店長に抱かれたい | ナノ


▼ 19 大人の男達

「へっへ……へへへ……」

大学構内のベンチに座り、俺は前屈みになって腕時計を眺めていた。これは愛する店長から誕生日に頂いたもので、なんと彼のお下がりという俺の新たな家宝なのだ。

「気持ちわりいな。ずっと含み笑いしやがって…なんなんだてめえは」
「はは、悪いなクレイ。でもこれを見てくれよ。すげえだろ? けっして俺じゃあ手の届かない高級品なのもさることながら、あのレオシュさんが長い年月をともに過ごし、職場での汗と努力がしみこんだ貴重な品でーー」
「ああはいはい。つうかお前着実におっさんの身ぐるみ剥がしてきてんな。どうせ貰ったもん使って毎日〇〇ってんだろ?変態が」

後半部分には痛いところを突かれるが、概ねその間違った推測が腹立たしい。はあ。恋愛に興味のない朴念人には親友の感情の機微が分からないようだ。

「ところでよ。今日とうとう店長のご友人と会うんだよ。夜に店に来るんだってさ。なあどうすりゃいいと思う? ちゃんと気に入られるかな、俺」

隣を横目でうかがい尋ねた。しかし奴はだらしなく組んだ膝の上で雑誌を広げ、タバコをふかす。

「あー? まあお前なんか終始無言でいるしかねえだろうな。そうすりゃ少なくとも印象マイナスにはならねえんじゃねえか」

はっきりとした主張にぶちぶちと血管が切れそうになるが、奴の言うことも一理あった。店長の周囲にいる方々など、俺から見たら雲の上の存在のごとく格式高い紳士ばっかりだと想像できる。

「でもな、そういうわけにもいかないだろうが。俺は出来れば気に入られたいんだよ…」
「ハハッ。無理だ無理。余計な期待もつんじゃねえよ。おっさんがいれば十分なんだろお前は。なぁ」

憐れみの目を向けられ涙目になりそうだった。確かに俺には店長がいればいい。しかしだ。彼が大事だからこそ周りとも上手くやりたい。そう思うことがそんなに欲深いことだろうか。

「なんだよ、不気味に黙んじゃねえよ。びびってんなら俺もついてってやろうか? 二対二のほうがいいだろお前も」
「はっ? 絶対要らねえわ、お前がいたらまた有ること無いこと言うだろーが!」

威勢よく切り返すと「全部あることだろ」と嫌味を言われる。無視した俺はひとまず今夜のイメージトレーニングに努めた。


その日はバータイムがない平日で、俺は客が帰ったあと店内の掃除をし、店長はカウンターで作業をしていた。
時刻は八時頃。もうすぐ約束の時間だ。

「ロキ。ありがとうございます、勤務時間が過ぎているのに残ってくださって」
「いえいえ、俺も今日はすごく楽しみですから。あの、もうすぐ到着されますよね、レオシュさんのお友達。ドキドキするなぁ」

すでに制服から私服に着替えていた俺は、壁の鏡前で身なりを気にした。すると彼は近くにやって来て、柔らかい微笑みを浮かべた。

「少し緊張していますか? 大丈夫ですよ、怖い人じゃないので」
「そ、そうっすよね。でもやっぱ心配で…俺なんか、ただのガキに見えないですかね」

事実なのだがこぼすと、店長はくすりと笑って俺の頬に手を伸ばした。一応仕事中なのに店内で触れられてしまい一気に熱くなる。

「君は素晴らしい人です、ロキ。私にはもったない自慢の恋人なんですよ。何も心配しないでください。今日はむしろ私のほうが、彼の粗相に君を巻き込んでしまわないか、懸念がありまして…」
「えっ? 粗相?」

申し訳なさそうにするレオシュさんに気を取られていると、突然店のガラス戸がドンドンと叩かれた。
二人で振り向くと、外に首から下の大きな胴体が見えた。しかも、一人ではなく何人かの同じような大柄な男性たちの影が映る。

「失礼。入るぞ! ほら、お前達も来い! ……おおっ、久しぶりだなヴァルナー!」

大声で店内に入ってきたのはかなりの長身の中年男性で、髪色は金髪、ぱつぱつのスーツを着てネクタイを締めている。

「なっ、ブライス。ようこそいらっしゃいました、……って一人じゃないんですか。皆さんもおそろいでーー」
「ヴァルナーさん! いやぁあなたの恋人お披露目会って聞いたんで、つい興味津々で来ちゃいましたよ、すみません。ほら、入って入って」

ついで足を踏み入れた30代ぐらいの屈強な青年が、後ろにいる男達にも声をかけぞろぞろ姿を見せる。「こんにちは」と挨拶する小柄な中年男性は温厚そうだったが、最後に扉を閉めた一番若そうな男は涼しげな顔をして、無言で俺をちらりと見た。

こうして店には計四人の、明らかに一般人ではない逞しい体つきをした男達が現れた。体育会系特有の緊張感と、男所帯ならではの緩やかさを併せ持った雰囲気に、圧倒されそうになる。

