Undying | ナノ


▼ 35 弱さを支えるもの

シグリエルとサウレスは、ミズカを連れて屋敷に戻ってきた。
男達は戦力補充に安堵したが、それ以上に雇用主である男の魔術師としての実力に興味津々のようだった。

「あなたが加わるとは。痛手だと思っていた状況が好転したようだ」
「そんなに期待されても困るけどな。俺はただの商人だからさ。まあ話を聞くのは得意だけど」

黒ローブのシスタは謙遜されたと笑みを浮かべたが、元軍人のゾルタンは訝し気に見やった。

「また普通の兄ちゃんといった風貌だが、本当に強いのか? さっき起きたみたいな服装だしよ」
「はは。さっき起こされたんだよこいつに。ひどい方法でな」

ミズカが後ろに立つ黒装束を肘で突くと、シグリエルは申し訳なさそうな顔で認めた。

「皆、この通りこいつもしばらく仲間に入ってくれると決まった。有難いことに、考えられるアディル達のルート上の宿や店にも、二人が現れたら連絡をくれと協力を募っている」
「おお。そりゃいい。あいつは不死者だが、生身のおっさんはどうしても休息が必要になるだろう。あんた早速役に立つな、ミズカ」

当主に褒められて不敵に頷いたが、彼が提案できるのはそれだけではない。
迅速に作戦を練り直し始めると、ミズカはこんなことを言い出した。

「赤夢湖だろ。俺は一度そこに行ったことがある。あんたらのこと送ってやろうか。一発だぜ」

軽い調子の一言に皆注目したが、若き魔術師フィトは大袈裟に反対した。

「馬鹿かっ? あぶねえだろうが、そんな魑魅魍魎とした地点にいきなり放り出されたら! 俺はこう見えて繊細に慎重に獲物に近づくんだ。あんた普段どんな戦闘してんだよ」
「そもそも罠の可能性もある。直接湖に近づくのは危険すぎる」

新参二人の意見に誰も反論しなかった。ミズカも「言ってみただけだろ」と平然としている。
するとゾルタンも銀色の顎髭に手をやり、考え始めた。

「だが、湖に通じる橋は軍が通行止めにしているんだ。どちらにせよ、この大所帯が侵入する方法を考えなければならんな」
「おいおい、そこを元軍人のお前の口利きで通らせてもらうのが正攻法なんじゃねえのかよ」
「あんたはほんと簡単に言うよな、ラノウ。まあ方法は考えてみるよ」

呆れた口調でゾルタンが当主に答えていると、シグリエルはミズカに目線をやった。

「……お前、どうしてそこに行ったんだ?」
「あれ? お前に話さなかったっけか。実はその通行止め俺のせいなんだよ。昔よ、赤夢湖の水を魔術師どもに売れねえかと思って、仲間と本格的な装置作って汲み上げ作業してたんだ。かの有名な呪いの湖のいわくつき水だ!って宣伝して。……結論から言うと、死人が出て止めちまったんだけどさ。俺も帰ってから謎の高熱と湿疹にしばらく悩まされて参ったわ」

あっけらかんと話す素材屋を皆が完全に引いたように見つめる。商魂逞しい人間だと知っていたシグリエルもさすがに頭を抱えた。
だがそこにサウレスの甲高い笑い声がこだまする。

「はっはっはっは! イカレてるな、お前。よく生きていたものだ」
「確かにな。腕がそんなイカツイもんになっても生きてるあんたも、相当やべえと思うがな」

二人は意外にも意気投合したようにくすくすと笑い合うが、他の皆はさらに白けていた。

「まあとにかく、湖には入るなよ。体によくない」
「誰が入るか!」

フィトが叫んで話を終わらせたあと、ようやく一行は真剣に物事に向き合い始めたのだった。





シグリエルの目的は、まずアディルを見つけて連れ戻すことだ。
弟が一人で父に近づいたとして、何も得策ではない。そんな風に考えたくはなかったが、アディルが父を倒す足掛かりとなるのなら、なおさら許すべきではないというのが皆の総意だった。

