店長に抱かれたい | ナノ


▼ 29 奮闘

あれ以来俺達の間で、お父さんの話は出なかった。なんとなくタブー化してしまったのだろうか。
レオシュさんはこれまで月に一度は実家に顔を出し、電話で連絡もしていたようだが、ここ最近は家政婦さんに様子を聞くのみで、直接話してないらしい。

さすがに彼も父に対して怒っているようだ。
俺は責任を感じていた。自分の存在のせいで親子のやり取りが消滅してしまったことに。

「あぁ〜……どうすりゃいいんだ。……やっぱこのままじゃ、よくねえよな」

アパート二階の自室のベッドで、寝転がりながら考える。
俺の前ではいつも穏やかなレオシュさんだが、時々考え事もしているし、どこか引きずっているようにも見えた。

勝手な想像ではあるが、彼が父親のことでこんな風に長年苦悩したりするということは、本当は仲が悪いのは嫌なのではと思った。

普通は嫌っていても、そんな状態を好んでる人なんていないだろう。俺だって理解し合えない性的志向のこともあり、親父を無視した時期があった。

でも苦しまないで済んだのは、どこかで親心に甘えていたからだ。
そういう甘える気持ちを、彼は持てなかったんじゃないかと思う。

だから俺は、やはり諦めたくない。
店長には笑っていてほしい。俺達の関係を、無理かもしれないが、できれば彼の父親にも少しだけでも認知されたい。

「よし、俺はやるぞ……でも店長には黙ってないとな、とりあえず……」

ひとり決心して、勝手な行動に出ることにした。
まったく彼の父の気持ちを考えてないであろう、迷惑な「突撃」である。



バイトも大学の講義もない日に、俺はまた店長の実家を訪れた。
恋人とはいえ、一人で来るのは失礼だしおかしい。
分かってはいたが、家政婦さんは親切に出迎えてくれた。

「あらあら。ようこそ、ロキさん。旦那様ならお庭で一服されてますよ」
「本当ですか? 入ってもいいでしょうか」
「どうぞどうぞ」

本当にいいのかと思いつつ、菓子折りを渡してすーっと居間からテラスへと抜け出る。
彼は初夏の風が吹く中庭のチェアにゆったりと腰掛け、読書をしていた。

今は年金暮らしで時折仲間と趣味に勤しんでいると聞いたが、一人の時間を静かに楽しむ姿もレオシュさんと重なった。

「お父さん、いい暮らしっすねえ。こんな眺めのいい自然の中で、昼間っから読書とは優雅ですねえ。羨ましいです」
「……なっ、なんだお前はっ、どこから入ってきた!」

さすがにびっくりして振り向いた彼だが、玄関からですと答えると、頭を片手で抱えていた。
だが驚いたのは俺のほうで、彼はすぐに怒鳴りつけて帰すこともせず、ひとまず居間に通してくれた。

にこやかな家政婦さんの手前もあったのだろうか、紅茶とお菓子を前に、二人で机の前に向き合う。
白髪の長身男性に見据えられ、俺は背筋が伸びっぱなしだった。

「またお前か。勉強はどうした。サボリか? いい会社に入れないぞ」

息子に対して同様、小言が始まってしまい苦笑いする。
入れなかったら喫茶店に就職しますと言ったら怒られた。

でもあれじゃないか? この前のシリアスなムードからしてみたら、そこまでやばくない気がする。

「あの、アーミスさん。突然すみません。でもあなたもレオシュさんのこと気になってるんじゃないかと思いまして…」
「……ふっ。別にそんなことはない。家政婦から話は聞いている。お前がわざわざ足を運ばんでも平気だ」
「あ、そうすか……」

