店長に抱かれたい | ナノ


▼ 18 プレゼント

ロキとの交際はとても順調に進んでいたのだが、最近私はある悩みを抱いていた。二ヶ月後に来る、彼の25才の誕生日のことだ。

年齢が倍ほども違う若い恋人に、年上の男としても何か素晴らしいものを贈りたい。一生に一度しかこないその年を祝うために、素敵な思い出を作ってほしい。

そんな思いから、彼へのプレゼントはどうすればいいのだろうと、私はここ最近毎日考えていた。

「やはり……難しいですね」

仕事の合間を縫って雑誌やインターネット、ときには出先の小売店などを巡ってはみたのだが、探せば探すほど見つからない。
原因は分かっている。年が離れすぎていて、あの年代の若者が本当に欲しいものというのが分からないのだ。

私の周囲では高校生の甥がもっとも近い年齢だとは思うのだが、装飾や行動が派手好きな彼とロキはあまり嗜好が似ていない。
ロキは快活なスポーツマンで、どちらかというとアクティブな趣味は私と共通している。

しかしその系統の用具や服飾等では、恋人としてはあまり味気ないのでは…などと色々考えてしまった。
かといって、私といるときは指輪をしてくれているものの、普段彼がアクセサリー類をつけている印象も無くどうしたものかと思う。

「ああ、どうすればーー。私は本当に、センスがないな」

雑誌を漁りながら眼鏡の位置を直す。
何度目かのコーヒーを口にしていると、突然テーブルの上の携帯が鳴った。こんな朝にと驚いたが、着信の名前を見て納得した。

「はい。もしもし。おはようございます、ブライス」
「おう、話すのは久しぶりだな。ヴァルナー。んで、緊急の相談ってなんだ? なにかあったのか」
「いえ、悪いことではないんですが」

まずわざわざ出勤前に電話をしてくれた友人に礼を言った。
彼は私が十数年前、国境警備局で働いていたときの同僚であり、長年最も親しくしている男だ。
今も現役で活躍している彼の忙しさを気にして、すぐに本題に入った。

「ハア? 若い恋人へのプレゼントだ? そんな下らねえことで俺の意見を拝聴しようって言うのかお前は。知ってるのか俺はもう国境偵察部の統括部長だぞ」
「知ってますよ、すみません。でも死活問題なんですよ。何か良い案はないでしょうか。ほら、あなたなら若い青年達の部下がたくさんいるでしょう」

藁にもすがる思いで尋ねると彼は思わせ振りに唸る。

「そうだなあ……25の若者っつうと、頭の中はまだまだエロいことばっかりだろう。わかったぞ、高級男娼館にでも連れてってやったらどうだ? あるのかは知らねえが。ハッハ!」
「……。もう切りますね。お忙しい朝からどうもありがとうございました」
「うそうそ! 冗談に決まってんだろうが、本気で怒るなよ! 待てって今考えてやるから」

電話の向こうから馬鹿笑いが聞こえてため息をつく。彼の下世話な話には慣れているが、ロキのことを題材にされると無性に腹が立つものだ。

「ええと、お前のご丁寧なメールによると……確かそいつ運動が趣味でバイクとか車も好きなんだろ? 今時珍しい男の子らしい奴だよな。よし、じゃあバイクでも買ってやったらどうだ? お前も好きだろ、昔よく乗ってたし」

彼の提案は意外なものではあった。指摘通りその辺の嗜好もロキとは似かよっているのだ。

「なるほど……しかし、随分とまた高価な贈り物ですね。きっと引かれると思います」
「へえ? そんな殊勝な男なのか? なんだ俺はてっきり、お前にガツガツ行くような奴ならある程度厚かましい男なのかと思ってたが」

……それは、どういう意味なのだろうか。かなりの年の差という以上仕方がないのかもしれないが、周りからはやはり邪な印象を持たれやすいようだ。

「彼はそんな人じゃありませんよ。真面目な好青年です。何度も説明しているでしょう」
「ああ、そうだったそうだった。まあいいぜ、俺にも近いうち会わせろよ、こんな堅物を狂わせちまったイケメンのロキ君にな」

再びからかうように大笑いした彼はそう付け加えた。あまり有用な会話ではなかったものの、友人の助言には一応感謝をして電話を終えた。


私は確かにロキに夢中になっていると思う。
だが、それなのに、その大切な彼のほしいものすら分からないとは。
自分に失望しながら、また時は過ぎた。

誕生日まで残り一ヶ月となるまで、改めてロキのことを観察してみたのだが、彼はあまり物欲自体がないようだった。

部屋の内装も身につけているものも実用的で、実にシンプルだ。
大学以外では鞄も持たず身軽で、テレビを一緒に見ていてもこれが欲しいとかどこに行きたいとか、興味を示すことがほぼなかった。

