Undying | ナノ


▼ 34 なぜ

アディルは皆が寝静まった後、屋敷を抜け出した。
しかし侵入や脱出がお手の物の不死者を、ひとり注視して追った者がいた。剣士のゾークだ。
敷地の外壁を飛び降りた先に出くわし、アディルが眉間を険しくする。

「くそ。あんた寝てなかったのか。年寄りは目が覚めやすいか?」
「君は派手めの見かけよりも好青年だと思ってたが、実際やんちゃなんだな。……確かに俺は年を食ってるが、まだ感覚は衰えていない」

昼とは異なり夜の殺気を醸すアディルに対し、ゾークも警戒感を強め長剣に手をやった。

「そうかよ。俺は先に行く。じゃあな」
「待て。どこに向かうと言うんだ? 目的地はかなり遠いぞ。適当に行ったって君には辿り着けないだろう」
「適当じゃねえ。この紋章に急かされてるんだ。理屈は分からないが、奴の居場所を感じる」

曲線がかった黒髪がぱさりと落ち、闇に光る金色の瞳が手首に向けられた。

「そうか……どうやら本当みたいだが、何か考えがあるのか? 君の兄さんはどうする。俺がこのまま逃がしたら、大変なことになるぞ」

ゾークが渋い顔で告げると、アディルの顔色は曇った。心残りはあるらしい。

「……いつも守られてばかりじゃいられない。俺だって戦えるんだ。……俺はもう死んだけど、兄貴は生きてる。死なせたくない」

途端に年相応の顔つきになる若者を前に、剣士は唸りたくなる気持ちで腕を組んだ。

「なら仕方がない。俺も行こう。護衛をしてあげるよ」
「なっ。んなものいらねえよ。あんたは皆のところに帰れ」
「そうしたいさ。君を連れてな」

言いながらもすでに決断をした壮年の男を前に、アディルは頭をぐしゃぐしゃと掻く。だが余計な時間はない。振り切るように歩き出すと、剣士は素早い足取りでついてきた。





二人のやり取りなど知らないシグリエルは、数時間後に目を覚ました。
自分にしては深い眠りで、遮断されなかったのは明らかに昨日の悪魔との同化のせいだった。

「……アディル…?」

寝台で起き上がり、そばにいない弟の姿を探す。
服を着て部屋中を見て回り、焦ったシグリエルが屋敷の内外を確かめてからようやく、呆然と事態を把握した。

「ーーおい、なんだこんな夜更けに起こしやがって。どうした兄ちゃん」
「アディルがいない。誰か姿を見た者はいるか」

応接間に集まってきた魔術師の面々が眠そうな顔から徐々に覚醒していく。

「は? あいつ出てったのか? ……うそだろ」

フィトがパジャマと対の帽子を取り、呆れて顔を覆った。
すでに身なりを整えていた青年シスタも同様に、苦い顔つきでシグリエルを見やった。

「勝手な行動は命取りだ。……ゾークもいないようだが」

そう指摘すると、ちょうど屋敷中を調べていた側近のジャスパーと隊長のゾルタンが戻ってきた。「二人だけいねえ」と報告される。

シグリエルは青ざめるよりも先に、昨夜の続きに収まらないほどの怒りを全身に放ち、壁を後ろ手で勢いよく殴った。

「なぜだッ……アディル、なぜ…………馬鹿野郎ッ!」

荒ぶる兄の怒号と覇気は凄まじく、また悪魔化するのではないかと男達は恐々とする。
同じく深い動揺と苛立ちを持っていた当主だが、なんとか兄を静めようとした。

「シグリエル、落ち着け。あいつがどこにいるか感じないか? 俺らで連れ戻すんだ」
「……わからない…っ……アディルの気を察知できない……! なぜだ……どうしてーー」

一気に頭の中で思考をまとめようとする。現実に不死者の弟の気配が今は完全に断たれていた。それほど遠くに向かってしまったというのか。
あれほどもう離れないと約束をした、自分のもとから。

アディルは魔力がないと動くことが出来ない。けれどそれは当面は小さな問題だった。
度々となった交わりのせいで、弟の体の魔力量は存分に蓄えられていたのだ。

「ラノウ。彼は一人でマルグスに会いに行ったんでしょうか」
「……おそらくな。阿呆が。ああ見えてまだあいつが18になったばかりのガキだってこと、忘れてたわ」

当主は側近に言いながら、近くの椅子に腰を下ろし煙草に火をつけた。
シグリエルは恨めしい目つきを上げ、こう呟く。

「一人じゃない。……あの男が一緒のはずだ。あいつが連れ去ったのかもしれない」
「さあなぁ……でもあの剣士、お前の知り合いの紹介だろ? ただ止められなかっただけなんじゃねえか。……ああ、でも悪魔を殺ってるんだっけか。力はあるよな」

