召喚獣と僕 | ナノ


▼ 13 真実

翌日、博士の要望で僕らは生活部屋で待たされた。ロイザさんは一度外に報告に行き、朝に戻ってきてくれた。
そこで驚きの事実を知らされる。

「えっ、騎士団もう外にいるのか? よかったー!」
「ああ。何かあればいつでも突入できるようにしている。お前の弟も急遽遠征先から帰ってくるらしいぞ」
「うそっ…」

先輩のセラウェさんが口を押さえて絶句した。弟というのは騎士団長のハイデルさんのことだが、先輩は心配症の彼にどうやら僕の新人特訓合宿に付き合うと伝えていたらしく、嘘がばれて若干怯えていた。

しかし僕も父に内緒にしていたように、この任務にそれだけ意気込んでいるのだ。だからなんとか結果を出さないと。

皆で円陣を組んでいると、昨日の護衛と白衣姿の博士が現れた。室内に緊張が走る。

「おや、僕が呼んだのは241番とラーム君だけだが。残りは仕事に行きたまえ」

僕と召喚獣を見て先輩たちを無視する。しかしふと彼の瞳がきらりとロイザさんを捉えた。その鍛えられた褐色肌を注意深く眺める。

「……ん? 君の魔力量はすごいな。こんな男いたか?」
「いいや。今日結界を飛び越えて侵入したんだ。俺もここで働きたくなってな」

完全な事実を無表情で述べるロイザさんに、皆の視線が突き刺さる。しかしセラウェさんが腕をがしっと掴み前に出た。表情は不穏な笑みだ。

「そうなんだ。奴は俺の使役獣なんだが、世にも珍しい白虎の幻獣なんだよ。あんた興味あるんだろ? ラームが獣ってすぐ見抜いてたもんな。よかったら俺のペットを紹介してやってもいい」

胸を張って先輩が述べると、使役獣は呆れた顔で頭を抱えた。
僕はパニックになる。セラウェさんてば、最初から手の内を明かしてしまうとは。…いや、なにか策でもあるに違いない。

こっそりそう思い返していると、博士は唖然とし瞬きをしていた。

「……え? そこの君は幻獣なのか? 僕はラーム君から微かに獣の挙動を感じ取っただけだが」
「え?」

今度は先輩の顔がひきつり固まる。しかし次第に乾いた笑いを出し、軽蔑の瞳で博士を指さした。

「はあ? あんたマジで気づかなかったの? はっ、この研究所も大したことねえんだな。底が知れるぜ」
「ほ、ほんとうだ。こんなところに僕の大事な獣働かせるの心配になってきちゃった。ですよね先輩」
「そうそう。俺ら金ないから怪しい噂聞きつけて協力させてもらおうかなーと思ったけど、トップの博士がこのレベルじゃあなぁ」

勇気を出してはったりを効かせると、セラウェさんも普通に乗ってきた。二匹の獣には本当に申し訳ないけど、興味を引くにはもうこれしかない。

案の定、あの終始冷静だった博士が前に乗り出し、異を唱え始める。

「待ってくれ、君達の話は事実のようだ。信じよう。警備が厳重な施設に単身乗り込めるのは、君が特別な存在である証だろう。……だが不思議なことに、僕には君から野性的な匂いがあまり感じられない。ひょっとして、ラーム君よりかなり高位なのではないか? よければ、今ここで獣の姿を見せてもらってもーー」
「断る。お前が中央研究室に連れていくというのなら、考えてやってもいいが」

白髪のロイザさんが鋭い瞳で条件を出した。博士は迫力に圧されたのか一瞬黙ったが、セラウェさんはにやついている。やっぱりこの二人、場数が段違いだ。僕は横で何度も頷くのが精一杯だった。

「いいだろう。二人とも逃すには惜しい逸材だ。ぜひ話がしたい。……では僕は準備があるので、先に行っているね。ーー彼らを案内しろ」
「はっ」

博士は護衛に告げると、その場で転移魔法を使い、さっさと移動してしまった。
いつの間にか増えていた廊下の護衛たちに囲まれ、僕ら四人は施設内を歩き始めた。

その部屋はまぶしいほどに明るい、真っ白な空間だった。無機質に設備が置かれ医院のような雰囲気だが、獣達曰くまた不自然に匂いが遮断されているという。

僕とセラウェさんは真ん中の大きな机前に腰を下ろしたが、大柄な獣二人は警戒して近くに立っている。
ロイザさんはじろじろと扉付近に並ぶ護衛を眺めていた。獣を持っている僕の勘だけど、なんだか少し浮足立っても見えた。

