店長に抱かれたい | ナノ


▼ 20 嫉妬

気づけば時計は深夜を回り、会はお開きになる。
店長は皆を車で送っていくと言い、俺は店内の後片付けをして待っていることにした。

「今日は楽しかったな、ロキくん、また飲もうぜ。俺のペースについてこれた若造は久しぶりだ。はっはっは!」
「はい、ありがとうございます! ぜひまたお誘いくださいブライスさん!」

わりと早く出来上がっていた年長の彼を車に乗せ、他の面々とも挨拶をして送り出す。

「じゃあまた。ヴァルナーさんのこと頼みますね、ロキくん。俺達はこうして年一、二回は集まってるんで、ぜひ君もどうぞ」
「ええっいいんすか? お邪魔じゃなければ、ぜひまた!」
「楽しみだねえ。今度はもっと男同士の突っ込んだ話も聞かせてね」

大柄な青年ハンクさんに加え、小柄な男性ドリューさんにも意味深に微笑まれ、なんて優しい人達なんだと感動して別れた。
そんな中、店の前に立っていた涼やかな顔立ちの青年に店長が声をかけた。

「イーライ。君は送っていかなくてもいいのですか。結構飲んでいましたが、一人で帰れますか」
「大丈夫ですよ、チーフ。もうガキ扱いしないでください、俺30越えてるんで」
「ふふ。そうですね。ですが私の中では、まだ初々しかった君の姿がいつも甦ってしまうんですよ」
「…………」

眼鏡を直すかつての上司、レオシュさんに見つめられ男は無言で少し照れた様子になり目をそらしている。
おいなんだその部外者にはけして入れない空気感は。

鼓動が脈打ちながら息を殺して二人を見ていると、ようやく車は発進した。
店長らを見送って俺は店に入ろうとする。奴を振り返りおやすみなさいと適当に挨拶をしたのだが、奴は無視して店に入ってきた。

えっ。意味が分からねえ。
俺が床のモップ掃除をしている間もカウンター前に勝手に腰掛けタバコを吸っている。

こいつまさか店長を待っているのでは。
……いや違う。目的はこっちか。

「あのー、なんで帰らないんすか? タクシーなら呼びますよ」

話しかけると奴はぷはぁと煙を吐き出し鋭い視線を向けてくる。

「いや、いい」
「そうですか……もしかして、俺になんか用ですか」

掃除の手を止めて友好的な表情を崩さず尋ねても、「別に」とじろじろ見るだけですぐに答えない。
明らかに敵意を持たれて観察されてるのは分かるのだが、数十分経っても居座っているので作業を終えた俺はカウンターに向かった。

「はっきり言ってくださいよ。あんた、俺が気に食わないんでしょ?」
「ああ。分かるか」
「分かるよ。そんだけ睨み付けられりゃあな」

好青年の皮を脱いで諦めたように告げる。すると奴はにやりと不気味に笑った。寒気がして怪訝な顔を向けたが、イーライは俺がくだけた態度になるのを待っていたようだった。

「やっぱりおかしいぜ。お前、どんな手を使ったんだ? ヴァルナーさんは男好きじゃねえぞ。しかもよりによってこんなガチムチ系とはな。……お前も知ってんだろ?」
「……ああ。知ってるよ。だからさっきも言っただろう。告白して迫ったんだよ」

席に腰を下ろし、正直に話す。話しぶりからもこいつはゲイだと思っていたので俺も取り繕う気はなかった。
また強い視線でタバコを一本促され、俺は店内で吸う気はないと断ったのだが、奴の気迫に押されてひとつもらう。

短く吸って吐き出し、こっそりカウンター下で貧乏揺すりをした。

「何が目的だ? 彼は簡単に騙されるような人じゃないと思うんだがな」
「……まあ、そうだよな。レオシュさん頭いいし、優しいし……。いやだから騙してねえって。しいていうなら、彼の素晴らしい肉体ーー」

俺も酔いが回っていたのか、ついぽろりと本音が出る。
すると隣の男は拳で机を叩き激怒した。

「ああ!? てめえ、やっぱ色仕掛けじゃねえかよ! ふざけんなよぽっと出のクソガキがッ」
「い、いや悪かったって。…あ? つうかなんで俺があんたに謝るんだよ。自分のせいだろ? 好きなら仕事中にアタックしとけよ、俺ならそうするね」

