I'm so happy | ナノ


▼ 21 ほんとは同じ

目覚めると、隣には誰もいなかった。洞穴の入り口から眩しい光が差し込んでいて、俺は起き上がり向かう。
遠くの海岸には走り込みや朝の鍛錬をしている騎士達が見えた。その中にクレッドもおり俺は彼らに近づいた。

「ーー兄貴、おはよう。もう起きたのか、早いな」
「おう、お前らこそ。……ルカ知らないか?」

周囲を見渡して尋ねると、弟は一瞬怪訝な顔をする。

「いや。いないのか」
「ああ。起きたらいなくなってたわ。どこ行ったんだ」

散歩でもしてるのかと思ったが単独行動は禁止だ。やむを得ない場合も必ず誰かに声をかけてから行く。俺が訝しむと弟はさらに眉を寄せた。

「俺達は交代で見張りをしていた。兄貴のいる洞窟からは誰も出てこなかったぞ」
「まじかよ」

あいつ何してんだ?と頭が痛む。わざわざ転移魔法を使い拠点から消えたとは。まるで気配に気づかなかった自分が情けない。

「帰ってこなかったら探しに行くわ。あの野郎……」

呟きに若干の焦りが滲むと、クレッドも思うところがある様子で顔をしかめる。

それから軽く朝食を取り、やはり時間が経っても戻ってこない同僚にしびれを切らす。焚き火の周りに皆が集まっているところ、俺は出発の準備をした。

「ちょっと見に行ってくるわ。いつもは何も言わないでどっか行くやつじゃないんだが。悪いな、俺の注意不足で」
「いや……兄貴、俺も行こう。奴はきっと森に向かったはずだ。海岸沿いは他の隊に姿を見られる。宿へは戻れないし、俺達が昨日降り立ったのは森の中だった。探索をしたのもだ。どちらかへ一度転移したんだろう」

クレッドの推察は正しいと思った。迷惑をかけて申し訳ない気持ちだったが、責任感の強い若い騎士達も同行すると言ってくれる。

「お前達はここに残り、ジャレッドに従ってくれ。奴は俺が連れ帰る」

しかし弟ははっきりと命じ、名指しされた騎士も「分かりました」と頷き、やけに真面目な態度で団長と視線を交わした。
なんだか大事になってるような気もするが、早く見つければ大丈夫だろう。一応同じチームだし。

心を落ち着かせて俺はクレッドと共に早々出発した。



こんな風に二人きりになるとは。余計な心配事がついたため望んだ形ではないが、俺はやや緊張していた。

同じ軽装服を着て、弟は腰にナイフと長剣も携えている。森の奥に行くほど蒸し暑くなってきて、警戒するクレッドが足跡や草むらの形状に気を払いながら前を進むのを、俺も汗を拭って慎重に追った。

「昨日、大丈夫だったか。何かあったのか?」

静かに尋ねられ、俺はドキリとする。当然の問いだろうが、とくに何もないと思ってたため正直に答えた。

「まあ大人しくしろとは言ったけど……いつものやり取りだ」

だから急に突飛な行動に出るのもおかしいんだよな。誰かが探しに行くのは分かっていたはずなのに。
まさか単にバックレただけなのだろうか。いや、そこまで無責任な奴じゃない。

「……あっ、いてっ」

もう運動不足が祟ったのか、俺は足首をひねった。ふらついて近くの樹木に寄りかかろうとする。
するとクレッドがすぐに来て、しゃがんで俺の足を確かめた。

「兄貴、無理するな。少し休もう」
「お、おう。わりぃ」

ちょっと歩いただけでこのザマだ。きっと呆れただろうと恥ずかしくなる。
俺は奴に肩を支えられ、近くの倒木を背に腰を下ろした。

自分で回復魔法を当てたが、二人でしばらく休憩をする。弟は水筒の水を俺に飲ませてくれた。
途端に静かな雰囲気に現実に戻され、何を言おうか迷う。

ちょうど昨日、ルカと野草探し中にあいつに指を舐められたことを思い出した。こいつには話せるわけないが、なんとなくダチ同士のことだし、やましい気持ちなど皆無だから俺は問題ないと考えていた。

「あのさ……あいつ、ただの友達だからさ。俺が好きなのはお前だけだから。それだけはでかい声で言いたい」

下を向いて顔が熱くなりながら伝える。本当は少しやましかったのか、俺はクレッドにそう言明したかった。

すると、隣から手が伸びてきた。野外にずっといるからか、いつもよりごつごつした大きな手に感じる。それが頬を優しく撫でてきて、奴の顔が近づく。

横顔にそっとキスをされて、俺は振り返れなくなった。

「おい、外だぞ。騎士とかに見られたら……いや、魔術師が見張ってるかも、エブラルとか……」
「だから頬にしたんだ。他の奴の気配はないけどな。エブラルは分からないが、あいつには見られてもいい」