「……ラーム? どこ行くの」
「レニ。あっちの部屋から気配がする。調べに行きたい」

眉をひそめた召喚獣が突然動き始めた。僕は止めようとしたが、突き進む巨体の男をどうにも出来ず、当然警備に声をかけられる。

「おい。そこのお前、じっとしていろ」
「それは出来ん。俺達は獣だからな」

遠くから聞こえたのは、いつの間にか護衛のそばにいたロイザさんの声で、彼は素早く拳を振り上げ躊躇なく男の腹を突いた。
うずくまる男は体勢を立て直し彼に掴みかかろうとするが、そのスピードには全くついていけず、背後に回られて首をしめられていた。

「今だ。俺は中を見る」

ラームも動じずに部屋の扉をこじ開けようとした。しかし飛び出てきたもう一人の護衛が彼に刃物で攻撃してくる。
僕は恐ろしくて叫んだ。学校の授業で格闘訓練している茶狼を見たことはあるが、外での実戦は初めてだ。

「この野郎、大人しくしていろ!」
「嫌だ。それをさせられるのは俺の主だけだ」

はっきり喋ったラームは振り返り、人型のまま男に一撃を食らわせた。倒れこむ男を持ち上げ確認し、僕を呼ぶ。

「レニ。気を失わせた。これでいいか?」
「……うんっ。ラーム、怪我はない? 大丈夫?」

言いつけを覚えていてくれた茶狼に抱きつき、無事を喜んだ。
倒れた護衛二人を運び、柱にくくりつけて寝かせた。

大変なことになってしまったが、まだ博士は戻ってこない。
調べるなら今しかない。そう思っていると。

「あーあ。まあ遅かれ早かれこうなってたか」
「あの先輩。この部屋、やっぱり固く封じられてます」
「だろうな。俺解くの苦手なんだよなぁ。ーーでもその前に」

セラウェさんが突然、衣服からあるものを取り出す。
白い楕円形の石で、それをなぜか耳に当てた。

「何してるんですか? それ、魔石ですか」
「おう。実はな、すごいんだよこの装置」

彼は口頭で不可解な言語を述べ始める。すると突然石が光った。

「ーーあ、もしもし。クレッドか? 俺だよ俺。……ああ、悪かったって。だってしょうがねえじゃん、イヴァンに嵌められたんだよ」

先輩は弁解しながら何度も謝っていた。これはどういうことなんだろう。
なぜか彼の弟であるハイデルさんの声が漏れている。かなり動揺してまくし立てているようだ。

「ーーそうそう。うん、お願いするわ。なんか合図するからさ。よろしくな。……馬鹿野郎お前任務中だぞっ」

なぜか急に赤くなった先輩が吠えた後に、不可思議な会話は終わった。
僕は思わずセラウェさんに迫る。

「あの、今のは一体!? ハイデルさんと喋ったんですか?」
「そうだよ。実は魔界で手に入れてな。すっげえ高かったんだよこれ。でもすごくねえ? まああいつにしか通じないんだけどさ」

自慢げに笑う彼をぼーっと見る。
この人、ただ者じゃない。のほほんとしている人に見えたけど、言ってることがまさに異次元だった。

話によると悪魔族の友達がいるらしく、魔界へ旅行したことがあるらしい。
この魔石は魔界製の通話装置なるもので、呪文によりどこにいても話せるというのだ。

「はっはっは。こんなの持ってるの俺だけだろ。これがありゃ怖いもんなしよ。あ、俺の弟もう到着したらしいわ。いつでも隊を投入できるってさ」
「すごい、セラウェさんっ! ほんとにあなたが一緒でよかったです!」

僕がはしゃぐと先輩は照れていた。
あ、こんなこと言うとまたラームが対抗心燃やしちゃうかも。
そう思って振り向くと、召喚獣の視線は部屋の中央に険しく向けられていた。ロイザさんのもだ。

気づけば白衣姿の博士が拍手をしながら佇んでいた。

「うおっ、あんたいつからいたんだ!」
「たった今だが。素晴らしい。君達は人化していても十分強いんだな」
「ふん、腕慣らしにもならん奴らだ。せめて使える魔術師でも配置したらどうだ」
「彼らは別の仕事に注力させているのでね。魔力が馬鹿にならないだろう?」

