店長に抱かれたい | ナノ


▼ 21 昔の男

店長のドキッとする台詞を聞かされてから、俺は心が浮わついた状態で過ごしていた。
出来るものなら伴侶になりたいという野心はあるが、無理強いするものではない。レオシュさんの側にずっといるという事こそが俺の最大の願いなのだ。

「あ、あっ、……店長、っくぅぅ!」

自分の部屋で日課を行っているときにベッド脇の携帯が鳴った。

「……っち、なんだよ人がシコってる時によ。……あ? ニコル君か。なになに……」

将来のために、たまにやり取りをしている店長の甥っ子からだ。「最近おじさんと上手くいってるらしいな。俺の親父も会いたがってるぜ」とのからかいメールが入っていた。

「うそ! まじかよ。っしゃあ! ……でも緊張すんなあ〜」

飛び起きた俺は頭をぼりぼり掻く。奴の親父さんとはレオシュさんの実弟だ。年の離れた二人は仲がいいほうらしく、いつか紹介してもらえるという話だった。

この間一部のハプニングを除き店長の友人たちとも楽しく会話が出来たし、彼の家族に会うことも俺は楽しみにしていた。
こう見えて人見知りタイプの自分にとっては、不思議にも感じたが。

それだけ大好きな店長の、大事な人々にも認められたいという、欲が出てるのだと思う。
甥っ子に前のめり気味の返事をしたあと、またベッドに寝転がる。

すると突然着信が鳴った。知らない番号だったがつい出てしまった。
そこで聞いた声に悪寒が走った。

「よお、ロキくーん。俺だよ俺。今なにしてんの?」
「……てめえ。アーガス……。なんで電話してきた」

地の底からドス黒い声を出したが、相手はけたけたと笑っている。

「お前が俺を着拒するからだろうが。やっと出てくれたな。なあ今から遊ばねえ?」
「ーーわけねえだろう。切るぞ。じゃあな。二度とかけんなよ」

二つ年上の元セフレに冷たく吐き捨てると「あー!待てよ!」とわめき声で止められる。
こいつの電話もメールもブロックしてるのに、別の番号から繋がろうとしてくるとはなんともしつこいストーカーだ。

頭を抱えたくなった。今レオシュさんとの関係が絶好調な俺にとって、こいつはどうしようもない悩みの種だ。

「お前さ。俺をどうしたいの? 何度も言ってるよなぁ? 二度とヤらねえって。俺にはもう愛する人がいんだよ」
「ハッハッハッ! え、なに? お前まだあのおっさんと続いてんの? 嘘だろ?」

バカ笑いが耳をつんざく。殺意が沸くが話が通じるような輩じゃないことを思い出した。

「なあロキ。いい加減素直になれよ。あんな中年、体力もしょぼくてろくなセックスも出来ねえだろ。ドMのお前が満足するような激しい交わりできんのは、この俺ぐらいしかいねえんだって。だからなーー」
「うっせえッ! めちゃくちゃ質の良い甘々セックスしてるわ! 店長お前なんかよりすっげえ硬くてでかいちんぽしてるし超絶絶倫だからな!! 俺はもうあの人の優しい包容力のある腕の中じゃねえとイケねえんだよ、分かったら諦めろバーカッ!!」

息継ぎもせず一気にたたみかけ電話を切ろうとした。
だがアーガスの「……なんだと?」という低い本気のトーンが聞こえてくる。

「ありえねえだろ。目覚ませよロキ。あのおっさんに俺が負けてるわけねえ。万一あるにしても今だけだろ。お前絶対、飽きて捨てるぜ? そんなの俺は何百回も見てきてるからな、お前の初彼として。ククッ」

いつお前が俺の初彼になったんだという疑問は置いといて、減らず口の奴に呆れてうなだれる。
レオシュさんに飽きるわけがない。セックスはもちろん昇天するほど素晴らしい。だがそれだけじゃないんだ。俺は彼という人間が好きなんだ。

そう言ってもこいつはまた笑うだけだろうと、虚しさを感じる。

「おい、アーガス。俺はもうお前と縁を切りたい。どうしたら離れてくれるんだ」
「おいおい、冷たすぎだろお前。深く考えすぎんなよ。遊ぼうっつってるだけなのに」
「へえ? 一発やりゃ消えてくれんのかお前は」
「……あー。おう。いいなそれ。いつにする?」

