召喚獣と僕 | ナノ


▼ 9 魔術師、襲来

翌日になり、睡眠と休息を得た僕は、やっとのことで無事に魔力が回復した。
あんな事をしてしまった後で、ラームと顔を合わせるのがなんとなく恥ずかしい気もしたけれど、とりあえずは魔力供給に関しても、主の僕は積極的に頑張ると決めたのだ。

「じゃあ、セラウェさん。僕たちはこれで。本当にお世話になりました!」
「おう。またいつでも来いよ。気をつけて帰るんだぞ、迷子になんなよ」
「はい! ほら、ラームもお礼言って」
「レニ。聞こえないか? ……外が騒がしい」

先輩の仮住まいにある玄関先で、別れの挨拶をしている時だった。僕の隣にぴたりとくっついたラームが、怪訝そうに眉をひそめた。

僕とセラウェさんは顔を見合わせ、耳を澄ます。
すると外から、人の叫び声と群衆のざわめきのようなものが微かに聞こえた。

「え、何だ。なんか事件か?」
「ほんとだ、どうしたんだろう」

普段は警護の騎士の敬礼や、馬の闊歩する音だけが目立つ静かな領内なのに、何かあったのだろうか。
僕たちは急いで外に出た。

樹木が並ぶ脇道を抜けると、騎士団本部棟が見えてくる。しかし、何やら上空にーー見間違いじゃなければ、青空をバックに一人の男が黒いローブをひらつかせ、ふわふわと浮いていた。

その真下には鎧の騎士に混じり、制服姿の騎士らも集まっており、皆一様に長剣を抜き、構えを取っていた。

「貴様ッ! 突然門を蹴破って領内に侵入するとは、何が目的だ! 下に降りてこい、黒魔術師め!」
「だからさあ、俺の息子を出せって言ってんだろうが! 昨日から帰ってこねえんだよ! 何かあったんじゃねえか!? っくそ、こんな事ならやっぱ妙なバイトなんかやらせんじゃなかったぜ!」

金髪頭の魔術師が、悔しげに言い放ち、黒い手袋をはめた右手をかざす。

空中に大きな魔法陣が現れ、その中から人を形どった巨大な水精霊が現れた。
男の口元が詠唱を始めると、透明な液体状のそれは二体に分裂し、それぞれの両手のひらから水流を生み出す。

真上から周囲を包み込むように攻撃をしかけ、騎士達の阿鼻叫喚が響き渡る。

まずい。
完全に見覚えのある召喚術に、僕は卒倒しそうになった。

「ちょ、やべーよ何だあの男! 騎士団に戦争ふっかけてきやがったのかッ」
「えっ……いや違、あの、……どうしようラーム! お願いお父さんを止めて!」
「分かった。やるだけやってみる」
「は? お父さん?」

セラウェさんが呆然と聞き返すのと同時に、茶狼に変化した召喚獣が、騎士達と魔術師の間に飛び込んで行った。
息を吸い込んですぐ、口から最大威力の火炎をほとばしらせ、水流を飲み込もうとする。

だが拮抗したかに見えた力も、徐々にラームが押されていく。
僕とセラウェさんも急いで現場へと向かい、二人がかりで防御魔法のバリアを繰り出した。

それでも領内の芝生に惜しみなく流れ出す濁流に、騎士達が足を取られ苦戦する。

「ふん、リメリア教会の魔術師連中ってそんなもんなのか? トマスの野郎、ちゃんと仕事してんのかよーーってあれ…? お前、レニか? よく見たらラームもいるし」

上空から聞き覚えのあるとぼけた声を聞き、僕は一生懸命手を振って自分の存在を示した。

「もう! お父さん魔法使うのやめて! 何考えてるんだよ、ここ僕のバイト先だよ!」
「レニ、お前なぁ! 心配しただろ、どこで何してたんだこの不良息子ッ」

父が怒鳴り声を上げて文句を言う。
ようやく召喚術を解き、地面へと下りてきた。
はぁはぁ息を切らす僕のもとに、いつの間にかラームが寄り添っている。

黒ローブをはためかせる父は、髪もきちんとセットしてあるし、殺気のにじむオーラ同様、完全に外仕様の魔術師姿だった。
研究で忙しく出不精な父が外にいるということ自体、本気が伺えて怖い。

じりじりと後ろに下がる僕の周りで、騎士達の「早く魔術師を呼べ! いや、司祭もだ!」「団長はまだか!?」「じきに任務から戻られる予定です!」などといった怒号が飛び交う。

「まったく、心配したんだぞ。つうかそこの、すげえ目泳いでる挙動不審なやつ誰だ、レニ」
「えっと、お父さんにも前に話したでしょ、先輩のセラウェさんだよ」
「……あーそうか。お前が俺の息子を家に帰らせなかったんだな。変な脅迫文まで送ってきてどういうつもりだ、この淫行野郎」
「んああぁ!」

いきなり父がセラウェさんの胸ぐらを掴み上げた。
先輩になんてことを。

「は、はぁ? 何のことすかお父さん、僕はレニ君が帰れないっつうんで一晩泊めてあげただけでーー」
「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはねえ! 何が泊めてあげただ、見知らぬ魔法鳥が入ってきて『レニ君明日まで預かります。僕は領内に住む立派な成人男性なので心配無用です』とか言われて安眠出来るかコラッ 」
「あー魔力ケチってメッセージ簡潔にしすぎたのがいけなかったかなぁ、ハハハすみません」

