▼ 24 二人の旅行?
俺の幸せは、いったいどこまで続いていくのだろう。
そんな贅沢な疑問をあらためて感じる出来事があった。
「ロキ。最近暖かくなってきましたね。……あの、もしよかったら、君と一緒に行きたいところがあるのですが」
「え! なんですか店長。あなたとなら何処へでもお供しますよ」
レオシュさんのお家で仕事終わり、二人で過ごしているときに俺は前のめりで返事をした。デートのお誘いだろうかとワクワクする。
しかし彼が見せてきたのは写真つきのパンフレットで、さらに凄いものだった。
「こ、これは……高原リゾートホテルっ!?」
「ええ。君と旅行なんかに出かけられたらなと思いまして……最近ネットで探していたんです。森や湖といった自然も多く、敷地内の施設でスポーツも出来ますし、温泉などのスパもあるみたいなんですよ」
アクティブな趣味をもつ自分達にぴったりなのでは…と麗しい微笑みで勧められ俺は一気に天国に上りつめる。
まず彼がひとりでそんなことを考えていたことが嬉しい。
それにこの素晴らしい場所、なにより初の二人きりの旅行ーー。
「ぜひぜひ行きましょう! 俺すっっっげえ嬉しいです、めっちゃ楽しみです!」
興奮して彼をガバリと抱きしめると、店長も新しい黒渕眼鏡を直して嬉しそうに笑いかけてくれた。
そして数週間後。いよいよ二泊三日の熱々旅行が始まる。
俺は店長の黒い乗用車を運転していた。助手席には彼が座っており、たまにしか姿を見れないのが寂しいが稀なシチュエーションには興奮していた。
「すみません、君に運転をしてもらい。疲れていませんか?」
「全然大丈夫っすよ。あと何時間でもイケます」
アパートを出発して目的地まで、山道や海岸沿いを走るドライブだ。
今回はせめて色んな場面で役に立ちたいと運転を買ってでた。なぜならレオシュさん、旅費を払わせてくれなかったのだ。
年の差や社会的地位が関係しているのかもしれないが、「君はまだ大学生ですから」といつもデート代もやんわり断られてしまう。
お茶代などは払わせてもらってるものの、さすがにこのまま世話になりっぱなしじゃまずい。
そう言って今回も準備していたのだが、「では給料から天引きしておきますね」と店長スマイルで言われた。この人絶対しないと思う。
そんなこんなで頭を悩ませつつも、俺が早く彼に追い付けるぐらい立派になればいいのだとさらに決意を固めた。
「うおおー、見てください、このホテル! めちゃくちゃ豪華じゃないですかっ。白亜のロビーですよ、噴水でかっ。本当にいいんですかレオシュさん? こんなだいそれたとこに…」
「ふふ。君が気に入ってくれたら私はとても満足なんです。それに今回は私のわがままで一緒に遊びに来てもらっているんですから」
二人でボストンバッグを運ぶ中、さらっとお洒落な装いの彼がささやいてくる。
まったくレオシュさんは、俺に甘すぎるな。もしや恋人にはすんごい尽くしてしまうタイプなのだろうか。
俺は店長と一緒なら場末のケバブ屋でも嬉しいタイプだが、きっと彼も普段はそれでもいいと言ってくれる人だと思うから余計に愛しさを感じる。
仲良くチェックインをしてる時にふと思った。
部屋は広いツインルームでも、俺達はいったいどんな関係に見えているのだろう。
ドキドキしながらエレベーターに乗り、上階の客室へと向かった。
そこは予想以上に大きな窓から眺めのよい湖がのぞめる、白い内装のリッチなお部屋だった。
家具もこじゃれてて俺のようなむさい若者には若干不釣り合いにも見える。
「ひえ〜。もっと良い服来てくりゃよかったな、持ってないけど」
鏡で茶髪を整えながらこぼすと、レオシュさんがにこりと「ロキはどんな服装でも素敵ですよ」とフォローしてくれる。
