▼ 21 真相
早速仕事終わりに、僕らは伯父の家に向かった。郊外の白い豪邸では老執事に迎えられ、大理石のロビーで待つ。
するとシャンデリアが光る中央階段から、私服姿の伯父が優雅に降りてきた。
「あ、伯父さん! 突然来てすみません。今大丈夫ですか?」
「もちろんだ。甥っ子達の訪問を喜ばない伯父はいないよ。さあこちらにおいで」
笑んで手招きをされ、ほっとして上階についていく。
彼は忙しい役職のため自宅に来たのは父と数えるほどしかないが、相変わらずお洒落でお金持ちだと思う。
「あの、僕達の研究室を用意してくださりありがとうございます。すっごい素敵でした! 本当にいいんですかね、あんな豪勢なお部屋お借りしちゃって」
「ふふ。君は本当に謙虚な子だね、レニシア。僕の大切な肉親だよ? もっと色々してやりたいくらいさ」
優しくそう言われたのだが、どことなく陰のある表情が気になった。
なんだか伯父さん、今日は本調子に見えない。
いつもなら独特の空気感で人を翻弄してくるのに。
そう少し心配していると。天井が高い純白の居間に入ったとき、僕は突然こちらに向き直った伯父に抱きしめられ、度肝を抜かれた。
「ちょっ、どうしたんですかトマス伯父さんっ」
「…………ん? ああ、やっぱりそうか。増えているな…」
彼の腕の中で独り言を聞きながら、何をしているのかが分かった。きっと僕の魔力量を測っているのだろう。強引なやり方は伯父らしいけれど。
静かだった召喚獣は、なぜか神妙な面持ちだった。
「トマス。レニは大丈夫か」
「ああ、心配いらないよ、ラーム。しかし君達にはいくつか聞かなければならないことがある。では座って話そうか」
えっ。
司祭の伯父は本業の顔つきで促してきた。
僕は一転して心臓がばくばく乱れていく。
まさか……気づかれてないよね。
いやバレるわけにはいかないのだ、僕とラームの秘密の関係が。
途端に緊張してソファに座る。温かい紅茶を執事に出してもらい、味も分からないまま飲んだ。
自分の悪い癖だけれど、黙ってられず口を開こうとする。
「あのっーー」
「レニシア。君達の魔力が最近増えたことに、何か心当たりはあるかな」
「……それはっ……特に、ないんですけど。……そういえばラームが最近人型で添い寝をするようになって、ええと、働いてる時の影響か、そっちのほうが好きになってきたらしくて。そのせいで魔力が増えたのかなぁ、はは。なんでか全然分からないけど」
僕は視線を忙しなく動かしながら、支離滅裂なことを言った。
嘘は言ってないが絶体絶命の気分だ。
しかし伯父は荒唐無稽だとは受け取らず、意外にも素直に頷いた。
「そうか。召喚術の分野は、僕も恥ずかしながらあまり精通していないんでね。推測でしかないが、生態の似通った人型同士のほうが魔力の循環がしやすいのだろうか。興味深いな」
不思議だけど伯父が言うとそれっぽい。僕も懸命に相づちを打つ。
茶狼といえば、爆弾発言もせずに隣でじっとしてくれていた。
だが僕はバカだから、さらなる安心を得たくて踏み込んでしまった。
「伯父さんお願いです、今のくだりお父さんには内緒にしてくれませんか。伯父さんはなぜか大丈夫でしたけど、ラームの人型は成人の男なので。もしかしたら良く思わないかもしれません」
冷静に、だが必死な感じで彼の黒い瞳を見つめる。
その瞳は一瞬丸くなったが、やがて小さく笑いをもらした。