というか、ほとんど私を見てにこにこしている。
今時の若者には珍しい、そういう常にほがらかな印象を受けた。

これでは恋人失格だ。
反省しつつも私は昼の休憩中、控え室にこもり次の手に出た。ロキの親友に聞いてみる、というずるい手だ。

「あ、もしもし。クレイですか。突然お電話してすみません。今そばにロキはいますか」
「いねえけど。なんだよおっさん、あいつに用ならあんたの名出せばすっ飛んでくるぜ」

気だるそうに話す彼は今大学の中庭のベンチに座って一服中らしかった。ロキは講義を受けているということで胸を撫で下ろす。
ロキの同い年の幼馴染みという特別な立場である彼に、恥を忍んで相談をした。

「ああ? んなのあいつに直接聞けば一発だろ。なんで俺を頼るんだよ。そんなに切羽詰まってんのかあんた」
「は、はあ。申し訳ありません。しかしそれだとサプライズになりませんし、きっと君なら何でも知っているのではと思ったのですよ」

少し敗北感を味わいながらも正直に話す。すると彼は珍しくじっくり考えてくれたようだった。

「ふん……難しいな。おっさんから貰えるもんならあの野郎手放しで喜ぶと思うが。お、そうだ。アダルトグッズなんてのはどうだ? これなら間違いねえだろ」

真剣なトーンで話されて私は困惑を通り越し少し目眩がした。

「な、なぜ皆してそちらの方向に行かれるんでしょうか。分かってはいましたが、それほど私と彼との関係はセンセーショナルなものなのでしょうか……」
「いや真面目に受け取んなよ。半分冗談だろうが」

淡々と突っ込まれる間私はあることに思い当たる。同時に顔から血の気が引いてきた。

「あの、まさかとは思いますがクレイ。君はそういう話もロキとしているんですか」

一般的な内容としてではなく私とのことを、という意味合いで尋ねたのだが、それは彼にも伝わった様子だった。

「ふざけんなよ俺を殺す気か? 男同士のあれこれなんて聞きたかねえ。…まああれだ。あんたのことだから誕生日とかいうイベントを律儀に考えてんのも分かる。でも俺に気の利いたアドバイスは出来ねえ。やっぱあいつに聞いてやるよ。ーーあっ、ちょうどいいとこに。ロキの野郎、こっち来るぜ。おい、ロキ!」

彼は突然耳元で大きな声を発し、なんと講義が終わったらしきロキのことを呼びつけた。
私は卒倒しそうになるが、逃げるわけにもいかずその場にとどまった。

「ーーえ? レオシュさん? なんでお前に電話来るんだ? ちょっと、店長? どうしたんすかこんなやつに? 何の用ですか」
「い、いえ。すみませんロキ。特段用はなかったのですよ。元気にしてるかと思いまして…」
「ええっ!? こいつなら元気ですよ。そんなこと気になります? ……あっ、もうすぐ休憩終わるんですか、じゃあしょうがないですね、あのっ今日あなたのとこ行きますからね!」

必死になる彼の声を聞き、私は何度も謝りながら電話を切った。
店の控え室で頭を抱えてうつむく。
ああ、ロキに見つかってしまった上にかなり怪しまれた。

私はなんて、馬鹿なのだ。



その日の夜、約束した通り仕事終わりにロキが部屋を尋ねてくれた。
彼は私が予想していた様に、終始落ち着かなさそうにそわそわしていた。

ソファで隣に座り、暖かい飲み物を二人で口に含む。

「あの〜、レオシュさん。俺どうしても気になるんですけど。今日クレイと…話してましたよね?」
「あ、はい。申し訳ありません…」

つい謝罪から入るとますますロキの茶色の瞳がじりじりと近づいてきた。彼がこんな風に疑いの眼差しで詰め寄るのは滅多にないことだ。
私の中で、後ろめたさと愛おしさが急激に募った。

