召喚獣と僕 | ナノ


▼ 12 怒りの狼と訪問者

「ぅぐッ、ああぁあ"ッ!」

一回り以上も大きな茶狼に噛みつかれた男は、肩から吹き出る血を押さえ僕の上に倒れこみそうになった。しかしラームは口で彼の体を服ごと掴み、寝台の下に引きずり落とした。

「ら、ラーム! もういいから、やめて! 僕は大丈夫……!」

襲ってきた相手といえ、人間に牙をむく召喚獣を初めて見て真っ青になり、彼に手を伸ばす。 
興奮が止まない狼はまだ青年に向かおうとした。同時にセラウェさんが前に飛び出し、盾になり叫んだ。

「おい早く人化させろ! こいつは俺が治すから!」

その声にはっとなった僕は、召喚獣を捉えすぐさま刻印とともに詠唱をした。狼は動きを奪われ、周囲に赤い光粒が立ち込める。
中から現れたのは、いまだ荒い息で激しい睨みをきかせた大柄な男だった。

僕は彼に飛びついて肩から抱きしめる。泣きそうになってしまったがとにかく今は止めないと。

「……レニ、なぜ人化させた。まだ終わっていない。あいつは俺が殺す」
「だめだよ殺しちゃ! 僕は平気、ありがとうラーム」

必死になだめると狼がゆっくりとこっちを見る。
煌々と金色にぎらついていた瞳が、次第に柔らかな落ち着きを取り戻していった。

僕はセラウェさんと青年に目をやる。先輩は彼の傷に布で止血をした後、治癒魔法を施してくれていた。

「ふぅ。あぶねえ奴だな。そこまで深くなかったからよかったものの。……おいこら腐れ外道! 治してもらって感謝しろっ」

彼はなんとその男を足蹴にして吐き捨てていた。
そばに膝をついて座っていたラームが立ち上がったので、僕は慌てて彼の腕を引こうとする。

「ひぃ! 来ないでくれぇ! もうしない、しないから!」

先に反応したのは青年で、ラームに見下ろされた彼は怯えきり後ずさっていた。

「おいお前。今度レニに触ったら俺がお前の尻の穴を掘る。何度も、何度も、何度もだ。いいか?」
「い……嫌です!」
「じゃあ言う通りにしろ」

大男に凄まれて青年はぱくぱくと口を開け頭を縦に動かす。
ラームの台詞に僕は引いたものの、それぐらい激昂していたのだと悟った。

そして召喚獣は先輩のことを見た。

「セラウェ。お前はあまり役に立たないことも分かった。これからは俺がついでに見といてやる」
「いやありがたいけど今少し役に立ったよね? 武力はからっきしなのは悪かったが。俺研究畑なんだよしょうがねえだろ」

普通に話し出した二人は男を運んで隅に追いやり、もう一人の影で怯えていた共犯者も一緒に捕まえて移動させた。周りを見てみると数人が恐々とこちらを見ていたが、誰も外に知らせる者はいなかった。

この部屋は防音で廊下に見張りもいないため、騒ぎは感づかれなかったようだ。

「レニ。大丈夫か。もう安全だ」
「うん。ありがとうラーム。セラウェさんも」

何も出来なかった僕は頭を下げる。犯人の男達をちらっと伺うと、恐怖で身を震わせていた。なぜか胸が痛む。

「ラームが来てくれてすごく助かったよ。でも、人間を噛んじゃだめだよ」
「……何故だ? あいつは敵だ。レニを襲った。戦わなかったらお前がやられていた」

至極最もなことを言う茶狼に言葉が詰まる。
僕はラームの口元についてる血を指で拭った。なんて言えばいいか分からない。

彼は正しい。きっと僕の覚悟が足りないんだ。本物の魔術師になろうとしているのに。

「まあ手加減出来ただけでも偉かったじゃねえか。俺の使役獣だったらたぶん殺ってたぞ。……レニは治癒も連発出来ないかもしれないから、今みたいに相手を見て決めろよ、ラーム」

先輩が男らしい顔つきで助言をしてくれる。召喚獣が僕の意見を乞うように伺ってきたため、思わず何度も頷いた。

「そうそうっ。そう言いたかったんだ、僕も!」

情けなくもセラウェさんに乗っかり伝えた。自分の思いを汲み取ってもらえて感謝する。セラウェさんは僕がまだ実戦では使役の仕方が新人と同じだと理解してくれていて、優しい言葉をかけてくれたのだろう。

