召喚獣と僕 | ナノ


▼ 22 引きこもる召喚獣

「ラーム! ラームってば! どこ行っちゃったの!? ねえ!!」

伯父の家の居間で立ち上がった僕は、右往左往して周囲をくまなく視線で追った。しかしどこにも召喚獣の姿はない。

「落ち着けレニ。お前の左手首見てみろ、そこにいるだろ?」
「……えっ……、あ……っ」

冷静な父の指摘により確かめる。刻印から体内にかけて召喚獣の波動を感じ、力がゆっくりと抜けていった。
ソファに腰を弱々しく落とし、瞳を伏せる。

「どういうことなんだよ。どうしてラーム……狼じゃないって、なに? お父さんなにか知ってるの」

僕は混乱とショックのあまり父に強い眼差しを向けた。
二人とも彼の言葉を聞いても動じていなかった。僕だけが知らなかったのだ。ラームが隠しておきたかった事実を。

しかし父は、金髪をぽりぽりと掻きながら一度伯父に目をやり、二人で目配せしたあと僕に答える。

「うん、まあ、そうだ。黙ってて悪かった。このことも」
「なんだよこの事って! 全部教えてよ!」
「そうイライラするなよ。ちゃんと話すからさ」

もどかしく思いながら膝を握る。僕はすでに心細かった。
なによりあんな顔をラームにさせたことが主として辛くなっていた。

「ーーあいつが言った通り、ラームは元々野生の狼じゃなかったんだ。俺が造り出した生き物……のようなものだとしておくか。だから毛玉って言ってたんだよ。その……責任があるとすれば俺だ。今から十三年前か、当時の俺は最初から完璧な召喚獣を生成する力がなかった。まあ、今ならもっと良いものが造れる自信はあるぞ」

そこまで言って伯父の肘がやんわりと父の脇を突く。

「いでっ。悪い悪い。そういう意味じゃないんだよ。とにかくな、お前に何か小さい友達のようなものを贈る気持ちだったんだ。そんな大したものじゃなく。そうしたら……ええと、……やっぱあいつから詳しい気持ちとかは聞いたほうがいいんじゃねえかな。なあトマス」
「…ふむ。そうだね。こいつの話は要領を得ないから僕がまとめてあげよう。レニシア。ラームはね、君を守ろうとしたいが為に、自我を持ったんだよ。彼の願いを聞くには、端的に言って当時の僕らには些か難しかった。でも頑張ったつもりだ、チャゼルの師にも指示を仰ぎながら」

二人は昔を思い出すように語り、その表情は予想より悲痛さはなかった。
僕は明かされる事実に戸惑う。ラームは元々野生だったという話を信じきっていたし、いつも自信のある彼にそんな重大な秘密があったとはまるで気づかなかったのだ。

……でもこうも思う。確かに大きな事柄だけど、やっぱりどこからどう見てもラームは狼だ。今だって僕には疑いの余地がない。

「そうか……つまり、ラームはあとから狼になったってことだよね。そんなことが可能なの? お父さん達の力は信じてるけど、あれほど野生に近くなれるものなのかな。……あ、そうだ! 同じ幻獣のロイザさんだって獣って確信してたよ。獣の匂いもするって言ってたし」

僕は懸命に二人に説明をする。これこそが確固たる証拠だという風に。

「へえ。すげえな、ラーム。まあそこはあいつの努力の賜物だろうな」
「ああ、本当に頭が下がる思いだったよ。彼の意気込みには。何が何でも本物の狼になるんだってね。だからレニシア。どうか理解してやってほしい。君に嫌われたと思ったら、彼ももうおしまいみたいな心境だろうし」

伯父に肩をすくめられ、僕は我に返った。

「僕に嫌われたと思ってるの? 恥ずかしいとかじゃなくて。今までの言動が気まずいとか」
「いや全部だろう。獣の考えは単純だと思うぞ」

父の言葉に伯父も苦笑しつつ同意していた。
考えてみたが、それなら話は複雑ではないと感じた。

「なんだ、気が早いなぁラーム…! どんなことだって僕達の仲を壊すようなことなんかないのに。……ラーム、もう平気だよ、早く出てきて! 話は分かったから、ねえラーム! 寂しいよ、僕を一人にしないで!」

宙になんていないのに、僕はそこらの空間にひとり話しかけた。すると二人の男の視線が刺さる。

「お前な、それはちょっとデリカシーがないかもしれないぜ。わかるだろう、ほら色々と男の誇りとか」
「そうそう。彼は獣だが感情は人間と遜色がない。今はそっとしておいて、今後彼が出てきやすいように君も工夫してあげるといいよ」

あまり常識のない兄弟にもっともな助言をされた僕は、またふらりとソファに腰を落とした。
僕って……確かに全然だめだ。
召喚獣の気持ちを一番に汲み取るべきはずなのに、彼を追い込んでいたのかもしれない。

あんな風に、時折過去を探ったりなんかして。
ラームはラームなのに。

今、どんな思いで殻に綴じ込もっているのだろう。
もう僕には会いたくないのかな。





その夜、僕はひとりぼっちで敷地内の塔に帰り、ベッドに入った。
大きい体なのに甘えたがりのラームのことだ。寝る時間になったら出てくるんじゃないかと思ったけれど、来なかった。