八人の男達は、三つのチームに分かれた。それぞれ異なる地点でアディルと剣士を待ち伏せしようという魂胆だ。

弟にそう教えていたため、シグリエルは霊気が淀む山には入らないと思っていたが、念のため地理に詳しいゾルタンとフィト、シスタを森林ルートに向かわせた。

残りの二つの道は魔術師ならではの観点から選んだもので、一方に当主とジャスパー、サウレスが向かい、別方向のルートはシグリエルとミズカが行くことになった。

「んで、どうする。ちんたら死霊に聞きながらっていう時間もないしな。……にしても、お前のことだからてっきりアディルに追跡魔法つけてるのかと思ってたぜ」
「つけていたさ。だが機能していない。きっとあの紋章のせいだ」

街の路地を歩く最中、黒装束の男に告げられたミズカは思考を巡らせる。悪魔に特攻をもつゲーナ族の力が弟を介し、兄であるシグリエルにまで抵抗作用をもつことは十分考えられた。

シグリエルは十字路に立ち止まり、死霊を集めて呪文を唱える。呼応するように自身の背後から湧き出てくる黒い影達とそれらは混ざり合い、より大きな煙となって空に舞い上がった。

黒い流星のごとく飛び立ち、四散していく。
これは規模の大きな追跡装置であり、即興で作ったものだ。

「相変わらず手際がいいな。今のはお前の分身のようなもんか?」
「そこまでの精度はないが……使役物の痕跡を集めようと働く。何もしないよりマシだろう」

次第に日が落ちる路地裏で、淡々と話す死霊術師の横顔をミズカは見る。

「こうしていると懐かしいな。ほんの四、五年前のことだが、新人のお前に最初の頃ついてやってたっけ」
「……ああ。お前から普通の、…と言っていいか分からんが仕事のやり方を学んだことは感謝している」

影のある紫色の瞳が真っ直ぐと見つめた。ミズカは照れからではなく吹き出した。

「やめろよ。お前からそんな言葉が出ると、俺はもうすぐ死ぬのかと思っちまう。朝俺を殺しかけたとは思えないぐらい殊勝じゃねえか、シグリエル」

本人は何の気無しに笑うものの、シグリエルは暗い顔で黙っていた。

「ばあか冗談だろ。言い返す気力もないほど落ち込んでるのかお前」

自身の悪いジョーク気質を若干後悔しながら、ミズカは息を吐いて腕を組む。

「俺はお前を誰よりも冷静な奴だと捉えてたからな。正直まだ頭が追いつかねえんだ」

ぽつりとこぼすと、シグリエルの顔に焦りが浮かんだ。
言葉を選び、これでも大事な友人だと思っているミズカに伝えようとする。

「俺が今も生きているのは、自分の師や、お前の存在のおかげだ。……だが、根幹にはいつも弟の存在があった。俺はアディルをどうにか生かしたくて、このまま親父のせいで人生を終わらせたくなくて、そのために……生きてきた」

拳を握り、絞り出すように吐露する。

「けど、一番は自分のためだ。アディルがいないと、俺は生に意味を持てない。そんな、弱い人間なんだ」

初めて見る姿に、柄にもなくミズカの心が震えた。
思わず手を伸ばし、肩を掴んで語りかける。

「お前は弱くねえよ。お前が今言ったことは、アディルの願いでもあるんだろ? 自分以外のやつの願いを叶えようとしてる奴が、弱いはずねえって」

断言するとシグリエルの瞳が揺れる。

「あいつの、願い……?」
「そうだよ。なんのためにお前の反対振り切って単独行動してるんだ。お前を何かから守るためだろ。まあ親父だろうが。急襲が得意みたいだからな、防ごうとしてるんだろ」
「……っだが、あいつにそんなことが……」
「とにかく弟が戻ったらちゃんと話し合え。お前らの息が合ってなきゃ、命かけるあいつらも割にあわねえからな」