そしてグラスを置き、私は彼に向き直り腕を広げて彼を抱きしめた。

「う、うわっ、レオシュさんっ」
「許してください、ロキ」
「なにをですかっ? 俺別に怒ってませんけど、ちょっとジェラシー感じただけでっ」

焦る彼の体を離し、じっと瞳を見つめる。

「それもすみません。でも違うのです。私がクレイに電話をしたのは、君の欲しいものについて尋ねたかった、という理由がありましてーー」

正直にすべてを話す。結局サプライズなど出来ず、みっともない思いでいっぱいだったが、彼は瞬く間に表情をすっきりとし、爽やかに汗をぬぐっていた。

「な、なんだ。そうだったんですか。ああびっくりした。……ていうか、俺のためにたくさん考えてくれてたんですか店長、ありがとうございます」
「いえ、そんな……結局うまくいかず、情けないです。すみません、ロキ」
「いいんですよそんなこと、俺はレオシュさんからおめでとうって言ってもらえるだけで嬉しいんですから! そんな誕生日なんて気にしないでくださいよ!」

口を開けて笑ってくれるロキを見てせつなくなる。こんなに優しい彼を、やはり私は最高の形で喜ばせたかったのだ。
だがこうなってはもはや私の思いなどどうでもいい。単刀直入に彼に聞いてみることにした。

「うーん、難しいなぁ。やっぱりあなたから貰えるものなら本当に何でも嬉しいんで。俺。マジでそうとしか言えないんすよね」

たくましい腕を組んで茶髪頭をうなづかせるロキ。
私は彼をも困らせてしまったようだとさらに頭を悩ませる。

「それはとっても嬉しいのですが……でも、ひとつぐらいあるでしょう? 何でも言っていいんですよ、ロキ……」

彼の髪を優しく耳にかけるようになぞる。
顔を見つめるうちに口づけをしたくなってきて堪えていると、次第に彼の耳が赤く染まってきた。

「……えっ。なんでも……?」
「ええ。もちろん」

あまりに可愛らしいあどけない表情に、やはりそっと唇を重ねた。
離すとロキは恍惚の表情で、想定外のことを言い出した。

「じゃあ、レオシュさんの服ください」
「えっ? 服ですか?」
「はいっ。ぜひお願いします。一生のお願いですから」

彼のまっすぐな瞳は澄んでいて本気の眼差しだ。
私は少し混乱しながらも、その願いはすぐに聞き入れることにした。
なんでも何度か着たものをそのまま欲しいということだったので、後日二回ほど着た厚手のトップスを彼に渡すことにした。

ロキは「すっげえ嬉しいー! おっしゃー!!」と見るからに喜んでいたので私も素直に嬉しかったが、本当にこんな物でいいのだろうかという疑念も浮かんだ。

そうして一段落……は私にとってはまだしていないものの、一月後、いよいよロキは記念すべき彼の誕生日を迎えることになる。




それは天気のよい春の晴れた日だった。
私はロキを連れて、モータースポーツのレース会場にやって来ていた。郊外にあるこの場所まで車で二時間ほどで、ちょっとした日帰り旅行の雰囲気だ。

たくさんのプロ選手が各々バイクに跨がり、風を切って走り抜け、熾烈な争いを見せる。
ロキも私ももともとレースをよくテレビで見るぐらいに好んではいたが、やはり生で見ることは臨場感が段違いであった。

「うおーっ! すげえ迫力っすね! ……あっ、やべえ、あいつコケそう! おおっ、よかったぁ、うめえなやっぱ!」

野外のスタンド席で表情をくるくる変えはしゃぐ若者。
私はそんな彼の楽しそうな姿を見ているだけで幸せを感じた。

運良く前方の席が取れてよかったとも思う。こういう場で二人で瓶ビールを片手に熱狂してレースを観戦出来るのも、男同士ならではのデートという風に感じられてよいものだ。

きっと私はどう見ても彼の恋人には見えないかもしれない。一見親子か、知人か、仕事場の上司か部下のような間柄とも映るだろう。

だがそんなことは関係なかった。重要なことは、ロキが一番この時を心地よく過ごしてくれることで、もちろん私達二人の心にも、ずっと大切な思い出として刻まれる瞬間になればいいと考えていた。

「レオシュさん、最高でしたね。本当にこんな素敵な場所に連れてきてもらえるなんて、間違いなく生涯でナンバーワンの誕生日でしたよ、好きなバイクと大好きなレオシュさんを交互に味わえるなんて……ほんとにありがとうございます!」
   
レースが終了後、私と彼は会場内のレストランで食事を取っていた。真向かいに座るロキは依然興奮した様子で、つい微笑みがこぼれた。

「いえいえ。こちらこそ君に喜んでもらえて嬉しいですし、私も君を見ているだけですごく楽しかったですよ。そうだ、ロキが応援していた選手も一位で凄かったですよね。さすが誕生日の男ですね」
「ははっ! いやぁそんなたまたまですよ。そういえば店長は誰応援してたんですか?」
「あ、私はとくに応援しないんです。全体を見てますね。特定の選手だとなぜかいつも順位が下がったりと不運に見舞われてしまうので…」