へらへら笑う男に苛立つ。絶対嘘だ。こいつは俺をむしゃぶり尽くすまでつきまとってくる野郎だ。前もそのパターンでこっちは距離を取ったのだ。

「じゃあ時間決まったら連絡しろよ、ロキ。まったなー」
「はっ? おい、ちょっ待て、てめえ!」

ぷつっと電話が切れた。
俺はもうその瞬間に、嫌な出来事を頭の中から消すことにした。



……はずだったのだが。
しばらくして、喫茶店のバイト中でもあいつのことが過った。
また店に突撃してくるのではと疑心暗鬼になっていたのだ。

「ロキ。お疲れ様です。すみませんが、ちょっと銀行に寄る用がありまして、少しの間ここをお願いしてもいいですか?」
「はい、お任せください店長! あ、トラックももうすぐ来ますよね、やっておきますから!」
「ありがとうございます。すぐ帰りますね」

微笑んで制服を脱ぎ、私服に着替える店長を見つめる。
どきどきしながら送り出し、俺も控え室から店内に戻った。
もう夜の営業時間は終わりで、掃除をしていると業者のトラックが到着する。

裏の駐車場に出ると品物の提携をしている青年へリックさんに挨拶をする。

「よっ。あれ、ヴァルナーさんは?」
「今急用です。すぐ戻りますけど」
「へー。すっかりロキも店長の右腕だな、任されちゃって」

受取書にサインをしながら軟派な優男に肩を小突かれ、俺はへらりと緩む。
将来的にも、こんな風に二人でお店を切り盛りしたりしてな。ふふっ。

夢うつつになるがすぐに現実に引き戻される。
そうだった。俺は汚れた過去を精算しないと本当の意味で幸せになれない。

どんよりして青年を見送る。
店内に入ろうかと思った矢先、道路脇の街灯の下に、人影が見えた。

「おい! 来ちまったぜ、ロキ。こんな夜に精が出るねえ」
「……あ? なっ。アーガス! なんでお前がここに!」
「お前が連絡よこさねえからだろ」

ガタイの良い男が金髪を撫で付けてふらふらと近寄ってくる。
派手なシャツがはだけた若い男の顔を見ていると頭痛が襲った。

「おまっ、マジで帰れ! もうすぐ店長が帰ってくるんだよ!」
「じゃあ挨拶しとくか。ロキくんを一人占めしないでください〜ってな。ははッ」

暗闇で軽快な笑いをもらすが俺は気が気じゃなかった。
こいつはどういうつもりなんだ。何故ここまでしつこくする?

「なあ、難しく考えんなよ。俺さあ、お前が誰か一人のものになるとか、虫酸が走るんだよな。寒いっていうの? 信じられなくて。だからさあ……ぶっ壊すつもりはねえから、俺のとこにも来いよ。たまにでいいから」

奴は稀にしか出さない甘ったるい声を出し、俺の首に手を回した。ぐっと引き寄せて顔を近づけてくる。
固い意志で反らすと、近距離でじっと見据えられ、ニヤリと笑まれた。

「いいって言うまで諦めねえよ? どうすんの?」
「……やめろッ。もう放っといてくれ!」

勢いよく腕を振り払う。俺が本気な様子が伝わったのか、奴はゆっくり退いた。しかし、まだおちょくるような態度は変わらず、「また来るわ」と俺の頭に軽く手をのせ、笑みを見せた。

店長に見つかることはなかったものの、疲労感が半端ない。
俺は実際にどうすればいいのか分からなくなっていた。



アーガスはすぐに現れなかった。
あいつはああ見えて裕福で、街にバーを数件持っている。俺に構う暇なんかないはずだが、きっと暇潰しが好きなんだろう。
昔、一緒にいたときみたいに。俺の心の隙をねらって、そこにつけこんで自分を埋め込もうとするのだ。

「はあ……」
「ロキ? どうしたんです」

店のカウンターでグラスを磨いていると、心配そうな声がかかった。

「あッ!」

俺は心地の良い声にびっくりしてしまい、つるりと落としそうになる。それを咄嗟に受け取った店長を見つめ、我に返って謝った。

「す、すみません! 俺ドジで!」
「大丈夫ですよ。気にしないで、ロキ」

いつもの温かな眼鏡の奥の眼差しにうるっとくる。
店長は何も知らない。いや知らせたくない。
俺の最悪な元交遊関係など。

「なんだか、元気がありませんね。心配です。私に何でも言ってくださいね」 

店内は人がまばらだが、仕事中なのにレオシュさんは優しい。
だがその度に罪悪感と不甲斐なさで胃がきりきりする。
彼にだけは迷惑をかけたくないし、これは俺が何とかしなければいけない問題だ。

