I'm so happy | ナノ


▼ 20 サバイバル開始

「まず簡単に地形を説明しよう。俺達がいる地点はここだ。島の南東沿岸部で、中央の森へは徒歩二十分。さらに歩くと川があり飲水も確保できるーー」

クレッドが砂浜に小枝で図を書き、俺達は聞き入る。幹部クラスは当然この島の地形が頭に入ってるようで、無駄な探索をせずに済み助かる。

騎士団と魔術師混合チームは全部で十組に上り、基本的に孤立するようにこの広い島内で別々の場所に降り立った。

「どうします団長、今日はもう午後なのでひとまず海岸沿いで洞窟を探しますか」
「そうしよう。天候変化の兆しがあれば明日以降場所を移動する。隊員は七名で寝床は多少ばらける事になるだろうが、合宿規定により長時間の別行動は禁止だ。その点は皆注意してくれ」
「はっ」

ジャレッドと騎士らが礼儀正しく返事する中、俺も後ろでそれに混ざる。ああよかった、なんかもう勝手に始めてくれてるし、この分なら余計に頑張らなくても良さそうだ。

「じゃあ地形は騎士の皆さんのほうが頼りになりそうなんで、拠点は任せようかな。俺は火起こしするわ。炊事も任せてくれ」
「セラウェ。俺等は一秒で火つけれるじゃねえかよ、楽しようとしてんな」
「う、うっせぇな、それ以外にもやるわ。そうだ、野草とかキノコ系なら俺詳しいよ。たくさん採ってきてやるよ、一緒に来いルカ」

難癖をつけてきた悪友を巻きこみ主張する。すると弟が心配げに見てきた。

「兄貴、キノコは危ないかもしれない。普通は避けるものだ。それ以外でも大丈夫だぞ」
「はは、怖いのか? 分かるよ、むやみに素人が手だしたら死ぬからな。まぁ心配すんな、昔森にこもって何百種類も調べさせられたことあるんだ。あ、ジャレッド。そういやお前は魚獲るの得意だよな? 人数分頼むわ」
「もちろんです。任せてくださいセラウェさん!」

元気に胸に手を当てて返答する騎士。よしこれで今日の分の衣食住は確保出来そうだ。
実は服装も、俺達はすでに騎士団から支給されたサバイバル用の作業服を着込んでいる。長袖シャツに身軽だが防寒対策もしてある上着と厚手の幅広ズボンである。

この中でひょろっとしている俺だけ全然似合っていないが、クレッドなんかはいつもの禁欲的な制服と雰囲気が異なり野性味があって格好いい。

しかし今は普通に弟と会話を交わしたものの、俺は喧嘩のこともあり内心緊張していた。

その後役割分担し、弟と騎士達は岩場の洞窟を探しに行った。ジャレッドは漁担当になり、俺とルカは森に向かう。
季節は秋を過ぎているが、この島は日差しが暑いぐらいで夜のみ涼しくなる。広い森の中を注意しながら食料を探した。

「なあセラウェ。お前弟と喧嘩してんじゃねーの? 普通に喋ってたなさっき」
「まあな。仕事に私情を持ち込んだら駄目だろ。俺でもそんぐらいの分別あるわ」
「……仕事ねえ」

奴は疑いの目つきで地面にしゃがみ、野草を採取している。

「なんだよ。お前マジでうっさいな、ずっと俺らのことに突っかかってきやがって。あ、わかった。お前こそ俺の弟があんなに出世して立派になっちまったから、イライラしてんだろ。昔はただのチビなガキだったもんな」

