ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 77 幼馴染と年越し

実家へ来て数日が経ったこの日、俺たちは今年最後の日を迎えた。

「おはよ〜。ふあぁ、ねみー……」

自分にしては珍しく早めに起床し、居間へと向かうとエプロン姿の母が朝食の準備をしていた。
意外なことに自分が一番乗りのようだ。

「あれ……クレッドは?」
「おはようセラウェ。寝坊しなかったの、偉いわね。クレッドより早いわよ」

ふふ、と柔和な笑みを浮かべられ、未だに子供扱いの俺は頭をぽりぽり掻く。
大人しく席に着くと、台所へ戻る母と入れ替わりに、弟が入ってきた。

「お。クレッド、おはよ」
「おはよう、兄貴。早いな。よく眠れたか?」

俺の隣に腰を下ろすとすぐ、笑顔で顔を覗き込まれ、髪をそっと撫でられた。
おい実家であんまりスキンシップやめろ。ドキドキするから。

「……ん? まぁな、普通かな…」
「そうか。俺は全然駄目だ。兄貴がいないと寝れないよ。今日から隣の部屋で寝ようかな?」

おいおい。爆弾発言かますな。誰が入ってくるか分かんねえんだぞ。

「ちょ、しーっ! 馬鹿かお前、声でかいってっ」
「大丈夫誰も近くにいないから。……でも本当だよ、今日なんか今年最後の日だから、兄貴と一緒に目覚めたかったな」

耳元で囁かれ、ぼわっと全身が熱くなる。

なんかこいつ、実家に帰ってからというもの、いつもより更に甘ったるい雰囲気を醸し出してくる。
いや、あの日から余計にかな…?

「ま、まあ俺も……そうだけど。夜も一人で、寂しいし…」
「ほんとか? 俺も同じだよ。よし。やっぱり今夜はふたり一緒に寝」
「ーーねえねえ二人とも、卵なんだけど、勝手にスクランブルエッグにしちゃったけどいいかしら〜」
「ぅああああああ!!」

廊下から問いかけの声と共に母が近づいてきて、俺はとっさに叫び声を上げ、クレッドの頬を手のひらでぐいっと押しやった。

「あらあら何、喧嘩は駄目よ。今年最後の日なんだから」
「そうだよ、痛いよ兄貴。急に何するんだ」

弟が目元をぴくつかせながらわざとらしく文句を言う。この野郎、俺の心臓のほうが痛いぞ。

とりあえず「ごめんごめん」と笑ってごまかした俺は、冷や汗をかきながら朝食に手を付けた。

「そういやクレッド、キシュア達んとこ行くの夕方で良いよな? 年越しパーティーだし、酒いっぱい持ってこうぜ」
「うん。良いけど兄貴飲みすぎて潰れないでくれよ。年越し花火やるんだから」
「へーへー。もちろん分かってるよ。俺も打ち上げんの楽しみだし」
「あら、くれぐれも気をつけてねセラウェ。クレッドとキシュア君達いるから大丈夫だと思うけど。そういえばお父さんもものすごい気合入っててね、朝から花火の準備してるのよ〜」

そういや親父の姿がないと思ったら、いそいそと張りきってやがんのか。

俺達の国では、新年の祝砲として花火を打ち上げるのが一般的だ。
聖誕祭は家族で祝うが、年越しは友人同士で集まるのがうちの家では通例となっている。

なので今夜は、久しぶりに幼馴染四人で過ごし、新年を迎える予定なのだ。
まぁ俺にとってはなにより、隣に弟がいることが一番嬉しいのだが…。

「どうしたんだ? 兄貴」
「ううん、なんでもない」

親の前で顔がヘラつきそうになるのを堪え、俺ににこっと微笑むクレッドの肩をぽんぽん叩いた。







夕方になり、俺と弟は実家の屋敷からほど近い、白亜の邸宅にやって来た。

久しぶりに会う幼馴染の兄弟に迎えられ、芸術家ならではのお洒落なインテリア空間で宴会を始め、数時間が経った頃。
俺たちは完全に出来上がっていた。

「なんだよこれ、全然足りねえよ。誰だこれ全部飲んだやつ!」
「おめーだろセラウェ。つうか俺が用意した酒次々空けやがって……まぁお前のために買い置きしてたんだから良いけどさぁ」
「あはは、やさしー! やっぱお前俺の親友だわ〜超好きだぜキシュアっ」