「分かった。俺も冷静に考えてレニを守る。レニは一番大事な人間で、俺の大切な主だからだ」
「……ラームっ」

僕は腕を広げて彼に抱きついた。さっき感じたもどかしい気持ちが、彼の温もりに触れ和らいでいく感覚がした。



翌日になると、部屋の空気ががらりと変わった。
ひときわ屈強な体格のラームが実は茶狼の召喚獣だとバレてしまったからか、僕達は破格の扱いを受け始めた。

「どうぞ、ラームさん、レニさん。セラウェさんも。ご朝食です」
「俺は食わない。ご飯は主の魔力をもらう」
「あ、そうでしたか。ではどうぞ、洗面所をお使いください。……ほらどけ! お二人がお使いになるぞ!」

昨日は僕を襲ってきた青年が大声で指揮を取り、僕らはその場所で魔力供給が出来ることになった。セラウェさんは尊大な態度になり愉快そうに彼らにお茶を注がせていたが、僕はこれでいいのだろうかと少し後ろめたい。

怪我をした青年も体は大丈夫そうで安心する。
僕とラームは洗面所にこもり、束の間の口づけをし合った。

「はあ……」

いつもは浅く息をつくのはラームなのに、僕がため息混じりに終える。長めの茶髪が頬に落ち、心配そうに見つめられた。

「レニ? まだ元気がないか」
「…ううん、違うよ。でも、こんなの良くないんじゃないかな。僕達は偉いわけじゃないし…」
「偉いかは分からないが、強い者が上に立つのは当然のことだろう? 狼は最も強い奴が群れを率いる」

主の悩む声を一掃し、ラームが語った。僕はふと顔を上げる。

「獣の世界ではそうかもしれないけど……っていうか、ラームも群れにいたの?」

尋ねると一瞬彼の顔つきが「あっ」というものに変わった。
彼は獣なのに表情に出やすい。だから僕は気になってきた。

「あんまり覚えていない。怪我をしていたから……」
「そ、そうだったよね。ごめんね聞いちゃって」

慌てて言い淀む彼の背をさする。召喚獣になる前のラームは、森で怪我をしていたところを父に助けられたのだと聞いていた。
僕は気を遣い、深く尋ねたこともなかった。

当時若かったみたいだし、つらいことを思い出させるのもよくない。
話を変えて、出来るだけ明るい顔で反省を始めた。

「とにかく、強いのはラームだけだよ。僕なんか昨日も全然だめだったし。こんな主でごめんねラーム」
「違うぞ。その上に立つのがレニなんだ。だからレニが一番強い。俺はレニより弱いぞ」

自信満々に言ってることが分かりそうで、とくに最後のは全然分からない。
なんで彼が僕より弱いんだ。獣の謎理論に首を傾げたのだった。



そんなこんなで茶狼の言葉を考えつつも、僕らの任務は続く。
しかしこの事件がきっかけの出来事が起こった。

その日僕は、いつも通り博士の部屋に行こうとしていた。
けれど廊下に出た瞬間、背の高い軍人のような格好をした男が、僕とラームの前に立った。

「今日はそこの大男も君と一緒だ。博士が呼んでいる。ついてこい」
「ええ!」

思わず大声で反応してしまったが、ラームは不動の顔つきで僕の手を握った。先輩はもう働きにホールに出ている。
もしかして昨日の騒動がバレてしまったのかと焦ったが、平静を装った。

そこはいつもの博士の私室ではなかった。しかし研究室らしくもない。格式張った客間のような空間で、僕らはしばらく待たされた。
召喚獣には人間のフリを徹底するように命じ、渇いた喉をなんとかやり過ごした。

「やあ、来てくれたのか、君たち」
「おはようございます、博士! 今日はどうして、僕の従者を呼んだんでしょうか? 何かご迷惑でもっ?」

一番落ち着かなきゃいけない僕は、こういう場に慣れていなくて真っ先に口を開いてしまった。すると博士はくすくすと笑い、そうじゃないがラームに握手を求めたいと言ってきた。

僕は彼に頷き、ラームは立ち上がって博士と握手を交わす。
その様子は至って普通に見えた。だがいきなり、この研究所の責任者はラームの身体測定をしたいと申し出てきた。

さすがに僕もおかしいと思い拒否をする。

「どうしてラームなんですか? すみませんけど、出来ないですっ」
「ふふ。そんなに警戒されてしまうとは。彼の日頃の運搬作業は人間五人分、いやそれ以上の能力と聞いている。だから施設内の特別警護を担当してほしいと思ったのさ。どうかな」