ほんとに顔は渋さが増したレオシュさんなのになぁ。口調が厳しいのはまるで似つかない。
とは思ったものの、彼も息子のことを少しは気にしているのを感じた。

世代がまったく違うこともあり、何を話そうかと思った俺は若干困る。そこでアッと声を出した。

「そうだ! 何かお手伝い出来ませんか? 家のこととか。俺若さだけが取り柄なんでなんでもしますよ」
「なんだと? 頼むことなどとくにないぞ。なあ、マリカさん」

配膳をしてくれていた長年家政婦として雇われている中年女性に、彼が話を振った。
すると彼女は気をきかせてくれたのか「ありますよ」と俺に提案してくれた。

その後、俺は店長の実家で一汗流すことになる。
体力だけは自信があったので、終了後ははしごを持って気分よく額をぬぐった。

「ふう〜。終わりましたよお父さん、いやぁこの家広いんで十数個の電球を取り替えました。褒めてくれますか?」

ランニング姿で胸を張ると、家政婦さんには拍手とともにお礼を言われた。
お父様は腕を組み、まだふてぶてしい顔をしている。

「ふん。そのぐらい俺でも出来る」
「いや無理しないでくださいよ。はしごから落ちたら大変ですから。腰やっちゃいますよ」

なだめると彼は俺をあしらいながら、「馬鹿にするな。…あいつと同じことを言うとは」と苦々しく呟いていた。

居間まで追いかけて話を聞く。

「レオシュさんもしてたんですか? やっぱり男仕事ですもんね。店長優しいですね」
「どうだかな。……もう来ないだろうが、あいつも」

なんだかお父さんの背中が寂しそうに映った。
やっぱり、プライドが高そうだから認めないのかもしれないが、この間のやり取りを彼も気にしているのでは。

そう思いつつ、結構時間が経ってしまったので、俺はその日は二人に挨拶をして帰宅することにした。



この話、めちゃくちゃレオシュさんに話したい。
でも、まだだ。店長もああ見えてこの問題にはかなり壁を作っていたから、もう少し彼の父の人となりに迫りたいと思った。

「あの、ロキ。最近、よくジョギングに行っているんですよね」
「あっ、はい。そうなんですよ。結構遠くまで行っちゃってて。ええと、今度店長も一緒にそのコースいかがですか?」
「はい。ぜひお願いします」

バイト中の控え室で、レオシュさんが優しく微笑む。
出かけているのは彼が働いている時だからバレてはいないと思うが、動向を尋ねられてちょっとビクっとする。

けれど胸が痛んだとしてもやむを得ない。
俺には使命があるのだーー。


「またお前か、小僧。我が物顔で俺の家に入り浸るとは。やっぱりお前、うちの金目当てなんだろう」
「違いますって。悪いけど俺レオシュさんがホームレスになっても離れませんから。俺が頑張って養いますんで」

また違う日の空き時間。ありえないことだが会話の中で本気でドやると、鼻で笑われた。

こうして迷惑も省みず、俺は週一のペースで顔を出していた。
庭いじりや慣れないお菓子作りなど、理由をつけて交流を持とうとする。
短時間だが充実した日々に、だんだんと俺も楽しくなってきていた。

中庭のテラスで、休憩と称してお茶をすする。
アーミスさんは口を開くごとに小言満載だったが、会話が進むのは俺は嬉しかった。

「まったく。最近は騒がしくて敵わん。お前は俺のヘルパーか何かなのか? 悪いが俺はまだまだ生きるぞ。足腰も弱くない」
「そうでしょうねえ。ガタイのよさも息子さんにそっくりだし。いいじゃないですか、長生きしてくださいよ、お父さん!」
「お父さんと呼ぶな。いくつ離れてると思ってるんだ」

彼もコーヒーを口にしながら愚痴を垂れている。

「ああ、家政婦さんの紅茶美味しいですねえ。……そうだ、レオシュさんの珈琲もまた格別なんすよ! 本物の喫茶店開いてるから当たり前なんですけどね、はは。……お父さんは店長がいれた珈琲飲んだことあるんですか?」

そろそろ店長の話しても大丈夫かなと頃合いを見て尋ねると、彼は分かりやすく顔をしかめた。

「はっ。珈琲だと? いい年した男が、立派に大学まで出た者がそんなものを生業にするとは。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。何が店だ。俺は早く止めろと何度もーー」
「……はあっ? なんすかその酷い言い方は、レオシュさんのことそんな風に言わないでくださいよ!」

俺は突然ぶち切れた。いくら彼の父親でもそこは笑って許せない。
アーミスさんは面食らったように俺を見た。

「店長のお店は本当に素晴らしいんです、毎日たくさんのお客さん笑顔にしてるし、あの場所を必要だと思ってくれるお客さんたくさんいるんですよ! 一人で店開いて切り盛りする大変さ知ってますか? しかも十年以上も繁盛させてるんですよ、レオシュさんじゃなきゃ出来ないお店なんです、俺はまだ一年ぐらいしか働いてないけどいつも近くで見てるし最高のお店と店長だって知ってますから!」

