店長に抱かれたい | ナノ


▼ 11 窮地

久しぶりに熱い逢瀬が叶った俺と店長だったが、結局それから一週間以上も会えずじまいだった。
バイトでは彼と近くで接しているため、余計につらい。

金曜になり、俺は大学も同じ親友のクレイに、クラブに誘われた。
大音量の音楽とチカチカ光る照明、たくさんの若者で賑わう喧騒が気にならないほど、今の俺は物足りなさを感じていた。

こんないかがわしい場所は数年前に卒業したし、店長を好きになってからはほぼ来てなかったが。

「おいどうしたよロキ。さっきから無言で一人テキーラあおりやがって。静かなお前は気持ちわりいんだが」
「……なあクレイ。俺と店長の結婚式にはお前も来てくれるよな。親友席を用意してやるからよ」

いくら飲んでも酔えない酒を飲み干し、奴を横目で見やる。

「お前まだそんな夢見てんのか? 現状に満足しとけよ強欲野郎」
「あのな。欲深いのは認めるが夢じゃねえ、この指輪が目に入らねえのか!」
「はいはい。もう何千回も見たわ」

奴は吸っていた煙草を俺に渡し、酒を取り上げて自分があおった。
仕方なく俺はそれをくわえ、煙をため息のごとく吐き出す。

「でもなぁ。うちの家族田舎もんだし兄弟は多いし、店長に見られるのちょっと恥ずかしいかもしんねえ」
「安心しろお前が一番恥ずかしい」
「なんだとこの毒舌野郎ッ」

親友の突っ込みにぴりぴりしながらも、肘をついて頭を抱え直す。

いつかアマンダさんと弟さん、あの甥にも俺達のことを伝えるのだろうか。レオシュさんのお母様は亡くなられていると聞いたが、お父様は存命だ。緊張するなぁ……と俺は勝手に現実逃避していた。

付き合い始めてまだ数ヵ月なのに、自分でも気が早いとは思う。
だがそれだけ店長のことが好きすぎて、どうこの思いを扱えばいいのか、完全に無知だったのだ。

クレイと二人、バーカウンターでぐだぐだ飲んでいると、遠くで若い奴らがビール瓶を手に喚いているのが目に入った。

「ったくガキがうるせえな…」

悪態をつき何気なく眺める。すると俺はぽろりと口から煙草を落としそうになった。
男女数人で騒ぐ中心にいたのは、店長の甥っ子で、まだ高三のニコルだ。

仲間にからみ陽気に酒を飲む姿を見て、あいつまたやべえことしてるんじゃ…と冷や汗が出る。
俺にとっては他人だが、店長に「見守ります」と胸を張った手前、様子を見届けるまで帰れなくなった。

クラブには酒や煙草、女以外にもドラッグなどガキには早い誘惑が転がっているからだ。
俺はクレイにも奴の存在を教えた。

「ああ、おっさんの甥か。全然似てねえな。……でもよ、お前は大きなこと言えねえよなぁ。十代の頃の乱れっぷりからすれば」
「ああ? お前だって色々やらかしてただろうが」
「俺は性には乱れてねえ。手の方はよく出たけどな」

二人で思い出を振り返りつつ酒を飲む。
確かに喧嘩っ早かったこいつも落ち着いたものだ。

ああ店長は今ごろ一生懸命働いているのにこんなところで俺は何をしているのだろう。かといってバイトのシフトは足りてるしな…。

「会いてえなあ……」
「誰にだよ、ロキ。あ、俺か?」

突如片耳に囁かれた声に振り向くと、カウンターにだらしなくもたれかかる野郎がいた。
金髪オールバックで柄の悪い出で立ちをした古い知り合い、アーガスだ。

「てっ、てめ、なんでここにいんだよ!」
「なんでって俺のお気に入りの店だろーが。昔よくお前と来たじゃねえか。元カレとの再会喜べよ」

馴れ馴れしく肩を抱こうとする奴に憤慨するが、バーテンに注文した奴は俺達の隣に並び座った。
こいつは以前バイト中に押しかけてきて、店長に俺が男好きだとバラし、また関係を持ちかけてきた最悪な野郎だ。

俺の親友は「お前かよ」とうんざり顔だった。この二人は面識があり、アーガスは元々クレイの高校の先輩なのだ。

「んで、最近どうよ。ロキ。誰とヤッた?」
「……てめえは開口一番それか。俺が誰とヤろうが、お前に機会は回ってこないからほっとけ」
「冷てえな。お前の言うこと聞いて店には行ってねえし、そろそろ許してくれよ。もうあのおっさんと付き合ってるとかいう、寒い嘘つく必要ねえからさ」