久しぶりに弟の開き直りが聞けて、呆れつつもくすっと吹きそうになった。横を見ると、クレッドが切なげな蒼い瞳で俺を見つめている。

「兄貴を抱きしめたい。もうずっとそんなことしてない」
「……わ、悪かったって。あと何日か我慢しろよ」

完全に向き直り、あぐらをかいたまま奴の短くなった金髪に手を触れる。髪を整えると奴は安心したように笑った。

この笑みの前では俺のほうこそ抱擁したくなる。だが、弟は何かを思い出したかのように、表情を段々険しくした。

「こんな事言いたくなかったんだが……」
「え? なんだよ?」
「あいつ、兄貴のことが好きなんだよ」

クレッドは突然ぶっきらぼうにそう言い放った。
俺はわけが分からなくなり、本気で顔を歪ませる。

「何言ってんだよ。まあ好かれてんのはそうだけどさ、お前が考えてるような意味じゃーー」
「俺が考えてる通りだ。感じるんだよ、そう」

断言してきて混乱に陥る。確かにあいつは行動がおかしいときがあるが、もう長年の付き合いなのだ。当然弟も知らない期間だし、俺達はそういう関係ではない。
あいつ知ってるだけでも女も何人かいたし。

そう主張したが、クレッドは納得しなかった。奴には昔からその感覚があったらしい。

「あの時から変わってない。目つきとか態度とか……俺には分かる。兄貴には悪いけど……俺はそういう意味では、絶対にあいつに渡したくない」

舌打ちしそうな勢いで渋い顔つきを見せられた。
だからこいつはずっと警戒してたのか。俺はルカのからかいは昔からのことだから、本気で心に留めたことなどなかった。

でもこうして弟の考えを打ち明けられれば、俺も適当にはぐらかすわけにはいかない。

「ええと……そうなのかよ。分からんけど……で、でもな。万が一そうでも俺はダチとしてしか見てないから。大丈夫だよ。な」

どう言えばいいか分からず肩を叩く。しかし弟の眼差しに捕らえられ、動きが止まる。今までの歴史からして信じられてないのは分かる。

「……ごめんな、兄貴。俺も兄貴の交友関係に口を出す気はなかったんだ。あいつはナザレスやその他のやつらとは違う。兄貴の大事な友人だってことは分かっている。けど……」

奴の葛藤が伝わる。俺のことをそんな風に純粋に真剣に考えてくれて、胸が苦しい気持ちとすまない思いが募ってくる。

「いや、俺のほうこそ悪かった。全然、気づいてなくて、俺。お前にひどかったな。……ここ最近のことも、本当にすまん」

自分が起こした一方的な喧嘩について頭を下げた。
たがクレッドは首を振る。

「兄貴がどうして怒ったのか考えていたんだ。……あの時、言ってただろう? 引き止めろって。……俺が引き止めていいのか、分からなかった、ずっと、前から」

途切れ途切れに話す弟に引き込まれる。

「すごく、子供っぽいことを言うとな。俺は兄貴がそばにいてくれることが嬉しくて、一緒に仕事をできることも嬉しかった。もちろん、同じぐらい心配も尽きないんだが……それは自分の性分のせいだから仕方ない。……でも、俺の正直な気持ちとしては、兄貴には、自分の好きなことをしてほしい。それをずっと支えたいと思ったのは本当なんだ。一番良いのは、近くで見守れることだけど……これは俺のただの思いだから」

隣でその言葉を聞いていた俺は、心の中から湧き上がるものに突き動かされる。

「じゃあ俺、今のままがいいわ。俺も正直に話すな。仕事中にお前に会えるのほんとはすげえ嬉しくて楽しみにしてる。幼稚な兄貴ですまん。少なくともクビになるまでは教会にいたいわ。ぶっちゃけお前に会えるからな。そのためなら仕事も頑張れるわ」

俺は弟の立派な表明よりもかなりくだけた心の声をぶちまけてしまった。かなり小っ恥ずかしい。けどこれも俺の本音なのだ。

「…………兄貴……」

瞳を揺らすクレッドに、腕を伸ばされ抱きしめられた。
急に温もりが全身を包み、久々に心と体が満たされていく。奴の背に手を回し、俺もきつく抱きしめ返した。

「じゃあ、同じってことでいいよな…? あ、そういえばさ……」
「ん?」

嬉しさが広がる弟の顔と目が合う。俺はあることをちょうど思い出していた。

「お前、小さい頃俺と騎士になりたかったって言ってただろ。形は違うけど、今一緒に働けてるよな。ある意味すごいことだよな」

呑気にもらしたわけではない。こいつは本当は俺が騎士になることを昔は望んでいたらしいから、残酷な台詞ではあると思うが。

けれどクレッドは素直な雰囲気で笑った。頷いて同意してくる。

「そうだな。じゃあ俺の願いは叶ってるんだな、一応。まあ、無理やり叶えたみたいなもんか」

自虐的に言い、俺達は笑い合った。確かに弟の強い思いでここまで来れたが、俺までそれを強く願うようになったのは自分でも驚きだ。

きっと俺は弟としてのクレッドも、騎士としてのクレッドも好きで、そばで見ていたいのだろう。そこには兄として、愛する相手としての気持ちも混在する。

「……俺ももっと頑張らないとなぁ、負けないように」
「兄貴は頑張ってるよ。最近はとくに」
「あ、はは。そうか?」

とぼけながら頭を掻く。頑張ってる理由はまだこいつには言ってないのだ。

「よし。じゃあ俺達は仲直り出来たし、仕事に戻るか。あいつマジ何やってんだよ。ったく」

俺は照れ隠しをして立ち上がり、クレッドに手を伸ばして引っ張り起こした。
そうして森の中をまた行く。俺と弟の気持ちが再び強く繋がったことに喜びを感じながら。



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