召喚獣と僕 | ナノ


▼ 20 変化の兆し

あの日、街の宿屋から最後の教会へ配達をした僕らは、無事に任務を終えることができた。
それから二週間ほどが経ち、変わらず仕事場でがんばって働いている。

「おはよう〜ラーム。ふあぁ、まだ眠いや」
「おはようレニ。俺はもう支度ができたぞ。レニの服も準備した」

目がぱっちりしている茶髪の男に上下の服を渡され、僕は礼を言いながら寝ぼけ眼で着替える。
朝の日差しが丸窓から入ってくる塔で、人型のラームが手際よく乱れたベッドを直してくれている。

僕は感心しつつも不思議に感じた。

「ねえどうしたの。そんなふうに片付けてくれるなんて。いいことでもあった?」
「ああ。あったぞ。最近レニのペニスから直接ご飯をもらえてる。だからか、俺はすごく元気なんだ」
「ーーぶぅっ! げほっ、ごほッ」

歯磨きをしていた口元から盛大に飛び散ってしまった。
そのまま怒るわけにもいかず、洗面所で洗い流してからすぐに戻る。

僕はラームを床に正座させた。やっぱりこの茶狼はお仕置きが必要なのかもしれない。

「あのね、事実だとしてもそういうこと言っちゃだめなんだよ! 外ではとくに、分かったっ?」
「うん? ああ、わかった。……またレニを怒らせてしまったな。すまない。俺も人間みたいに準備の手伝いがしたくて……気分が高揚したから…」

しゅんとした巨体の男性を見下ろしていると、段々罪悪感がわいた。
彼の髪をそっとあやすように触る。

「そうだったんだね。僕も怒っちゃってごめんね。……でもラーム、人間みたいにしたいなんて珍しいね。無理しなくていいんだよ」
「いや、無理はしていない。ただレニに近づきたいだけだ」

真摯な召喚獣の後ろにもさもさの茶毛が揺れるのが見えた気がして、胸に何かが響いた。
座るラームに腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
時々困ってしまうこともあるが、彼の素直さはやっぱり好きだ。

「ふふ、可愛いなぁラームは。じゃあ先に朝ご飯あげるね」
「レニ」
「なに?」
「朝ご飯はまたここからでもいいか? 起きるまでレニのが反応していた。今は普通に戻ったが」
「〜〜っ、それは朝勃ちっていうんだよ、恥ずかしいから指摘しないで! それに昨日の夜もあげたでしょ、朝はキスだけっ」
「わかった。すまん」

再び失敗したという表情の彼だったが、沸騰した僕は広い腕に抱きとめられる。
結局そのまま口づけをされてしまい、彼が食べ終わるまで素直に従った。


塔から出た僕らは木々が囲む小道を抜け屋敷に向かった。
いつものように睡眠不足なガウン姿の父が、食卓で珈琲をすすっている。

「お父さんおはよう」
「おーおはよう二人とも。今日も教会か。偉いねえ。トマスによろしくな」
「うん。伯父さん忙しいからめったに会わないけどね」

話しながら、茶狼と二人並んで朝ご飯を食べる。
すると父の視線がふと僕らに交互に向かった。急に目覚めたみたいな、赤い瞳が真剣な魔術師の眼差しで見つめてくる。

「なに? 僕なんか変?」
「……いや……」

普段はお喋りな父が神妙に言葉を選んだ顔つきをしている。
奇妙に思った僕だが、はっと我に返った。

ーーもしかして、なにかに気づいた?

家ではだらしない父だけど、こう見えて魔道具の会社まで経営している熟練の召喚師だ。

「……あっ、そろそろ行かないと! ラーム、遅刻しちゃうよね、早く!」
「え? まだレニの好きなオムレツが残っているが。…まあいいのか。じゃあな、チャゼル」

僕に合わせてくれた茶狼も父に声をかけ、二人とも颯爽と鞄を持って玄関の外に出た。
急な行動をラームに尋ねられたものの、不確かなことになんと言えばいいのかも分からず、とりあえずごまかして職場に向かった。


転移魔法を使い、僕らは毎朝リメリア教会へと出勤している。
今日は任務がないため、騎士団領内にある魔術師別館で待機をしていた。
ホールで特訓でもしようかとも思ったが、下手に魔法を使って緊急招集などがされたら、魔力の乏しい僕はほんとうの役立たずになってしまう。

だからひとまず控室で瞑想をしていた。
たとえ自分には効果が少なくとも、睡眠と瞑想は魔力生成の基本だからだ。

「レニ。あいつが来たぞ。呪術師だ」
「……えっ? うそ!」

目を開けて慌てて腰をあげる。
ラームの言った通り、数秒後に扉を叩く音がした。現れたのは灰ローブをまとった銀髪長身の男性だ。

「エブラルさん! どうしたんですか、こんなところで。任務待ちですか? ……あ、違うや、エブラルさんは立派な書斎がありますよね」
「ふふ。その通りですが、任務ではないんです。今日はレニさんにお伝えしたいことがありまして」
「ええ! 僕にわざわざ!」