寒気のする甘い声で耳を撫でてくる。ぞわっとしつつ無視していると、親友が首を突っ込んできた。

「お前知らねえの? おっさんとマジで付き合ってんだぞ、こいつ。ほら見てみろこの高そうな指輪を」
「ああ? なに言ってーー」
「……あっ、ちょ! 勝手に触んじゃねえ!」

アーガスに手首を掴まれ、じろりと見つめられる。
やべえ。なんで余計なこと言うんだ。また面倒くさいことになる。

「冗談だろ? アッハッハ!」

爆笑されて内心キレた俺は手を振りほどき立ち上がった。
もう帰ろう。来なきゃよかった。
昔の自分を知るこいつらには、今の俺の本気度など分かるはずもないのだ。

「おいまだ帰んなよ、ここにいろってロキ!」
「うっせえ離せこのふざけた色狂いがッ」

カウンターの前で騒がしく揉み合ったのがまずかった。
勢いで帰ろうとはしたが、店長の甥っ子はどうしてるんだ。
気になり姿を探すと、奴は怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

マジでやばい。逆に気づかれたようだ。
オーバーサイズのシャツを着た金髪の若者が、俺のほうに近づいてくる。
ここにいること自体もだが、一緒にいる奴らを見られたことが大打撃である。

「よお。あんたもこんなとこ来るんだ。意外だな」
「や、やあニコル君。ちょっと友達に誘われてな。普段はまったくこんな派手な場所に縁はないんだが。……って待て、君かなり飲んでないか? 駄目だぞ高校生が」

注意すると奴は不機嫌そうに「うっせーな」と舌打ちをした。
18で成人なため何を飲んでも犯罪ではないが、学生のうちから節度がないのはまずいだろうと、自分の過去は棚上げで心配した。

「おいおい、誰だこのガキ。おっさんから子供まで幅広いなーロキくんは」
「マジで黙れてめえ、おい、クレイ。こいつどっかやってくれ」

急激に嫌な予感に包まれた俺は、鬼気迫る瞳で親友に頼んだ。
奴は仕方なく立ち上がり、アーガスの肩を掴む。だが奴は軽々と振り払い、ニコルに絡みだした。

「お前ロキとどういう関係だ? 悪いことは言わねえ、やめとけよ。ガキの粗チンじゃ満足できねえからよ、こいつは」

にやにやしながら放たれた台詞に卒倒する。
俺は奴に掴みかかろうとしたが、この軽薄野郎は口から生まれたような男なのだ。

「ああ? どういう意味だ。俺は粗チンじゃねえ。失礼なおっさんだな。あんた、こんなのとつるんでんのか?」
「つるんでるだけじゃねえよ。こいつの元彼だから俺は。体の関係があんだよなー」
「……なっ、ふざけ……ッ!」

暴露されて顔面蒼白になった俺の顎が後ろから取られる。
アーガスは俺の口にキスをしようとしてきた。体格も腕力も同等なはずだが不意を突かれ、とっさに背けて頬にぶち当たる。

激昂して奴の襟元を掴み拳を振り上げた。だがクレイに制止され「離せ!」と叫ぶ。
もう我慢ならなかった。ニコルの疑いの眼差しが突き刺さる。

「元彼って……マジかよ。あんたらホモなの?」
「こいつはな。俺はバイだ。なあクレイ」
「俺はヘテロだ。お前らと一緒にすんな」

好き勝手に喋っている奴らを見て呆然とする。
ああ、こうなると思ったんだ。店長の甥っ子に俺の性的指向がバレてしまった。
こんな形では望んでいなかったのに。最悪だ。

言葉を失う俺に対し、ニコルは想像よりも落ち着いていた。というより無関心に見える。

「な、なあニコル君。こんな奴らと触れ合ってると君も駄目になっちまうぞ。もう帰らないか。こんな時間だ、俺が送っていくからさ」

この場から逃れたいあまり、抑揚のない声で提案する。

「なんだよ急に、保護者気取りやがって……ん? あれ、おじさんから電話だわ」
「……え!?」

奴が携帯を取り出し、話し始める。嘘だろ。レオシュさんからだと。
頼むから俺がここにいることは言うなと声をひそめたが、奴は普通に俺の名前を出しやがった。
しかも店長は、すぐに迎えに来ると言ったようだった。

