ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 79 側近って大変だから(ネイド視点)

年始休暇が終わり、ソラサーグ聖騎士団での日常が戻ってきた。

第四小隊長として団員を指揮するのみならず、個性豊かな四騎士をまとめ、団長の側近として団内における各科との調整役を行う俺は、自分で言うのもなんだがとても忙しい。

だがやはり、多くの業務の中で最も緊張が走るのは、冷静冷徹・完璧超人のハイデル騎士団長と接する時間だ。

俺は書類を片手に、騎士団本部の廊下を団長と会話しながら歩いていた。

「ネイド。休暇はどうだったんだ? 確かお前の家は雪国の僻地だったよな」
「……え!? 私ですか?」
「お前以外にこの場に誰かいるのか」

肩を並べる団長の、タレ目がかった美しい蒼目が俺を鋭く捕らえた。
この人世間話なんて一年に二回ぐらいしか振ってこないぞ。

「それがですね、ほぼ雪かきで終わりましたね。両親も年取ってきたんで兄弟達総出で――あ、私は姉と妹にはさまれてるんですが、男一人だと自然と女性陣の言いなりになってしまいまして。結局ほぼ私一人が面倒毎を押しつけられて……」

職務中は毅然とした騎士の態度を保っているが、上官に尋ねられ嬉しくなった俺はついペラペラ喋ってしまった。

「へえ。そうか、大変だったな。まあ頼られるのは悪いことではない、騎士たるもの自分から全て受け入れていく気概で挑めばいい。ところでうちは全員男だが、上の兄二人は年が離れてるから兄弟と言えど実質兄貴と二人のようなものだ。聖誕祭でも弟の俺にひときわ素晴らしいものをプレゼントしてくれてーー」

団長が俺の話を普通に聞いてくれている。というかものすごい喋っている。

「団長、今日はやけに機嫌がいいですね。すごく珍しーー」

しまった。
驚きのあまり、上官に対しフランク過ぎる物言いをしてしまう。

「ああ。……ある目標を達成したからな」

えっ。発言に何のお咎めもなく、それどころか満足げに笑っている。
――怖い。

何を達成したんだ? 数カ月前から準備していた特別討伐遠征は来週のはずだが。

側近のくせに思い当たるフシがないことに苦悩した俺は、とりあえず直近の業務に話を戻した。

「おめでとうございます。それは何よりです。ところで、来月分の任務の割り振りなのですが…」

頭を切り替え、まず最初に司祭からの書類を見せる。
騎士とペアになることも多い魔術師らも含めた計画表で、あらかじめセラウェさんの項目にチェックをつけたものだ。

「……ジャレッドだと? 却下に決まってるだろう。あの司祭は馬鹿なのか」
「では申し立てしておきます。…あの、団長の手を煩わせるのもあれなので、次回からは私のほうで判別し、申請しておきましょうか」

団長の反応はだいたい予想がつくため提案したのだが、突如向けられた射殺す様な視線に体が固まる。

……やば……さすがに差し出がましかったか。

「お前にしては気が利くな、ネイド。助かる。そうしてくれ」

え……。今、誉めた上に礼を言ったのか…?
しかも部下には消して見せない薄ら笑いを浮かべていた。

ありえない、ほんとに何があったんだ。

団長の大事な兄である、セラウェさんに関する事柄を任されたことは嬉しい。
しかしその後会話を続けながら、俺は内心震えが止まらなかった。

このモヤモヤした気持ちを誰かに吐き出さなければ、業務に支障をきたすかもしれない。
そうなれば団長の側近としても力が発揮できなくなってしまう…!






昼過ぎの休憩時。
本部ロビーでは、つかの間の自由時間に騎士達が連れ立って、賑わいを見せていた。

総勢100名ほどの団員が所属する騎士団ではあるが、団内には戦闘や諜報などに分けた各科が存在する。それらの連携を図り、団長との仲介を行うのも俺の仕事だ。

本部の受付で連絡業務を行い、団長室へと向かおうとした。その時だった。

大きなガラスの両扉から、買い物袋を二つ下げたパーカー姿の見知った人物が入ってきた。

「お。ネイド。偶然だなぁ。元気?」
「お久しぶりです、セラウェさん。お買い物の帰りですか?」
「そうなんだよ。今日オズの奴帰るの遅くてさ、俺が夕飯作って待ってなきゃいけなくて」

屈強な男達の視線を浴びながらも、殺伐とした騎士団の雰囲気をものともせず笑顔を見せる彼は、不思議と落ち着く空気をもたらす、オアシスのような存在に思えた。

「そうでしたか。オズ君は確か教会の者と聖堂の巡察に……セラウェさんは今日の任務はなかったと思いますが…」

弟子のオズ君とは、業務を通してわりと頻繁に会っているし、ここだけの話、ハイデル兄弟を上司に持つ立場として、互いに話が弾んだりしている。

「おっ。よく知ってんな。確かに俺今日休みなんだ。っつーか週の半分以上は暇なんだけどな、ハハ」

言いながら彼は受付に行き、帰宅の旨を係に告げていた。

まずい、セラウェさんには俺と団長が彼の全ての任務を把握してることは内緒なのだ。

平静を装っていると、「あ~腰痛え、ちょっと休むか。ネイドもどう?」と言ったセラウェさんに促され、二人でロビーのソファに腰を下ろした。

「あの、そういえば団長のことなんですが…」
「……えっ。なに、あいつどうかした?」

彼の目の色が変わり、一瞬尋ねようかどうしようか迷った。
プライベートを探るべきではないが、団長の兄であるセラウェさんの不思議な包容力に引かれ、俺は上官についての疑問を口にした。