この明らかに貫禄が違う大人の呪術師の前では、僕はいまだに職場で恐縮してしまう。

「そんなに堅くならないでください。あなたも今や立派な教会の一員ですから。ですが初々しい若い人の姿もいいものですね。……ん?」

笑顔のエブラルさんだったが、突然整った形の眉をひそめる。
朝父にやられたように、彼まで僕とラームをじっと交互に見て、なにか考えているのだ。

僕は冷や汗が出てきた。
最近やたらと感じることだが、格上の魔術師は察知能力が桁違いなのだ。

「あ、あの……僕らが何か?」
「ああ、いえ。お二人とも、魔力が増えていませんか?」
「……えっ!?」

寝耳に水だった。そんなこと言われたこともない。
恐る恐るラームを見てみると、彼は胸を張って頷いていた。

「そうだ。よく分かったな、エブラル。レニのはまだ小さいが、俺はわりと増えてきている。だから力が湧いてくるんだ」
「ほう、そうでしたか。ラームさんは元々魔力を宿しているようでしたが、確かに増量していますよ。レニさんも……しかし微量ながら確実に増えています。……何かあったのですか?」

彼の藤色の瞳が怪しく細められた。まとう空気が突然ぴりりと冷たく感じ、心臓がドキドキしてくる。勝手に崖っぷちに立ったみたいに。

自分でも信じられないが、もしかして魔力供給のせいなのか?
ラームの証言とも辻褄が合う。

けれどいくら信頼する同僚の呪術師といえど、召喚獣とイケないことをしてますなんて言えるわけない。先輩達には偶然が重なり明かしてしまったが、さらに大人で紳士的なエブラルさんには、尚更恥ずかしかった。

「そのう、魔力供給の特訓が効を奏したみたいで……はは。こんな奇跡もあるもんだなぁ」
「本当に? それだけですか」
「は、はい」

嘘をつくのは胸がずきりとした。それにこの人ならいつかバレてしまいそうなほど鋭い眼差しだ。
しかし彼はようやく息をつき、不穏な気配を消した。
様子をじっと見ていたラームも唸りだしてしまうかと思ったが、隣で落ち着いている。

「すみません、悪い職業病ですね。つい人のプライバシーを覗こうとしてしまうとは。ですが何か困り事でしたら、私にいつでも話してくださいね。ご協力しますよ」
「はい、ありがとうございます先輩っ」

お辞儀をすると彼はいつもの笑みで頷く。
エブラルさんが僕に会いに来たのは、もちろんこの偶然のためではなく、ある用件を伝える目的らしかった。

「ーーえっ? 僕の研究室っ?」
「ええ。イヴァンがあなたのために用意したらしいです。この別館の三階にね。本当は自ら見せたかったようですが、仕事があったようで。代わりに私がご案内を」

僕はふらりと倒れそうになった。目上なのに親切すぎる彼にもだが、伯父がそんなことをしてくれるとは。下っ端の僕に。

「恐れ多いですよそんなの、研究室だなんて! ほ、ほんとうにいいんですか?」
「もちろんですよ。専属の魔術師たちは皆持っています。ただ一人、例外はセラウェさんですが。あの方の仮住まいは騎士団長のハイデル殿が自費で用意したのです。領内でもとくに安全な場所にね。相当おかしいでしょう? なのであなたも気にすることはありません」
「……ひえぇ〜そうなんですか! すごいなぁハイデルさん」

領内事情に度肝を抜かれてしまったが、わざわざ準備をしてもらったなら辞退する理由もない。
正直僕はさっき魔力のことがバレそうになったことも忘れ、途端にワクワクしていた。


白を基調とし美術品が並ぶ屋内を進み、割り当てられた研究室につく。
そこは他にもキッチンや寝室などが備え付けられた、まるで住居のような所だった。

僕が住む塔よりも断然広いし、書斎には蔵書用の背の高い本棚や、格式高い机と椅子もある。

「えええ! 綺麗すぎる……っ。エブラルさん、僕まだ16才ですよ、こんなの身分に合わなさすぎますっ、それに皆さんのように強くないし…!」
「ああ、あなたはとても謙虚な方ですね。これはいわば先行投資なのです。この場所に見合うような魔術師になってほしいという、期待も教会から込められているんですよ」

彼の叱咤激励を含む温かい言葉に、否応なく身が引き締まる。
これは夢じゃないんだ。とうとう自分も本腰を入れないとーー。

しかしこの前まで学生だった僕は、備品などの説明を聞いたあと、ラームと中を見て回りはしゃいでしまった。

「見てみて、お風呂もあるよ。ラームも気に入った?」
「ああ。この湯船なら二人でゆっくり入れるな。家と同じだ」
「わぁっ、いまそれ言わないでよ!」

恥ずかしい会話をしていると、呪術師は後ろで微笑ましく僕らを眺めていた。

「ふふ、仲睦まじいお二人ですね。そうそう、レニさん。たとえあなたが魔力を使い果たし、転移魔法が使えなくなったとしても、ここに泊まっていけば大丈夫ですよ。……と、言おうと思っていたんですが。今のあなた方の魔力量なら、その心配もないかもしれませんね」

にこりと彼に笑まれる。
えっ。そんなに増えてきているのか?
自分じゃわからなかったので僕は驚いた。

まさか本当に、ラームが僕のを最近美味しそうに飲んでるからだったりして。

「そうだったらいいんですけどね、あはは。……そうだ、伯父さんにお礼言わないと…! でも中々捕まりませんよね、忙しいですしあの人」

苦笑して頭を掻いていると、エブラルさんが教えてくれる。

「今日の夜は時間ありますよ、イヴァン。彼の自宅に行ってみては? 私がお伝えしておきますから」
「いやいや、いきなりそんなの迷惑ですよ!」

僕がとんでもないと首を振ると、銀髪の彼はよりはっきりと首を振った。

「いいえ、きっと会いたがっているはずです、あなたに。レニさん」

そう親切な先輩に勧められたら、はいと言わざるを得なくなった。
ほんとにいきなりトマス伯父さんのとこに行って、平気なんだろうか…?

なんだか恐ろしい感じはしたが、僕はこっそりと覚悟を決めた。



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