最高の部屋にもテンションが上がったが、それよりも俺には彼さえいれば完璧なのだ。
だらしない笑顔を返しながら、俺はコンパクトにまとまった自分の荷物からあるものを取り出した。
「店長、あの。さっそくこれなんですけど……いかがでしょうか? あなたに似合いそうな白黒パターンの水着です」
「おや、私に? 本当にいいのですか、ロキ。とても格好良いですね」
「はい! 妄想の中ではばっちりでした!」
実は俺はスパ用に、水着を持っていないという店長のために一着購入していたのだ。
自分の分も適当に身繕ったが、こんなに胸が高鳴る買い物は初めてだった。
「ありがとうございます、これほど嬉しいとは。君からもらったプレゼント、大事に使いますね。では後で一緒にスパで楽しみましょうね」
「はいっ」
忠実な犬のごとく目を輝かせると頭をよしよしされた。
ああ……欲をいえば今ここで彼の生着替えを拝見したかったが、もう少しの我慢だ。
考えてみたら今日も明日も泊まり。店の経営で毎日忙しいレオシュさんを俺だけが独り占めできる。
夜だって、この部屋で熱く愛し合えるに違いない。
こんな幸せ、この若輩者の自分が本当に味わっていてバチが当たらないのだろうか?
ホテル内でお昼ごはんを軽く食べたあと、俺達はさっそくリゾートスパへ向かった。
ここは敷地内だけでかなりの娯楽施設が備わっており、外に出ないでも十分楽しく過ごせるスポットだ。
彼に見せるために一段と筋トレを頑張ってきた俺は、脱衣所で短パン水着に着替えた。
横目でちらりとレオシュさんを見る。予想以上にパーフェクな水着姿に、少し浅黒く焼けた肌にまったく年を感じさせない、がっちり肩幅と引き締まった腹筋。
シャツの上からでも分かっていたが、腕とか胸板とかも、最近さらに良い体になってる気がする。
「ちょっ、店長、すげえエロ格好良いです。見せちゃだめですよそんなの。トレーニングしてるんですか?」
「ええ。少し鍛えましたよ。君のような逞しい青年が隣にいると、やはりね」
俺の台詞に笑いをこぼしながら素直に明かす。褒められて照れるが彼の肉体に敵うものは居ないのだ。
眼鏡を外した彼と連れだって屋内に入っていく。宿泊客や従業員の姿は多く見えるが、様々なプールや温泉が広がる景色は壮観で、天井もとてつもなく高い。
二人でさっそく温泉へ向かった。
俺は家族以外とこういう場所へ来たことがないため、すごく新鮮な気持ちでジャグジーの湯につかる。
「はあぁ。ぶくぶく気持ちいいなぁ。よくこういうとこでふしだらな男女たちがシャンパンあけてわいわいやってますよねぇ。ああ……レオシュさんと二人きりだったらイチャイチャできんのになぁ…あんなことやこんなことも…」
「ロキ。声に出ていますよ」
「え! すみません!」
慌てて薄ら目を開けて飛び起きると、近くに彼が泳いでやって来た。
濡れた黒髪が色っぽい店長と、肩が触れるほど近距離でドキドキする。恋人同士ではあるが、おおっぴらではないため急な接近に心臓が飛び出そうになった。
「そうですね。今度は家族風呂がついた宿屋なんかも、いいかもしれません。人目を気にせず君に触れられますから。どうですか、ロキ」
「ふぁ、はい! 最高ですっ」
おいおい店長、言いながら普通に俺のほっぺたさりげなく触ってるんだが。
やばいこんなとこで不埒な想像は危険だと必死で耐えた。
その後も温水プールで泳いだり、驚くほどまったりと落ち着いた時間を二人で過ごす。
大人な男女や友人同士などが多い場に、俺達も自然に溶け込んでいたと思っていた。
「そういえば、レオシュさんはあんまりサウナ得意じゃないんですよね」
