Otherside | ナノ


▼ 12 対面

「カネリー隊長! お久しぶりです」
「おお、ベルンホーン君じゃないか! 今日来ていたのか? いやぁ嬉しいな、わざわざ君から声かけてくれるとは」

仮面を脇に抱えた騎士が、先導していた隊を先に行かせ立ち止まった。
外見は中年のガタイの良い魔族で、昔ベルンホーンが軍に所属していた時の新人の指導官でもあった。

「で、軍に戻ってくれたら俺も助かるんだがな。戻らないよなぁ君は。大きな仕事きっちり終わらせたらスッパリ辞めたもんな」
「はいはい。恨み言はいいですから。最初からそういう予定だったんですって。……ところでカネリー隊長、ちょっと聞きたいことがあるんですよ」
「俺はもう隊長じゃなくて師団長だが、なんだ内密の話か」

ベルンホーンの真面目な顔につられ、彼も渡り廊下の端に行って耳を傾けた。

「……ああ、トロイエか。知っているよ。宮廷務めの騎士だ。なぜ? 彼が何か問題を?」
「いえ、ただ話してみたいだけです。……宮廷か、身分が相当高い者ですね」

そう問うとカネリーは何か知っているのか、若干口ごもった。
だがその騎士は今日も任務で来ていると教えられ、ベルンホーンの警戒心が一気に上昇する。

彼は親切にも一緒に騎士を探してくれた。

「ほら、あれだ。あの一際でかい奴だよ。気をつけてな」
「ありがとうございます、隊長。今度このお礼をさせてくださいね、では」

何年後になるんだと突っ込まれつつも、ベルンホーンは足早に去り、その騎士へと近づいていった。
距離を保ちながら、白銀の鎧をまとう男の背を捕える。

男は一人で行動していた。
式典に出ていた騎士団とは所属が違い、鎧も長剣も装備が格式高い。

さきほど居た外のテラスとは反対側のバルコニーに出たとき、騎士は振り返った。

「私に何か御用ですか」

ベルンホーンは革靴を止め、爽やかな笑みを浮かべる。
騎士の前まで出て、彼が自分と変わらぬほど長身なのを確認してやや驚いた。
その上やはり本物の肉体派だからか、鎧の上でも骨格のよさと筋肉量を感じる。

「失礼、俺はエアフルト公爵家の者だ。君の名はトロイエで正しいか?」

尋ねると、騎士はすぐに直立し頭を下げた。

「はい。失礼いたしました。エアフルト様。私は宮廷近衛部隊所属のトロイエと申します」
「そうか。君に聞きたいことがある。なぜ騎士が魂集めなどしているのか知らないが、きっと俺と同じように趣味なのだろうな。……そうだ、先に顔を見せてくれないか」

男は躊躇いがちに仮面を取った。金髪を短く刈り上げ、額を出した眉は太く、極めて凛々しい面相だ。甘い顔立ちのベルンホーンとタイプは異なるが、体格を含めて男前であった。

「ますます魔術師には見えないな。お前はなぜ地上で魂狩りなんてしていたんだ? 誰かの命令か。主人はだれだ」
「……いえ、失礼ですが、何をおっしゃっているのかーー」

表情をわずかに変えるのみで鉄壁を崩さない騎士に、次第に悪魔は苛立ちを募らせる。
すると後ろから、か細い声がかかった。

「すみません、どちら様でしょうか。僕の護衛になにか」

振り返ると、小柄なローブ姿の男が立っていた。丸みを帯びた金色のショートヘアで、童顔だが皺が目立ち老けている。
不思議な顔立ちの男は騎士の主人だといい、心配げに立ち入ってきた。

「あなたが彼の主人か。俺はエアフルト家の者だ。失礼だが名を聞いても?」
「あっ、エアフルト公爵家の方でしたか。もしかして、ベルンホーン様では……?」

彼はさっと頬を染め、突然握手を申し出てきた。
わけがわからず求めに応じる。

「失礼しました。僕はカウェリネス家の五男、トロアゲーニエと申します。あなたにお会いできてとても光栄です」
「カウェリネス家? 参ったな、王室に仕える公爵家じゃないか。そんなにへりくだらないで下さいよ、かなり高い身分のお方だ」
「いえいえ、遥か昔から魔王様の領地を守護なされるエアフルト公爵家に比べれば、私共など……」

恐縮されるが、悪魔には家柄のことなど今は気にしていられない。

「君は俺のことを知っているのか?」
「もちろんです! 実は僕も魂を集めるのが趣味でして、昔からよく地上へ潜っていたんです。そのせいで、しばらく病に倒れてしまいましたが。この姿は後遺症で、老けて見えますが本当はあなたと同年代なんですよ。ベルンホーン様のご活躍は聞いておりました。……あ、そうだ。もしかして彼のことも、気づいてくださったんですか?」

