店長に抱かれたい | ナノ


▼ 12 黙ってられない

「いらっしゃいませ、ご注文は……ってまたお前か」
「なんだよその言い草は。ここは俺のおじさんの店なんだからいつ来たってよくねえ?」

着崩したブレザー姿の高校生が、どさりとカウンター前に座る。客は客なので、俺も奴にいつものメロンソーダを出した。
ニコルはそれを美味しそうに飲み、「宿題教えてくれよ、ロキ」と絡んでくる。

いったいどうしてこうなった。
一週間ほど前、店長の甥であるこいつに俺の気持ちが知られてから、面白がっているのか、やたらとつきまとわれるようになった。

ガキの相手が嫌いなため物凄くうざかったが、大好きなレオシュさんの親類ならば、冷たくあしらえない。
それを分かっているのだろう、金髪を偉そうにかきあげるこのイケメン面した高校生は、バイト中でもお構いなく話しかけてきた。

「あのな。お前何気に進学校だろ。たぶん俺のほうが頭わりいぞ」
「はは! なんだそれ、あんたも一応大学生だろ? 体ばっか鍛えてねえで勉強しろよ」

うるせえな、余計なお世話だ。
舌打ちを飲み込みグラスを片づけていると、隣からふわりと良い香りがした。

これは……レオシュさん!

「ニコル。勉強してるのか、偉いな。ここじゃうるさくないか?」

制服をまとった店長が現れ、優しい微笑みで甥に話しかける。
隣にぴたっと肩が触れあうぐらいの、久々の近距離に俺はドキドキした。

「平気だよ。俺騒がしい場所のほうが落ち着くんだわ。しょっちゅう仲間で集まってるしな。なあ、ロキは?」
「……え、俺? 俺は……騒がしいとこは苦手かな。一人でいるほうが好きだ」

この間クラブにいたくせに説得力に欠けるが、聞かれたので答えた。しかしすぐ横に店長がいたことを思い出す。

「あ! いや、もちろん好きな人と一緒なら二人きりが一番っす!」

などと突拍子もなく弁解してしまった。店長は小さく俺に頷き、ちょっとだけ照れた顔をした。
ははは、と俺も照れながら「店長はどうですか?」と聞いてみる。

「私は、そうですね。君と同じで、親しい人とゆっくり過ごすことのほうが好きです」

眼鏡の中の柔らかい瞳と見つめあい、俺はぼうっと彼の台詞に心を奪われ、自分達のベッドインまで想像した。

ーーまずい。甥の前で、二人にしか分からぬイチャつきをしてしまったのでは。
途端に汗をかき始めて振り返ると、甥っ子は興味なさそうに携帯をいじっていた。

よかったバレてねえ。
すかさず店長にアイコンタクトを取る。彼にも通じたのか、やや心苦しそうな笑みを浮かべていたが、俺も少し胸が苦しくなった。

この二人が一緒にいると、なんだか罪悪感が募っていた。
このまま黙っているのも、よくないよな。

「ああ! あった、なあロキ。これ見てみろよ。すごくねえ?」

携帯の画面から顔を上げ、突然ニコルが俺にある写真を見せる。
そこには大人の男が二人、そして幼い男の子が写っていた。
一面真っ白な砂浜で、みんな水着を着て笑顔を向けている。

「……えっ? これもしかして店長? マジかっ!!」

俺は興奮して覗き込んだ。金髪の若い男性と、黒髪で眼鏡がない男性。体つきは今より細身だが、微笑み方や立ち姿など、面影は完全にレオシュさんだった。

「う、うわ、やっぱすげえ美男子……かっけー……」

思わぬ貴重なご褒美写真に見とれていると、ニコルが「若いよな。こっちが俺の親父。軽薄そうでおじさんと似てねえだろ」とけらけら笑っていた。確かに女にモテそうなタイプで息子そっくりだ。