「はい、残念ながら。でもロキはお好きなんですよね。どうぞ、行ってきてください。私は向こうで待っていますから」
「ええっ、寂しいです。それにレオシュさんナンパされたりしませんか? あの辺の華やかな女性に」
「ふふ、ご冗談を。それは私のほうが心配ですよ。……やっぱり一緒に入りましょうか」
半分本気で心配され始めてしまい、俺は慌てて「大丈夫です!」と出発した。熱いサウナでもし彼の身になにかあったら大変だ。
名残惜しくなりながら後で待ち合わせをし、少しの間だけ別行動を取った。
木製の少人数用のサウナに入り、じとっと熱く湿った空気の中、俺はベンチに腰をおろした。
しばらくしていると汗がにじんでくる。
「あービール飲みてえ……くくっ、このあと店長とお酒でもいっぱい飲んで、しっぽりじっくり……」
朦朧としながら夢見気分でいると、木のドアが開いた。
視線をあげると同じく水着姿の男性客が入ってくる。
こんにちは、と声をかけられ俺も返し、また黙って瞑想をしていた。
だがなにやら視線を感じ、男を見た。斜め前に座った彼はウェーブがかった金髪を耳にかけ、薄い髭を顔半分にたくわえた甘いマスクの男性だった。
俺より十個ほどは年上に見えたが、体つきもほどよく鍛えていて女が群がるタイプに思える。
職業病のように体格をチェックしたあと、レオシュさんの肉体を思い浮かべ薄ら笑いが起こる。
「いやぁ、中熱いね。君、ひとり? 何分ぐらい入ってるの?」
「ーーえ? ええと、十分ぐらいですかね」
「すごいな。やっぱり若い子は元気だね」
馴れ馴れしく話しかけられて無難に相づちを打つ。
しかしなぜか男は腰を上げ、俺の近くに座り直した。
「初めまして、俺はイーサンっていうんだ」
「そうですか。俺はハーミットです」
なぜ話しかけてくるのか分からないがフレンドリーな人なんだろうと思い世間話をした。でもそのイーサンという男の視線はあまり気持ちのいいものじゃなかった。
「いや、一人ではないんすよ。一応、連れの人がいて」
「ああ、あのおじさん? なになに、もしかして君の……そういう人?」
耳障りのいい声に尋ねられブチっとくる。
面白がった言い方に悪意を感じた。
「まあ洗練された大人の男性ですけどね。何が言いたいんですか?」
「はは、怒んないでよー。ちょっと興味があってさ。君、年上がタイプなの? 俺なんかどう?」
「……はっ?」
「だからさ、いい人探してんのかなって思ってね。こんな高そうなホテルに仲良さげに泊まってんの見て」
甘い顔立ちのゲスい目元に笑まれ、俺はぎりりと睨み返す。
なんだこいつ、ナンパか? 一見ホモには見えないがたぶんバイか何かなのだろうか。
「興味ないんで。あと良い人はもういるので余計なお世話ですよ」
「え? 本気じゃないでしょ、君みたいな可愛い子が、若くて体つきもいいしーー」
俺は立ち上がって奴を無視し、扉をバタンと開けて出ていった。
後ろから「あ、ごめんって、またね!」と聞こえてさらにイラつく。
なんなんだ。こんなとこまで面倒くさい輩が現れやがって。
そんなに俺の元ビッチ臭が出てるとでもいうのか。
少し気分が滅入ったが、その後すぐにラウンジのソファで待っていてくれたレオシュさんに笑顔で迎えられ、俺は速攻で元気が出た。
その日は到着日ということもあり、スパの後は内観を見て散歩し、夜にはレストランで夕食を楽しんだ。
部屋へ戻るまで暖かい風が通る中庭を二人で歩く。
「ああ、美味かったですね〜。レオシュさんの作るご飯と同じぐらい美味しかったっす!」
「えっ? それは…良いことなのでしょうか? もの足りませんでしたか?」