立ち上がってはぁはぁ言いながら宣言した。
唖然と見上げる彼と視線が合い、我に返る。そしてそそくさと座った。

「すみません、お父さん。熱くなりすぎました。許してください。俺も許しますから」
「…………ああ。分かった」
「え? 本当ですか? もしかして謝ってる?」
「黙れ。……はぁ」

アーミスさんは気まずそうに黙ってしまった。
だが俺は念押しして「店長の珈琲絶対美味しいですよ」と推した。

「だから分かったと言っている。……なあ、小僧。ここにお前がいることを、あいつは知らないんだろう」

いきなり核心を突かれて、俺はぎくっと肩を震わせた。

「ふん。知っていれば止めるだろうからな」

全て見透かしていたお父さんが影のある、投げやりな表情をする。
それを見た俺は心が動かされた。

本当はもっと会いたいのかもしれない。あんなに喧嘩をしてても。
そうだ。ぐちぐち言うのだって、息子が気になるからに決まっている。

この日のやり取りをもとに、俺はそんな考えに至った。



話はもう少し続く。
懲りない俺はもはや習慣的に店長の実家にお邪魔していた。すでに六度目の訪問だが、家にいれてくれるお父様もわりと優しいと思う。

「分かったぞ。お前は新手の詐欺師だろう。それにしても、こんな得のないことをするとは」
「得ならありますよ」
「なんだ」
「レオシュさんのお父さんと仲良くなれます。という野望です」

家のあちこちを修理しながら、爽やかに腕まくりをする。
呆れられるが、その夜初めて酒を出してもらえた。くつろいでいたらあっという間に午後八時を過ぎている。

「ねえお父さん。俺、ここにいることまだレオシュさんに言ってないんですよ。どうしたらいいと思いますか?」
「知るか。なぜ俺に聞くんだ。自分のせいだろう」
「冷たいなぁ。そんな店長と同じ顔で……ああ、なんかお腹減ったな。お父さん出前取りませんか?」
「……小僧。お前の図々しさは目に見張るものがあるぞ」

今日は家政婦さんがお休みのため、広い屋敷には俺達二人だけだった。
奇妙な関係ではあったが、なんとか一方的に嫌われている関係からは脱却したのではという希望も出ていた。

出前の取り方が分からないというので、俺が注文して配達も受け取った。
そろそろ帰んないとな、そして夜はきちんとレオシュさんに秘密を明かさなければ。

決心した折、玄関のベルが鳴り出した。誰も出ていないのに、鍵が開いて誰かが入ってくる。
足音を聞いて俺はまさかと思った。突然現れたのは、黒髪に眼鏡をかけた背の高い男性だった。

「うおぉぉ! 店長、何してんすかっ!」
「それはこちらの台詞ですよ、君はこんなところで何をしてるんですか」

驚愕するレオシュさんに詰め寄られ、俺は一転窮地に立たされた。
しかし彼は怒ってるわけではなく、深く動揺しているようだ。

「最近トレーニングに出かけていると言ってましたが、まさか私の実家にいたとは…」
「ああ。こいつは完全に入り浸ってたぞ。どういう教育してるんだお前は」
「ええっ?」

親子が久々に視線を合わせる。どうやらアーミスさんがさっき電話をして店長を呼び出したらしく、俺はしどろもどろになった。

彼の父は「雑用をやらせていただけだ」とため息を吐く。もしかしてかばってくれてる?と思いつつ俺は正直に白状して謝った。

「というか店長、今仕事中じゃ……」
「いいんですよ。君が心配だったんです。……ロキ。私は困惑しています。どうして何も教えてくれなかったんですか。怖かったでしょう、一人でこんなこと…」

