり先輩と親しそうだった。

「あの、司祭。まさか僕も魔術師として同行するんですか?」
「そうなんだよ、レニシア。護衛は他の教会や騎士団とも連携して行うんだが、欠員が出てしまってね。外でも異端分子との戦闘が増えてきている。うちの魔術師もそこへ回ってもらっているから、急遽君達にも参加してもらうことになったんだ」

説明を受け、事態の重さを強く感じた。自分など場違いじゃないかと足が震えたが、統制の取れた騎士達に見下ろされていると覚悟に迫られる。

「ーーはっ? 俺とユトナが一緒って、あり得ねえだろ! 隊長は休んどけよ、あっそうだ、こいつ新人だからレニについてやってくれ、なっ」
「セラウェ。俺達が護衛する方はそれなりの人物だ。それに俺は子供は趣味じゃなくてね。ああでももちろん君にも腕の立つ騎士を用意したよ」

隊長に急にくるりと向き直られ、緊張する。
彼は僕に微笑みかけたあと、一人の青年聖騎士を差し出した。

「彼はセルゲイだ。年は若いが期待の新星でね。よろしく頼むよ、レニ。ーーいいか、彼は司祭の甥っ子だ。丁重に扱うんだぞ。何かあったらお前の責任になるからな。気を引き締めてかかれ」
「はっ。了解しました。ユトナ隊長」

敬礼し、すぐさま僕にも頭を下げる。僕より数才年上ぐらいの青年だが、完成された所作につられて背筋が伸びた。

「こちらこそよろしくお願いしますっ。精一杯がんばります!」

こうして僕はその日の夜から、聖職者の巡礼という最重要な任務に加わることになったのだった。



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