I'm so happy | ナノ


▼ 18 やっぱり始まった

陰惨な事件のあと、俺は気が滅入っていた。
黒幕が死神だったことは司祭に報告済だが、奴の行方は分からない。今日もどこかで魂を喰らっているのだとしたら、自分が何も出来なかったことが悔やまれ、苦しみに苛まれる。

唯一希望と言えるのは、騎士は停職処分とされたが除名は免れたこと、そして少年アイルは更生施設へ送られ、出所後は孤児院の支援に関われるだろうということ。
教会も今後この犯罪組織については全国と連携をして調査を続けると決めたようだった。

「…………はあ」

最近止まらないため息が、騎士団本部にある食堂でまた出た。向かいの席に座る剣士ユーリも浮かない顔で食事をしており、隣からは悪友のルカがじろっと視線を投げる。

「おい。どんよりした奴が二人に増えてるんだがな。嫌な空気出しやがって。飯がまずくなるだろ」
「……っせーな……しょうがねえだろ……疲れてるんだよ最近の任務で……なあユーリ」
「ああ……。なぜ君は……俺を完全無視なんだ……孤独がつらい……カド二アーゼッ」

一人だけ違うことを引きずる半ばサイコパスの剣士を呆れた風に見て俺はまた息を吐く。分かっているのだ。いくら考えても答えは出ないと。

「兄貴」
「え?」

しかし弟の澄んだ美声だけは聞き取れ、突然遠くに現れた制服姿の騎士に顔を向けた。

「ちっ。なんだよまたあいつ来やがったのか」

本気で煩わしそうなルカに対し、現金な俺の表情は一気に明るくなる。食堂の白く活気づいた雰囲気に今気づくと同時に、道を通るクレッドの眩しさに見とれた。

「ごめん。邪魔したか?」
「何言ってんだよ、座れってほら。今休憩か」
「ああ。……いいのか?」

尋ねるクレッドにユーリが隣の席を引き、もう調子を戻して「もちろんさ、団長」と微笑んだ。
妙な取り合わせの四人が集まり、なんとなく隣から重い空気が漂うのを感じる。
しかし弟は机に手を出して座り、くつろいだ様子だった。

「お前さ、兄貴と友人に気を使うとかないわけ?」
「だから今いいかと聞いただろう」
「俺に聞けよ」
「いやだ」

はっきりそう答えた弟につい吹き出すと、ユーリも可笑しかったらしい。

「はは! 団長。君は騎士団ではとても威厳と貫禄があるのに、セラウェと一緒の時は弟っぽいな」
「なんだ弟っぽいって。俺は騎士の前にただの兄貴の弟なんだよ」
「確かにそうだな。俺には新鮮なんだ、弟というと邪悪なイメージがつい湧いてしまって。でも君は正反対みたいでなんだか和むよ」

師匠へのトラウマを話す剣士に相槌を打ちつつ、やり取りを見ているだけで俺は嬉しくなってくる。ルカといると、クレッドはいつも避けて離れる傾向があったからだ。

「んで? なんの用だよ。忙しい団長様が」
「おい別に用なくてもいいだろ。俺に話しかけてくれたんだから」

ルカに白けられるがクレッドは苦笑した。

「実はちょっと用はあるんだ。兄貴達は聞いてないか? 今度の合宿の話。騎士と魔術師らが合同で集まることに決まってな」
「…………はっ?」

愛しの弟ではあるが完全に冷めたリアクションになる。
俺の大嫌いな体育会系の合宿という言葉に、なにやら強制っぽい言い草と騎士と一緒という恐怖の事実。

「う、うそだろ、まじ嫌なんだけど。お前の権限でどうにかならないか? あ、そうだ! ただの旅行でいいじゃん! そうしよう! なぁ!」
「落ち着け兄貴。俺も魔術師と合同という点についてはあまり乗り気ではないんだが、司教と司祭が主催なんだ。騎士団も従う義務がある」

そこだけ厳しいモードで言われても。まさか酷い業務連絡だとは思わず俺は閉口した。

「めんっどくせえ。俺らはパスしようぜ、なあセラウェ」
「……出来ねえんだよ。任務みたいなもんだ。諦めろ」
「はあ? お前すぐ諦めんなよ。ったく、長いものに巻かれやがって」

奴の指摘に舌打ちすると、剣士は一人だけ爽やかに腕を組む。
 
「楽しそうじゃないか。合宿ってことは、各自入り乱れて競い合ったりするんだろう? 俺はどっちに入ればいいんだろうか」
「お前は教会側だ、ユーリ。だが寝泊まりは皆自由だ。訓練以外の行動も」

弟が俺を見て微笑む。一瞬ぱっと喜びそうになったが、ルカに気づかれることを恐れ普通の反応を作ろうとした。

「ほお~。じゃあ一緒に寝ようぜセラウェ。学生時代思い出すな。ちょうどいい機会だ、俺もお前を特訓してやるよ」
「結構だわ! 俺等もう専門違えだろ、つうかべたべたしてくんじゃねえっ」

また肩を抱いてきた奴をいつものノリで押し返した。
すると弟の視線を感じた。金髪がまばゆい美しいお顔がじっと見ている。いや友達同士喋ってただけだからね今の。と弁解したくなる。

「なんだよ? その目は。俺とダチが仲良いのが気に食わねえか? いい年してお前いくつだ?」
「27だが。お前もいい年して嫌がる友人にひっつくなよ。口は活発なのに目は悪いのか?」

あっ。やば。
互いにキレ始めた目つきと空気に俺は目が覚めた。
すると実年齢は一番若いユーリが年長者らしく仲裁する。

「はいはい。怖い雰囲気出しちゃだめだよ。二人がセラウェを好きなのは分かったから、落ち着きなさい。二人とも強いんだから」
「お~。あんたうまいね。保母さんみたいだねまるで」
「はは、そうか? どちらかというと保父さんだけどな。すると彼らは園児ということになるけど。さすがセラウェ、何気にディスるなぁ」

