▼ 13 旧友 ※
シスタは前を歩く白銀の鎧の騎士に声をかけた。
「おい。なんとか言えよ。私に何か言いたいことはないのか?」
「……言いたいこと? 山程あるさ! どうしてお前が冥界にいるんだ、シスタ! これじゃあ俺がなんのために、お前を……ッ」
振り向いた男は怒りを露わにして向かってくる。
見開いた水色の瞳、短く揃えられた金髪、まるで歴史書で見る古代戦士のごとく勇ましい風貌。自分の知っている親友の姿はがらりと変わった。
「そうだ。どうしてあんな事をした? 私のために簡単に命を捨てるなんて。この十年、私はお前のことを考えない日はなかった。お前を失って、その後も幸せに生きていけたと思うか?」
黒髪の青年は激しい目つきで騎士の胸をどんと叩く。全てをぶつけるにはまだまだ時間がかかる。
けれどエハルドは瞳を揺り動かした。責められるのも仕方ないと、本当は分かっていた。
「俺はお前が好きで、どうしても生きてほしかったんだよ。悪かったよ、シスタ……ううっ……なんでここに来た……馬鹿野郎……!」
男は大粒の涙を流す。
素直な表現はシスタの心にも響き、彼は態度を変えて騎士の鎧を片手で引き寄せた。かなりの巨体で簡単には収まらないが、腕を回す。
するとエハルドは再びがしりと親友を抱きしめた。
二人はしばらくして、バルコニーの床の段差部分に座った。
シスタは隣で赤い顔をぐしゃぐしゃにし、鼻水をかんでいる騎士を見やる。
「ふっ。姿は変わっても、お前だな。仕草で分かる」
「うるせえ、馬鹿にすんな。……ああ、三年ぶりに俺は自分に戻った気分だ。ここでは無理やり別人になってたっていうのに」
青年の冷ややかな視線が当てられる。
「全て忘れるためか? 私にしたことも、私のことも。そんなところにこんな風に私が現れて、お前も散々な気分だろうな」
「はははっ。懐かしいな。お前のその口調にわざと嫌味っぽく話す感じ、俺は大好きだぜ」
騎士は肩で隣の細い肩を小突き、明るく笑った。
そしてじろじろと、シスタの顔を眺める。
「お前も大人になったな。大人の男って雰囲気だ。童貞は卒業したか?」
「黙れよ。私はもうナイーブな少年じゃない。色んな経験はしてきた。まったく、三つ年上というだけでお前はいつも大人ぶって……」
「確かにな。俺は全然大人じゃなかった。……今もそうだよ、こんな老けたけどな」
シスタは若いのに哀愁漂わせる騎士を見つめる。
「その体はどうした? あの小柄な彼が主人なんだろう?」
「そうだ。カウェリネス公爵家のトロアゲーニエ様が俺の願いを叶えてくれたのさ。この姿は彼の創作だが」
エハルドはトロイエという名を与えてもらい、騎士団に所属し、彼の護衛として生きていると教えてくれた。
「俺もいい暮らしをさせてもらってるよ。同僚からは人気ないけどな。魔人のくせに特別待遇だからさ。……お前はどうなんだ、シスタ。あれは上級悪魔だろう? しかも、エアフルト家とはな」
三年暮らしたというから、内情をシスタより知っている騎士は頭を抱える素振りをした。
それほどベルンホーンの家は上流層で多大な権力をもつ公爵家なのだ。
シスタも悪魔に出会うまでの経緯を話すと、親友は彼の過去の戦いと並々ならぬ決意に対し、ショックを受けた様子だった。
「私は彼の奴隷だ。逆らうことは出来ないし、その気もない。あらゆる覚悟でここに来た。ああ、最初に言っておくが体の関係もある。ベルンホーンはお前を警戒しているから、あとで翻弄されるよりは私が伝えとくよ。お前は熱血漢で、またうるさく言うだろうから」