上から目線で年上の男に助言をするがそんなの冗談じゃない。
彼はもう俺のものなのだ。誰にも渡したりなんかしねえ。

イーライは強面をうつむかせ、悔しそうに吐く。

「出来るわけねえだろ、上司だぞ。くそっ、女ならよかったのによ。なんでお前みたいな馬鹿っぽいゲイなんだよ」
「ははは。ひどいこと言うなあんた。でもそうだね。すみませーん」

俺はもともと性格がよくない。さっきの店長と奴の甘い雰囲気を思い出し苛々がつのる。
俺は過去のレオシュさんも知らないしまだ出会って一年なんだ。自分の知らない彼を熟知していて可愛がられてるこの男がうらやましいとも思った。

「この野郎、調子乗りやがって……そんなにお前の体、良いのかよ。俺も試してみてえな?」

どす黒い笑いで見つめ、金髪で鍛えられた体格をした男が立ち上がろうとする。
何も言ってないのにすぐに俺が受けだと見抜くとは、さすが同じゲイだ。

「試してって……あんた馬鹿じゃね? これだから尻軽なゲイは…」
「俺はお前みたいな淫乱じゃねえよ。仕事柄、人並み以上には元気だけどな」

にやりと目を細めて俺の上半身にいやらしい視線を向ける。
ぶっちゃけこいつはあまりタイプではない。体は良さそうだが俺は本来アーガスみたいな俺様タイプは不快なのだ。

かといって紳士的な男性は店長が初めてだったが。

でも昔の俺なら簡単に誘いに乗っていただろう。それをこの男は自然と感じ取っている。人間はそんなに簡単に変われないからだ。

「悪いな。俺はいまレオシュさんに一途なんだ。遊びもやらないし、彼以外にまるで興味はない。遊んでた過去も全部消したいぐらいにな。完全に彼に惚れ込んでるんだよ」

ふっと格好つけて伝えると、奴の目の色が変わった。
俺に手を伸ばしてきて、腰をがっと掴む。
立ち上がり避けようとしたが、奴も同じく腰を上げて迫ってきた。
俺も背が高いほうだが奴のほうが目線が上だ。

「おい、やめろよ。悪ふざけも大概にしとけって」
「いいじゃねえかよ。大したことねえだろ? 俺達にとっちゃ、一発やるぐらい」

首をごつごつした指になぞられてゾクリとする。
同時にこいつの狙いが分かった。でも俺は自分のちんこが勃起していないことに安堵し、確信する。

「…てんめえ、離せっつってんだろうがッ、店長に言いつけるぞ!」

力を出して奴の襟を掴もうとした時だった。ちゃりん、と店の扉のベルが鳴る。
俺達が密着していたところを、あろうことか帰宅したレオシュさんに見られてしまった。

案の定彼は驚愕した様子で、しかし滅多にないことに眉を吊り上げて近寄ってきた。

「イーライ、何をしてるんです? どうしたんですか」
「……どうしたって、なんで俺なんですか。こいつが誘ってきたかもしれないでしょ?」

奴は悪びれもせずに俺から手を離し、そう言った。なにやら店長の甥のニコルとのやり取りを彷彿とさせるが、それだけ隙だらけの阿呆なのだと自分を呪う。

「いや何もやってませんよ、店長、ええと」
「分かっていますよ。君はそんなことをする人じゃありません、ロキ」

毅然と話す店長を、奴が不服そうに見ている。
この嫌な空気をどうにか無くしたいと思ったのだが、イーライはさらに喧嘩を売ってきた。

「ヴァルナーさん、ゲイってそんな誠実な人間多くないっすよ。あなたは真面目な人だから気づいてないんですよ」
「……私はそれほど真面目な人間ではないですよ、イーライ。ですがロキは、彼はとても誠実な人です」
「どうして…言いきれるんですか?」
「信頼関係があるからですよ、私達には」

店長の落ち着いた声が店内に響く。俺はじーんと感極まったのだが、奴の台詞は続いた。

「へえ。じゃあ俺にはないってことか」
「いいえ、ありますよ。君と私との間にも。長年培ってきた大切な信頼が。……だから理解出来ないんです。どうして私の恋人にちょっかいをかけるのか。君は面白がって人をからかう人じゃないでしょう」

