召喚獣と僕 | ナノ


▼ 10 潜入任務

父が騎士団領内に侵入し、教会司祭である伯父に見つかってしまった。双子である二人は手短に話をし、僕がこれから勤務を真面目に頑張るということで一旦その場は許してもらえた。

……かに見えた。
タダ働きも覚悟していた僕だったが、ひとまずその日は先輩のセラウェさんや騎士団の皆さんに手伝ってもらい、敷地内の掃除や整備を行った。

問題はそれから数日後のことだ。
僕と茶狼の召喚獣ラームは、魔術師専用の別館にある会議室へ呼び出された。
長机が並ぶ広い空間には僕達だけではなく、難しい顔で腕を組むセラウェさんもいる。

寝癖なのか黒髪の毛先が跳ねた優しい感じの男の人だが、今日はピリピリした空気を放っていた。

「あのう、すみませんセラウェさん。この間はかなりのご迷惑をおかけして。……僕のせいで、また今日もお説教でしょうか」
「ん? いやちげえよ。お前のせいじゃないって、レニ。……ただな、今日はたぶんあの悪名高き魔術師会議ってやつだ。嫌な予感しかしない」

え?魔術師会議なのか。そんなに怖いものなのかな。
彼の言葉に首をかしげつつ、僕は隣に座るラームに寄り添われながら緊張して待っていた。

しばらくすると、白装束をまとった背の高い聖職者が扉から入ってくる。書類を手に、僕らに微笑んだのは上司である伯父だ。

「やあ、君達。また会えて嬉しいよ。元気かな」
「それはあんたの話す内容次第だ。つうか、イヴァン。一人か?」
「もちろん。今日はハイデルはいないよ。いたら困るんだ、また君の任務に横やりを入れてくるだろうしね」

苦笑した伯父と顔面蒼白になった先輩を交互に見やる。
僕はまだ新人バイトの身なので事情がよく分からない。でもどうやら任務に関する話のようだった。

「ラーム。僕達に新しい仕事なのかな? どうしよう、ドキドキするよ」
「レニ。怖くないぞ。どんな敵だって俺がすぐ倒してやる」

こそこそ二人で話していると、遠くの正面の席からじっと伯父の視線を感じた。

「ふふ、頼もしいねラーム。やる気があるのはいいことだ。じゃあ早速、君達に参加してもらう任務について話そう。ーー簡単にいうと、近頃出稼ぎの魔術師労働者らを多く募り、なにやら裏で非合法の行いをしている研究団体があるらしい。君達にはその施設に潜入し、具体的な活動内容を調査してほしいんだ。メンバーはセラウェ君、レニシア、ラームの三人で、途中の経過報告にはまた別の者を送ろう。どうだい? 面白そうな任務だろう」
「……はっ? 何が面白そうなんだ。そんな怪しい名目の出稼ぎ労働者って、いわゆるタコ部屋でぎゅうぎゅうになって生活すんだろ? しかもメンバーがこの頼りない三人だけって、あんた本当にちゃんと考えたのかっ?」

突然激昂したセラウェさんが机を両手で叩き立ち上がった。
なにかトラウマでもあるのだろうか、尋常でない目の血走り方に不安を覚える。

「あの、伯父さん。そんなに大変な任務なんですか? 新人の僕達で大丈夫なのかな…」
「大丈夫だよレニシア。それどころか、君達三人にぴったりな案件なんだ。こういうのはまず経済的に余裕がなく日々うだつが上がらなそうな魔術師だったり、社会からはみ出てしまった無所属感漂う者が多くてね。あ、もちろん君達がそうと言っているわけではないよ、それらしい風貌や魔力量も加味してるんだが」
「おいあんたさっきから酷いこと言い過ぎだぞ!! どうせ俺は元々しけた依頼ばっかこなしてたしがない魔導師だよ!」

荒ぶる先輩を慌ててなだめる。謙遜してしまうほどこの教会がエリート集団なのはわかっている。なぜならここに所属することが出来ているだけで、先輩も僕から見たら遥かにすごい人だからだ。

僕もできれば、いつか肩を並べたい。
まだ首になりたくない。これはチャンスだと感じた。

「……伯父さん、これは僕達への試練ですよね? もし任務を成功させたら、バイト続けさせてもらえるんでしょうか?」
「ふふ。君は勘が鋭いな。バイトどころか、このリメリア教会への正式な所属を認めよう。言っておくが、君の年からしたら信じられない給料になると思うよ」
「え、ええ! そんな、僕なんかが!」