肩をすくめる博士に対し、セラウェさんがぴくりと怪訝な顔をする。

「その魔力って、一体何に必要なんだ? 毎日何百人も、まさか本当にどうでもいい仕事で消費してるわけじゃないんだろ?」

問いただすと彼はぞっとするような笑みを浮かべる。

「ふふふ。僕の秘密を教える前に、彼らのことを聞かせてくれる約束だ。さあ二人とも。獣化して見せてくれないか」

興奮をのぞかせる男が僕らを急かせる。仕方がない。ロイザさんに目をやり判断を下した先輩にならい、僕もラームに頷いた。

すると場には威風堂々とした白虎の姿と、体格なら負けていない若々しい茶狼の姿が現れた。
タイプはまったく異なるが、こうしてみると主ながら壮観だ。

「ああ……実に感動的だ。こうも美しい召喚獣が存在するとは」

彼は半ば言葉を失い、床に膝をついて二人にひれ伏していた。
素直には喜べない。この人は絶対によくない事をしているからだ。

「どうだ参ったか! なあレニ!」
「はい! これが僕達の使役獣だ! 分かったら計画の内容をーー」
「だが、ひとつ疑問があるんだよ。こんなにも素晴らしい召喚獣が、なぜ君達のような凡人に仕えているのかと。まさに宝の持ち腐れだ」
「……えっ?」

僕は言葉を失う。
素で話された台詞が、胸に風穴を開けた。

「た、確かにそうかもしれないけど、僕は……っ」
「おいレニ。こんな野郎の戯れ言間に受けんな。……はっ? っていうかあんたなに? 仕えてるっていう事実だけでもう凡人じゃないんですけど? なあロイザ! ……っておい黙んじゃねえ!」

使役獣に勢いよく突っ込むセラウェさん。本当にすごい。
格上の幻獣を飼うというプレッシャーをものともせず、主としての貫禄が伝わってくる。

それを見て僕も勇気が湧いた。ラームの手を握り、口を開く。

「博士。確かに僕は弱いし頼りないけど、主従って力関係だけじゃないんです。ラームは僕を信じてくれるし、僕も彼を信じてる。誰よりも大事に思い合っていて、そういう絆が召喚獣と主には一番大切なんですよ。……って、偉そうにすみませんけど、これが12年間共に過ごした僕の意見です!」

もっとも言いたかった事を告げると、博士はくつくつと笑い出した。経験の差からか足元で遊ばれてるような感覚に陥り、怯んでしまう。

「ほう。そうか。だが絆だのなんだの、そんな目に見えないものが本当に必要か? 僕は何よりも強い召喚獣を欲しているんだ。魔術師の役に立たなければ無意味ではないか。同様に、獣を活かせない無能な主も価値がない」
「……なんだと? 今、なんて言った。俺のレニは一番素晴らしい主だ。お前はなにも知らないバカだ」

牙を剥き出しうなり、憤慨するラームの毛並みに触れる。
段々この人の考えが分かってきた。やっぱり召喚獣が狙いなんだ。でも仲間である獣を道具とみなす価値観は、僕らには理解できない。

「はは、辛辣だな。ここを開けたかったんだろう? いいだろう、見せてあげよう。まあ、失敗の産物なんだがね。ああ、怖がらなくてもいいよ。君達二人にどうこうしようなんて思っていないから。ただ、どうすれば僕もより良い召喚獣が作れるのか、よかったら教えてくれないかな」

意見の相違に関心がなさそうな博士が、嬉々として奥の扉を開ける。
ついに核心にたどり着けるのかと身構えると、獣の二人は一瞬鼻を背け、顔をしかめた。

僕もセラウェさんも中を覗こうとする。だがラームに止められた。
ロイザさんも見るなと言ってくる。

胸騒ぎと、恐ろしい不安が襲う。
ラームが倉庫で見たといった不自然な荷物、微かな血の匂い。それらはこの部屋に納まっているらしかった。

「セラウェ、連絡しろ」
「ああ。……まてっ、レニ、ここにいろって!」

僕は怒りに燃えた、だが暗く陰鬱な様子で部屋に入っていくラームを追いかけた。
そこにはガラス容器に入れられた、無惨な姿の魔物たちがいた。
生きてるのかどうかすら分からない。いや、きっととうに生を奪われた者達だ。

「なんだね、魔物なのだから何も問題ないではないか。僕は真っ当な研究者だよ? 末端の魔術師らから魔力を搾り取り、日々実験体を使って研究を重ねている。いつか高度な召喚術を自前で錬成できるようにとーーう、ぐっ、な、なにをする、離せ!」