それは厳しくも冷静に問いかけるレオシュさんの姿だった。
張り詰めた空気が場に立ちこめ、俺は息をのむが、たいしてイーライは心を閉じたように何も話さない。

俺には分かる。彼はレオシュさんが好きだからだ。しかしそれを明らかにするつもりもないのだと、強固な思いを感じた。

「あの、すみません。俺が口だすことじゃないと思うんですけど、ただの焼きもちだと思います。ほら、大事な先輩に俺みたいなのが急につきまとってるの見たら腹立ちますって普通、ハハハ」

乾いた笑いを出すと店長は首を振って優しく否定をする。一方でイーライは舌打ちをして認めた。

「ああ、そうです。ただ面白くなかったんですよ。自分より若え野郎だし。すみません、ヴァルナーさん」
「……イーライ。どうしてそんなことを。私は君のことを大切な仲間だと思っています。それはいつまでも変わらないんですよ」

奴の肩に手を置いて、じっと瞳を見つめる店長。マジで妬ける。
二人のことをどきどきハラハラしながら覗いていると、奴はさっと顔をそらして何事もない風にしていた。

ああ。すべてがうまくいくとはもちろん思っていないが、今日はかなり気力を使った。
だが結果的に色々なレオシュさんの表情も見れたし、新たなことも知れたし、よかったのかもしれない。

その後、彼の元部下はようやく店を後にした。
最後まで俺は恨み節のような目で見られていたが、「ちゃんとしてろよ」と先輩風のようなものを奴から吹かされ、渋々「わかりました」と返事をして見送る。

まさかああいうタイプがレオシュさんの近くに潜んでいたのは驚いたが、それだけ彼が魅力的なのだ。だから仕方ない。



「ロキ。今日は疲れたでしょう。申し訳ありませんでした。さっきのことも、皆が大挙してきてしまったことも……」
「全然平気ですから、店長。俺はすげえ楽しかったですよ。皆さん優しくて。イーライさんはまじで俺のことライバル視してましたけどね。っていうか、俺の方こそ妬けちゃいますよ。あなたに手取り足取り仕事を教えてもらってたなんて。……あ、でもカフェでもそうですね。じゃあいっか!」

大きな声で笑って空気を明るくしようと振る舞った。

二人で店長の自室に戻り、夜も遅いが今は軽くお茶をしていた。
なんとなく興奮してすぐには眠れなかったし、彼ともう少し一緒にいたかった。

居間の食卓で、隣に腰をおろしたレオシュさんに見つめられる。

「ふふ。確かに彼らは昔を共に過ごしたかけがえのない仲間ですが……君は私にとって特別なんです。比べることのできない存在ですよ」

優しく笑いかけられ、目眩が襲った。
俺は、こんなふうにひとりだけ彼の愛を一身に受けていいのだろうか。

「そ、そんな価値あります? 俺……。皆さん素晴らしいし、俺なんかまだただの、大学生で……」
「何を言うんです。肩書きなど必要ないでしょう? そういうものですよね、恋人とは」

眼鏡ごしの彼のじっと真剣な瞳にとらえられる。
その通りだと反省した。俺はこんなだが、れっきとしたレオシュさんの恋人なのだ。
ぜってー取られたくねえというあいつの前での威勢を思い出し、自信を出そうとする。

そこで大変なことも頭を過った。
過ぎた話を蒸し返してしまうかもしれないが、俺は彼に謝らないといけないことがある。

「ところで店長。今日の話なんですけど……」
「え? なんでしょうか。……あの、ロキ。実は私も君に言いたいことが…」

突如店長がただならぬ様子で切り出してきたため、俺は気になり先にどうぞと促した。
すると彼はやや言いづらそうに口を開いた。

「結婚の話なんです」
「え、ええ! もしや店長、誰か他の人と……!?」
「ちが、違いますよ。何をーーロキ。君以外に誰がいるんですか」

困惑して眼鏡を直している。きっと優しい店長のことだ。
気遣ってくれているのだろう。
だから俺は即座に頭を下げた。

「すみません! 今まで俺、あなたの気も知らずに軽々しく結婚したいとか言っちゃって、マジで世間知らずのバカでした、ほんとに許してください!!」

俺が恐る恐る頭をあげると、彼はあっけに取られた顔をしていた。

「ろ、ロキ……」
「もう二度とそんなわがまま言わないんで、店長、お願いっす、俺を捨てないでください……!!」

最後のほうは涙声で懺悔の念をこめる。
俺は彼と終わってしまうぐらいなら、欲の出すぎた身の程知らずの願望などすぐに捨てられる。

そう伝えると、店長は黒い瞳を揺らしながら俺を見た。

「君を捨てるなんて……ありえませんよ、やめてください、ロキ。それに……君の真剣な思いを聞かせてもらえる度に、私はとても嬉しかったんですよ」

肩を優しく撫でられ、涙が少しずつ引っ込む。
彼はつらつらと秘めた考えを語ってくれた。

「実を言えば、今日ブライスが口にしたように、私が結婚に対して後ろ向きな思いを持っていたことは、事実です。それは私の育った家庭環境であったり、融通のきかない自分の性質などを鑑みて、きっと向いてないだろうと考えていたからです」