淡々と告げればまるで信じていたものが崩れ去った顔で見つめ返される。
「本気か、お前……よくもそう、簡単に……あいつと寝てるだと? とうして好きにさせてるんだ」
「奴隷だからだ。性行為など大した問題じゃない。私にとっては」
エハルドが拳を握りしめる。
それを上からシスタは握った。
「馬鹿なことを考えるな。お前も冥界に一人じゃつまらないだろ? これからは私がいる。共に支え合えるぞ」
「……馬鹿はお前だろ。お前の「主人」が許すと思うか、俺の存在を……」
親友が落とした肩はもう戻らない。
ぽんと叩かれても、エハルドにはシスタが何を考えているか分からなかった。
「そろそろ行かなくては。あいつは心配性なんだ」
「冗談だろ…? まだまだ話し足りないぞ」
いまだ気落ちする騎士に腕を掴まれる。
すると後方に、ベルンホーンの影が生まれた。
夢から目覚めるような美しい造形に目を奪われる。悪魔は静かだが威嚇していると、その佇まいで分かった。
「シスタ。時間だ」
「ああ、分かっている。もう帰ろう」
「お前は先に帰っていろ。俺は少しだけ彼と話がしたい」
青年は急所を突かれた顔をする。
騎士はすでに仮面をつけて、じっと待ち構えている。
ベルンホーンは青年を屋敷に戻らせ、騎士と対峙した。
バルコニーには他に誰もいない。冷えた風がとどまるだけだ。
「久しぶりに親友と再会した感想を、俺にも聞かせてくれないか」
「あなたに話すことはありません。エアフルト様」
立ちふさがる魔人の壁に、悪魔は小刻みな笑いを浴びせた。
「お前もシスタと同じく頑固なのか? あいつも中々声を聞かせてくれないんだ。毎晩愛情込めて抱いてやってるんだがな」
「……ええ、あなたと彼の関係は聞きました。彼は私の親しい友人です。どうか、彼に優しくしてあげて下さい。よろしくお願いします」
「なあ、どんな顔でそれを言っているのか、見せてくれないか? 本当は俺を殺したくてたまらないんだろう? 腰抜けが」
乱暴に騎士の仮面を剥ぎ取る。
見たかった表情が現れて悪魔は悦に浸った。
「あんたは悪魔の中の悪魔だ」
「ははっ! 嬉しいな、近頃そう言ってくれる奴がいなくてね。柔和な奴に囲まれていると俺の牙も抜けてくる」
がっちりした顎を強く掴む。
品定めするように水色の瞳を見つめた。ベルンホーンの鮮やかな緑眼は縦に裂け目ができ、瞳孔にとらえられた騎士は動けなくなる。
「お前にシスタは渡さない。手を出したら殺すぞ。お前もシスタも」
騎士はぐらりと頭をおさえ、なんとかその場に立った。
悪魔は腹の虫が治まらないままその場から消えた。
◇
屋敷へ戻ると、月明かりが差す広間にぽつんとシスタの影があった。
悪魔を見るなり歩み寄ってくる。
「ベルンホーン、大丈夫か」
「俺は大丈夫だ。どうした? シスタ」
青年は悪魔の瞳を慎重に見上げた。状態を探っているようだ。
「お前に礼が言いたい。これほど早く私の友を見つけることが出来たのはベルンホーン、お前のおかげだ。ありがとう」
「ははっ。礼には及ばない。俺も早く見つけ出したかったからな」
抱き上げると抵抗されるかと思いきや、従順なシスタは口を閉じ、素直に寝室まで運ばれた。
ベルンホーンの大きなベッドに下ろされ、服を脱がされる。
もう何度もそうしたことのある夜に、青年は文句を言うこともなかった。
服をはだけさせた男が覆いかぶさってきて、黙って抱かれる。そうすればいいだけだと、単純に思っていた。
しかしこの日の悪魔は、執拗に言葉で体で、反応の乏しいシスタを責め続ける。