店長も「懐かしいですね」と感慨深げだった。二人の話によると、今から15年ほど前に三人で海水浴に行ったときの写真だそうだ。

こいつ、そんなもの持ってるなんて結構家族好きなのでは。
店長も弟さんも忙しい仕事の合間に集まれたそうだから、幼かった甥にとっても良い思い出だったのだろう。

ほんわかしつつ、俺は写真の店長に惹かれ褒め称えた。
でも少しやりすぎたのかもしれない。

「ロキ。すごく気分が高揚してますね。やはり、若いほうがいいですか」

彼に意味深な言葉を投げられ、慌てた俺は全力で頭を振った。

「え! いや店長はいつの時代もナンバーワンですから! ていうか俺にとっては今が一番格好いいです!」

こんな場で何を言ってるのかと思いつつ本音を語る。すると店長が「そうですか。それは嬉しいです」と笑む。ああこの笑顔……速攻で最大の幸せに包み込まれた。

そんな場面をひとり、カウンターに頬杖をつきじっと見てる男がいた。ニコルの視線を感じたが、やがて店長は新しく入ってきた客に気づき、接客に向かう。

俺にこの場を任せ、席を離れる際、甥に声をかけた。

「ニコル。今日は夜遊びしないだろう? ちゃんと家にいるんだよ」
「あー分かったよ。最近俺いい子じゃね? 褒めてよ少しは」

軽口を叩く甥に、伯父のレオシュさんは納得したように笑ってその場を離れた。
二人の関係を見て、なんとなくうらやましいと思う。
当たり前だが、甥には敬語じゃないしな。すごく親密な様子だ。

まあ俺は店長の敬語萌えだけどな。
でも写真もそうだがやっぱり奴は彼の血縁だから、大事に思われてんだなってことが伝わり、ほほえましくもあり、いいなぁとも感じた。

「なあ、あんたさ。ちょっとおじさんに好き光線出しすぎじゃね?」

店長が去った途端に、にやにや面白がる奴の眼差しが向けられる。

「う、うるさいぞ。しょうがないだろ、お前があんなもん見せるから……ところでよ、さっきの写真なんだけど。お前にちょっと頼みがーー」
 
背をかがめ、こそこそと耳打ちをする。

「あんた、変態だな。これで何しようっつうんだよ」
「なっ何もしねえわ! お前こそどんな思考してんだよガキがッ」

焦った俺は嘘をつき小声で叱った。
若い頃とはいえ、水着の店長だぞ。めったにお目にかかることのないレア画像だ。

そもそも彼の写真は待ち受けの一枚しかない。
本当はもっと集めたいが、一緒に撮りましょうなんて子供っぽいこと言えないし、レオシュさんだけ撮るのも怪しいしな。

頼み込んだあげく、ニコルは呆れながらも、そこまで憎めない奴なのか、なんとバイト後に画像を送信してくれた。
携帯を教え合うのは嫌だったが、背に腹は変えられない。

歓喜して受け取ったあとは「ありがとなニコル君!」と調子よくお礼のメッセージも送っておいた。





最大の事件はそれから数日後に起こる。
バイトがなかった俺は、夜に一人アパートの自室で過ごしていた。
ちょうど隣人がいないことも確認しており、ベッドに寝転がってある行為を行う。

「はあ、はあ、あぁ…っ」

この前の熱い密会から、まだ店長と夜を過ごす機会がなかった。
正直24で盛りのついた自分からしてみれば、限界である。

「……んくぅっ、店長、もうイキそうっす……っ!」
 
思いきり右手を上下に動かし、快感に全てを委ねようとしたとき。
最悪のアクシデントが起こった。

「ーーおいロキ。髭剃り壊れたんだけど貸してくんねえ?」
「ああぁあぁッ」

普通に扉をがちゃりと開けて入ってきたニコルに、俺は絶叫した。一瞬でブツをパンツにしまいズボンを上げて起き上がろうとする。

「……何やってんのあんた、まさかオ〇ニー」
「うるせえ! 別にいいだろが俺は性欲強えんだよ! つうかノックしろてめえ!」

気まずさを隠すため大声で吠えてにらみつける。
奴は反対に意地悪そうに笑い、なんと室内に入ってきた。パーカー姿のチャラい若者が、我が物顔で俺のベッドに腰を下ろす。

「おいなぜ帰らねえんだお前。常識考えろよ。今俺は忙しいんだよ」

こいつの厚かましさにはもう慣れていたが、好きなもの持ってっていいから出てけと追い出そうとしても、奴は居座った。

「くくっ。マジでおじさんオカズにして抜いてんのか。ド変態だな、あんた」

置きっぱなしのスマホを見られ、痛いところを突かれる。

「ところでさ、あんた入れられるほうなんだろ? あの元彼が言ってたもんな……体つきイカついのに、すげえビッチなんだって?」

正面にじりじり迫られ、高三のガキに俺は追い詰められていた。
なぜ俺に構ってくるんだ。嫌がらせか?