友人の助言をよく考えたシグリエルは、やがてゆっくりと、噛みしめるように頷いた。





その夜、サウレスたちは宿屋にいた。ここはアディルらを先回りした道程の線上にある。
側近が見張りをする間、当主と魔術師は部屋で休んでいた。

「なあ、不死者ってどのぐらいの速度で移動出来るんだ?」
「休みなく走り続ければ数日で赤夢湖に着くぐらいだそうだ。だが人間が一緒なら、最低でも五日はかかる。……あの二人が仲違いせずまだ共にいればの話だけどな」

青いローブを椅子にかけたサウレスは、ベッドに腰掛けるラノウに告げた。

「あの剣士がアディルにまかれてたら、とっくに帰ってきてるだろうよ」
「分からないぞ。アディルが殺したかもしれない」
「あいつはそういう奴じゃねえよ。妙に正義感がある男だ」

どこに笑いどころがあるのか、表情を緩ませて煙草を取り出し、口に咥えた。サウレスは椅子を引き近くに座ると、火魔法でつけてやる。

「便利でいいな、魔法使いは」
「……お前、落ち着いているな。あいつのように取り乱さないのか」

サウレスは実際に見ていないが、アディルが死んだ時の当主の様子は酷かったという。ゆえに行方不明の今も相当気を揉むのかと想像していた。

「反抗心を喜ぶのは親心、ってな」

ラノウはまたふっと笑みを浮かべ、煙草をくゆらせていた。
そんな様子を見て気を揉むのはサウレスのほうだ。いつもはぐらかされているかのように、本心にたどり着けない感覚になる。

じりじりと、今日こそはそれを暴きたい気になっていた。

だが自由な当主は風呂を浴びるといい、湯上がりの姿で浴室から出てくる。
サウレスはその肉体を見つめた。年上の友人は自分と同じくらい背が高くガタイもいい。

肩ほどの茶髪を耳にかけ、壮年の男らしく顎髭も似合っていて、独特の色気と危うさが漂う。
それに異性も同性も惹きつけられるのだと理解していた。

「お前も入れよ」
「僕は深夜に入るからいい」
「ああそうかい。せっかく女の子でも呼ぼうかと思ったんだがな。こんな汚えとこに来るのはそれなりだろうが」

本気でそう話す男に呆れたサウレスは「そんな気分じゃない」と一言返した。

白髪の魔術師は背もたれに深く体を預け、軽い雰囲気で問いかける。

「ラノウ。お前は後悔していないのか。僕にだけ正直に言えよ」
「いいや? まったく。俺は後悔するようなことにはそもそも首を突っ込まねえ。知ってるだろ」

何についての話なのかすぐに通じたようだが、分かり切った答えにサウレスの心は踊らなかった。

「それじゃ、怖くないのか。お前は強いが、今回の相手は今までのような輩とは違う」
「怖い、か。はは。二十年近く前だが、俺は眼の前で親父が殺されたんだ。そのとき思ったよ。ああ、俺はロクな死に方しないとな」

ラノウは煙草を灰皿に押し付け、まっすぐサウレスを見た。

「なあ、サウレス。俺ら親に狂わされた奴らが集まってるよな。生まれだけは選べないからな。自分で変えれるやつなんて奇跡みたいなもんだ。……だから俺は俺のとこに集まった奴らの人生を変えてやりたいんだ。方向性は置いといてな。俺はこういうやり方しか知らねえからよ」

そう告げると相手は黙り、ラノウはおもむろに立ち上がる。

「今度は俺がカウンセリングする番か?」

静かな魔術師に近づき、背を屈めて表情を探った。
しかしサウレスはやけに冷めた、落ち着いた顔つきのままだ。

「家族は…どうする」

尋ねるとラノウの瞳の色は初めて変化する。サウレスはそれを見逃さず、言葉を続けた。

「ラノウ。僕はお前の妻を裏でたぶらかしていた。何度も抱いてしまったよ」

そろそろ言うべきかもな、ぐらいの気持ちで不倫を明かす。しかしサウレスにとっては何故か、予定していた愉快な気分ではなかった。

「はっはっはっ!」

部屋の重い空気を突き破るように、当主の声が響き、サウレスは愕然となった。

「お前、気に病んでたのか? 俺が気づいてないとでも思ったか。くくっ……」
「笑うな。ならなぜ問いたださなかった。愛しているんだろう? イグノヴァを。……お前なりに」
「まあな。お前だから好きにやらせてるだけさ。他の男だったらもう死んでるだろうよ」