思いもよらぬ誘いに目がくらむ。すかさず「金で釣ってんじゃねえ!」というセラウェさんの突っ込みが入ったが、僕が正式に雇ってもらえるなんてこと、今まではあり得ないと思っていた。

だからこそ、普段出ない勇気や闘気なんかも溢れそうになる。

「やる気みたいだ、レニ。レニが頑張るなら俺もやるぞ」
「うん、ありがとうラーム。この任務、絶対にものにしなきゃ…!」

様子を見ていた先輩はまだ抵抗したがっていた様だが、やがて僕達の気合いや上司の絶対的命令には逆らえないと感じたのか、長いため息を吐いた。

「くそっ。しょうがねえ。この教会ってそういうとこだしな。遅かれ早かれ洗礼は浴びるだろう。……レニにラーム、俺も一応所属三年目の先輩だ、なんかあったら俺が守ってやる、心配すんな!」
「は、はい! よろしくお願いしますセラウェさん!」

堅く握手を交わした僕達は、強固な絆で結ばれ任務に挑むのだった。





そして当日。仲介役の手配など下準備に数ヶ月費やしたという潜入任務が始まった。僕達三人は早朝から奥深い森の中で並んでいる。

季節は春だがかなり肌寒く、皆厚着だ。入れ替わりが激しいのか、新たな労働希望者達が施設の巨大な鉄門の前に集まっている。

「あのセラウェさん、ラームのやつ全然魔術師に見えないけど平気ですかね?」
「あー、大丈夫だろう。周りの奴等みてみろよ、皆目が死んでて誰も気にしてねえ。ラームは魔力もあるし俺達の用心棒ってことにしておこう」
「俺はレニの用心棒だ。お前は自分で身を守れ」
「なんだよケチくせえな! お前俺の弱さ知ってんのか? ったく、ロイザの野郎がついてきてくれれば俺も最低限身の安全が確保できたのによ」

彼は自分の使役獣がこの場にいないことを愚痴っていた。なんでも白虎のロイザさんは魔術師が苦手らしく、彼らの巣窟になど絶対に入らないと拒否したそうだ。

「お前はいいよなぁ、レニ。何でも言うこと聞いてくれる使役獣で羨ましいよ」
「いや、なんでもってわけじゃ…」
「何でも聞くぞ。そういえばレニ。今日は目深に帽子を被ってる。小さい時のレニみたいですごく可愛いぞ」

また話を聞いていない大柄の人型茶狼は、僕のニット帽を上から触り機嫌がよさそうだった。これは伯父さんが「育ちの良さを出来るだけ隠しなさい」と言って金髪頭にかぶせてくれたものだ。

ラームはあまり緊張してなさそうで、いつも通りだった。なんだかんだ、任務を楽しんでるのだろうか。

「リラックスしてんなぁ。お前、魔術師が怖くないのかよ」
「怖くない。俺が知っている魔術師はチャゼルとレニだけだが、二人ともいい人間だ」

きっぱりと言い切る召喚獣に照れがわく。セラウェさんはそんな彼の台詞を羨ましがっていたが、すぐに表情を厳しくした。

「はは……っ。その意見もいつまでもつかな…」

彼の視線が重い鉄門に注がれる。ちょうど門が開いていき、ぞろぞろと覇気のないローブ姿やよれよれの格好の人々が中に入っていった。



施設内は一面灰色の壁で、想像よりも清潔な印象だったが、かなり殺風景ではあった。要塞のような縦に長い建物は廊下が長く、等間隔でたくさんのドアが取り付けられている。

そのうちの一つの部屋に、僕達は振り分けられた。
そもそも人々は誰の仲介か施設の場所を聞きつけて集まった者達というだけで、身分証なども必要なく次々と承認される。

各部屋は10人ほどが入る魔術師らの寝所であり、労働時間以外はここで過ごすという。二段ベッドの他には別室に簡単なシャワーとトイレがあるだけの、先輩いわくまるで刑務所風らしかった。

