店長に抱かれたい | ナノ


▼ 22 対決

店長に奴の番号を聞かれたのだが、俺は迂闊にも消去していて分からなかった。すると彼は自分の携帯である男に電話をした。

「もしもし、夜分遅くにすみません、クレイ。ーーいえ、今日はロキのことじゃないんです。……実は、アーガスの連絡先を教えてほしいのです」

淡々と話すレオシュさんを止めようとしても、彼は珍しく強固な姿勢だ。電話口の俺の親友、クレイは気がかりな様子だったようだが、大人しく番号を教えた。
 
礼を言った店長は切り、書いたメモを見ながらすぐにまた電話を始める。

「店長、まじでやめてください、あなたが不快になるだけですって!」
「ーーしっ。静かに。ロキ」 

俺の部屋で携帯を耳に当て、立っているレオシュさんにまた引き寄せられる。肩口にぽすっと顔が押しつけられ、なだめるように抱かれた。
そんな状態で俺はただ待っていることなど出来ない。

「もしもし? こんばんは。アーガスですか? 私は喫茶店の店長のヴァルナーです。……はい、彼のことですよ。あなたに今から話したい事があるのですが」

冷たい店長の声にかぶさるようにあいつの荒っぽい声が聞こえる。

「はい。……ええ、分かりました。では後程その場所で」

ものの一分ほどで切られた電話に唖然とする。
どういうことだ。もしや今から二人が会うというのか?

「ちょ、どうしたんですか? どこ行くんですか店長」
「そう遠くない公園を指定されました。ちょっと出てきますね。君はここに残っていてください」

そう諭されても納得出来るわけがない。最悪の事態を想定して俺は彼の腕にしがみついた。

「俺も行きます、レオシュさんに前に出てもらうわけには、嫌です俺は…っ」
「ロキ……」

正面から見つめ合った。彼への心配とこの期に及んで恐怖が襲う。自分の過去から逃げてきたツケがとうとう回ってきたのだ。

レオシュさんは俺を守るように、頬を手で覆って優しくキスをした。せつなげに撫でたあと、俺の手を握って部屋から連れ出す。

そうして俺達は夜も更けた頃、あいつに会うことになった。



険しい顔で車を運転する彼を見ながら、公園へは数分でたどり着いた。
街灯がともる広い場所にある、ベンチの近くで待つ。

本当に来るのか。約束を守らないタイプのアーガスを胃痛とともに探していると、暗がりから二人の男が現れた。

金髪を流したスウェット姿のアーガスと、後ろからさらに体格のいい短髪黒髪の男、クレイも来たようだった。
俺を見てわざとらしく肩をすくめてみせたが、元凶の男はまず俺に合図をした。

「あっはは! まじで居やがる。おーおーどうしたロキ。おっさん怒っちゃったか? 俺達の密な関係がばれちまって」
「……てんめえ! ふざけてんじゃねえ、わざわざレオシュさんがお越しくださったんだぞッ」

前に出て吠えるがやんわりと腕を取られる。
ジャケットを羽織り一人だけきちんとした大人という風貌のレオシュさんは、毅然とした表情を崩さず眼鏡を直した。

「クレイ。君も来てくださったんですか、心配をおかけしましたね」
「おう。まあ面白そうっつうのもあるが、いざとなったら俺がいないとやべえだろ」

奴は後ろでタバコを取り出し、物見遊山の風情だ。
俺はアーガスを睨んでいた。頼むから余計なことを言うなと祈っていたが、こいつが何故素直にこの場に現れたのか、もっと考えるべきだった。

「なんだ店長さん。話って」
「分かっているんでしょう? ロキにつきまとうのは、もう止めてください」
「……はあ? なんであんたにそんな事お願いされなきゃなんないわけえ? 俺が聞くメリットある、それ」

ポケットに手を突っ込みながら人を嘲っている。

「あなたのメリットは関係ありません。ロキにとって迷惑なんです。私にとってもね」
「く、はははっ。あんたこそ関係ねえだろ、俺達に構うなよ。俺はな、こいつの元彼で初彼なの。中坊から六年間ずーっとこの俺が身も心も躾けてきてやったんだよ。だから知ってるんだよなー、てめえみたいなジジイなんか一時の気の迷いだってな。分かったら引っ込んでろオッサン!」

柄悪く声を荒げ、やはり最低なことを吐かれた。俺はなんとかその場に踏みとどまったが、店長の横顔は冷たく奴を見据えている。

「なに? 過去なんか気にならねえって? 前にも言ったけど、こいつすげえ淫乱なんだよ。あんた小綺麗な顔と身なりしてるし、そういうの嫌じゃね? だから俺に返してくれよ、なあ」