「クレッドの機嫌がいいだって…? なんだ、そんな事か。びっくりさせんなよ~」
「い、いやそんな事って…俺すごく驚きましたよ、団長が褒めてくることなんて、今まで数回あったかどうか……それに最後笑ったんですよ、この俺に!」

気づけばかなり砕けた調子で会話していた。
俺は酒が入った時もそうだが、普段強い緊張に晒されているせいか、一度気を抜くと調子に乗ってしまうのだ。

「おいおい、お前普段どんな扱い受けてんだよ。なんか大丈夫か、マジで。まあ確かにクレッドって、団長モードの時は凄えビシっとしてるもんな。側近も大変だろう」
「ほんとにその通りなんですよ。一瞬たりとも気が抜けないというか、まあ他人が口を挟む隙がないほど、団長が完璧に仕事をこなす人だからなんですけどね。その辺は俺も心から尊敬してますし、上官の期待には一分の漏れもなく応えたいという気持ちがーー」

場所を忘れ白熱して語っていると、セラウェさんの後ろのほうから背の高い人影が見えた。
きらりと照らされた黄金色の髪が目に入り、ひゅっと息が止まりそうになる。

「あーお前ほんと偉いよ。でもちょっと頑張りすぎなんじゃないか? あんま気張るなって、もっとリラックスが必要だと思うな。そうだ、今度俺に飯でもおごらせてくんねえか? 弟もいつも世話になってるしさ、どうよネイド」

常に温和な空気をまとうセラウェさんが、男らしい表情で俺を誘ってくれた。

優しい人だ。もちろん俺の心もぱっと明るくなり、「ぜひお願いします」と素で答えたい気持ちに駆られた。

しかし。
彼の後ろで仁王立ちになっている上官の表情を見て、無様にも目が左右に動き出す。

「……ほう。どうするんだ、ネイド…?」

地を這うような低い美声が降り注ぎ、目の前のセラウェさんの緑の瞳が大きく見開かれた。

「えっ。クレッド! お前いつからそこにいたんだよ、こえーよッ」
「悪い兄貴。偶然二人を見かけたから、何話してるんだろうと思ってな」

兄に向けられた笑顔は優しいものだが、殺気を放っているのが騎士には分かる。

「あああああの、団長。これはですね、たまたま世間話をしていただけで……」
「そうか? お前兄貴からご飯を誘われていたよな。で、答えは何なんだ」

ええー!
なんて答えるのが正解なんだ? 独占欲強めの団長は明らかにムカついた顔してるし、かと言って断るのも失礼だし。

どうする、側近の俺はどうすればいい、死にもの狂いで考えろヴァレン・ネイド……!

「おいお前な、んな高圧的な言い方すんなよ。大事な部下だろ? 普段から労ってやらねえと、ここぞという時についてこなくなるぞ。そしたらお前が困るんだぞ?」
「……っ。……それは、分かってるけど……兄貴…」
「ほんとか? ならもっと優しくしてあげろよ。お前、俺にはいつもすっげえ優しいんだからさ。あんな感じで、な?」
「うん……分かった。ありがとう、兄貴」

セラウェさんの厳しく温かい言葉に、なんと団長が素直に頷いた。
それだけでなく、やや顔を赤らめて、納得した表情で笑みを浮かべている。

なんだこれ。
上官の兄のフォローは大変ありがたいが、どことなく後が怖い。どうなってしまうんだ、俺はーー

「じゃあネイド、一緒に飯食いに行こうな。クレッドも一緒にな」
「あ、はい…! お誘いありがとうございます、セラウェさん……えっ、団長も一緒?」

まずい、予期せぬ事実に素でとぼけた反応をしてしまった。
案の定団長が腕組をして俺をまっすぐ見下ろしている。

ちょっと、さっきまでの殊勝な態度がもう消え去ってるんですが?

「当たり前だろう。二人で行かせると思うか。俺がいたら何か問題があるのか?」
「いえめっそうもございません。何も問題ありません」
「そうだろう。日程は追って連絡する。業務に戻れ、ネイド」
「はい、団長。では失礼いたします。セラウェさんも、今日はお声をかけて頂きどうもありがとうございました。それではまたーー」

団長に命じられ、すぐに側近モードに戻った俺は、自然と口から通常の台詞を吐き出し、ソファから立ち上がった。
きびきびと二人に一礼をし、颯爽とその場から去る。

…………え。
なんだったんだ今の。

いや、とりあえず団長の大目玉を食らうという危機は免れた。
代わりに少しレアな事態に陥ってしまったが。

ほんとに三人で食事するのか…?
団長に見張られながらで、俺は飯が喉を通るのだろうか。

俺は新たな悩ましい問題を抱え、職務へと戻るのだった。



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