「おい、角のここにしようぜ。お前らはここと下使え」

あれだけ嫌がっていたセラウェさんだが、経験値の高い彼が僕達のためにベッドを確保してくれる。だがラームは首を振った。

「俺はレニと同じベッドで眠る」
「えっ、入らないよラーム。それに皆いるから怪しいってば」
「別にいい。離れて眠るのは嫌だ」

頑固な茶髪の大男が眉をしかめて主張する。
召喚獣はここでは人化している必要があった。魔力供給もだが、僕らの関係がばれるわけにはいかないのだ。

結局説得をしてそばの近いベッドにラームは寝かせることになるが、睡眠が人間ほど必要のない彼は、おそらく僕達のことを注意深く見守っていてくれるだろう。

室内には他に若者や中年など、全員男性だったが皆静かでほぼ何も話さなかった。今日が初日のはずなのに、はた目にも疲れた様子だ。
僕がもっとも若い年齢に見えたため、いっそう身を引き締めて臨んだ。

「おい、班長を決めろ。労働は15分後に開始だ。時間になったら服を着替えて外に整列しろ」

外からいきなり同じ労働者っぽい人に命じられ、僕達は急いで支度をした。班長は僕達よりも慣れていそうな他の人がなってくれて安心したが、外に並んだ途端まずいことが起きる。

「なんだこのだっせえ服は。マジで囚人みたいじゃねーか」
「セラウェさん、偉そうな人きますよっ」

作業用の帽子と制服を着込み、僕を間に挟んで三人が整列する。遠くから白衣を着た長身の男が他の研究者みたいな男達をつれて労働者を確認する。

リーダー格の男は運悪く僕らの前で立ち止まった。髪は真っ白だが顔立ちが整ったおじさんらしき人だ。
彼はまずラームに興味が引かれたようだった。

「君はずいぶん体格がいいね。制服はどうしたのかな」
「入らなかった。私服で勘弁してくれ」
「そうか。まあいいだろう。運搬部門に入ってくれ」

ラームが教えた通りの台詞を告げると、彼は明確にそう命じた。
僕は不安になる。たぶん召喚獣と職場が離されてしまうと。

男はセラウェさんをスルーしたが、僕のことを見た。心臓が跳ね上がる。

「ふうむ。君は極端に魔力が少ないな。何しに来たんだい?」
「えっ、ええと、すみませんっ。僕も仕事が必要で……っ」

辛辣な言葉に打ちのめされそうになる。やっぱりすぐに見抜かれてしまった。この人は魔力量が豊富だし施設の重要人物なのかもしれない。

「あのすみません、俺達友達同士で金なくてここに来たんです。雑用でもいいので置いてくれませんか?」

セラウェさんが頭を下げながら助け船を出してくれた。感動しつつ話を合わせていると、白衣の男は納得をしたがとんでもないことを言った。

「そうだったのか、美しき友情だ。僕はそういう話が好きでね。いいだろう、君は僕の部屋の掃除をしてくれたまえ。さあ行くよ」
「えっ?」

ウインクをした男に促され、もうついて行くしかなくなった。
先輩は焦り顔で声をかける。

「ちょ、ちょっと待った! 俺じゃ駄目か? そいつまだ若いからさーー」
「君はまあまあ魔力があるだろう。僕らの研究に大いに役立ってくれ。それにこの子はフレッシュでとてもいい人材だ。この子にするよ」

男は断言し、潜入捜査中の僕らは言葉に詰まる。これは実際、調査の大きなチャンスだ。しかしそんな状況を茶狼のラームが見過ごすはずがなかった。

「お前、何を考えている? 彼は俺の友人だ。連れていくな。普通の仕事をさせろ」
「ふふ、なんなんだ、君は態度もでかい男だな。僕はここの責任者の博士だよ? 人事は好きに決める。君はどうだい? 241番」

名札についた僕の番号を呼び、黒色の瞳を細めた。
僕は覚悟を決めて頷く。

「僕は大丈夫です。博士についていきます。……大丈夫だから、心配しないでね」

こっそりラームに告げると、彼は蜂蜜色の瞳を揺り動かした。
普段の彼なら決して引き下がらないだろう。しかし今回の任務については、前もって本気度を入念に教えていたりもした。出来るだけ行動に気を付けることもだ。

だからラームは険しい顔で言うことを聞いてくれた。隣のセラウェさんも苦渋の顔つきをしていたが、全部任務のためだと、二人で視線を交わし頷き合う。

こうして僕は最初の予想とはまるで異なり、初日から施設内部への接触が図れそうになった。



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