そう話し、思い出したように小刻みに笑う。

「なぜ僕だからなんだ?」
「なんでだろうな……」

褐色の瞳とじっと視線が合い、間が耐えられなく感じたサウレスは、初めて逸らしたくなった。

だがふと後頭部を引き寄せられる。思わず触れ合いそうな距離に息を呑んだ。
するとラノウはあることを告白した。

「二人、いるだろ。カイとキア。俺の子供じゃないんだ」
「……え?」
「ガキの頃の病気でな、俺子供作れねえんだよ」

その晴天の霹靂ともいえる告白は、親と妻しか知らないことだと伝えられた。

それからラノウに説明される。イグノヴァはそれを了承し婚姻を結んだ。跡取りのために。
二人には営みもあり妻子への愛情は本物だという。だがお互い縛られず好きにしているのだ。子を大事にすることを約束して。

「どうして僕にそんな事を教えた」
「お前も秘密を教えてくれただろ? 俺に」

微かに笑む男に、不甲斐なくゾクリとする。

「黙るんじゃねえよ。別に大したことじゃねえ。中出しし放題だぞ」
「そうだな……」

しかし心に落ちたものを払拭できず、サウレスはこうも尋ねた。

「だからお前は、狂ったように女を抱いてるのか? 僕は何も知らず、呑気に付き合っていたが…」
「はっはっは! それは俺の単なる嗜好だ。心外だぜサウレス、あんなに一緒にやりまくったのに、お前案外俺のことが分かってねえんだな」
「お前も僕のことなど分かっていないだろう」
「ああ? なんだよ、教えろよ」

じろりと睨み返す仕草がふざけているように映ったようで、当主は半笑いを崩さない。

「分かってるぜ。普段は大人なお前が、俺の気を引きたくて女を寝取ってるんだってことぐらいはな」

頭を引き寄せ、白髪をくしゃくしゃと触った。そうされたサウレスは屈辱をしまい口を開く。

「離せ。髪型が乱れる」
「ほんっとにお前は外見を気にするやつだな。……なあ、望みはなんだよ、言ってみろサウレス」
「僕らは対等な友人同士だ。何も請い合ったりしない。そうだろう?」
「そうだが俺は与えるのが好きなんだ。お前が喜ぶものをやりたくなってきたよ、段々」

顎をさすり、ベッド上にあぐらをかいたラノウが見定める。そんな眼差しを受け、サウレスも腕を組んで考えた。

ああは言ったが嬉しくない事もない。今はもう、この男の何かをもぎとりたい気分になっていた。

「なら心に留めておこう。お前が相手のせっかくの機会だ。焦ってはもったいない」
「いいけどよ。なんで不倫された俺があげるんだろうな? 考えてみたら」

当主はまだ笑いをこらえるようにこぼしていた。



それから他愛もない話をし、二人は意外にも寂れた宿で心地よい時間を楽しんだ。
やがてサウレスは見張りの交代の時間だと部屋を出ていく。

普段ならこんなことはしないが、魔術師ではない当主を守る為ならやむを得ない。

きしむ階段を下りて誰もいない受付を抜け、玄関口へ向かうと、スーツ姿の眼鏡の男、ジャスパーが黒い魔法鳥を片手に浮かばせていた。

「サウレスさん、今シグリエルさんから報告が。アディルの痕跡が辿れたようです。こちらの方面に向かっていると」
「そうか。いい知らせだ。では僕も少し動くとするか。お前はラノウといてくれ」
「はい」

側近と別れた後、魔術師は青ローブをはためかせて飛び立ち、宿の屋根の上でまだ暗い空を確認する。
そのまま術式を唱えた。

「死霊術は好きじゃないが、仕方がない。不死者を捕らえるためだ」

呟くとその場から忽然と、魔術師の姿はなくなった。



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