煙を吐くラノウの近くでシグリエルは拳を握りしめる。
皆も考えを巡らせていた。弟が離脱してしまっては、折角練ってきた作戦も振り出しだ。

「とにかく、僕達であいつを連れ戻すしかねえだろ。どうせそうすんだろ? お前」
「……ああ。そうだ。アディルを見つける」

黙っていたサウレスが口を出すと、シグリエルははっきりと認めた。
もはや核心の父のことなど忘れ、弟への執着で頭がいっぱいになるほどに。




皆は屋敷に残り、作戦変更に伴い話し合いや準備を進める。
だがシグリエルはついてきたサウレスと共に、ある場所へ向かった。もう夜が明けて朝日が差し込む中、淀んだ顔つきの黒装束の男と、青いローブをまとった魔術師は中核都市にある高層の宿屋に入っていった。

そして受付にいる長髪の若者に開口一番こう告げる。

「ミズカを出せ」
「…えっ? あなたは……ええとシグリエルさんっすよね。社長ならここにはいませんけどーーぐえっ」

胸ぐらを掴み引き寄せたシグリエルは「どこにいる」と低い声で脅した。店員は顔を引きつらせ大人しく居所を告げた。

すぐに二人は転移魔法を使う。降り立ったのは、昔シグリエルが済んでいたアパート群のひとつである古い建物だった。

外付けの階段を上がり、最上階にある事務所へと無断で入る。
扉を開ける大きな音も無視して、目当ての黒髪跳ねっ毛の男は顔に雑誌をかぶせ、長椅子で寝そべっていた。

「ミズカ」
「…………あぁ?」

本を乱暴に取られ、耳栓を外した家主はのっそりと起き上がる。
初対面の白髪の魔術師サウレスにも目を見張ったが、それより怒り狂った表情の友人に驚いた。

「なんだよ。何があった」
「アディルがいなくなった。お前が送った剣士ゾーク・ディストルも共に消えている。あの男は何者だ」

ミズカは問い詰められても顔つきを変えず、紹介者の正体を明かすつもりも全くなかった。だがその態度が余計に友人の怒りを買う。

「渡した書類の通りだよ。あのおっさんは身元もしっかりしてるしやばい奴じゃねえ」
「以前仕事をしたことは」
「ないが信頼できる所の繋がりだ。何をそうカッカしてんだよ、落ち着けよ。普通に考えたら暴走した弟についてやってんだろ? あの魔剣士ならお前らと連絡も取れるはずだ。……なあ、あんたもそう思わないか。白髪のイケメンさんよ」

振られて肩を竦めるサウレスだが、シグリエルははぐらかしたように見えるミズカの腕を勢いよく掴んだ。

「つまりお前はあの男をよく知らないんだな? どうして奴をよこした」
「経歴が最も適してるからだよ。責めるなら俺の落ち度が確定してからにしてくれねえか」
「それでは遅いんだ! アディルがあいつに……ッ」
「シグリエル。お前は過保護すぎだ。お前の弟が何を考えて、どう行動しようとしているか冷静に考えるべきなんじゃないのか、今はーー」
「うるさい、黙れッ!」

激高したシグリエルは右手を突き出し友人の首を強く掴み上げた。
ぎりぎりと腕に力を込めて締める。
咄嗟のことに短く呻き、苦痛に顔を歪めるミズカの前で、紫の瞳が黒く何度も反転していく。

「どうしてアディルは俺を置いて出ていった? あんなにそばを離れないと、何度も何度も、約束したのに! あいつは何を考えている! 知っていることを話せ、ミズカッ!」

おびただしく禍々しい黒い殺気を全身から出し、悲痛の叫びが放たれる。
ミズカは意識が揺れながら、本気で抵抗しようとは考えていなかった。それよりも、悪魔化したシグリエルを初めて目の当たりにし、衝撃とうまく言葉に出来ない気持ちが心の底から湧き上がってくる。