「……ふふっ。わかったよ。確かにそうだな。あいつには聞かせない方がいいかもしれない。動揺するのを近くで楽しみたいという欲求はあるが、君達のために我慢しなければ」
物騒なことを述べる伯父の調子がだんだんと戻ってきたようだった。
魔力供給のことはうまく言い逃れが出来たようだとほっとしていたのだが、時おり僕らを見やる彼の視線が、どこかまだ変に感じた。
だがそれからしばらく経った時のことだった。
その部屋に、予期せぬ光粒が立ち込める。すごく見覚えのある転移魔法の輝きだ。
「うわ!!」
「まったく、もう来たのか。確かにお前を呼んだのは僕だが、もう少し気を使えないのか? 久しぶりの伯父と甥水入らずの時間に」
伯父は驚きもせず居間に現れた金髪の男を一瞥し、指を絡めてため息を吐く。
反対に僕は驚愕して立ち上がり叫んだ。
「おっお父さん! なにやってるんだよ! 仕事はっ?」
「よおレニ。ラームも。仕事は休憩だ。伯父さんから珍しく連絡もらってな。お前の話だっていうから文字通り飛んできたんだよ」
真面目な顔つきだが姿は乱雑な寝間着のままだ。急いできたのは本当らしい。
だが安心しきっていた僕の落ち着きは崩壊し、パニックで怒りの矛先を伯父に向けてしまった。
「伯父さんの嘘つき! どうしてお父さん呼ぶんですか! 話が違うでしょ!」
「いや呼んだのは君が来る前だよ。はは、可愛いなぁレニシア。僕のことを嘘つきよばわりするとは、ぞくぞくするね。昔のチャゼルみたいだ」
にやりと笑う男は愉しそうに、金髪赤目で容姿がそっくりな親子を余裕でなだめた。
父の呆れ顔がやがてこちらに振り向き、ぎくっと肩が動く。
「俺がいたら何かまずいのか。まさかお前、教会デビューでヤバいことやってるんじゃないだろうな? レニ」
「……な、なんだよそれっ。僕今までと変わらず地味じゃん! それにラームもいつも一緒なんだし、ねえラーム!」
茶髪の大男に助けを求めると、躾のいい召喚獣はしっかり頷いてくれた。
「そうだぞ。何もヤバいことはやっていない。俺もレニも真面目に働いている」
ラームの台詞に胸を撫で下ろす。前半部分は正直事実ではないが今は何が何でもこの状況を切り抜けなければ。
父は信頼のおける召喚獣の言葉を「まあ、それは分かってるが…」とひとまず信じてくれたようで、双子の兄の家で腰を落ち着けた。
なぜこんなことに。
本来は嬉しい家族集合のひと時なのだが、伯父が父を呼んだということは、議題は僕の異変についてだとすぐに推察できた。
「チャゼル。お前も気づいてると思うが、レニシアの魔力量が増えているな。さっき話を聞いたら、最近ラームが人型で過ごしていることが影響しているようだ。その他にも要因はあるのかもしれないが、いかんせん僕らは主従関係の外にあるからな。お前でもはっきりと分からないだろう?」
「ああ。分からねえ。ただ最近、レニの魔力量が増幅しているのは確かだ。それは別に悪いことじゃないんだがーー」
大人の兄弟に見据えられ、僕は震えそうになった。汗を必死に抑える。
肉親ではあるが、格が違い過ぎる魔術師達に睨まれて平気な者がいるのだろうか。
「……そろそろ、かもしれないな。お前に言うべきなんだと思う」
「そうだな。僕もそう思うよ。……レニシア」
伯父が頷き、僕の名を呼ぶと、父も金髪頭を上げた。
なに? なんなの?