いい年した男二人が完全に酔っ払い、リビングのソファの上で肩を組み合う。
すると後ろから伸びてきた手に腕を掴まれ、ベリッと容赦なしに引っ剥がされた。

「んあぁっ!」
「……あー? なんだクレッド、怖い顔して。あ、ツマミ作ってくれたの? わりぃなありがとー」
「いや……別に。皆の口に合うといいんだが……」

赤ら顔のキシュアを一人全く酔っていない弟が、料理の入った大皿を片手に無表情で見下ろす。
あっやべえ調子乗りすぎたか、さすがに怒られちゃうかも。

「お前ここ座れってクレッド。おいキシュアちょっとどけよ! あれ? カナンどこいった? お前見てこいよ」
「はぁ? おい親友を足蹴にすんなこのヤロー、つうか新しいボトル……あぁ俺ちょっとトイレいこ」

目が据わった感じでぶつぶつ言う親友が去るのを見ると、俺は仁王立ちになっている弟の手を引っ張った。
隣に座らせると、クレッドのぎろっとした視線が突き刺さる。

「兄貴……。気軽に好きとか言うなって、俺怒るぞ。しかもなんだ、超好きって。俺もそんな事言われたことないぞ」
「わ、悪い悪い。つい口がぽろっと滑っちゃって。もうぜってー言わねえから」

やばい。今年最後の日に俺はなんという失態を。
慌てて弟の手を握り、上目遣いで許しを乞う。

「本気で好きなのはお前だけだって……もう知ってんだろ?」
「……うん。もちろん俺も、兄貴のことだけ、愛し」
「ねえねえお兄ちゃん達、そろそろ花火始めようぜ! あれ、兄貴どこ行った?」
「ーーぅぐッ! 何するんだ兄貴っ」

束の間の二人の世界に突然カナンが現れた為、俺は弟の腹筋に頭突きを食らわせた。

マジ危ねえ、これじゃ朝と同じだ。やっぱいちゃつくの危険過ぎるわ。

「ほんとごめんクレッド。じゃあもう外行くか。カナン、お前キシュア探してこい。先に行ってるから」
「はいよ〜。つうかセラウェお兄ちゃん、足元ふらついてるけど転ぶなよ。うち階段多いから。クレッド気をつけとけよ」
「ああ。ちゃんと見てないと何するか分からないからな、兄貴は」

弟がお腹をさすりながら、呆れ混じりに微笑する。そうして俺は弟に肩を抱かれ、幼馴染の邸宅を後にした。






夜も更けて、今年も残りわずか三十分となった頃、俺達四人は川べりに集まっていた。

俺は寒さのあまり、風除けとなる大きな弟のそばにくっついていた。こうしていると同じメンバーなのに、子供の頃とは状況が変化していて不思議な感じだ。

「あー今年ももう終わりか。色々あったよなぁ、まあ一番の大事件はお前らがよりを戻したことだけどな、セラウェ」
「……はっ? ちょ、変な言い方すんなよ。なななななぁクレッド」
「ああ、俺も兄貴とまた一緒になれて嬉しい。これからは毎年こうやって過ごせるんだもんな。二人じゃないのはアレだけど」
「おいおいクレッド〜、お前嬉しいからってはしゃぎすぎ。俺と兄貴だってお兄ちゃんと遊びたいんだからな!」