一人で眠ったのなんて、ほとんど覚えがない。
心の中でも外でも話しかけているうちに、少しだけ睡眠がとれた。

信じられないことに、それから一週間が経った。

僕は単独で教会に勤務し、やれることをやる。
伯父が気を使ってくれたのか、事務や簡易依頼などをこなし難しい任務はなかったが、段々と同僚も異常に気づき始めていた。

「おい、レニ? ラームどうした」
「あっ……セラウェさん」

別館の廊下を歩く僕の死んだ目に気づき、彼が近づいてくる。
最近別の任務で忙しかった先輩には、初めて経緯を明かした。

「はあ!? あいつ引きこもってんのか。マジで人間みたいなやつだな」
「……はい。ちょっと、仲違いというか。すれ違ってしまって」

弱々しく伝える。何でも相談したくなる柔和なオーラをもった先輩だが、さすがにラームの根幹のことは勝手に言えなかった。

セラウェさんも真面目に受け取ってくれて、腕を組みうなり出す。

「なるほどねぇ。あいつ繊細なんだろうな、あんな図体して。……まあでもいつか出てくんだろ。お前のこと大好きで我慢出来ないだろうし」
「そう…ですかね。僕、もう分かんなくなっちゃって。五分に一回話しかけてたんですけど、何も答えないし。無理矢理呪文で呼び出そうとも思ったけど、それはしたくないし。はあ……」

本当は自分にできることなんてないのかもしれない。
彼の心の問題だからだ。

「え! お前すげえ忍耐強いな。俺だったら師匠に引っ張りだしてもらうわ。……あっ、でもそれじゃ根本の解決にならないよな。レニ、お前はよっぽど出来た主だなぁ」

先輩の優しい言葉が目にしみる。
どこがだろう。僕のせいだ、全部。
狼であることに期待しすぎてたのかな。ラームを無意識に苦しめていたのかな。

「はは……まったく違いますよ。セラウェさん助けてください。僕、どうしたらいいんだろう」
「うーん……確かにこの問題は根が深そうだ。とはいえ当事者同士の問題においそれと入れないし……とりあえず丸腰だからな今のお前。よしあいつを呼んでやる」

彼が男らしい顔つきで言った瞬間、ちょうど廊下の後ろを長身男性が通りかかった。
長めの白髪から涼しげな目元がのぞく、褐色肌のロイザさんだ。

「何をこそこそ話している。お前達」
「うお! びっくりさせんなよ。お前こそ珍しいな、魔術師の巣窟をうろつくとは」

先輩が呼び寄せると、白虎の使役獣は近寄ってきた。
僕もじろりと見られ背筋が伸びる。お辞儀をするといつの間にか彼が目の前に立っていた。

「レニ。あいつはどうした? 最近見ないな」
「あっはい。実はーー」

説明すると、先輩が口添えをしてくれた。

「……というわけでな、ロイザ。お前しばらくこいつについててやれよ。戦力的にやばいだろ、今のレニ」
「えっ、ええ!! そんな大丈夫ですから!」

突如話された提案に僕はとんでもないと両手を振る。

「いや大丈夫じゃないだろ、なあロイザ。お前どう思う」
「そうだな。なんとも言えん。ラームが隠れてるままならば平気ではないな」

白虎の彼は意外にも優しげに見つめてきた。二人の大人の男性に心配され、有難いやら情けないやら複雑になる。

その後も真剣に考え始めてくれたのだが、僕は固辞した。ロイザさんという雲の上の獣のような方の手を煩わせることも勿論恐れ多いが。

「その、大変有り難く嬉しい申し出なのですが、やっぱり、ラームが出てきたときに別の獣が一緒にいたら、あれかなと思って。匂いとかももし伝わっちゃったらやばいですし…。完全に僕のわがままなんですけど…」
「あー。いや、確かにそうだわ。悪い、俺気回らなくて」

先輩が申し訳なさそうに頭を掻く。僕は必死に否定したが、ロイザさんはじっと視線を合わせてきた。

「まあ大丈夫だろう。お前の魔力は増量している。しかも止まっていない。あいつが中にいるのに関わらずだ」
「……えっ?」

魔術師二人が目を見張る。

「なんの話? お前魔力増えてんの?」
「は、はい。実はちょびっとだけ…」
「……まったく。まるで気づかないとは、相変わらず抜けている主だな」
「うるせぇどうせ大か小かしかわかんねえよ! っつうか、おおーっ! ってことは、お前らまさかっ!」

突然顔を赤くして興奮状態に陥ったセラウェさんに僕は必死に否定をする。

「いや全部じゃないです、ちょっとですちょっと!」
「ちょっとはやったのかよ。うっそ〜。いかがわしい奴等だな」

言いたい放題の先輩にたじたじになっていると、彼の顔色が変化した。

「あ、いやマジでからかってる場合じゃねえ。そういやさっきお前の伯父さんに聞いたんだけどさ。今年も決まったらしいぜ、聖地保護遠征の任務」
「なんですかそれ」
「めんどくせーやつだよ。聖職者達が巡礼すんの。俺達が外野を見回ったりなんかしたり……もうすぐなんだけど、お前ラームいなくて大丈夫か?」
 
大丈夫なわけがない。
話を聞くとどうやら騎士団と共同の大規模な遠征らしい。
どうしよう。一気に目の前が暗くなってきた。

「セラウェ。レニが涙目になっているぞ」
「やべ、ほんとだ。お前慰めてやれよ、得意だろ」
「誰がーーふん、口が達者なやつだ。……レニ、泣くな。この俺がいれば百人力だぞ? あいつが縮こまっている間、お前に目をかけてやるから安心しろ。俺達はもう仲間だと言っただろう」

ロイザさんの大きな手が、僕の頭に急に乗った。
くしゃりくしゃりと乱雑に撫でられるが、慣れていないのか変な感じがする。

温かい言葉がすごく嬉しかったけれど……涙目は行き場がなかった。



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