「またその態度か。アメとムチでお前は猛獣を飼い慣らしてるつもりか?」
全裸に剥かれたシスタは足を開かせ、ベルンホーンの胸板に背を預けて、伸ばされた手に後孔をぐちょぐちょと弄られている。
「っ……う……くぅっ」
魔族は男でもそこが勝手に濡れる。同性で性交することは珍しくなく、肉体は快感に直結している。
「ほら、どこに欲しい? 好きな場所を言え。思いきり突いてやる。黙り込むならずっとこのままだぞ」
「お前は子供だ……ベルンホーン」
聞くなり充てがったペニスを中に挿入し始め、シスタのくぐもった声を誘い出す。
「下品の次は子供か。あとはなんだ。お前が俺に愛を誓うなら何にだってなってやるさ」
「愛……? お前のは所有欲だ。……私など、お前の本当の愛には値しない」
小さな呼吸の合間の言葉が悪魔を本気で怒らせた。
四肢をベルンホーンの長い手脚に絡められ、下から腰を打ち付けられて尻が大きく弾む。
「っん、っくぅ、んっ!」
押し寄せる快楽に責められて内壁と頭の中がぐらぐらと熱に襲われていく。
視界もおかしくなった。バウンドするベッドに合わせて薄目を開けると、天井が鏡張りになっている。もう幻覚か分からない。だが映された男二人の痴態は現実だ。
「いっ、いやだ、よせっ」
シスタのペニスは揺れ、奥を突かれるごとに我慢ができなくなり、漏れそうな感覚が襲う。
「ああ、シスタ、気持ちいいぞ、お前はどうだ?」
シスタの声が聞きたい。欲望に忠実な悪魔は青年の口に長い指を押し込み閉じさせない。その間も突きまくる。
「私は、こんなことには屈しない……!」
背を反らせて言うものの青年のペニスから白濁液があふれていく。イッているのだ。
「なら色んな男にお前を犯させればいいか?」
耳元で恐ろしいことを囁かれ、シスタの体が強張る。
「嘘だよ。俺がそんなことをさせるわけがない。お前が欲しくてたまらないのに」
悪魔にしつこく食われるかのようなキスをされる。
激しい熱をここまで全身に浴びたことはなかった。
じわじわと迫りくる絶頂。
口をなぶられ、大きな手は胸を這い、腹の中まで届きそうなほど巨大な快楽が侵食してくる。
「やめっ、やめろっ、んくっ、だめだ、ベルンホーンっ……あっ、あぁ、あぁああっ!!」
初めて声を上げ、びゅるびゅると精液を垂れ流しながらシスタは奥を痙攣させていってしまった。
硬く膨らんだベルンホーンのペニスが収縮を感じ、彼の色づいた呻きとともに中で搾り取られる。
「………っ」
長く精を放っても下から緩やかに味わい動いていたベルンホーンは、やがて腰をとめ、「ん?」と抱え直す。
果てたシスタはベルンホーンの胸板にだらりと落ちていた。
長いまつげの下には涙の跡があり、悪魔は優しく指でぬぐう。
「ああ、気絶してしまったか。お前を泣かせてしまうなんて。……とても可愛い声だったよ、シスタ。初めてだな、こんな風に俺ので達したのは」
愛おしそうに抱き、口づけが中々やめられない。
人間ならとっくに壊れているだろうから、仲間である魔人にしてよかったと思う。
やがて名残惜しくも体を離し、隣に横たえて汗ばんだ黒髪をととのえる。
悪魔にしては珍しい、憂いまじりの切ない視線で。
「なぜ伝わらない。……こんなにもお前のことを考えているのに。どうしたら俺に振り向いてくれるんだ? シスタ……」
抱いた体はもう奴隷や玩具などとは思えず、悪魔の心はさらに青年の奥そこに囚われていた。
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