「やばい。やばいぞ……クレイ、あいつ引き留めてくれ。俺達もう出るからよ。頼んだぞ」
「おー、まあいいけどよ。おっさんによろしく。頑張れよ」
「何をだよ!」

小声でアーガスをお願いし、俺はひとまずニコルを外に連れ出した。奴は意外にも素直に従った。
とにかく今は店長にアーガスと一緒にいるところを見られたくない。店先での一件があったからだ。



なんでこんな事になったのか。
俺は店長の甥と共に、クラブの外の壁に寄りかかり頭をうなだれていた。
もう夜遅い時間だ。仕事終わりで疲れているであろうレオシュさんに迷惑をかけてしまった。とっととニコルに声をかけて帰らせればよかったんだ。

「なあ、さっきの本当かよ。あんたがゲイだって話」
「……ああ。だからなんだ。……悪いけどな、店長は知ってるからな。別に言ってもいいぜ」

ヤケクソになり吐き出す。もう俺の事などどうでもよかった。だが余計に事実を言いづらくなってしまった。

「けど……あいつのことは言わないでくれ」
「……ああ。あの元彼とかいう下品なやつか?」

顔をあげて奴の表情を見た俺は、失敗したと考えた。なぜ今アーガスのことを口にしたのかと。
ニコルは口元を愉快そうに上げ、こちらを見ていた。

「あんたさあ、もしかしておじさんのこと好きなの?」
「……っ」
「黙ってんじゃねえよ。おかしいと思ったんだ。目がキラキラしてやがるもんなぁ、いつも」

俺を壁に押しやり、にたついている。
自分は別に、弱い人間ではない。ガタイもよく鍛えてるし、力ではこんなガキには負けないだろう。
ただ、店長のことを言われると驚くほど弱くなる自覚があった。

「レオシュさんのことは、心から尊敬してるんだ。こんな俺にも優しくてよ…」
「まあそうだろうな。おじさん聖人みたいだからな。怒ったらすっげえ怖いけどな」
「……え? マジか」
「ああ。なんだよ知らねえの?」

上から目線で目を細める奴の顔に、迫られた。
なぜかは知らんが壁ドン状態になってるところ、明るい車の光が周囲に届いた。
レオシュさんが到着したのだ。すぐに向かおうとすると、ニコルが前に立ちはだかる。

「あんたの気持ち、おじさんが知ったらどうなるんだろうな? 今みたいな関係、さすがに無理かもな」

はっは、と笑いながら脅してくるが、いやバレてんだよ。つうかすでに付き合ってるからな。
喉まで出かかり詰まる。

結婚とか浮かれていたが、いざとなったら、こいつの心情を考えるとショックかもしれないと落ち込んだ。
血縁だし、今だって心配してすぐに来てくれるような、優しい伯父さんだもんな。

「ーーおい!」

車がバタン!と閉まる音とともに、背の高いジャケット姿の男が向かってくる。
ニコルの肩ががしりと掴まれ、俺も驚いた。店長が険しい顔で立っている。

「何をしてるんだ、ニコル」

その声には珍しく、苛立ちが隠れているように聞こえた。
俺はすぐさま彼に思いきり頭を下げる。

「すみません店長! あの、ここで偶然ニコル君に会いまして、すぐに帰すべきでした。俺年長者なのに本当に申し訳ないです!」

責任を感じ謝ると、肩を優しく握られる。

「ロキ……いえ、ありがとうございました。ニコルと一緒にいてくれて」

眼鏡の奥の店長の瞳は少しばかり揺れ動いて見えた。
彼に促され、とりあえず俺達は車に乗り込む。いいのかと思ったが、レオシュさんに言われ俺は助手席に座った。

運転中も、後部座席で足を開き、態度の大きいニコルがミラーごしに俺を見てくる。
何かを言いたげな、楽しそうに伺ってくる表情だ。

「ニコル。またたくさん飲んだのか? 君はまだ学生だ。若いうちからこういう生活は、体にも心にもよくない。頼むから控えてくれ。私は心配になるよ」
「あー、分かってるって。悪かったよおじさん。だってさ、クラブでロキと偶然会って、まあ変なダチ連れてたけど、意気投合してな。つい盛り上がっちゃったんだよ。なあ?」