すごい剣幕の父にセラウェさんは明後日の方向を向きながら頭を掻いている。

父は普段安穏としていてやる気を見せないが、切れたときの戦意は恐ろしいのだ。

「お父さんやめ…! どうしようラーム、助けて!」
「レニ。俺よりも殺意を剥き出しにしてる奴が向かってくる。ここを離れるぞ」
「へ?」

召還獣が人型へと変化し、突然僕のことを抱き抱えようとした、その時ーー
辺り一面が真っ白な閃光に包まれた。

地面がガタガタと揺れる。けれど辺りにいる者達はまるで時を奪われたかのように、微動だに出来ない。

光の中心から背の高い騎士が現れた。他の騎士とは違い、全身を光沢のあるプレートアーマーで覆われている。

「あ、クレッド…! 助けてぇ!」

先輩の弱々しい声が、緊迫した空気の中に響いた。
同時に鋭い金属音が鳴ったかと思うと、信じられない光景が目に映し出される。

父の首筋に、長い剣の切っ先があてがわれていた。
間近で見ていた僕の前で、金色の髪がぱらりと数本落ちていく。

「……貴様。俺の兄貴に何をしている? 斬り落とされたくなければ、その手を離せ」

仮面の奥から氷のように冷たい声音が聞こえた。
え。兄貴ってまさかーー団長さん?

「おいおいおい……いま首ちょっと切れたぞ、誰だこの無礼な野郎は! 俺はまだ息子を誘拐したこの男と話が終わってねえんだよ!」
「ああ? だからごめんっつってんだろうが! おいレニ、お前の親父なんか怖えししつけーぞッ」
「すみませんすみません! ハイデルさんも僕の父がほんとごめんなさい! どうか許してくださいお願いします!」

僕は恥も外聞も捨て去り、三人の間に立って平謝りした。
すると鎧の騎士が未だ長剣を突きつけたまま、視線をこちらにやる。父の殺気をも上回るオーラに、僕は縮み上がった。

「誘拐ってなんだ…? レニ。この男は君の父親なのか」
「は、はい。そうなんです。昨日帰らなかった僕のこと心配した父が領内に侵入してーー」

急いで事の概要を説明した。
ああ、こんな大事を招いてしまうとは、今度こそ首だ。もう終わりだ。

僕が必死に謝る姿を見て、父も少しは悪いと思ったのか、ようやくセラウェさんを解放した。
ハイデルさんは剣を下ろし、すぐに兄のもとに近づいた。

「兄貴、怪我はないか? ……もう、いつもいつも心配させないでくれ。何事かと思っただろう」
「スマンスマン。俺だってまさかあいつの父親がこんなサイコな奴だって思わなくってさ…」
「ちょっと待てよ。まだ話終わってねえぞ。息子があんな目やこんな目に合ってたらどうしようっつー親の思いはどうしてくれんだ」
「何を言っている。後輩の面倒を見ようという兄貴の親切心だろう。貴様のように良からぬ妄想をする方がどうかしているぞ」

冷静に放たれる正論に、先輩の視線が一瞬ハイデルさんに突き刺さるが、すぐに「そーだそーだっ」と加勢し始めた。
僕も恥ずかしさを堪えて何度も頷いた。

「兄貴は抜けてるところがあるからな。まあそんな所が可愛いんだが…。あんまり誤解を招く行動はしちゃ駄目だぞ、こんな風に危険な輩を引き寄せてしまう」
「……確かに。毎回自分のドジが引き起こしてる気がする。俺、気をつけるわクレッド。あんがとな」
「うん。けどどっちみち俺が守るから心配いらないよ。兄貴」

団長の鎧に包まれた指先が、微笑む兄の頬を優しげになぞった。

なんだろう、この雰囲気。仲が良さそうなのは見て取れるけど、変にどきどきしちゃうんだけど。
部下の騎士達もいつの間にか周囲に整列し、おのおの目線を伏せながら、しんと静まりかえっていた。

「ねえラーム。僕たち、もうクビかも。早かったね、バイト終わるの…」
「どうしてだ、レニ。俺たちは何も悪いことしてないぞ」
「そうだけど……領内もめちゃくちゃになっちゃったし……」

僕が恨みがましくもう一方の隣の男を見上げると、腕を組んでいた父の視線は、違う方向を向いていた。
そして全く反省のない様子で口を開く。

「へーきだよ、レニ。尻拭いはトマス伯父さんにやってもらおう。ほら優雅にやって来るぞ。くっそ、あいつぜってー面白がって見てたに違いねえわ」

不服そうにぼやく父の言葉に驚き、すぐに僕は辺りを見回した。
すると言われた通り、白装束を着た聖職者の男がパンパンと手を叩きながら、笑みを浮かべ登場したのだった。

「どうやら茶番はもう終わりかな? まったく、外が騒がしいと思ったら、僕の身内が随分愉快な事をしでかしてくれたようだ。君にはどうやって責任を取ってもらおうか、レニシア」

……え!?

予期せぬ伯父の非情な言葉に目を剥く。
父の言葉を信じて、もしかしたら大目に見てもらえるかもしれないなんて、思っていた僕が馬鹿だったのかな…?



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