嘲りながら挑発する。とはいえクレッドはすでにこいつが会っただろう十三の少年時代から、かなり形としては凛々しい男に成長してきた感覚があったが。

その時十七だったこいつは今よりオラオラしてて割と血気盛んではあったから、絶対弟のギャップに驚いたはずだ。

しかしいつもは飄々と流すルカが、俺に強い目力を向ける。

「あいつが? 何も変わってねえだろ。あの時のまんま、正義漢ぶったムカつく面だよ。だからイラッとくんだろうが」
「……なんだとてめえ」

友とは言え他人に弟の悪口を言われれば俺こそ怒髪天を突かれる。手を止めて奴の手を怒りのままに掴んだ。

「いい加減にしろよ。何がそんなに気に食わないんだ。イラッとくるっつうくだらない理由だけであいつに絡むな」

俺は本気で怒っていた。これ以上俺達兄弟の仲をこじらせないように。線引をしろとこいつに示すために。

「血、出てるぞ。セラウェ」
「……あ?」

奴はこの前久しぶりに会った時のような、儚げな眼差しで俺の手を見てそっと握り返した。そして草で切ったのか、指先から滲んだ俺の血をぺろりと舐めとった。

その光景を前に俺は寒気とかもだが驚きにより固まる。

「な、舐めんじゃねえ! きもいな!」
「きもいはねえだろ友人に。毒だったらどうする、毒抜きしてやんねえと。お前ドジだから」

にやりと笑って何も気にしてないふうに俺の手を優しく叩いた。
意味不明すぎる。だがこいつは昔からこういう奴だった。なぜか仲間うちでも俺にだけスキンシップが多く、時々距離感がおかしいのだ。

毒だったらお前もやべえだろと思いつつ、この事にもう突っ込みたくないと考え俺は怒っていたのも忘れた。

「……とにかく、あいつじゃなくて俺に当たれ。俺に絡め。それはもう許してやるから。十六年の付き合いだ」
「くくっ。……ありがとよ。じゃあ遠慮なくお前に絡むわ」

奴は隣にしゃがむ俺の肩を引き寄せもたれかかる。振り解くのも疲れた俺はため息を吐いて好きにさせていた。





帰ってきたら、もう寝床が準備されていて感謝する。岩場から程よい距離に生簀のごとく捕まえた生魚が泳いでおり、俺達が予め用意した焚き火ですぐに食事の準備もできた。

クレッドと若い騎士らが話しながらナイフや剣の手入れをしている間、ルカは岩場に座り隠し持っていた煙草を吸っていた。
俺は皆を横目で見ながら、いそいそと炊事を行う。この騎士と。

「生はやべえから全部火通そうぜ。にしてもお前、すげえな。こんなに魚獲って。漁師になれんじゃねえか?」
「なりませんよ、これ趣味なんで。というかセラウェさん、俺らが仲良く料理してても団長何も言いませんね。どんな心境の変化ですか。もしかして俺認められた?」

隣で包丁の似合うジャレッドがこっそりと尋ねてくるが、俺はとくに何も答えず手を動かす。

「さあなぁ。そうじゃねえの」
「え、全然心がこもってないな。試しにこうしてみますか。はい、味見です。あーんして、セラウェさん」

トチ狂った金髪の騎士が料理を一口俺に向けてくる。しかも手掴みだ。俺はそれを手で受け取って食べ、「うめっ」と言った。
ジャレッドは残念な顔をしたがそのまま団長の様子を確かめる。

「あの人すげえ俺のこと見てます。よかった、認識されてるんだ一応」
「おいお前暇なのか? 早く手動かせよ」

呆れて俺がクレッドを見ると、目が合う。奴はまた複雑な顔をしながらも俺には小さく微笑んだ。俺は動揺して緩みそうになる頬を引き締め、なぜか深く頷く。

そしてまたそれぞれの持ち場に戻った。チーム分けの時あいつと後で話そうと約束したのに、中々時間が取れない。この大所帯だと難しそうだと密かに落ち込んだ。

「お前ら、魚焼けたぞ。もう食おうぜ、腹減っちまった」
「そうだな。じゃあいただきます!」

焚き火で焼いた魚をルカが皆に分け、俺達は夕暮れの中晩飯にした。水もクレッドたちが運んできてくれたため、思ったよりも全て順調に進んでいる。

「すごく美味しかったです、兄上様、ヘイズさん!」
「おお、そりゃよかった。君達は一番若いんだからたくさん食え。ほら焼きキノコもあるぞ。確実に食べれるやつだから安心しろ」
「「ありがとうございます!」」

夜なのに活力みなぎる騎士を満腹にさせ、俺もジャレッドも満足だった。いつもは隣にいるはずの弟が離れた正面に座ってるのは違和感があったが、同じチームで過ごせることだけでも感謝しないとな。きっとこいつ、俺のこと考えてここに来てくれたんだし。

「じゃあ、そろそろ寝床決めるか。さっき見てきたけど俺とこいつは一番左でよろしく」

食べ終わると、俺の肩を叩き真っ先に口を開いたのはルカだった。今日は大人しいと思ってたらまたこいつの自己中が出たようだ。

「しかし、そこは一番広く過ごしやすい洞穴です。アーゲンさん、私達は団長と兄上様にと思っていたのですが…」

若く優しそうな騎士が親切に申し出てくれて焦る。

「いやいや、そんな悪いから。ここは最も体力使ってくれた騎士の皆に譲るよ。広いなら身体がでかい奴優先でいいんじゃないか? そうなるとクレッドとジャレッドか」
「えっ? ちょ、なんで俺と団長二人なんですか。怖いでしょ。俺はセラウェさんと一緒がいいな。どうです団長」