……はっ?
こいつ俺に話を振りやがったのか。
なんて答えればいいんだ。これ以上自分の評判を落としたくない。

「あはは…まあちょっとね。少し話してたぐらいで、別にそこまで盛り上がってないだろ」
「そうか? 俺達今日だけでかなり打ち解けたと思うけどな。ほら、俺のこと異常に心配してくれただろ。前よりあんたのこと好きになったよ、ロキ」

明らかに状況を楽しんでいる高校生に、白目を剥きそうになった。
軽々しく呼び捨てにしてくんじゃねえ。

俺は気が気じゃなかった。
こいつにこの調子でアーガスのことをバラされたら、店長に誤解されるかもしれない。

黙りこんでいると、隣から時おりレオシュさんの視線を感じた。
気がかりな感じの眼差しで何かを言いたげだ。
俺も弁解したかったが、車の中では難しかった。



アパートメントに到着し、罪悪感を感じたまま彼と別れ、ニコルに次いで二階の自室に帰ろうとした。
しかし階段の途中で、店長に呼び止められる。

「ロキ。ちょっといいですか。話がしたいです」
「は、はい。もちろんです!」

どきりと鼓動が跳ねたが、真上からニコルの「説教ならほどほどにしてやってよ、おじさん」という余計な声が飛ぶ。
店長からのお説教など、普段ならご褒美だ。しかし今は震えていた。

玄関扉を抜けて、彼の広い背中を見るとすぐさま抱きつきたいと思った。久しぶりの家で、二人きりだ。
しかし彼は真面目な顔で振り向いた。

マジで怒られるかもしれない。
そう汗を感じた俺の体が、正面から力強い腕に抱きしめられた。
もう覚えてしまった彼の匂いにつつまれ、目眩が起こる。

「レオシュさん…?」
「……ロキ……」

彼は切なげに名を呼ぶと、俺を見つめた。静かに唇を添えてくる。
突然の口づけに全身が目覚め、腰の力が抜けそうになった。

「んっ…ん、ぁ……ふ、っ」

何度も角度を変えるが、優しく確かめるようなキスを、彼の腕にしっかり抱かれて受け止める。
やがて離されたときには、すべての霧が晴れ、俺はとろけていた。

しかし口数の少ない店長が浅く息をつくのを見て、はっとなる。

「……あ、あの、ほんとに今日はすみませんでした! えっと、たまたま暇でクレイと飲みに行ったら、ニコル君がいて。ほんとに偶然で、いつの間にか遅い時間になってしまってーー」

なぜか焦れば焦るほどしどろもろどろになっていく。

「仲良くなったんですか? ニコルと」
「えっ? いや全然ですよ。普通です普通」

取り繕うが、俺は店長に自分の性指向がバレたことを言えなかった。彼とのことを真剣に考えているのだから、話すべきなのに。

レオシュさんはまた俺を腕に抱きしめ、髪の後ろを優しく手のひらで撫でる。

「帰宅しても、甥が帰ってないことは気になっていました。それとロキ、君にも連絡したのですが……おやすみのメールがなかったので気になって」
「……えっ! すみません、気づいてなかった、やべえ!」

俺はすぐに携帯を出し中身を覗く。確かにレオシュさんからメッセージがあった。
なんて阿呆なんだ。クラブでのやり取りのせいで何よりも大事な儀式を失念するとは。

「ごめんなさい。俺、馬鹿ですね…」
「いえ、私は君の行動に何か言うつもりはないんです……ですが」

本当はめちゃくちゃ言ってほしいとか思っている俺は、若干ずきっとする。
彼の顔がまた近くにやってきて、瞳をのぞきこまれた。

「……今日は、たくさん飲んだんですか? お酒の味がします」

唇をなぞられて尋ねられれば嘘などつけるはずがない。

「いや、俺、全然酔わないんで、大丈夫っす。店長」
「そうですか。……もし酔うなら、私がいるときにしてください、ロキ」
「あっ、……あぁっ、はい、んっ、了解しましたレオシュさん」
「心配なんです。君はとても魅力的な人ですから……分かって頂けますか」
「わか、わかりましたぁっ、んんっ」

熱い口づけをされて、しばらく体が彼の支配下に置かれた。
店長、どうしちゃったんだ。まるで俺を束縛したいかのような振舞いーー

そうなってくれたら喜んでなんでも言うこと聞くのにな。
などと俺は、今日のことも一時的に忘れて、恋人の甘いキスに没頭していた。




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