アーガスが打って変わってふざけた声音を出す。すると店長はようやく口を開いた。

「ロキはあなたのものではないので、返すも何もないんですよ。それに私は、過去は気にしません。彼は今私とともにいるので」

店長はうっすら笑みを浮かべた。その余裕が奴の怒髪天を突いたようだった。
正面に寄ってきて、少し下にいる目線を強く睨み付ける。俺もクレイも、今にも動きそうになった。

「……おいアーガス、俺は今レオシュさんと真剣に付き合ってるんだよ。お前は信じられねえかもしれないけどさ、分かってくれないか。昔の俺も、色々ひどかったとは思うが……」

危機を感じて奴に対し下手に出ると、矛先が俺に向かった。

「ロキ。無理だって、お前には。真剣な恋愛なんてよ。俺達なんか所詮体だけだろ? 本当のお前を知ってるのは俺だけだからさ」

奴の言葉に力が失われていく。言い返せばいいのに、胸の奥の痛いところを責められているようだ。
だがアーガスはさらに俺を苦しめた。

「おっさん。なんで俺達が別れたか知ってるか? せっかくだから教えてやるよ。こいつさ、結構潔癖なとこあって。どんなえげつないプレイでもするくせに、中出しだけはさせてくれなかったんだよなー。んで、俺がある時無理矢理中に出してやろうと思ったんだわ。二人で俺の部屋に住んでる時な。あんときはすっげえ興奮したね。そしたらマジで切れやがって。うちを出てっちまったんだよ。……なあ、本気っつうならさ、あんたはもう中でイカせてもらったの?」

嘲笑まじりの台詞に目眩がしてきて、顔全体が熱くなった。
羞恥がうずまいて頭が垂れ、あげられない。
近くでレオシュさんの拳がぐっと握られるのだけは見えた。

ああ、俺はどうしてこんな奴とつるんでいたのだろう。昔の俺は一時の快楽のために、なんで体を許してしまったのか。

馬鹿だ。
そう思ったとき、ぽつりと低い声が響いた。

「どこまでも下品な男だな」

耳慣れぬ冷たさの出所はレオシュさんだった。彼は歩き出した。
クレイも思わぬ動きをする。突然前にいたアーガスの両脇を後ろから掴み、がしりと固めて動きを封じた。

「あ? てめえ、なんだよ離せ、クレイ!」
「おっさん。一発やっちまえ。俺が許す」

奴は呆れを通り越した顔で暴れるアーガスを押さえていた。

「離してください、クレイ」

だが店長は拳を出すことなく、捕まった男の襟首を勢いよく掴み引っ張った。
奴の体はクレイから一瞬で引き剥がされ、同時にガクンッとすごい速さで地面に背が叩きつけられた。
「うぐぅッ」と呻いた奴は服ごとレオシュさんの掌に捕まり、頭は無事だったが胸を容赦なく膝で押さえつけられた。

「グっ、うッ、や、めろッ」
「止めろ? 何をやめて欲しいんだ。こちらの言うことは聞かないくせにな」

そう言って力をこめる店長が別人みたいで、俺とクレイは口を開けたまま微動だに出来なかった。

「口で言っても通じない奴には、こうして分からせるしかない。いいかよく聞くんだ。ロキは二度とお前のもとには戻らない。私がいるからだ。……理解が出来るか? ならばもう彼には関わるな」

静かに話すレオシュさんの言葉には熱がこもっていた。
俺は間違いなくそれを有り難く、胸に深く来るものを感じたのだが、うめくアーガスを見て焦り、思わず彼の腕を掴んだ。

「店長、そいつ死んじゃうかもしれません! もう大丈夫ですよ!」
「そうだおっさん、そのへんにしとけ!」

二人で止めるが彼の力は弱まらず鋭い瞳でアーガスを見下ろしていた。
奴が「離せ、く、そ」と言いながら店長の腕を何度か力弱く叩く。

そうして彼はようやく両手を奴の体から離したのだった。
だがまだ馬乗りになったまま険しい顔だ。

「私は、君はロキのことを本当は好きなんじゃないかと思っていた。だが、今日確信した。君には彼を好きになる資格はないと思うよ」

静かに口にし、起き上がる。眼鏡をかけ直し、服の土を払っている。
アーガスはクレイに起こされ、ふらふらと立ち上がりまだ苦しそうに首をさすって息をしていた。

「……はぁ……っあ……てめえ……ふざけんな、くそジジイ……」

奴はまだ諦めてないのか、店長に殴りかかろうと拳を振り上げた。
店長もやる気のようでシャツのボタンを開けて奴に向き直る。

「来るなら来い。確かに私は若くないが、君には負けないぞ」
「ハッ! 本気か? 殴り合ってしょっぴかれる覚悟あんのかよ、店長さんよ!」
「ああ、覚悟ならあるさ。店かロキかと言われれば、彼のほうが大事だ。そんなことは当たり前なんだよ。彼を愛しているからな」

