ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 57 眼鏡をかけたら

教会の魔術師らによる定例会議が終わった頃だった。
結界師ローエンの隣には、いつものように同僚の魔導師セラウェが片肘をついて座っていた。

平凡ではあるが年齢より若く見える風貌のせいか、周りの個性豊かな面々に絡まれやすい彼は、いつも率先して落ち着いた雰囲気のローエンの横を陣取るのだ。

セラウェの丸い大きな目が、結界師の瞳を覗き込んできた。

「なあローエン、お前の眼鏡って本物?」
「……そうだが、それは実際に度が入っているのかという意味か?」

聞き返すとこくんと頷いた彼に、結界師もまた頷き返した。
この眼鏡は伊達ではない、日々戦闘にも参加する魔術師とはいえ、恥ずかしながら自分の視力はすこぶる悪い。正直にそう説明した。

「ふうん。でも戦ってると取れちゃったりしないのか?」
「それは心配いらない。特殊な魔術式を組み込んである特殊眼鏡なんだ。絶対に取れないようになっている」
「えっうそ! すげー! お前結界のことだけじゃなく何でも出来るんだな!」

興奮気味のセラウェの手が突然伸びてきて、ローエンは大きく目を見開いた。
彼はどうやら実際に装着具合を確かめたかったらしいが、眼鏡はピクリとも動かない。「んっ」と言いながら両手でぐりぐり外そうとしている同僚の姿が実に面白い。

「ああっマジだ、全然取れねえ! 風呂の時とかどうすんだよ?」
「はは。人の手では取れないが、自分の手では着け外しが可能なんだ」

そう言って簡単に眼鏡を外すと、セラウェは自身の目を丸くした。

「……えっ。お前そんな顔してるんだ、結構イケメンじゃん。なんだよ、やっぱ付けとけよ」
「そ、そうか? そんな事を言われたのは初めてだ」
「なに普通に照れてんだよ。くそー、やっぱギャップってやつがいいのか? 俺も眼鏡かけてバッと外せばイケメンに見えるかな」

腕を組んでわりと失礼なことを言う同僚に対しても、ローエンは褒められて気を良くしたのか、ただ微笑ましそうに笑みを浮かべるだけだった。

「なあ俺にもちょっとかけさせてくれる? 一回だけでいいから」
「え? 構わないが、君のサイズに合うかどうかーー」

了承を得ると、セラウェはすぐに両手で受け取った眼鏡をかけた。薄い黒のフレーム越しに、自分と同色の緑の瞳が映る。
黒髪と白い肌によく似合っていて、普段より冷静で知的な印象が増して見えた。

「似合うな、セラウェ」
「え、そう? 鏡、鏡」

急に立ち上がりうろつき出した同僚を呼び止め、ローエンは胸ポケットからさっと小型の鏡を取り出した。驚く彼に「身だしなみは大事だからな」と自らのポリシーを告げて手渡す。

「おおっ結構いいじゃん、頭良く見えるわ! すげえ、今度クレッドにも見せたーー」

はしゃいでいた魔導師が口からこぼれでてしまった弟の名を、慌てて手で塞いで押し戻す。
それがこの聖騎士団の団長の名であることは、もちろん結界師のローエンも知っていたし、なんなら彼ら兄弟がとても仲が良いという事は、領内でも知れ渡っている事実だった。

「ハイデルにも見せたいのか? じゃあそうするといい。ほら、一度も使ってない試作品の眼鏡、君にあげるよ」

ローエンは微笑みを浮かべて、反対側の胸ポケットから違う黒縁の眼鏡を取り出した。
同僚がびっくりした顔で首をぶんぶん横に振る。

「えっ、いいよいいよ! んな図々しいこと、悪いから!」
「俺はまだ家に百本単位で所持してるんだ。定期的に改良してるからね」
「ええ、でも…」
「君には前、魔術の実験でお世話になったし。ああそうだ、代わりという訳じゃないが、また今度俺に付き合ってくれると嬉しいな」

実はそっちのほうが結界師の言いたい事ではあった。彼の制限魔法は本当に素晴らしい。複雑な構成をしていて、自分の持てうる限りの耐性術式を試し、精度を研究してみたいほどなのだ。

「そ、そう? 実験はまぁ気乗りじゃないけど…眼鏡たくさん持ってるなら、一本ぐらいもらっちゃおうかな?」
「ああ、貰ってくれ。実験は君のスケジュールに合わせるよ。俺は気が長いから、いつでも待っているよ」

ローエンが自然に念を押して告げると、セラウェは子供のような笑顔を見せた。
礼を言って嬉しそうに立ち上がった同僚を見送りながら、ふとハイデル兄弟について再び考えを巡らす。

もう随分前の話だが、あの実験の後で団長であるハイデルと兄のセラウェが、ただならぬ雰囲気で抱き合っているのを見たことがある。

あの時は、二人は恋人同士だったのかと意外な事実に驚いたものだが、実際は行き過ぎたブラコンのようなものだったのだと、今の彼の姿を見て改めてそう感じた。

ハイデルの兄好きは有名だが、どうやらセラウェも同じぐらい弟が好きらしい。

一人っ子であるローエンには羨ましく感じるほどだが、仲の良い事はいいことだ。それに自分が少しでも役立てたのなら嬉しい気持ちもある。彼とのやり取りを思い出し、なんだか胸が少し温かくなるのだった。




** (セラウェ視点) **



俺はローエンからタダで手に入れた黒縁眼鏡を、すちゃっと装着した。
何食わぬ顔で騎士団領内を闊歩し、廊下をすれ違う見知らぬ騎士たちに「こんちわ」と爽やかに挨拶する。

ふふ、眼鏡をかけただけで別人になった気分だ。なんか凄いテンション上がってきた。
クレッドが見たら、どんな反応するだろう?

