召喚獣と僕 | ナノ


▼ 16 獣と話し合い

今日は任務がなく待機の日だ。僕たちは騎士団領内へと出勤し、魔術師別館を歩いていた。

「ねえラーム。僕、図書館で勉強したいんだ。新人だし、先輩達に追いつくためにも。それでちょっと一人で集中したくて、ラームも別の所で待っててくれる? 領内なら自由に出歩いてていいから」
「……そうか。わかった。レニ、気をつけるんだぞ」
「うん! ラームも他の人に迷惑かけないで、良い子で過ごすんだよ。ほら、領内は庭園とかジムもあるし、気になる所散歩してきていいからね」
「ああ」

聞き分けよく頷く茶髪の成人男性だが、表情は寂しげだ。普段は絶対に離れたがらない召喚獣でも、僕の魔術師としての意気込みを理解してくれてるようだった。

とぼとぼ歩いていく大きな背中を見送り、僕は急ぎ足で建物内にある書庫へと向かった。彼についた嘘に胃がきりっとする。

本当は純粋な勉強というより、魔力供給について調べたかった。
リメリア教会が所有する膨大な魔術書に触れられるのは、専属の魔術師やここで働く職員、聖職者のみの特権だ。

格式高いホールに入り、まばらに人がいる本棚をすり抜け、手当たり次第に読み漁っていく。

魔力供給は使役する獣や召喚獣、または使い魔と呼ばれる存在に契約として行うのが一般的だが、その手法にはどこにも性的行為などについて書かれていなかった。

やはり邪道なのだろうか。というか、禁忌…?
ラームの話を信じないわけじゃないけど、本当に精液や精力が彼の生命源になるのか? 淫魔じゃあるまいし。

「はあ。こんなこと、誰にも聞けないよ……」

一番詳しそうなのは、召喚師で僕の師でもある父だ。
だが精霊や幻獣を操れるとはいえ、僕のように実際に使役してるところはよく知らない。
それに父はこの問題から最も遠ざけておきたかった。見つかったら大変なことになる。

残りは司祭の伯父だけど、身内だし高潔な職業柄相談なんてあり得なかった。
同じ使役仲間の先輩のセラウェさんは、この問題自体に驚いていたし。

「とにかく、人間にはこんなアブノーマルな事柄話せないよなぁ。……あっ、そうだ! あの人ならーー」

僕は立ち上がり、急いで本を仕舞い図書室を出た。

広い領内の隅にある、先輩の仮住まいへと向かう。
ちょうど一軒家から出てきた黒髪の男の人に、僕は慌てて声をかけた。

「セラウェさん! お出掛けですか?」
「おお、レニ。どうした急いで。俺今から任務なんだよ。あーやだなぁ、行きたくねえよ。また野宿すんだぜ」

動きやすい服装をした彼は嫌そうに呻いたあと、僕の話を聞いてくれた。

「え、ロイザ? あいつなら違う任務あるから、まだ控え室にいると思うが。……なんか不安になってきた。お前さ、悪いんだけど用あるなら見てきてくんない? そこで待っとけって言っといたんだ。まだ時間あるはずだから」
「わかりました、じゃあ行ってきますね、先輩もお気をつけて!」

僕はお礼を言って、手を振るセラウェさんのもとを離れた。

駆け足で別館に戻り、教えてもらった部屋へと向かう。
任務前に待機する控え室には、ロイザさんが一人でいた。褐色の肌に白髪の筋肉質な男性で、こうしているととても白虎の獣には見えない。

彼は独特の空気を持ち、まるで王族のようにソファに手をかけて長い足を組み座っていた。
勢いで来てしまったが、一対一の今日は緊張が襲ってくる。

「なんだ、お前か。どうした、レニ」
「……あっ、はい、すみませんっ。実はロイザさんにお話がーーって、え? 僕の名前! 覚えてくれたんですか!」

予期せぬ感動的な出来事に瞬くと、彼は無表情の口元を一瞬つり上げた。

「ふっ。任務が成功したらそう呼べと言ったのはお前達だろう。俺は約束は守る男だ。光栄に思え」
「はい…!」

ラーム、やったよ!と僕は思わず脳内で話しかける。

それから隣に座れと言われたので従った。
セラウェさんのことを伝えると「心配性な主だな」と呆れていたが、僕にはこの成熟した獣は全然問題なさそうに見えた。

「で? お前は何の用だ。人間がわざわざ俺に話をしに来るとは。この領内の連中に見習わせたい勤勉さだな」
「はは、それほどでも。あの…ラームのことなんです。こんなこと、同じ幻獣のあなたにしか聞けなくて。……この前、ラームが寿命少ないとか、言ってたじゃないですか」

この話をすると、僕はすぐに泣きそうになってしまうが、頑張って話をした。ロイザさんは覚えていてくれたようで、僕の問いも理解してくれた。

「ほう。体液交換をただの唾液交換だと思ったのか。お前は俺の主より抜けている奴だ。性的行為に決まってるだろう」
「そ……そうなんですか。やっぱり……だからラームってば、あんなこと…」

僕は衝撃を受けながらも、どこかで納得をして俯いた。
茶狼はきっと本能的に知っていたのだろうが、僕には今まで言わなかった。言えなかったのかもしれない。だからずっと伺うような顔色だったのだ。

「でも、どうしよう。やっぱり簡単なことじゃないですよね。あんな大きなもの、どうしろっていうんだよ。僕は男なのに…」
「レニ。それ以上はあいつに直接言ってやれ。外から殺気が近づいてきている」