朗らかな笑みで、トロアゲーニエは騎士を指した。ベルンホーンの顔色が変わる。

「彼は数年前に地上で拾った魂なのです。本人の希望で姿形は変えましたが、今は魔人として騎士の訓練も行い、立派に護衛を務めてくれるまでになりました」

彼は誇らしく紹介する。まるで憧れの人に従者の出来を褒めてほしいかのように。

「そうか……それで、トロイエという名前はどこから?」
「僕の幼少期のあだ名なんです。名前をつけてくれと言われたものの、そういうのが下手で……しかし長い付き合いになるだろうと愛着をこめて決めました。おかげで周囲も僕らの主従関係が真剣なものであると徐々に認めてくれて、このトロイエも忠実に職務を全うしてくれています。本当にいい魂と出会いましたよ」

彼の微笑ましい逸話は、普通の精神状態だったなら素直に受け取れるものだろう。

「なるほどな。ではお前が、トロイエか。いや……エハルド・オースだったな」
「……ッ!」

振り向かれた騎士は瞬時におびただしい殺気を感じ取り、剣に手をかけて身構えざるを得なかった。
主人も何事かと瞬きを繰り返す。

「何故その名前を……私に、なにか御用があるのですか……」
「ああ、あるさ。俺はずっとお前を探してきたんだ。まさかこんな身近に潜んでいたとはな」

なぜか冷たい表情で睨まれた騎士は、どうしていいか分からず間合いをじりじりと取った。

「すみません、どうしてあなたがその名をご存知なのですか。彼が何か失礼をしたのでしょうか、ベルンホーン様ーー」
「ベルンホーン!」

だが、最悪のタイミングでもうひとりの青年が場に加わった。
遠くから心配した様子で、礼服のシスタが歩み寄ってくる。

「大丈夫か、あまりに遅いから探したよ。腹は平気か?」

親身な青年は悪魔のそばにいた二人の男に改めて気づく。

「すまない、邪魔をしたようだな。お知り合いの方々か」
「いや……もう用は済んだ。行こう」

平常心を装ったベルンホーンは、青年の背を支えて抜け出そうとした。だが、何も言うなと念じていた背に、声がかけられる。

「シスタ!」

屈強な金髪の騎士だ。当然知らない声に名を呼ばれ、シスタは振り向く。目が合ったのは、まるで面識のないかなり長身の男だった。

「……今、私を呼んだのは……あなたか」
「シスタ、どうしてお前がここに……いるんだ」

二人は愕然とした顔つきで、時間が止まったように立ち尽くす。
間にいたベルンホーンは、その場の全てを破壊してやりたくなるほど怒りと悔しさと様々なものが入り混じった感情が湧き上がった。

手を打つ前に、出会わせてしまうとは。
なんと迂闊だったのか。

シスタは自分の手を離れ、おぼつかない足取りで騎士へと向かう。
あろうことか、騎士は彼が目の前に来ると、鎧の体で細身の青年を抱きしめた。

ぐっと両腕を回され、胸が苦しくなるほど軋む。

「……っ……お前はまさか、エハルドなのか……?」
「そうだ、俺だ。なぜ……? どうしてだ、シスタ……!」

体を離した騎士は苦悶の表情にまみれ、それは悪魔ベルンホーンへ向けられた。
水色の瞳には、困惑の中に明らかに敵対心が潜んでいる。

ベルンホーンには、次第に愉悦が沸き起こってきた。
そうだ、この青年は自分の奴隷なのだと。誰にも渡ることのない、唯一の存在であると。

「すまない、ベルンホーン……少し、二人で話をさせてくれないか」

しかし青年は、取り乱すのを必死にこらえた様子で申し出る。
悪魔は拳を握り、そんなことは許さないと声を荒げたかった。

それなのに、あの深い青の瞳に乞い願われると、どうしようもならなくなる。

「……わかった。遠くには行くなよ」
「ああ、すぐに戻るよ」

シスタはほっとした表情で頷く。
彼より不安定な状態に見えた騎士も、すぐに主人に伺った。

「トロアゲーニエ様。私もお許し頂けますか」
「もちろんだよ、ゆっくり話をするといい」

騎士と青年はぎこちない様子ながら、連れ立っていった。
バルコニーに残された魔族二人は、元人間の青年達を見送る。

やがてトロアゲーニエは、沈んだ背中の男に声をかけた。

「ベルンホーン様……あの、僕達も少しお話をさせて頂いても」
「そうだな……そうしよう」

二人は夜闇の中、静かに佇んだ。銀髪長身の男は柵に手をもたれかけ、思い詰めた顔をしている。
そんな同族を小柄な男は心配して見つめた。

「では、彼は……シスタ・レイズワルドはエハルドを追って、冥界へやって来たんですね」
「そうだよ。覚えていたのか」
「ええ。僕が彼を召喚したとき、まだ僕は中級悪魔だったのですが、同じように病気に苦しむ友のために願われて……それならばとあの青年の病を取り払ったのをよく覚えています。三年ほど前の、当時のことです」