その物言いに少し引っ掛かった。……人間?
この人もしかして、ラームの正体に気づいてるんじゃ。

そして僕の茶狼をギラギラと見つめる視線で感じた。
博士は僕じゃなくて、ラームに関心があるんだ。まるで昨日のことが見透かされているように。

「わかった。いいぞ。俺がやろう」
「ちょっ、なに言ってるんだよ! だめだってば!」
「レニ。博士の頼みだ。俺達はここで金を稼ごうって約束したじゃないか」

人間のようにやたら感情豊かに話されて、困惑した。
ラームも何か感づいているのか。確かに任務は大事だし、教会に認められるために頑張ろうって誓い合った。

でも彼は僕の大事な召喚獣なんだ。
僕はようやく本当の意味で仕事のつらさを痛感した。

結局彼の意思は固く、俺に任せろと言わんばかりに胸を張っていた。
心配で仕方なかったが、自分もどっしりと主の姿を見せなければならない。

そういう経緯で翌日から、ラームは新しい警備担当として働くことになった。





その日は僕の仕事も少し昇格したのか、博士の私室ではなく書斎らしき部屋の掃除や雑用を担当した。時々彼にお茶汲みなどもするが、段々僕はここに隔離されてるのではという気がしてくる。

部屋に帰ると、セラウェさんももう戻っていて事情を話した。

「マジかよ。ラッキーじゃねえか。なんか糸口が掴めるかも」
「そう、ですよね……ちょっと心配ですけど」
「うーん、分かるぜ。でもあいつ聞き分けよさそうだし。まだ若いからかな。ほんとは俺も潜りこめればいいんだけどな〜」

唸りながら熟考している。そうだ、僕らも一緒にいければよかったけれど。
とにかく前向きな先輩の言葉を信じ、ラームの帰りを待った。

タコ部屋が今日は落ち着いている中、召喚獣が帰ってきた。

「レニ! ただいま」
「おかえり! 心配したよ」
「俺は心配いらない。明日も大丈夫だ。もうすぐレニをここから出してやる」

重労働の疲れも見せずに僕を気遣い、優しい笑みで頭を撫でてくる。僕は彼に心がきゅっと掴まれ、余計に覚悟を決めたのだった。

部屋の人々は依然として僕らに世話を焼いてくれようとし、変な居心地だったが、夜はラームの希望通り同じベッドで眠れてよかったのかもしれない。
もちろん恥ずかしいけれど。

真上を向いて寝そべる小柄な僕を、筋肉質な巨体の成人男性が、横から抱きすくめるように眠っている。
だが安眠はやがて妨げられる。
ラームが突然、素早く体を起こしたのだ。温かさを失った僕は目をこすり、彼を見上げた。するとそばにもう一人男がいた。

「うわぁっーー」
「静かにしろ、坊主」

それは白髪の髪から鋭利な瞳をのぞかせた、ロイザさんだった。
彼の手が僕の口元に伸びてきて、それを僕の召喚獣がさっと払いのけた。

「レニに触るな。ーー大丈夫だ、殺気はない。レニ」
「う、うん。あの、どうやって入ってきたんですか?」

こそこそと話したが、僕は皆が起きないか冷や汗ものだった。
白虎の幻獣である彼の能力を考えると、ここに忍び込むのは不可能ではないとは思ったが。

「その話の前に、まずはこの鈍重な主を起こそう。おい起きろ、セラウェ」

彼の褐色の手が無遠慮に主の頬を叩く。するとうなりながらも、緑の瞳が開かれた。
僕と同じようにセラウェさんは目を見開き、叫びそうになる。
しかし事態を察知したのか、すぐに周囲を確認し真面目な顔になった。

「お、おまっ、来てくれたのか。さすが俺の使役獣っ」
「ふん、調子がいいな。とにかく奴らを深く眠らせろ。話がある」
「おう、そうだったな。ちょっと待て、時間かかるんだよこれ…」

寝ぼけ眼の先輩だったが、手で印を作り、詠唱を始めた。聞きなれない古代の呪文のようだ。僕はドキドキしながら終わるのを待つ。
やがてロイザさんが立ち上がり、部屋の魔術師の一人を足で小突いた。だが全く起きなかった。

「誰も高度な防護魔法は張ってないらしい。低レベルな奴らだ」
「おい俺が高レベルなんだぞ。お前の魔術師嫌いは知ってるが」

二人が話しながら僕達に向き直る。だが僕は大興奮していた。

「すごいです、セラウェさん! これどうなってるんですか? こんなにたくさんの人数がいっぺんに寝ちゃうなんて!」
「はは、そうだろう。実は俺はすごい魔導師なんだよ。まあこれは非合法的な師匠に教わった制限魔法の一つなんだけどな。俺の専門分野だな。あ、決していかがわしい事には使ってないぞ」