冗談めかしたがよく起こることを教えると、ロキは驚愕していた。

「そうなんですか、でも不思議だなぁ。俺だったらレオシュさんに応援されたら絶対バイクで一位取っちゃいますよ!」
「ふふ。可愛いことを言いますね、君は。ご安心ください、ロキはもう全ての分野において一位ですよ。私の中でね」

笑顔で告げると彼は赤くなってその場で固まってしまった。
周囲は客達の会話で賑わっているが、机の上に置かれた彼の手をふと握りたくなる。

外で好きなときにスキンシップがしづらいのは、私達の交際において密かに唯一の残念な点でもあった。

「ロキ。君に渡したいものがあるんです。これなんですが…」

私はタイミングを見計らい、ポケットからあるものを取り出した。
贈り物用の包み紙をまとった長方形の箱である。
それを差し出すと、青年の瞳が丸くなり凝視する。

「んっ? どうしたんですかこれ」
「君への誕生日プレゼントです。25才のお誕生日おめでとうございます。ロキ」
「……え! ありがとうございます、でももう頂きましたよ店長! 今日一日凄かったですって!」

ロキは両手を振りながら遠慮していたが、もちろんこれだけで終わるつもりはなかった。彼の特別な日を自分と過ごしてもらえたただけでも素晴らしく、ありがたいことなのだ。
出来れば待ち合わせした時から、夜眠るときまで……いや、目覚めるときまで彼には良い時間を過ごしてほしい。

「実は君が気にいるかは分からないんです。なので一応開けてみてはくれませんか?」
「も、もちろんっすよ! いやなんでも気に入りますから速攻で!」

ロキが緊張した面持ちで包装紙を綺麗に剥がし、箱を開ける。
その時の彼の表情を見て、私はすぐに説明をした。
中に入っていたのは、時計だ。

「あの、それは……ヴィンテージものの腕時計で、実を言うと私が使っていたものなんです。30代の頃に買ったもので、前の職場でよくつけていたのですが、きちんと整備もしてクリーニングにも出しましたから、よかったら……」

話しているうちに本当にこれで良いのかとドキドキして初めての緊張感に襲われる。
一応外国製の値打ちもので、革のベルトと金属部分の状態もよく決して悪い品ではない。
彼が私の服をあれだけ喜び、大事そうに扱っているのを見て、これならばと思ったのだ。

「あの……やっぱり新品のほうがよかったでしょうか…?」
「レオシュさんの……ずっと…使用していた……腕…時計……」
「え? ロキ?」

肩をふるわせて上気し、独り言を言う彼が心配になり前のめりになると、突然彼はバッと顔をあげて瞳をうるうると潤ませた。 

「最っ高です!! いやいやいや新品じゃなくてあなたが使っていた時計っていうのが本当にめちゃくちゃ嬉しいっす! ……えっ、ていうか逆にいいんですか? そんな大事なもの頂いてしまっても!」

途端に焦りがちになった彼だが、私は全身の力が抜けるほど安堵して、しっかりと頷き微笑んだ。

「もちろんですよ。私も君に使ってもらえたら、少し照れくさくも、非常に嬉しく感じます」

そう気持ちを話すとロキの表情はさらに輝いた。
本当に渡す直前まで心配していた。こういう贈り物は普通ならば家族の世代間で行われることで、ふさわしくないのでは、少し古くさいのではと。

しかしそんな懸念は不要だったようだ。心から喜びさっそく身につけて私に見せてくるロキの顔を眺めていると、自分のほうがさらなる幸福に包まれる。

「はあ。マジで最高の誕生日だ。俺、あなたに何がお返しできます? レオシュさん……」
「お返しですか? ふふ。ロキ、今日は君のお祝いの日なんですよ。まだまだ終わってないんですから」
「えっ。そうなんですか?」
「はい。遅めの夕食は私の家で取りましょうね。あとケーキもあります。それから……」
「それから…っ?」

ごくりと彼の喉仏が鳴るのを見る。
きっと色々想像しているのだろうと微笑ましくなった。

一瞬だけ彼の手にそっと重ね、熱を渡した。

「続きは家に帰ってからですよ。我慢してください、ロキ」
「はい! 今日の俺は何でも我慢できます! 店長!」

可愛らしく宣言するこの若い恋人に、その夜はたっぷりと言葉で体で、私は愛を伝えたのだった。



prev / list / next

back to top



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -