▼ 78 秘めごと ※
幼馴染宅で新年の宴の続きをした後、俺とクレッドは酒もそこそこに屋敷へと戻ってきた。
かなり遅くなってしまったにも関わらず、玄関に上がっても靴はなく、人の気配もしない。
「まだ帰ってないみたいだな。二人とも」
「え。まじで? キシュアの両親たちと集まってんだっけか。元気だなぁ」
「うん。毎年遅いし今回も大丈夫だろう」
どことなく弾む声で呟いた弟が、急に俺のことを持ち上げた。そのまま横抱きでスタスタと歩き出し、階段を上っていく。
おい万が一こんなとこ誰かに見られたら終わりなんだが。
「ちょ、何やってんだお前っ降ろせってば!」
「俺の部屋でいいよな、兄貴。早く行こう。もう俺待てない」
全然人の話を聞いてない弟に、にこりと瞳を合わせられる。
そんな顔されたら、俺だって……いやでもここ実家だし、やっぱまずいだろーー。
ぐだぐだドキドキ考えてる間に、俺はいつの間にか弟の部屋へと連れ込まれていた。
去年の帰省のときと同じく、広い空間にすっきりと実用的な家具がまとめられた、居心地のよい場所だ。
でもやっぱり間取りだって変わってないし、小さい頃から知っているクレッドの部屋だから、心がざわめき立ってしまう。
まあ前回ここで色々してしまったせいもあるんだが。
「寒い? 中入って、兄貴」
ベッドに降ろされるとすぐに布団を被せられた。
クレッドは正面に膝をつき、速攻シャツを捲し上げて首をくぐらせた。腰がきゅっと引き締まった、鍛え抜かれた肉体が現れる。
思わず見惚れたままの俺を弟のにやりとした視線が捉えた。
「……っ」
堂々と全てを脱ぎ去る奴を見て、どきどきしながら俺は布団の中で身じろいだ。
やっぱり、するんだよな。俺も準備しないと…
そう思い服に手をかけた時、クレッドが布団の中に素早く潜り込んできた。
「う、ぁっ」
「駄目だよ、俺が脱がしたい」
腰の上に馬乗りになり俺の手をそっと握る。
そのまま流れるような動作でボタンを外していった。
一枚一枚服を脱がされ、弟の前に肌が露わになる。
首筋と襟足を手のひらで撫で、時折軽く口づけられ、優しい愛撫を受けながらあっという間に裸になってしまった。
うわ、布団の中で向き合ってくっついて、なんとなく恥ずかしい。
「兄貴、体まだ冷たいな…大丈夫?」
「うん……お前、なんでそんな温かいの…?」
冬の外気で冷え切った自分とは違い、元々体温が高い弟は、ぽかぽかと心地よい熱を保っていた。
「それは…兄貴がいるから。俺興奮してるんだよ」
照れたように微笑み、そっと唇を重ねられる。
口も温かいし、ちろりと入り込んでくる舌先からも熱が伝わり、しびれてくる。
「ん、ふっ……」
「……大丈夫、すぐ温かくなるよ。俺が兄貴の体、あっためてあげる…」
唇に吸いつきながら、体をぴったり密着させ、腰が徐々に揺れる。
逞しい腕が太ももに伸び、手のひらで腰の辺りまでなで上げる。
「ちょっと震えてるな……かわいい」
目をじっと見つめられ、言葉が返せない。
またそうやって、急に自分の甘い雰囲気に俺を取り込もうとして。
しかし浮かんだ文句はどこかへ置き去りにしたまま、俺はすっかりクレッドの温もりに身を委ねていた。
*
弟のベッドの上で体を重ねて、まだそれほど時間が経ってないはずなのに。
すでに全身が火照るような熱に包まれ、互いの肌が汗で吸いつくほどになっていた。
けれどクレッドの動作は焦らすように遅い。
「んっ……ぁっ……ん、ん」
「……兄貴、声我慢しなくていいよ」
俺の上に覆いかぶさったままの弟に、口を隠していた手の甲をやんわり掴まれ、離される。
「でも、いつ戻ってくるか、分かんないだろ…」
「……心配?」
逆に俺のことを心配げに覗き込むクレッドに、躊躇いがちに頷く。
すると奴はさらに体を密着させ、上から抱きすくめてきた。
「けど兄貴の声聞きたいな。……小さくてもいいから、俺の耳元で声、出して」
顔のそばで色めく声に囁かれて、俺の全身はまたたく間にカァッと熱くなる。
「バカかお前っそんなの、無理…っ」
「そうか? じゃあ俺頑張ろうかな」
わざと大人びた笑みを見せたクレッドが、ぐっと腰を入れてくる。
俺は予期せぬ悲鳴を上げて、奴の背中に思いきり掴まった。
「んあっ、あっ、……まって、速く…すんなっ」
「だって、兄貴のここ、気持ちよくしたい」
俺を翻弄したがってるはずの弟が、息をせわしなくついて揺さぶってくる。
ギシギシとベッドが弾み、生々しい水音と息遣いに目眩がしてきた。
二人で激しく呼吸し絡み合っていると、再びクレッドの動きがぴたっと止まった。
「……んぁ……なに…?」
「いや、なんでもーー」
訝しんだ俺が耳を澄ますと、後ろの窓の外から馬車の音が聞こえた。ほどなくして、深夜だというのに人の明るい話し声が響き渡る。
まさか。やっぱ帰ってきたのか。
「なぁ部屋の鍵、閉めた?」
「もちろん閉めたよ」
「……ここ、安全だよな」
「うん、大丈夫だよ。兄貴」
弟が俺の髪を大きな手で撫でながら、優しく微笑む。
ホッとしたのは事実だが、なぜか若干の胸騒ぎが消えない。
この間の帰省ではまだ呪いにかかってたせいか、今よりだいぶ理性が飛んでいて、実家なのに色々やばいことをしてしまったわけだが。
「兄貴、不安な顔してる。……やっぱりやめる?」
クレッドがやたら幼い表情で聞いてきて、俺は答えに困った。
もちろん本心では首を横に振っている。
「お前、やめる気あんのかよ…?」
「いや、ない」
布団の中でしっかり俺を抱いたまま、迷いなく答える弟に口を閉ざす。
するとくすりと苦笑された。
「ない…けど、兄貴のいやな事はしたくない」
少し顔を赤らめて、真剣な顔で告げられる。
俺の胸がまたうるさく鼓動を刻んでいった。
その時、階下からガタゴトと物音が聞こえ、思わず肩がビクッと震えた。
玄関からだろうか、両親の会話する声が聞こえ、ドクドク心臓が高鳴っていく。
やがて嵐が去ったように階下が静かになると、俺と弟は顔を見合わせた。
「怖かった? もう大丈夫だよ、兄貴」
「うん…」
まだ緊張が解かれない俺を、あやすように抱きしめて髪にキスを落とす。
俺は兄なのに情けない。
こういう状況でも、自分の気持ちに嘘なんてつけるわけないのに。
「……嫌なわけないだろ、クレッド。したいから困る。俺、お前にもっと触りたいし、触ってほしいから……ここ家なのに」
恥ずかしい事を言っていると自覚しながら、苦し紛れに抱きついた。
すると俺を抱きとめた弟の動きが、また不自然にピタリと止まる。
不思議に思い顔を上げると、ぎゅうっと苦しいほどに抱きしめられた。
「俺嬉しいよ、兄貴……。不安なのは普通だよ。俺は兄貴より全然抑えられないから、自分でも直さないとって思うけど……やっぱり駄目だな」
ため息混じりの吐息を感じ、俺はクレッドの柔らかな金髪にそっと触れた。
「いや、俺のほうが駄目だ。怖気づいてるし…」
「そんな事ない。かわいい、恥ずかしがってる兄貴」
顔をバッと上げて、真面目な顔で述べられる。
こいつはどんな俺でも良い方に受け止めてるんじゃないか、という気もしたが素直に受け取っておくことにした。
「大丈夫だ。うまく言えないけど、俺が兄貴のこと守る。だから、心配しないで」