僕は混乱して二人を交互に見る。
その緊張感のある空気が、やがて心をじわりと追いたててきた。
「レニ。お前に言ってなかったことがある。実はな、お前の魔力が少ない理由は、生まれつきじゃないんだ」
「ーーえっ? どういうこと」
「お前はごく普通の魔力量を持っていた。四歳になるまで。多く魔術師を排出した俺達の家系なら、将来的に期待ができるほどのものであったといっても間違いじゃない。だが……お前のお母さんが亡くなったあと、急に魔力の成長が止まったんだ」
僕は言葉を失った。初めて知る事実がぐるぐると思考をかき乱す。
「そういう事例は聞いたことがなかったし、俺もトマスも、必死に調べたよ。なにか病気にかかったのか、それとも怪しい奴に狙われて吸いとられたのか。けど、何も痕跡はなかった。ただぴたりと停止したんだ。普通は成長につれて多くなっていくんだが、いくら様子を見ても、助けになりそうなあらゆる方法や術を試しても効果がなかった」
当時を思い出したのか、悩ましい父の様子に胸が苦しくなってきて、ようやくそれが事実だと僕も悟るようになる。
「そうだったの……どうしてだろう。それほど強いショックを受けた…っていうことなのかな」
母の死に。
僕は大きな衝撃を受けたが、その時の記憶がほとんどなかったから、どう考えればいいのか分からなかった。
母のこともぼんやり覚えているだけで、今はただ、小さかった自分に対しての悲しみだけが襲ってくる。
「当然だが、その時のお前は全く元気がなくなっててな。笑うこともしないし、泣いたりもしない。感情を表わさなかったんだ。だから俺もすごく心配して、どうにか元気を取り戻してやりたいと思ってた」
父が悔やんだ表情で伝えてくれる。
その場の空気が落ち込み、伯父も心配げに顎に手を添え考えていた。
「僕もなんとか力になってやりたいと思っていたよ。魔力のことはもちろんだが、チャゼルを筆頭に家族として、君には元気で健やかに育ってほしいと願っていたからね」
その気持ちを真っ向から受けとった僕は、しんみりした思いで、二人にお礼を言う。
「あ……ありがとう。二人とも。そんな風に思ってくれてたんだね……。心配かけちゃってごめんね……」
魔力が少ない理由がようやく分かった。本当はおかしいと思っていたんだ、こんな家系に生まれたのに、なぜ自分だけこうなのか。
その消せない劣等感を何よりも理解してくれたから、父も伯父も今まで言えなかったのだろう。すごく優しい二人なのだ。
「でも、大丈夫だよ。どちらかといったら、そんなの自分のせいだし。もちろんお母さんがいない寂しさはあったけど。なんだか納得できたよ。……それに僕は、お父さんと伯父さんの他にも、ラームがいてくれたから。だから今までやってこれたんだよ。強くて優しい三人がいれば、僕は十分幸せだよ」
嘘偽りのない思いを、照れながら伝えた。感極まった様子の父と、伯父の微笑みが向けられる。一番言いたかったのは、これなのだ。
しかし隣のラームは、どこか浮かない顔をしていた。
父がそれを見て話を切り出す。
「そう、なんだよな。ラームはもともと、レニが寂しくないようにって俺が贈ったんだ。そしたら不思議と魔力が保持されて、少しではあるが増幅も認められたんだぞ」
「本当っ? すごいよラーム!」
嬉しくなって感謝の気持ちとともに彼を見た。
だが余計に切羽詰まった顔つきになって、おかしく感じた。
「どうしたの? ラーム。さっきの話、ちょっと重かったかな? 僕は大丈夫だから心配いらないよ。全部ラームのおかげなんだからね」
肩をさすって励ます。以心伝心しているナイーブな彼のことだ、きっと色々考えさせたのかと思っていた。
しかしラームは突然立ち上がった。近くの拳は微かに震えていて、人間のように苦しげな、切なげな眼差しを向けてきた。
「俺のおかげじゃない。俺は全然すごくない。俺は嘘つきなんだ。レニ」
振り絞るような声音に目を瞬かせる。
「えっ? なんの話? ちょっと、どうしたの。座ってよ」
「ーー全部作り話だ。俺は狼じゃない。俺は、白い毛玉だった。だから偽物なんだ。ずっとレニに嘘をついていた」
早口で述べられて頭が混乱をきたす。
すると父と伯父の視線を感じた。二人ともラームの言葉を否定せず、事情がわかったような面持ちで見つめている。
「……狼じゃないって……そんなことないでしょう?」
僕はつい、感じたままのことを言ってしまった。
物心がついた頃から一緒にいてくれた彼の突然の告白が、すぐに頭に入ってこなかったのだ。
しかし僕の不意の台詞は、ラームを傷つけた。
蜂蜜色の瞳は沈んだように色を落とし、伏せられる。
「本当だ……俺は狼じゃない。悪かった、レニ……」
そう呟いたあと、彼の体がぼんやりと白煙に包まれていった。
そしてこつぜんと、召喚獣はその場から消えてしまった。
「ラームっ!!」
叫びは通じず、あとは僕と父たちだけが残されていた。
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