言葉の端々には物騒な雰囲気が漂っていたが、やっぱりセラウェさんは凄い人だったんだと僕は尊敬の念が隠せなかった。

なんてかっこいいんだろう。僕も必殺技がほしいな。
こんなこと言ったら、ラームが「自分がそうだ」って言いそうだけど。

その後ベッドの一段目に僕らは座り、ロイザさんは腕を組み柱に寄りかかっていた。

「そうだ、ロイザさんって魔術師嫌いなんでしたよね。それなのに来てくれるなんて、優しいなぁ」
「ふっ。セラウェは俺の家族のようなものだからな。当然だ」

格好よく告げる使役獣に先輩は照れていたが、「じゃあ最初から来いよ」と突っ込んでいた。隣からラームの視線を感じる。

「家族……俺もレニの家族だ。困ったときは飛んでいくぞ」
「うん。知ってるよ。ありがとうラーム」

彼に微笑み、嬉しくなって頷く。僕達はロイザさんに昨日のことを話し、そしてこれまでの任務の経過も伝えた。
時期的にも、きっと彼こそが司祭である伯父さんの送った報告係なのだろうと思った。

「なるほど。つまり確証はまだ掴めていないというわけか」

ずばっとした指摘に皆頭を抱えるが、僕の召喚獣は何か言いたげだった。なんでも今日少し気になることがあったというのだ。

「はっきりとは分からないが、倉庫で少しだけ血の匂いがした。荷物からなのか、人からかは判別できない。あそこは鼻があまり利かない。でも怪しい」

ラームはやや陰りのある表情だった。いつもの自信が削がれ困惑しているようだ。
でも僕らはかなり重要な手がかりだと感じた。この施設は絶対なにか血なまぐさいことをしているに違いない。だとしたら急がなければ。

「もうこれはやるしかねえみたいだな。俺もこんなとこ長くいたくねえし。ロイザ、お前が来てくれてよかったぜ」
「おい待て。何をやらせる気だ。俺はただの使者だぞ」
「その前に俺の使役獣だろうが。いいか、明日ラームと一緒に警護係として潜入しろ」
「断る。魔術師の巣窟に留まるなど耐えられん」
「これは命令だ。こいつら新人なんだぞ? なのに初っ端からこんな処遇で可哀想だと思わないか? 俺達は先輩なんだ。お前もラームに男の背中を見せてやれ。ーーつうか頼む。お願いだから」

セラウェさんが目力を込めて見つめると、白虎のロイザさんはため息を吐いた。

「仕方がない。主の命令には背けん。残ってやろう」
「ありがとーロイザくん! じゃあ魔力やるから、はい座って」

お腹を空かせていたという使役獣に、さっそく先輩が魔力供給をしている。
初めて人のを見た僕は興味津々でそれを眺めた。

「あの、ありがとうございます、ロイザさん。ラームのことよろしくお願いします」
「ああ。任せておけ。お前も俺の主のことを頼んだぞ」
「ええ! 僕なんか、助けてもらってばかりです!」
「だからこれからはお前も助けろ。人間は助け合って生きていくんだ」

哀愁を誘う彼の灰色の瞳に惹かれる。発破をかけてもらったようで、僕は自分を鼓舞した。そしてラームの手を握る。

「ラーム、気をつけてね。僕も頑張るから」
「わかった。俺は一人でも大丈夫だが、こいつが行きたいなら仕方ない」

涼し気に言えば、ぎろっと褐色の男から視線が投げられる。

「なんだと野良犬。お前にはお守りが必要なはずだ。素直になれ」
「俺は犬じゃない、狼だ。それにラームという名前がある。レニがつけてくれた。それを使ったら話を聞いてやる」
「ほう。まあお前が任務を成功させたら考えてやってもいい。俺は主以外の名前は呼ばないんだがな」
「いや呼んでるだろ、俺の弟子とか」

すかさず突っ込みをいれるセラウェさん。彼の使役獣は「あいつも身内だ」と言っていた。
ラームと仲良くなってくれたら嬉しい。それにもしかしたら、僕のこともいつか名前で呼んでくれるかな、坊主じゃなくて。

そんな風に、心強い仲間の登場によって新しい風が吹くのを感じ、すり減っていた僕達の気力も大きく持ち直そうとしていた。



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