「違います違います、そのぐらい感動したってことです」
真面目な彼に思いの丈を説明すると、ほっとした様子で彼がはにかむ。
「君は私に甘いですよ、ロキ。とても嬉しいですがね」
「えぇっ、そうっすか? 甘いのは店長のほうですってば」
爽やかに言おうと横を振り向くと、眼鏡越しにこちらをやたらと色気のにじんだ微笑みで見られている気づく。
「ふふ。どこらへんがですか」
「それは……あの……レオシュさんの…口、です」
俺は何を言っているのだと思ったが、雰囲気に股間がビキビキと痛くなってきた。
「口? ……君はもう、そういうことを考えてしまっているんですか」
外なのに甘い囁きが乗り、耳を直撃する。
俺は恥ずかしげもなく赤い顔で頷いた。
すると彼の手がそっと俺の手に触れる。長い指にからまれて、優しく握られて勃起しそうになった。
俺が思わず周囲を確認すると、彼の手がピタリと止まる。
「すみません、嫌でしたか? 外でいきなりーー」
「え!? 違うんです、そうじゃなくて!」
彼の手を握り返し、両手でぎゅっとしてしまった。
もちろん嫌などと思うはずもないが、周りの目を気にしたのは確かだ。
俺はレオシュさんと彼の身内以外になら、どう思われても気にしない。
だが彼はどうだろうか。さっきのナンパ男じゃないが、俺がそういう軽い若者に見られて、一緒にいるレオシュさんに迷惑がかかっているのでは。
そんな風に思ってしまったのだ。
「ええと、レオシュさんは大丈夫なんですか? 俺とその…カップルみたいに見られても…」
今さらなのだが緊張して尋ねる。らしくもなく声が少し震えた。
「ええ。周りからどう見られても、気にしませんよ」
だが彼は優しい笑みを向けて、俺にそう言ってくれた。
じわりと涙ぐんでしまう。
「確かに最初は、私など、君にふさわしくないと思っていましたが……今は君の恋人ですから。とくに心の中ではもっと胸を張っています」
小さく笑うレオシュさんに、俺は我慢できず腕を伸ばして抱きついた。
「……っ、ロキ。……可愛いです。もっとどうぞ」
「はいっ……もう勃ってます…!」
告白すると苦笑する彼に「はい、知っています」と言われてしまった。
暗がりで人気がないことは分かっていたが、気持ちを抑えられない。
そこで俺は言わなくていいことまで口にしてしまう。
「ロキ、やっぱり人目とかそういうことを、今日は少し気にしてたのですか」
「いや、その……普段はそんなこと全然ないんですけど、俺あなたしか見えてないし、浮かれてるから。……でも、変な男にサウナで会ってーー」
何気なく話すと店長の眉がぴくりと動いた。空気が一瞬静まり、黒い瞳にじっと見つめられてしまう。
「本当ですか? 君はその男に、ナンパされたのですか」
「あはは、そんな大層なもんじゃないっすよ、ただやたら馴れ馴れしい野郎で」
なぜか自分が焦って弁解するが、レオシュさんは眉を寄せたまま険しい顔だ。
あ、この表情もう見覚えがある。
「ロキ。なぜいつもそういう大事なことを私に黙っているんです、危ないでしょう、ああ、だから君をやはり一人にするべきじゃなかったーー」
彼は独り言を言うように興奮しているようだった。
珍しく怒られた俺はどきまぎし、全身がじんじん熱くなっていく。
「すみません店長、許してください」
「いえ許しません」
「ええっ! そんなぁ!」
喜びの悲鳴を上げると彼は眉を下げて俺を見つめる。「君じゃなくてその男をです」と頬をもどかしげに撫でられてしまった。
その夜、俺は急遽嫉妬に駆られた店長に熱い夜をぶつけられた。
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