目を血走らせながら弟を探し回るが、なぜかそういう時に限って、すんなり見つからない。
そういや今は時間的に奴の遅めの昼食時だと思い出し、俺は食堂へと向かうことにした。

あいつは昼はここで食ってるはずだと豪華ラウンジへ足を踏み入れる。
他に人はほとんどいなかったが、いつものように色とりどりの料理や菓子類、飲み物が並ぶビュッフェを通り抜け、一番奥のガラス張りの個室へと向かった。

そこには俺が血眼で探していた弟の姿があった。
かっちりと制服に身を包み、難しい顔をしながら目線を料理に落とし、パクパクと口に入れている。

俺はあえて何も声をかけず隣のテーブルの席についた。
横からバッと勢いよくこちらを振り向く音がした。

「……ん!? 兄貴、か……?」
「そうだよ。おせーよお前、やっと分かったのか?」

俺はもったいぶるようにゆっくり振り向き、くいっと指先で眼鏡を直した。
クレッドの色素の薄い蒼目が見開かれ、動きを止めたまま、穴が開くほどこちらを凝視してくる。
やがて奴は唇を震わせた。

「……か、かわいい……っ!!」

稀に見るほどの興奮度で顔を上気させ、俺のほうにズズッと体を寄せてきた。
端から見たら怪しい雰囲気に見えちゃうほどの距離の近さに、俺はさっと横に視線をそらした。

「ちょっ、近いから、あんま見んなって…」
「たってかわいすぎる、兄貴が眼鏡してるの……どうしたんだ? それ」

うっとりした表情で手のひらで頬を撫でられてしまった。おいここガラス張りだぞ。さすがにやべえぞ。

「いやっ、これはぁ……あの、ローエンいるだろ? あいつに貰って…」
「なに? 結界師だと?」

正直に告げるとクレッドは途端に眉を吊り上げ怖い顔をした。
まずいなんか誤解されたかもと焦った俺は、事の成り行きをオブラートに包み説明した。

「そうだったのか。……俺に見せたかったのか? 兄貴」
「う、うん。もしかしてお前、眼鏡好きなの?」
「えっ? いや別にそんなフェチは……。いや、えっと、……兄貴だから好き」

弟は恥ずかしそうににこりと微笑んだ。

あぁー!
こいつの方が可愛い、やっぱ着けてみてよかったな。ローエンありがとう!

「ほんとに良く似合ってる。いつもより大人っぽいな。色っぽくてかわいい」
「……は!? ちょ、何言ってんだお前、色々言い過ぎだぞっ」

艶めいた声であんまり褒められると落ち着かなくなってくる。つうか俺とっくに大人だしな、それにこいつの食いつき様、やっぱ眼鏡好きなんじゃないか。

その後も甘い言葉で褒めちぎってきて、しまいには「ああ、今すぐキスしたい…」とか馬鹿な事を抜かすので俺は恥ずかしさのあまり眼鏡をブン!と取ってしまった。
一瞬クレッドが寂しそうな面持ちになる。

「もういいよあんま言うなって…! つうかお前のメガネ姿も見たい、なぁこれかけてみて」

話題そらしと興味本位から、俺は唖然とした様子のクレッドの顔に、黒縁眼鏡を装着した。
するとなんと、驚くべき変化が起こった。

「な、なんで俺にかけたんだ? 俺は目いいから……っていうかこの眼鏡、結構度が入ってるな。兄貴大丈夫か?」
「……すっすげえ! 超カッコイイお前っ!!」

異常なまでに興奮し立ち上がった俺の姿を、下からぽかんと弟に見上げられた。

だって本当だ。
いつもは甘い顔立ちの弟が、眼鏡によりどことなく禁欲的で背徳的な雰囲気を醸し出し、逞しい身体との意外性にさらなる色気が加わっているようなーー

「……そうか? 格好いいって言われると照れる……」
「マジだよ、いやいつもカッコイイけど、俺お前の眼鏡姿好き!」
「あっ兄貴……! じゃあ俺も時々かけようかな?」
「うん、かけてかけて! あ、でも俺お前にはもう少し細いフレームのほうが好みかも。縁無しもいいなぁ」
「好きにしていいよ。何でもかけるから」
「ほんと? やったぁ!」

その後もテンションが上がりまくった俺は、弟に眼鏡をかけさせたまま、髪型をセッティングし直したり色々な角度から眺めたりした。

俺が貰った眼鏡なのに、クレッドにかけたほうが楽しめると判明してしまったのだ。

兄弟で互いに似合う似合うと言い合い、一体何をやってるのだろうと考える。
でもまあいいか。こいつも結構嬉しそうだし、新たな発見が出来て良かったのだと、素直に納得することにした。



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