「ぐ……ッ………う……ッ」
「おい。もうやめろ」

平然としていたサウレスは静かに告げ、不死の腕をローブから出す。力の限りシグリエルの腕を制止した。

「この男お前の友人なんだろ? ほんとに力の加減が分からねえ奴だな。だからモテねえんだよ」
「離せ……ッ」
「後で後悔するぞ。やめておけって」

やけに落ち着いた声音が響き、シグリエルの歪んだ顔立ちが徐々に覇気を失っていく。
力が緩められ、ミズカは首に手を回し微かに呼吸をした。
血色の悪い顔色で苦し気に、シグリエルを見やる。

シグリエルは本気で締める気だった。弟の居所が分かるなら、友人の命さえ奪ってもいいと一瞬本気で考えていた。恐ろしい脳内の支配に抗えなかった。

「……うっ……う、ぅ……ッ」

瞳を真っ赤にし、涙をこぼす長身の男を二人の魔術師は同情的な瞳で見つめる。

そんな重苦しい空気を破る様に、悪魔が現れた。
この間の懲罰が嘘のように全身パリッとした黒革に身を包んだ長髪の悪魔は、契約者の隣にしゃがみこみ、こう囁いた。

「よおシグリエル。また立場が逆転か? へへへへッ。お前の弱る姿は本当に愉しいなあ。弟がいなくなっただけで紙っ切れのようになっちまって……ははははッ。無様なやつ」

沈んだ表情を下に向ける青年に変わり、剥き出しの怒りを浮かべて睨んだのは年上の男達だった。
サウレスもミズカも、対面する悪魔を魔術師の鋭い眼光で威嚇する。

「くくくくく。そう敵意を向けんじゃねえよ、まだ話は済んでねえんだから。ーーなあシグリエル。剣士を殺せよ。その前に新参二人を殺っちまえ。俺に魂をくれよ。そうすりゃお前はもっと強くなるぜ。親父もベルンホーンも殺るにはそれしかねえ」

ひっそりと、だが確かな怪しい声質で誘ってくる。ミズカは顔をしかめたが、サウレスはやや諦めた表情で肩を落とした。

「ふん。僕は止めない。お前はもう随分そっちに行っちまったみたいだしな……」

いとも簡単に悪魔の提案に乗るそぶりをした魔術師に、シグリエルは顔を上げた。
久しく見なかった虚ろな目つきで、悪魔ディーエに目を向ける。

「俺は……」

次の言葉を皆が待っていた。

「……俺は約束をした。仲間の魂はもう、やらないと……」
「はあっ!? おいおい、冗談よせよ。お前の仲間ごっこには付き合ってやるが、あの胡散臭い新参どもは始末していいだろぉ!?」

わざとらしく頬をすぼめて顔を近づけ、同意を得ようとする悪魔にもシグリエルは承知しなかった。
そのままミズカに目をやる。ミズカは悟っていた。若い友人の瞳はさっきまでと違い、彼のいつものやや弱い、人としての心を映していると。

「……ミズカ……すまない。俺は……お前に何をーー」
「立て、シグリエル」

手を差し伸べたかと思うと、引っ張り上げて黒装束を立たせた男は、その腹を魔力を込めた左拳で思いきり殴打した。
シグリエルは遠くの壁まで吹っ飛び、血を吐いて床にどさりと落ちる。

唖然としたサウレスの視線がミズカに突き刺さった。

「あー……お前を初めて殴っちまった。俺ら、全然そういうタイプじゃないのにな」

殺気をしまって笑い、拳を開いたり握ったりしている。
後悔はしていない。どうせ相手はこうでもしないとまた気に病み続けると思ったからだ。

「あんた、見た目陰なのに結構力あるな」
「はは、そうだろ。戦うのはあんま好きじゃねえんだけどな。すぐ殺しちゃうから」

怖い事を言ったつもりがサウレスは愉快そうに口元を上げた。
今度こそミズカは座って倒れているシグリエルのそばにいき、手を出して起こす。

「アディルを見つけるまで俺が入ってやるよ」
「……いい。お前は入るな」

シグリエルはまだ口からこぼれる血を拭いながら、ミズカを見た。

「お前の親父と戦いはしねえよ。俺も従業員食わしていかなきゃいけねえんだ。大人しく聞いてろ」

自分より長身の男の金髪をそっと触り、ため息交じりに告げる。
ミズカは心配していた。こうなった状況よりも、シグリエル自身のことを。

それゆえ少しの間だけでも、近くにいて自ら力になろうと思ったのだった。



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