俺は涙が浮かんでいた。そこまで思ってくれているとは。レオシュさんの強い気持ちに言葉を失う。

アーガスはびたりと挙動を止めた。苦虫を噛み潰すような顔をして、うなった後に舌打ちをする。
クレイが「お前もうやめとけよ、たぶん勝てねえって」と間に入ろうとすると、「うるせえッ」と悪態をついて地面を蹴った。

「あんた、頭がおかしいぜ……すげえうぜえ、……なんなんだよ」

奴は金髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、俺を恨めしそうに見た。複雑な感情が入り交じった顔つきは、普段の飄々としたものとは似つかず、初めて見るものだった。

「……クソがッ。……もういいわ、帰るぞクレイ!」
「えっ。おお。もういいのかよ。……待てよ、こら!」

俺を最後にじろっと見たアーガスは先に踵を返した。
あいつ、諦めたのか。そう背中を見つめると、奴は振り返る。

「ロキ! お前は絶対俺の良さを思い出すぜ、俺はやさしーからな、いつでも待っててやるわ! このビッチが!」

最後の最後に捨てぜりふを吐かれて転けそうになる。
隣の店長は眉をぴくりと上げて不快感を露にしていた。

「じゃあ俺も帰るわ。おっさんお疲れ。こいつよろしく頼むな」
「はい。君も気を付けて。ありがとうございました」

二人は短く言葉を交わしたあと、あっさりとその場がお開きになる。
俺と店長は薄暗がりの公園に残された。

「あの、店長……」

なんと声をかけるべきなのか分からなかった。それほど俺は事態に衝撃を受けていた。
だが振り向いた彼は、すぐに俺のことを抱きしめた。

「ロキ。大丈夫ですか」
「え? はい、俺は大丈夫です。いや、あなたこそ…」

はっとなって彼の服の上から手で触って確かめる。

「怪我はありませんか、すみません俺のために……!」

気が動転している俺の手がそっと握られた。
レオシュさんは何故か申し訳なさそうに目を伏せていた。

「私に怪我はありません。暴力は好まないのですが、さっきは我慢が出来ませんでした。彼がどうしても許せなかったんです」

きっと普段の彼とは違う激昂した姿に、俺が怯えていると思われたのかもしれない。

「確かに驚きましたけど、あんなに怒ってくれて、俺は嬉しかったです。レオシュさんが言ってくれた言葉全てが、泣きそうなほどすげえ嬉しくて」

彼を見やり、抱き締め返した。
人気のない夜の公園だが、彼は俺にそっと唇を重ねる。
静けさのなか、何度か確かめるように、腕におさめてキスを繰り返した。

「……俺、本当にあなたにふさわしいですか…? あいつの言葉は最悪だったけど、間違っていないんすよ。だから俺たぶん、ずるずると切れなかった……本当の俺は、きっとレオシュさんには、ふさわしくないんじゃないかって、思ってーー」

声が震えていた。奴の言葉を反芻し、また打撃を負っていく。
だが店長は一貫して俺を受け止めてくれていた。

「今、そうやって胸のうちを明かしてくれる君が、本当の君なんですよ。私の前で見せてくれるロキの姿が、どんなときも、全て本当の君だと感じています。……だから信じてください。もう悩まないでください。私はそんな君の事が、毎日、いとおしくてたまらないんですから」

彼の言葉ひとつひとつが胸にとける。
同時に俺の口元がわなわな震え出す。

「……レオシュさんっ」

この人はいつもこうやって、俺のことをすっぽりと包み込んでくれる。
甘えてはだめだと遠慮しても、深い愛情でいつの間にかその手の中に招かれてしまうんだ。

「あなたが好きです。俺も……大好きです」
「はい。それだけで私は幸せです」

確かに交わした台詞が二人を暖かく包む。
肩に埋めた頭を優しく撫でるレオシュさんが、やがて口を開いた。

「ロキ。ひとつだけお願いが」
「……なんですか?」
「また彼が来たら、すぐに私に言ってくださいね。何度でも追い払いますから」

ぎゅっと抱擁をされて心配の度合いを強く感じた。
俺は約束をしたが、きっと奴はもう来ないんじゃないかと思う。少なくとも当分は。



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