風に吹かれる金髪をおさえ、同情心から視線を伏せて明かした。

「でもまさか、後を追ってくるとは。あなたと契約をされたのはもっと驚きでした」
「ふふ。俺も驚いたさ。すごく高潔な魂でな。望みのためなら、どんな自己犠牲も厭わない心をシスタは持っていた」

急に「ああクソ!」と悪態をついたベルンホーンをトロアゲーニエは驚いて見上げた。

「あなたは彼が、その……非常に好きなのですね?」
「そうさ。奴隷に本気になって馬鹿みたいだと思うだろ。けれどあいつはただの奴隷じゃないんだ。俺にとってはな……」
「理解しますよ。僕にだって、トロイエは大切な存在です。彼はずっと彼なりに苦しんできて、それを少しでも和らげてあげられたらと……一緒に歩んできましたから」

ベルンホーンは横目で見下ろす。鮮明な緑の瞳は独特の輝きがあり、相手が魔族でも一瞬緊張を与えた。

「君は悪魔らしくないな。……いや、これは俺の奴隷に言わせると褒め言葉らしいが」
「はは。そうですか。長く地上にいて、大好きな自然や人々に触れていたからかもしれません。そういえば、彼にも言われたことがありますよ。優しすぎると。だから僕は、ずっとうだつのあがらない存在でもあるんですが」

気恥ずかしげに微笑む様子はなぜか憎めなかった。
悪い奴じゃないというのは、魔族の気質でいえば腑抜け野郎と同等の侮辱だ。

しかし、そんな中でも魔界で自分の居場所を作っているこのトロアゲーニエという男には、芯の強さを感じた。

ベルンホーンは関心を示し、向き直ってじろじろと見やる。

「ひとつ教えてくれ。俺は君を探すのにわりと時間を使ってね。地下の洗浄屋あるだろう? あそこで君の名を聞いたんだ。地上での召喚の際にニックネームを使用するのはまだいい。しかし、魂を売る際になぜあの男を使った?」
「ああ、それはですね。この風貌だと僕はよく舐められてしまうんです。でも家柄を見せつけるような性格でもないですし、そもそもあの鍛冶屋の方、すごく怖そうな方で……トロイエに頼んだんです。売ってきてくれって。彼は武闘派ですが魔術師としても優れています。催眠も得意ですし。案外うまくいくんですよ」

へへ、と笑みを見せられベルンホーンは更に気が抜けそうになった。
失礼ながらこんな奴が同じ上級悪魔で家柄もよく、ここの所脅威すら感じていたとは。

おかしなことに、もはや警戒するのはこの男ではなく、あの元人間の騎士だと察していた。

「お前、面白い奴だな。あの騎士の形成はかなり上出来だ。あいつ強いだろう?」
「はい! まさかあなたに褒められるとは。僕は色々研究してるんです。魔界の病気を治すこともですが、肉体強化にも力を入れていまして。彼も実験に協力してくれてるんですよ」

金色がかった目をきらきらさせて話をしてくる。
歯ぎしりしたくなった。ただの魔人に対し、親身な力の入れようが。

「余計なことを……」
「えっ?」
「なんでもないよ。とにかく、お知り合いになれてよかったよ、トロアゲーニエ卿。そろそろ時間切れだ」
「待って下さい、ベルンホーン様!」

老け顔の彼は恐縮しつつも、背筋を伸ばし同格の悪魔を見つめた。頭を下げ、もう一度まっすぐ視線を捕える。

「僕はトロイエを大切に思っています。それはあなたも魂を愛する同士、分かってくださいますよね?」
「……もちろんさ。なんだ、俺が何かするとでも?」
「いえそんなことは。考えてもおりません」

彼は食えない笑みをにこりと見せ、安心して佇んでいた。

位が上がったのは遅いとはいえ、同じほど生きてきた上級悪魔だ。多少失望はしても油断する気はない。

まだ考えることはたくさんあるが、ひとまずシスタのことが気がかりである。 
だからベルンホーンは、新たな知り合いに別れを告げ、青年を迎えに行った。



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