少し勘違いされているのか、俺は居間の明かりが煌々と灯る中で、店長に抱きしめられた。

「ちょ、人前で、それ地雷ですよお父さんのっ」
「大丈夫ですよ。君への感謝の気持ちを示させてください」

家族がいるのに頭を抱えられ、よしよしされてしまった。
お父さんの心情を考えると恐ろしかったが、彼は何も言わず呆れているようだった。

レオシュさんは緊急事態と判断し、店は閉店が近く従業員に任せているから問題ないと話した。
せっかくなので、こうして実家に帰ってきた彼も食卓に加わることになった。

俺はまた喧嘩にならないかと若干緊張をしていたが、なんとお父さんが先に口を開く。

「食事をするのは正月ぶりだな。食事といえるのか分からんが。お前、こんなものが好きなのか」

まずいと言いながらもピザを口に運び、息子に愚痴っている。

「ええ、好きですよ。ハンバーガーやジャンクフードも大好きです」
「え、そうなんですか!」
「はい。学生の頃も隠れて食べてました、友人や弟と一緒にね」

隣に座ったレオシュさんが俺に微笑む。親近感がわいてワクワクした。
相変わらずしかめっ面のお父さんだが、俺は同じ席にいてくれて嬉しかった。

「学生の頃のレオシュさんかあ…当時から美しかったんでしょうね。お父さん、写真とかないんですか?」
「……写真だと? お前は本当に厚かましい若者だな」
「ないですよ、ロキ」
「あるぞ」
「え?」

驚いて顔を上げる息子に対して、父が席を立つ。別室から戻ってきた彼は、母が仕舞っていたものだと言って見せてくれた。
高そうな革のアルバムを、レオシュさんと一緒に俺は感嘆して眺めた。

「いいですねえ。……ああっ、このレオシュさんかっけえ! うちの親は面倒くさがりでこんなのしてなかったんで、店長が羨ましいですよ」

しみじみしながら店長の写真マニアの俺は穴が開くほど見つめる。気づけば親子の態度も徐々に軟化していったようだ。

「とっておいてくれたんですね。ありがとうございます、お父さん」
「ふん。ただ場所を覚えていただけだ」

二人が微笑ましく話している間に、非常識にもこっそり携帯で写真を撮ろうとしているとお父さんの目が光る。レオシュさんは戸惑いつつも笑っていた。

「お前には恥の概念がないのか。まったく……見たければまた来ればいいだろう。ただし一人では来るなよ。レオシュと来い。俺一人でうるさい奴を相手するのは骨が折れる」

突然デレだしたお父様に俺は目をぱちくりとさせる。

「え? マジすか? いいんすかお父さん!」
「いいと言っている。だがその馬鹿げた話し方は止めろ、頭が痛む」
「ひどいなーフレンドリーじゃないすか。じゃあお父さんも高圧的なしゃべり方やめてくださいよ」
「なんだと、生意気な……」

息のあった会話をしていると、隣からまじまじと見つめられた。

「君は、すごいですね。父と普通に会話ができるなんて」
「はは。これ普通ですかね」

気がつけば笑っていい空気になり、なんだか和やかなムードだ。
この前の険悪だった時からは考えられない。
ああ、来てよかった。と心から思ったのだった。

皆でピザを平らげた後は、店長はなぜか俺にまだ感謝をしてくれていたみたいで、美味しい彼特製の珈琲で労ってくれた。

「うおお、店長直々に入れてくださるとは! 最高っす!」
「ふふ。君のためならばいつでも作りますよ、ロキ。……お父さんもいかかですか?」

ちらりと父を見て、少し緊張の面持ちで眼鏡を直している。
頼むから素直に「いる」と言ってくれとアーミスさんに願っていると、彼は「ああ。一杯もらうか」と呟いた。

俺と店長は顔を見合わせて驚いた。店長のやや嬉しそうな微笑みが忘れられない。

食後の珈琲は本当に美味しくて、さらに場の雰囲気が素晴らしいフレーバーとなっている気がした。

「美味いっすねえ、お父さん。ほら俺の言った通りでしょう!」
「……まあな。悪くはない」
「……本当ですか? ありがとうございます。ブレンドにしてみたんですよ」

家政婦さんがすでにいい珈琲豆を揃えてくれていたので、と笑みを浮かべる店長に、俺も感動して親子のやり取りを噛みしめていた。

そして最後に触れたのは、お父さんのこんな文言だ。

「レオシュ。お前の店を俺が小馬鹿にしたら、こいつは真剣に怒っていた。お前の店は客に愛される、皆にとって大事な場所だとな。……そんなことを言う人間が近くにいるということは、お前のやってきたこともあながち間違ってはないのかもしれんな」

珈琲に視線を落とし、軽く一息をつく。
その言葉が最も嬉しかったのは、もちろん店長本人だろうと彼の表情で分かった。
俺は柄にもなく、うっすらと目が潤んでいたのだった。



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