赤裸々に告げられる話を俺は真っ直ぐに聞いていた。

「私と結婚しても、誰も幸せにならないだろうと考えていました。常に仕事人間でしたし、なにより……自分が幸福な家庭を築くという自信がなかったんですよね」

レオシュさんは元気のなさそうに微笑み、遠くを見やった。俺は否応もなく胸がきゅっと締め付けられる。

「そんな、あなたと結婚した人は誰よりも幸せな人に決まってますよ、俺は簡単に想像できます、……あっ迫ってるとかじゃないですからね!」

以前も少し聞いたことがあるが、彼にはどうやら厳しかった親子関係や両親を見てきての考えもあるようだった。

「ロキ。そんな風に言われると、もっと嬉しくなります」
「なってくださいよ、レオシュさん。でももうこの話は忘れてください、大丈夫ですからね」

彼の背をさすって出来るだけ嫌な思いをさせないように努めた。
すると彼はくすりと笑いだす。
不思議な笑みだった。俺に視線を向け、優しい目の形で眺められている。

「忘れませんよ。君は、私よりも遥かに男らしいな。本当に素敵な男性ですね、ロキ」
「えっ、ええ! 褒めすぎですよどうしたんですか店長っ」

彼は俺の唇をとらえ、優しくそこに触れ合わせた。
不意に口づけをされてまばたきを繰り返す。

「……あ、あのっ……」
「ロキ。……タバコの味がします。吸ったんですか?」

突然首をかしげられて問われ、心臓が悲鳴をあげる。
やべえさっきしたことがバレた。せっかく甘い雰囲気だったのに。

「いや、あの、その、偶然です。一本だけイーライさんにもらいまして……」

しどろもどろになりながら弁解する。別に偏見があるわけではないが彼の前では純粋な好青年でいたかった。

「イーライに? そうですか…」

だがレオシュさんは一瞬だけ眉を寄せ、不快そうな顔をした。そんな顔をあまり見たことがなくドキリとする。
俺は普段吸わないですと謝ったのだが彼は苦笑する。

「いえ、違うんです。私は気にしませんよ。そもそも、私も以前は吸っていましたから」
「……え! 本当ですかっ?」 
「はい。前の職場で。付き合いと、ストレス解消に…ですね」

肩をすくめて明らかにしてくれた店長のそんな色っぽい姿を想像し、興奮がつのる。

「うわぁ、ぜったい格好いいなぁ。見てみたいなそれ。今度一緒に吸いましょうよ。一本だけ。……あ、店長カフェのオーナーだし良くないか」
「ふふ。大丈夫ですよ、少しだけなら」

そう口にして、また身を寄せた店長に肩をそっと抱かれ、さりげなくキスをされる。
どうしたのだろう。なんだか急にぐいぐい来られている気がする。

「ロキ、君は……よく男性に絡まれるんですか?」
「はいっ? そそ、そんなことないですよ。今日のはあれですよ、レオシュさんのせいですから」

弁解すると「はい」と謝られてしまい困る。
だが彼は俺をどこかせつなげに見つめていた。心配をかけてしまってるらしい。

「いい年をして恥ずかしいのですが、嫉妬してしまいますね。君は、私の恋人なのに……と」

髪を撫でながらそんなことを囁かれたら、俺は気絶しそうになる。
だが店長の口説きは終わらなかった。

「どうすればいいのでしょうか。……つい君を、公的に自分のものにすれば、この気持ちも晴れるのだろうか、などと……勝手なことを考えてしまうのですよ……ロキ」

彼の甘い言葉が全身を浸していく。
え? え?
どういう意味だ。レオシュさん、そんなことーー。

全部あなたのものにしてください!
お願いです何でもしますから!

仕舞い込んだはずの願望が、彼のせいでまた吹き出してしまった。



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