勝手に自白を始める博士が人化したロイザさんに捕らえられる。
僕は奥の大部屋に立ち尽くしたまま、茶狼のラームと共に魔物達を見ていた。

涙が一粒流れ落ちる。
魔物だからいいわけなんかない。こんな酷いことを獣にする人間がこの世にいるなんて。

「てめえこら、生きて騎士団出れると思うんじゃねえぞッ、動物にしてきた仕打ちをお前が受けるかもしれねえなぁ!」
「ひいぃっ、やめろ、離してくれぇ!」

騒音が研究室を駆け回る。だが僕らの頭の中は静かで、沸々と凍えるような炎が生まれようとしていた。

「レニ。こいつらを燃やしたい。可哀想だ。楽にしてやろう」
「……うん。いいよ、ラーム。全て燃やし尽くして」

そんなことを言ったのは初めてだったけれど、主として、心から召喚獣に命じた言葉だった。

ラームが最大火力で吐き出す灼熱の炎は、一瞬にして見るもの全てを灰にした。
僕は同時に彼が作り出した青い守護の炎に守られ、それを目に焼き付けた。




任務はこうして急速の展開をもたらし、終わりを告げた。
燃え盛る部屋は白虎のロイザさんの氷魔法が消火してくれたが、僕らはそのまま階下に逃れ、突入してきた騎士団に助けられて無事に建物外へ出た。

事態を察知し、逃げ惑う魔術師らも次々ソラサーグ聖騎士団に捕らえられていく。蓋を開けてみれば、かなりの戦力を投入した大がかりな任務だったと分かり、力が抜けそうになった。

「兄貴! ……無事か!? ああ、なんでこんな危険な任務を……怪我がないかよく見せろ!」
「いや平気だって落ち着け。こいつらが活躍してくれたからさ」
「いえ、そんな…!」

にこりと笑う先輩に必死に首を振ると、仮面を取った鎧姿のハイデルさんが真摯な顔つきで頷いた。

「レニ。そしてラーム。よく頑張ったな。はっきり言うと、これは新人に任せるレベルの任務じゃない。まったく、君の伯父は何を考えているのかーー。とにかくゆっくり体を休めるといい。あ、あと兄貴と獣が世話になった。俺からも礼を言おう」

金髪の美男子に頭を下げられ僕は両手を振って恐縮する。
この人団長さんだし僕こそお世話になりっぱなしだったのに。

なんにせよ、僕達四人の結束が実を結んだことは、ほっと一安心したのだった。

その後も忙しない皆の邪魔にならないように、近くの草むらで休んでいると、聖職者の服装に身を包んだ、すらっとした男が歩いてきた。

身内なのに、僕は一番の緊張感を持って立ち上がる。
優雅に登場した伯父は、僕と獣化したまま座るラームを見て「やあ」と微笑んだ。

「あの、証拠を燃やしてしまってすみません! 僕の責任です」

開口一番頭を下げて謝罪をする。しかし伯父は頭上から優しい言葉をかけてくれた。

「大丈夫だよ。言い逃れ出来ない証拠が他の部屋からも見つかった。それにあの男には、エブラルの口寄せで尋問も行うからね。君達の出番は無事に終了だ」

これからの計画とともに告げられて、僕らは胸を撫で下ろす。残りの魔物達は速やかに浄化するとも言ってくれた。

「ではレニシア。改めて聞こう。教会で働く気はあるかい?」

上司の顔つきで、突然の問いを投げかけられる。
驚いたことにすでに覚悟が出来ていた僕は、背筋を伸ばし、頷いた。

「はい。僕達頑張ります。働かせてください、イヴァン司祭」

彼の瞳をまっすぐ見て、落ち着いて話す。
驚いたのは見つめた瞳のようで、瞬いたあと柔らかい眼差しに変化した。

「伯父さんでいいよ。……すまなかったね、レニシア。少し厳しくしてしまったかな。初任務ご苦労様」

そう笑いかけ、頭を撫でられてうるっときた。
家族のこの人に認めてもらえたことが、急に嬉しくなる。
もしかしたら、伯父は初めから任務の内容をもっと深く知っていたんじゃないかと思う。

あまりにも僕らに合致した事柄で、彼の言うように厳しくも、考えさせられる潜入捜査だった。
しかしそれでも、僕らの決意は変わらない。

僕の召喚獣である茶狼が隣に寄り添い、頬擦りをしてきた。
やがて二人だけになり、まだ喧騒の中にいる施設を見上げながら、ラームを労う。

「ありがとう、ラーム。一緒によく頑張ってくれたね」
「レニも頑張った。いつも二人で頑張るぞ。俺を頼れ、レニ」

簡潔に返事をする茶狼はもう普通な様子で、主の僕は笑みをもらう。
今日は二人して、いつもよりひとつ大人になった日だった。



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