「全然元気ですよ! あの、ちょっと課題のほうが溜まってまして、煮詰まってるというか」
「そうなのですか? 私でよければ、お手伝いしますよ。役に立つかはわかりませんが」
「そんな、店長のお手を煩わすなんて滅相もございません! ほんと平気なんで気にしないでくださいねっ」

明るく笑ってごまかしたが、彼のいまだ心配げな顔つきが頭に残った。
その夜は、本当は一緒に過ごすつもりだったのだが、俺は心労が激しく、泣く泣く自分の部屋に戻った。



ベッドの上であぐらをかき、顎の下でクッションを抱えてうずくまる。ずっと考えていた。だが馬鹿な俺の脳では解決法が見つからなかった。

こういう経験はしたことがなかった。
男同士だし、セックスなんてスポーツと同じだったから、恋愛関係になることもなかったし、好きな相手だって出来たこともない。
俺にとってはレオシュさんが初めてだった。

なんで、今日はすっぽかしたんだ、阿呆すぎる。
店長に今すぐ抱かれたい。
涙目になっていると、廊下がぎしっと鳴った。
俺の部屋の木の扉が、コンコンと優しく響く。これは……レオシュさんの叩き方だ。

「ロキ、私です。突然すみません。入ってもいいですか?」
「えっ、ええ! あっはい、もちろんどうぞ!」

声が裏返ってしまったが、すぐに彼を招き入れた。
わりと広めの二つの部屋が連なる空間を、黒髪長身の男がまじまじと眺めだす。

「ここに来るのは久しぶりですね。勉強のお邪魔ではないでしょうか」
「いや全然オーケーです、いつでも来てください」

俺は心臓が高鳴りつつも慌てて散らかった部屋を片付ける。
とりあえずベッド端に座ってもらい隣に並んだ。

こんなこともあるのか。自分の領域だから照れくさいが興奮もつのる。

「あの、ロキ。やっぱり君のことが気になって。……何か、悩んでるのではないかと」

黒渕眼鏡に触れ、彼の瞳がこちらを向く。どくっと心臓を掴まれ、俺は普段のように首をふる。しかし店長は引かなかった。

「分かりますよ。毎日君のことを見ていたら。話しづらいことですか…?」
「……て、店長っ」

至近距離で、この部屋でそんな優しい声をかけられたら全身が揺らいだ。

「ひょっとして、君に負担をかけてはいませんか。最近私の仲間に会ってもらったり、家族のこともそうです。いきなり色々なことを進めてしまって、無理をさせているのではと思ったのですよ」
「……えっ? 違いますって、俺すごい嬉しいですから、全然そうじゃないんです!」
「そうですか…? 私も嬉しいのですが、私は君が一番大切です。二人きりでもいいのですよ」

二人きり。本当にそうなりたい。
あいつの存在を悟られたくない。そう思っていたのに、レオシュさんの柔らかな表情を見ていると、心が脆くなった。

「うっ……俺……レオシュさん……すみません」
「……どうしたんです? 言ってください、ロキ。私には、なんでも」

前からそっと抱きしめられる。情けなくて恥ずかしくなった。
でももう限界が来ていた。

「あなたに迷惑かけたくないんです、自分のせいだから。でも、俺どうすりゃいいのか、分かんなくて。……あいつが、アーガスが……離れてくれないんすよ」

涙声で彼に打ち明けた。彼の前だと弱いところも出てしまう。

「あの人、ですか?」

店長の声色が変わった。抱き締めていた体を少し離され、真剣な様子で確かめてくる。
その瞳には苛立ちすら浮かんで見えた。
俺は認めて、状況を説明した。彼の怒りはだんだん露になっていった。

「また君に近づいてきたんですね。一人で悩んでいたのですか、ロキ。早く言わなきゃ駄目ですよ」
「で、でも……面倒なこと、かけたくなかったんです。それに、これは俺の問題だし、全部、俺のせいだからーー」
「違います。君のせいではないし、これは私達の問題ですよ。二人で立ち向かうことです。だから、そんな顔をしないで。大丈夫ですからね」

もう一度胸に抱き寄せられて、頭を優しく撫でられた。俺は信じられないほど彼の柔らかな言葉に、ゆっくり顔を上げる。

「彼に電話をしましょうか。私が話をしますから」
「えっ!?」

すっとんきょうな声を出すと、店長は平然と携帯を取り出した。



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