「お前に関係ねえだろ。俺がどんだけ淫乱だろうが……」

情けないがうまく反論出来なかった。事実は事実だが、今は店長一筋だともこの甥には明かせない。
奴は悪巧みをするような顔つきで、俺に体を近づけてくる。 
携帯を守ろうと手に掴んだ俺は、画面に通知が入ったのを見つけた。

そこには店長の名前があった。こんなタイミングでメッセージが。

『ロキ。お疲れさまです。今夜、一緒に夕食を食べませんか? 出来合いのものですが、よかったら私の部屋で』

レオシュさんから、久しぶりに直々のお誘いだ。
大喜びの俺はすぐにでも「はい行きます!すげえ楽しみです、ありがとうございます!」と打とうとした。

だが、すぐ背後にニコルがいる。今見られたら怪しいか。
しかし、これだけなら単にご飯のお誘いだけだ。

考えこんでいると、奴が俺の手元をのぞいた。

「あれ? おじさんじゃん。あんたマジで可愛がられてるんだなー。俺なんか誘われたことねえぞ」
「……い、いや、お前いつも夜いないだろ」

パニックに陥り携帯を隠すと、逆に怪しまれたようだ。
その後も弁解していると、時間だけが過ぎていく。
ニコルはからかいをやめず、俺はシーツの上でずりずりと後ずさった。

奴は突然、俺のわき腹に触る。きゅっと掴まれて、何事かと強張った。
ガキのくせにいやらしい手つきが、俺の腹筋を撫でる。

「へえ、いい体じゃん。なんでホモなの? もったいねえな」
「やめろ……ッ」
「なに、感じちゃった? はは」
「……大人をからかうとは上等じゃねえかてめえ!」

怒りがこみあげて奴の胸ぐらを引っ張る。
だがニコルは全く意に介さず、俺の耳に口を近づけてきた。

「俺さ、寝取るの好きなんだよな」

吐かれた言葉にゾッとする。
こいつ、本当に店長の血縁か? 甥じゃなければこんな奴一発ぶん殴っている。

「まああんたがおじさんに相手されるとは思わねーけど?」
「離せこのヤロウ…ッ!」

6つも年下なのに無駄にガタイのいい野郎に、乗っかられそうになった。
もういい。限界だ。お遊びが過ぎたと懲らしめてやろうと思った瞬間。

部屋のドアが優しく叩かれた。
一瞬で心臓が止まりそうになる。ーーまさか。

「ロキ。……誰か来てるんですか? 入りますよ」

それはレオシュさんだった。
二階に上がってくることは稀だし、こいつが来てからはほぼなかったはずだ。
返信をしなかったから心配して様子を見に来たのかもしれない。

扉が開いたとき、頭が真っ白になっていた俺は、ちょうどニコルに押し倒されていた。

「……! 何をしているんだ。彼から離れろ、ニコル」

俺達を見るなり、店長が静かな低い声で言い放つ。
彼はニコルの背中を両手で掴み、引っ張り起こした。

俺は何も言えず、固まっていた。
甥は甥で、あっけらかんと膝を立てて、伯父のことを見上げる。

「いいんだよおじさん、こいつゲイなんだろ? 迫られて嬉しいぐらいだろ」

相変わらずの笑みを浮かべ、俺はまた切れそうになった。
しかし、店長のほうがその言葉に強く反応した。

「……なんだって? いいわけがない。ロキは私の恋人なんだ。お前にそうする権利はない」

眉間に強く皺をよせ、見たこともないような怒りの表情で言い放った。
その時が訪れ、俺は勝手に体が震えた。

とうとう言ってしまった。こんな予期せぬ形で。

「はっ? ……嘘だろ? おじさん」
「いいや。本当のことだ」

呆然と微動だにしなくなった甥に、彼は短く答えた。

「レオシュさん、あの……」

言葉にしてもらい嬉しいのはもちろんあるが、明らかに彼にびびっていた俺は、恐る恐る話しかけようとする。
すると店長は、まだ厳しい顔で俺の頭を優しくさらりと撫でた。

そうしてまた甥に向き直る。

「ニコル、私の部屋に来なさい」

命令が下され、ようやく甥っ子も顔をひきつらせる。
明らかにびびり顔で立ち上がる様子を、俺も近くで見ていた。

「君もです。ロキ」

だがレオシュさんは、俺にも容赦なくそう命じたのだった。



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