おでこにちゅっとキスをされて、その後唇にも優しく口づけられた。
単純な俺は、すぐにぼうっと温かく安心した気分になり、思わず首を縦に振る。
「じゃあ……続き、しようか?」
「う、うん」
俺とクレッドはやっといつものペースを取り戻し、さらに二人の距離を縮めて睦み合った。
俺達としては同じ体勢で抱き合っていることも珍しいが、この時はいつもより、じっくり互いを感じ合うことに専念してたのかもしれない。
「はぁ、はぁ、熱い……クレッド」
「うん……俺もだ……兄貴、すごく…熱くて、とろけそう…」
腰を動かす弟が、ふいに上体を起こし、汗ばんだ胸板が目の前にくる。
「……ん? どうしたの、兄貴」
色っぽい目線で笑いかけられ、どきりと鼓動が跳ねる。
やっぱり、さっきの緊張の比じゃない。
こいつの笑顔のほうが、もっと心臓に悪い。
「……気持ち、いいから……あと、お前が……なんか、格好いい」
俺は自分で何を言ってるんだと思いながら、率直に告げた。
クレッドは蒼目を大きく見張らせて、ぽたりと汗を落とした。
「……兄貴、そんな事言われたら、俺嬉しすぎて、また止まんなくなるから」
余裕のない声で告げて、覆いかぶさってくる。
今度は口をきつく塞がれ、舌を強く絡め取られた。
「んっ、んっ、……ふ、む」
「ああ、かわいい、やっぱり兄貴が好きだ……本当にかわいい」
堰を切ったように甘美な言葉を繰り返し、キスを何度も与えながら腰を深め、前後にやらしく動かしていく。
「あ、あ、クレッド、んぁあ」
「きもちいい? ここが良いの…?」
「……んっ、いい、……そこっ、…あぁっ」
必死に大きな体に掴まって、刺激を全部受け止める。
幸せな感情と気持ちよさがめちゃくちゃになって、我を忘れそうになる。
「あぁぁ…っ、もう、クレッド、お願い…っ」
「兄貴……もうイキそう? 一緒にイク?」
「う、ん…っ、いく、……いっしょに、……ん、ああぁっ」
なるべく声を抑えようと思ってるのに、我慢できずに俺は弟にしがみついた。
ビクビクみっともなく腰を引くつかせて、絶え間ない快楽に震えてしまう。
すると弟も俺の腰をぐっと抱き寄せた。
「っ、兄貴、すごい締めつけてる……、俺も……イキそうだ……っ」
勢いを増す律動に身悶えながら、その時を懸命に受け止めようとした。
俺の中で果ててほしい、弟の証がほしい、そう思う度に愛しい気持ちで満たされていく。
「……あ、あぁッ」
クレッドが男らしい喘ぎを聞かせて俺の上に倒れ込む。
激しく打ち鳴る鼓動が重なる中、耳元で荒い息遣いが響く。
「はぁ、っは、あ……兄貴……」
重いぐらいの体を抱きかかえる俺は、クレッドの頭を優しく撫でて、自分もどうにか快感をやり過ごそうとする。
「大丈夫か、クレッド…?」
「うん……気持ちよすぎて、どうしよう……」
自然に漏れた弟の声に、少し笑いがこぼれる。
でもそんな弟が可愛くて、さらに愛情が募っていく。
「俺も気持ちよかった、今もだけど…」
さりげなく訴えると、顔を上げたクレッドにじっと見つめられる。
「ほんと…? 今もいい?」
「……うん、良いよ。やっぱ、好き合ってるからだな、俺たち…」
幸福に満ち足りてるせいで、また恥ずかしい言葉が出てしまう。
けれど幸せそうに頷いた弟は、さらに甘い言葉を仕掛けてくるのだ。
「そうだよ。だって俺、兄貴のこと、すっごく愛してるから……」
そう言ってまた、俺の返事はクレッドの熱いキスによって、一旦塞がれてしまうのだった。
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