若者の俺の口真似をする剣士が調子づく。
恐る恐る男達を見ると奴らは今度は俺をじとっと見据えていた。

「兄貴。ひどいぞ。誰が園児だ」
「いやそんなこと言ってねえって!」
「ユーリ。そういえばお前にもうひとつ用があったんだ。もうすぐ訓練が始まる。今日もグレモリーだ」
「えええ! どうしてだよ、この前やっただろう! 彼は苦手だよ、問答無用で俺の腰を持ち上げて投げたんだぞ!」

団長の一声で剣士はぐちぐち言いながらも腰を上げる。結局奴はそのまま真面目に訓練へと向かっていった。

そして三人になる。どうしよう。俺だけじゃこいつら扱えねえよ。まぁクレッドが変に遠慮する空気が、珍しく今は消えてるのは逆によかったのかもしれないが。

「お前……どういうつもりなんだ?」

安心していると向かいのクレッドから低い地声が聞こえてきた。正面にいるため奴が急に醸し出す殺気にびびる。

「なにが? はっきり言えよ」
「とぼけるな。貴様がただの兄貴の友人のつもりなら、俺は何も言う事はない。だがーー」
「だが何だよ。俺がどういうつもりでもお前に関係ねえだろ? なあ、セラウェ」

またいつものニヤつきで隣の俺に流し目を向ける。
は? なにが?
俺は素で奴を見返した。
こいつらの会話がよく分からなかったが、弟がルカを敵視してることはかなり感知していた。

「おいクレッド。こいつただのムカつく野郎だからさ。相手にすんなよ。ロイザみたいに好戦的でもないし、師匠みたいに頭のネジが外れてもいない。ただのいけ好かない魔術師だって」
「そんな言い方ねえだろ。昔からの魔術仲間を」

ルカは何が楽しいのか、機嫌良さそうに返事してくる。だが弟はそんな俺達を静かに苛立った様子で見ていた。

「結局な、俺はこいつとまたつるみたいだけなんだよ。こんな教会辞めて、早く一緒に来いよセラウェ」

クレッドの前で俺をガキ扱いし頭のてっぺんを撫でてきたので、俺はブチギレた。

「やめろ! つうかまたその話か、行かねえっつってんだろうが!」
「……兄貴、教会辞めるのか?」
「いや辞めねえって! こいつのただの戯言だよ!」

焦って弁解をするが、弟は真に受けたように衝撃を顔に浮かべていた。

「そんなことねえだろう? お前いつも愚痴ってばっかじゃねえかよ。任務がつらいだの扱いがおかしいだの。弟の前でもぶちまけろよ。こんなくだらねえ仕事いつまでもやってられないってな。……俺らはもっと上にいける魔術師なんだよ。いつまでも人に使われるなんざうんざりだとな」

好き勝手に言うルカの首を絞めたくなった。それはただの愚痴だ。よりによって弟の前で言うとは。

「ち、違うんだよクレッド。本心じゃねえから。俺まあまあここ居心地いいと思ってるし、金もたくさんもらえるしーー」

なによりお前と近くに居られるし。
そう言いたくなって顔がほんのり熱くなったまま、クレッドの顔を見つめ無言になった。

弟は真剣な表情の中、なぜか少しの動揺とともに俺を心配げに見つめ返す。ああ、この感じはよくない。またこいつは一人で思いこんでしまうんじゃないか。

「兄貴……俺は……」
「違うって! 勝手に考えんな!」
「なあ、お前おかしいぞ」
「うるせえんだよお前は俺等の問題に入んじゃねえ!」
「この仕事にこだわる理由ってこいつか? おかしいだろそれは」

ルカが冷めた瞳で俺の弟を指し示す。
たらりと汗が垂れてきた。

「弱みでも握られてんのか。おい、はっきり言えよ。俺が助けてやるから。お前昔はそんなんじゃなかっただろ。地位も名声も上の弟に逆らえないのか?」

全て間違っている悪友は馬鹿にしているんじゃなく、あくまで俺側に立って口を開いていた。だから面倒くさいのだ。

違う。俺はこいつを好きなんだ。ずっと一緒にいたくて、離れたくないと思ってるぐらいに。
仕事にもそんな私情を挟んでしまうぐらいに。

だがそんな恥ずかしいこと、こいつはおろかクレッドにも言えない。

「……兄貴。俺は止めない。兄貴の仕事に口を挟む権利は俺にはないんだ。教会に引き入れたのは確かに俺だ。でも兄貴には自由に生きる権利がある。もちろん、どんな形でも俺は弟として支えるぞ」

切々と語られる奴の本音は嬉しいのだが、なんか心にぐさっと来てしまった。
そりゃただの仕事だし、俺等が別の職場になったって二人の愛は変わらないんだから、大丈夫なのだ。
でもなんか……。

「なんだよこの流れは……俺なんで辞めることになってんだよ……引き止めろよ馬鹿野郎! 俺は……お前と……っ……もういいよボケ野郎! お前らなんかアホでなんも俺のこと分かってねえんだよ! 合宿もあれだから、一人で頑張るから! 俺に話しかけんじゃねえぞボケナス共!!」

憤慨して俺は椅子から立ち上がる。
さすがにここまで切れるとは思ってなかったのか、クレッドは「え? 兄貴?」と呆然とし、ルカまで俺を呆気とした顔で見上げていた。

「じゃあな!! 二人で仲良くしとけ!!」

俺は足音を鳴らしながらその場から離れ、素早く食堂を出ていった。もう知らねえ。



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