おいこれは成人男性四人が集まって年の最後にする会話なのか。
明らかにおかしい弟の発言も、もはや誰も気にしてないし。


ぐだくだ喋って年越しカウントダウンを待っていると、ついにその時がやって来た。

川岸に並べた瓶の中にロケット花火を立てかけ、クレッドとキシュアがそれぞれ火を用意してスタンバイする。

「おおっ、あと数秒だ、行くぞ! 3、2、1ーー」

俺の掛け声と共に二人が花火に点火し、その瞬間ヒュるるるると特有の鋭い音が辺りに響き渡った。

細い火花の線が夜空に駆け上り、パン、パンと色鮮やかな花を咲かせる。それを見上げた四人から、次々と歓声が沸き起こった。

「新年おめでとう、兄貴!」
「ぅおっ、おめ、おめでとうクレッド…!」

いつの間にか隣にいた弟に、真っ先にぎゅうっと熱い抱擁を受ける。俺は若干の照れもあったが、嬉しさのあまり強く抱きしめ返した。

ああ、年をまたいで弟と一緒にいられるなんて、しかも一番最初にこいつと祝えるなんて、すごく幸せなことだ。
すでに今年の幸福を予感して自然と笑みがこぼれる。

「新年おめでとう、クレッド! お兄ちゃんも!」

カナンが俺たちの元に飛び込んできて、二人いっぺんに抱きつかれる。
いくら金髪ロングヘアの女顔といえど、男と抱き合う趣味はない俺だが、新年の挨拶ではこうしてハグをするのが普通なのだ。

「おう、おめでとうカナン! キシュアもおめでーーうう゛!」

芸術家にしてはガタイのよい親友が、明るい顔で問答無用に抱きしめてきて、思わず苦しさに喘いだ。

「おめでとうセラウェ、クレッド! 今年もよろしくな、ハイデル兄弟!」

意気揚々とキシュアが俺達をがしっと抱き、しばらく皆でわいわいと祝い合った。


たくさん用意した花火を次々と打ち上げる。
この場所だけでなく、周りの家々や公園、街の至るところで祝砲が上げられる。

こうして地元の仲間と新年を祝うのは久しぶりで、ほんとに帰ってこれて良かったなとしみじみ思った。

「クレッド、花火綺麗だな。俺すげー楽しいわ」
「良かった、俺も楽しい。幸せすぎてやばい。年越しから年明けまで、兄貴のそばにいられるの、すごい事だよ」

白い頬を赤く染めて、興奮した様子で弟が俺の肩を抱いてくる。

こいつ、ほんとに嬉しそうだ。
同じことを感じてくれてたのだと知り、俺もだんだん我慢できなくなってくる。

「クレッド……!」
「うわっ」

幼馴染二人が離れたとこではしゃぎながら花火を打ち上げてるのを見て、俺は一瞬の隙をついて弟の体に抱きついた。
ぎゅっと掴まったあと瞬時に離れ、また何食わぬ顔で隣に立つ。

「……えっ、それだけ? 兄貴」
「うん。それだけだ」
「そんな、もうちょっと長くても…俺いま異常に喜んだのに」
「いやもっとは無理だろ普通。これでも頑張ったぞ俺」

熱くなった顔をまっすぐ向けたまま告げると、隣からくくっと弟の笑う声が聞こえた。

「じゃあ後で続きしような?」
「……あとで? あいつらこの後も飲むんじゃないのか」
「その後でいいよ、どうせ明日は皆寝坊するだろうし。それに今日は一緒に寝ようって、朝言っただろ?」

確かに言われたけど。
新年早々そんな顔で口説いてくるな頼むから。俺すげー恥ずかしくなっちゃうだろ。

「ど、どうしよっかなぁ」
「もう決まりだよ兄貴。はい約束」

ぷらんとさせていた指先を、一瞬だけ大きな手にきゅっと握られて、俺はまたひとり赤くなって頷いた。



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