なりを潜めていた騎士が急に好戦的な目つきで見やる。クレッドは冷めた瞳でこう返した。

「俺は兄貴とこの二人の騎士を推す。隣の洞穴は俺と彼だ、そして最後はジャレッドとお前。どうだそれで」

そこだけは有無を言わせない気迫を出し命じた団長だったが、ルカは当然納得しなかった。

「おい勝手に決めてんじゃねえよ。なんで俺がよく知らねえ騎士と寝なきゃいけねえわけ?」
「そうですよ、俺もせめて団長以外の騎士にしてください」

屈強な男達の口論が始まった。サバイバル初めての衝突がこんなくだらない論題によるとは。

「あーもう分かったよ。じゃあリーダーの俺が決めるわ。今日は俺とルカが左をもらう。明日からはそれぞれ違う奴と組んで、場所も入れ替えにしよう。懇親会が目的だからな。今日はこいつがうるせえから聞いてやってくれ」

俺が提案すると皆ひとまず納得してくれた。クレッドは明らかに不満気だったが仕方ない。ルカを見張り、また説教してやらなければ。そう奴の弟分である俺にはやや困難な問題を抱え、その夜は早めに解散に至った。

皆で片付けが終わり、俺は隙を見計らい弟に近づいた。
奴はびっくりした顔で、しかしまっすぐと俺に振り向く。

「あ、兄貴。大丈夫か?」
「ああ。ごめんな、今日時間なくて。明日でもいいか?」

若干の気まずさと気恥ずかしさはあったが、なるべく優しい感じで言った。もっと優しいのは弟で、柔らかい笑みを浮かべ頷く。

「全然大丈夫だよ。兄貴と少しでも話せてよかった、今日。……あの、……いや、明日にしよう。きちんと時間を取るから」

久しぶりに奴の言葉が耳に馴染み、じーんとくる。俺は本当に馬鹿だ。勝手にこんな長い間奴を無視したりして。

「ありがとな、あとごめんな。……お前、髪切ったんだな。似合ってるよ。すげえ」
「えっ」

驚きとともに照れていく弟の顔が見えたが、俺は秒で「じゃっ、おやすみ」と言い残し素早くその場を去った。

色々考えながら砂浜を少し歩いた後、裏手の岩場にある洞窟へとたどり着く。
内部は立って進める高さではないが、数人が寝れるほど十分な広さがあり、外の様子も分かるため良い場所だと思った。

最低限の寝心地を確保するために草葉も敷き詰められており、俺はそこへ寝っ転がって上着をかけた。これまでさらにきつい野宿は何度もしたことがあるが、最小限のものしか持ち込めないのはしんどい。

「特にまくらとか。……本でいっか」

俺も隠し持っていた本を頭の下に敷いた。するとちょうど入り口からルカが入ってくる。

「よおルカ。お前どこ行ってたんだよ」
「波の音を聞きにな」
「うそくせえ。どうせ煙草だろ」

昔はこいつとも野営をしたし、あの頃は今より何も持ってなかった魔術師見習いの少年だったが、結構楽しかったな。

「よっ、と。うわ、固えな、なんだこの地面」
「文句言うなよ。早く寝ろ」
「……お前なんで本まくらにしてんの? ほら、これを使えよ」

そう言って隣に寝転んだルカが長い腕を差し出してくる。こいつはバカなのか?十数年前と同じノリで、見た目はわりと顔もスタイルもいい青年だというのに、何も変わっていない。

「はあ。どっちがガキなんだか。……わかった、お前俺のことも子供扱いしてんだろ? よく見ろよ、もう30のおっさんだ」

自分で言うと少しずきりとくる。いや、まだお兄さんでいけるよな。

「お前は可愛い顔してんだろ、昔から。自信もてよセラウェ」
「ありがとよ。じゃあおやすみ。明日起こせよ、たぶん俺起きねえから」

奴に顔を向けたまま目を閉じると、「またその台詞かよ。やっぱ変わんねえな」と煩わしく笑う台詞が聞こえてきた。

そうして俺は、疲れがたまっていていつの間にか眠ってしまう。だがルカは、次の日俺を起こさなかった。



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