「これは、驚きましたね。皆さんが来てくださって嬉しいのですが、お披露目会というほどの大仰な会ではないのですよ。……すみません、ロキ。一人だけだと思っていたのですが、前の職場の皆さんが来てしまって」

レオシュさんがこっそり俺に謝ってくるが、俺の緊張はさらにマックスになり目を泳がせていた。しかしここで一発目立たなければ意味がない。

「とんでもありません、俺も嬉しいです。あの、自己紹介させてください。……クロイスター大学経営学部三年のロキ・ハーミットと申します、25才です! 特技はスポーツ全般、とくに陸上と球技が得意で体力だけには自信があります! 資格はまだ持ってなくて大型・中型・普通の免許しかありませんがこれから頑張ります! どうぞよろしくお願いいたします!」

気迫だけは負けじと声を張って頭を下げた。
一瞬場が静まったが、すぐに男達のばか笑いが後頭部に降り注いで安堵する。

「はっはっは! 元気がいい若者だな。体力に自信がある? どれ、確かめさせろ。……ほほう、確かによく鍛えているじゃないか、素晴らしいぞ!」

ブライスという店長の親友が、親分ばりに俺の前にやって来て肩や腹のあたりを叩き満足げに笑う。
店長は驚き「ちょっ、やめてくださいよ、失礼でしょう!」と珍しく声をあげて止めていたが、俺はまったく構わない。
すでにこの強そうな面々に認められたい思いでいっぱいになっていた。

「うーん確かに、良い体してるなぁ。ロキくん、でしたっけ。まさか君のような爽やか好青年がヴァルナーさんを射止めるとは。まるで予想してなかったですよね、ドリューさん」
「はい、はい。私もびっくりです、ハンクくん。その前にチーフが男性が大好きだったという事実を今までひた隠しにされていたということが、若干水くさいなという感じもしますがねえ」

大柄な青年と小柄な男性が俺の前で何やら話をしている。
だが慌ててそこに割り入った。

「いいえっ、違うんですよ。レオシュさんは元々ストレートです。俺のほうが生粋のゲイで、彼にすごく夢中になってしまって、交際してもらえるようになったんです」

説明すると二人は目を丸くしていたが、やがて素直に「へえー」と納得してくれたようだった。
彼らは雰囲気も穏和そうで会話をするうちに緊張もとれてきたのだが、少し離れたところで腕を組んで立っている男が気になっていた。

「ふん、そうだろうな。チーフはゲイなんかじゃない」

そう言って俺をじっと見据える青年は、明らかに好意的な態度ではない。濃いめの金髪にすらっとした背丈、標的を品定めする目付きが怪しい。

そうだ、こいつなんだかおかしい。
ーー待てよ。この独特の雰囲気、知っているぞ。

「あっ、どうも初めまして。お名前何ていうんですか?」
「イーライだ。覚えなくていいぞ。今日しか会わんだろうからな」

冷たく言って俺の握手を無視し、店内のテーブルへと進む。
カチンと来たが細かい動作や視線に、俺は思い当たった。この男、たぶん同じゲイだ。俺と同じく、表面的には男らしい同性愛者。

しかも元同僚たちと会話しているレオシュさんを、じとっと流れるように目で追っている。
この野郎ーー俺の店長のことが好きなんだ。すぐに分かった。
だから不本意そうに今日ここへ俺を見に来たのかもしれない。

衝撃の展開に心が一瞬で燃え上がった。



「さて、皆さん。お忙しい中会いに来てくださりありがとうございます。せっかくですから今日は楽しんでいってください。お酒も用意してますからね」

カウンター前で準備をする制服姿の店長が男達に声をかける。
テーブルではもう酒盛りが始まっており、店長は俺に休んでいていいと言ってくれたが、俺も皆さんに配膳し忙しなく動いていた。

統括部長であるというブライスさんは仕事を早めに終わらせてきてくれたらしい。
若い青年二人は酒の飲みっぷりがよく、小柄な男性ドリューさんは非番だというので酒は控えていた。

レオシュさんは以前国家公務員として国境警備局で働いていて、主に事務仕事で時おり現場へ赴く職員だったらしい。守秘義務があるので詳しい内容は言えないが、税関や不法滞在、麻薬などの取り締まりというきつい業務だ。

一方彼らは国境警備隊として日々現場でパトロールを行っている。離職率も低くないハードな仕事だが、この場にいる面々は当時同じチームとして一丸となって働いていたという話を聞いた。

「店長がそんな職務に身を投じていたとは、正直想像がつきません」
「ははっ。そうだろう。今じゃこいつもすっかり丸くなったもんだ。呑気に珈琲なんか入れやがって」
「えっ、前は尖っていたんですか? どんな人だったんですか、レオシュさん」