ロイザさんの冷静な声に顔を上げる。
突然控え室のドアがばたんと開いた。そこにはむっと眉間を狭くしたラームが立っていた。

「またこいつといたのか。どうして俺に言わないで会うんだ?」

ずんずんと歩いてくる大柄な男に、僕は立ち上がり近寄った。

「大丈夫、焼きもち妬かないで。ラームのこと話してたんだよ」

出来るだけ優しい声音で迎える。きっと彼のことだ。主の僕を気にして、そう遠くない場所で様子を見ていてくれたのだと思った。
ラームはソファでロイザさんとの間に入り、僕を守るように座った。

「落ち着けよ。俺も殺気はないだろう?」
「……ああ」
「ならもう仲間だな。ラーム。その拗ねた子供のような態度はよせ」

肩を軽く竦める彼に、はっきりとそう言われたラームは目を見開く。

「お前、今俺のことを名前で呼んだか? それに仲間って…」
「そうだ。お前達のことを認めてやろう。レニにもそう話していたんだ」

白髪のロイザさんは、人間のようなニヒルな笑みを浮かべた。
僕らは顔を見合わせて喜ぶ。彼はとても格上な獣の先輩として、まるで元締めのような風格なため、つい平伏してしまいそうだ。

「やったね、ラームっ」
「……そうだな。じゃあ、お前はもう仲間だ。ロイザ。敵視はしない」

名を呼び合い、しっかりと頷く茶狼。こういう単純明快で素直なところは僕も気に入っていた。

「だが、レニは俺のだぞ。その掟は守れ」
「ああ、守ってやろう。ならばお前も、俺の主が視界にいるときは目をかけろ。俺がいない時はな」
「わかった。約束する」

目を見て話す二人に感動が募っていく。なんて美しい獣同士の取り決めなんだ。セラウェさんにも見てほしかったな。

「それで、俺の話ってなんだ? ロイザじゃなく、俺に聞けばいいぞ。レニ」

突然物覚えのいい召喚獣に問われてしまい、僕は答えに詰まった。
でも良いチャンスかもしれない。ここには人間一人と獣二匹しかいない。だから恥ずかしさは封印しよう。

「あのね、交尾の話なんだよ。この前ラームが言ってたでしょう?」
「交尾っ? 他の雄とそんな話はだめだ、レニ! 忘れたのか? 俺が番なんだぞ!」

焦りを露にした彼に、かなり感情的に抱き締められる。いつ僕が番になったんだろう。主なんだけど。

「だって僕何も分からないんだもん! ラームが魔力に困ってるのは知ってるよ、ロイザさんにも教えてもらったんだ。……ごめんね僕のせいで、ラームが飢えちゃって…っ」
「違うぞ、レニのせいじゃない。二人のせいだ」
「……えっ?」

予期せぬ返しに驚くと、ラームは明らかに言い淀んだ。
どういうことだろう。

「俺が空腹だから悪い。…ロイザ、お前もわかるだろう?」

ふと助けを求めるような茶狼の視線に、横目で見ていた白虎も素直に呼応する。

「そうだな。確かにお前は常に腹を空かせているようだ。……だが、ペースは考えてやれ。レニは小さい」

忠告されて、ラームはこくりと頷いた。
小さいって。確かに僕は背が低いけど。
そう戸惑っていると、召喚獣はじっと僕を見下ろし伝えてきた。

「レニ。俺は急がない。でも、少しずつもっと欲しい。それでいつか、お前が全部ほしい。その時まで待つ。ーーそして、お前がいいと言うまで、俺はなんでもする。お前という番を手に入れるためなら、なんでもするぞ」

手のひらで頬を包んできて、彼にすごい告白をされてしまった。
僕はみるみるうちに赤くなる。おかしい、相手は召喚獣の茶狼だ。

ずっと一緒に暮らしてきた家族。なのになぜ、胸の鼓動がすごく速いんだ?
どうしてドキドキが止まらないんだろう。

「うう……」
「レニ? どうした!」
「休ませてやれ。熱が出たかもしれんぞ」

愉快と呆れまじりの先輩の獣が、ソファの端で僕らを見ながら口を開く。
だがラームは聞いていない。

「交尾が怖いか? 怖くなくなるまで、何もしない。痛いことはしないぞ。きっと気持ちが良いぞ。レニも好きになる」
「……もうやめてえ、助けてロイザさん」
「どうしてこいつなんだ、俺が助けるぞ、レニ!」

熱血な彼は全然わかってないのだ。熱くなり力が抜ける僕を傍らに抱きしめ、思いきりぶつけてくる。

「まったく、これだから無知な若年はーー」
「そうだ。ロイザ、お前の主に聞くのはどうだ? レニの不安もきっと取れるかもしれない」
「……えっ? どうしてセラウェさんに? 恥ずかしいからやめてよっ」

危機感を持った僕は、がばりと起き上がり止めようとする。
だが獣同士は理解を深めて顔を向き合わせていた。

「ほう。お前も気がついたか」
「ああ、奴らからは同じ匂いがする。番なんだろう?」
「ふふふっ。それを聞いたらセラウェはどんな顔をするんだろうな。俺の前で今度聞いてみろ」
 
何の話をしてるんだ。
セラウェさんが誰と何だって?
混乱していると、またラームの注意が僕に向かった。

「大丈夫だぞ。レニは俺が守る。俺が全部教える」

そう使命感に燃える召喚獣の愛情は、これまで以上に感じ取れたけれど、僕はどんどん深みにはまり、抜け出せなくなっていってる気がした。



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