座るように勧められ親友であるブライスさんに話を聞く。彼はがははっと笑い酒をあおった。

「尖ってはいないさ。冷静で真面目なとこは全く変わってねえ。けど昔のほうが頑固だったな。よく上にたてついて現場の味方になってくれたよ」

懐かしそうに語る上司に、部下の面々も頷く。仕事柄もあるが、俺はレオシュさんの過去についてはあまり知らなかった。聞いていいものなのか分からなかったからだ。

しかし店長がいない隙に、ブライスさんは教えてくれた。彼が仕事をやめたのは激しい業務で精神をすり減らしたせいもあるというが、末端を使い捨てる組織のやり方と、現場を含め至るところでの腐敗を度々目にし、ある意味真面目すぎる仕事人間だった彼にとっては、いつしか限界が来てしまったようだった。

「そうだったんですか……俺、なにも知らなかったな。店長の歩んできた道……」
「まあ人間50年も生きてりゃ少しぐらいは歴史があるってもんだよ。けど大事なのはいつだって今しかない。君のように若い奴にも、俺らのような中年にもそれは同じことだ。だから精々支えてやってくれよ」

肩をぽんぽんと赤ら顔のブライスさんに叩かれる。
えっ。もしやこれって。
店長の親友に応援されてるのでは?
そう思った俺はにやけ顔を直し、何度も真剣に「はい、お任せください!」と答えた。

「二人とも、何を話しているのです? 大丈夫ですか、ロキ。変なことを言われてませんか」
「へっ? なんすかそれ? もちろんバッチリですよ! 今あなたの親友のブライスさんに、レオシュさんをお願いされたんです。俺全身全霊で守りますから!」

宣言すると皆が笑い出す。

「部長。ロキくん、いいですよね。俺結構気に入りましたよ。根性ありそうじゃないですか?」
「おう。俺も最初はこの鉄壁の堅物に色目かけるなんてどんな悪い小僧だと思ってたんだがな、中々真面目で肝のすわった奴だ。なに、多くの悪ガキを見てきた俺には分かる。お前はいい奴だってな。……どうだ、警備隊に入らねえか? 俺が口を聞いてやれば一発で就職決定だぜ」
「ええっ! 俺すか!」
「ーーやめてください、絶対に駄目ですよそんなことは。ロキは入りません」

酒をつぐ店長が焦って輪の中に入ってきた。俺は慌てていたが皆は爆笑する。
自分も一応大学前の兵役経験があるし、体が役に立ちそうだという魅力的な就職口には一瞬心が動いた。
でも結局レオシュさんと会う時間が減りそうだから丁寧にお断りした。

皆が賑かに飲む中、一人静かな男がいる。ゲイの疑いがあるイーライだ。奴は面白くなさそうに俺をときおり見ていた。
だが俺は無視である。それどころかレオシュさんとの仲をさらに見せつけてやろうかと勝手に目論んでいた。

「ふん、お前のようなガキなんかごろごろいるぜ。警備隊舐めんじゃねえよ」
「はっ、はあ。別に舐めてないですけど。まあ俺は店長のおそばで暖かい珈琲つくってるほうが似合ってるかもしれませんねー」

茶髪をかき笑顔で返すと金髪の強面イケメンに舌打ちをされた。
すると近くの席にいた小柄なドリューさんにこっそり耳打ちをされる。

「ああ彼ねえ。チーフを昔から慕ってるんだよ。短い期間だけど新人の頃にお世話になったらしくてね。チーフがゲイになったのも、君のように若くて格好いい年下に奪われたのも気に食わないんだろうねえ。あはは」

朗らかに凄いことを教えてもらったが、完全に話を聞いていた奴は「そんなんじゃないっす」とふてぶてしく吐き捨てていた。

ははあ。なるほどね。だから俺にずっと殺気を送っているのかよ。
一番年が近そうだしこの中で唯一勝てそうな相手だとも俺は調子に乗って見つめ返していた。

俺のお披露目会は楽しく続き、屈強な男達は皆へべれけになってきてレオシュさんも促され席につく。
そこで話は以外な方向に向かった。

「でもよ、俺はいいと思うんだよ。ロキくんが相手でもな。お前、昔から女にモテてたが、あんまり相手する時間もなかったようだしな」
「あの、ブライス。そういう話はいいので」
「そうそう。結婚もしたくないってずっと言ってたからなあ。ちょうどいいんじゃねえか? あっはっは」
「いや部長。男同士でも全然出来ますよ、今」
「えっ? そうだっけ?」

とぼけて笑い出す親友を見て、店長が青ざめる。
俺も彼に視線を移し、しばらく固まってしまった。

そうだったのか。店長って、結婚はしたくないタイプだったんだ。
そんなことも知らずに俺は、あのときしつこくーー。

彼に告白してもらった時を思い出し、さあっと血の気が引いてきた。

「ロキ。違うんです。今の話は……そのーー」
「いやいやいや大丈夫ですから、すみません俺ほんと…!」

過去の自分を殴りたくなった。彼の考えや性質も知らずに、自分の願望を押し付けてしまっていたことに。

「聞いてください。私は、君とのことを真剣に考えていますよ。本当です」
「店長……」

隣の席に座ってきたレオシュさんが体をこちらに向けて、不安げに見つめてきた。彼の優しい思いが伝わり、予期せずその場は涙ぐんでしまった。



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