ハイデル兄弟 | ナノ


▼  58 エプロンを買う弟(弟視点)

ある日の休日、一人で騎士団領内周辺の街へと出かけた。
目的は買い物だ。最近はまっている料理のための、調理器具を買おうとしている。

兄が俺の部屋に持ち込んでくれたフライパンや鍋などは、大事に使わせてもらっているのだがーー。

自分はまだまだ初心者のくせに、完璧主義な性格が災いしてか、学べば学ぶほど他にも色んな調理法に興味が湧いてくる。
ちなみに今日は蒸し器が欲しいと思っていた。

街の一角にある、キッチン用品を各種取り扱う店へと向かう。
白を基調とした明るめの内観で、壁の棚にはスタイリッシュな銀色の調理器具がずらりと展示されていた。
店内はほぼ女性客ばかりで、服装には気を使ったものの、男は自分一人で浮いているような気がした。

目的のため構わずぐんぐん進む。この店は器具やグラス、食器類の他にも、色々な雑貨も数多く取り揃えているようだった。
そこであるモノが目に入った。

とりわけ目立つ中央に、可愛らしいエプロンが飾ってある。
俺はそんなものには興味ないはずなのに、なぜかマネキンが着ている淡い花柄のエプロンに、目が釘付けになった。

(これ、兄貴に似合うな……)

直感的にそう思い、立ち止まってじっくりと眺める。

すぐに「バカかお前、こんな女みてーの俺が着るわけないだろっ」という兄の声が脳内に響き渡ったが、それでもプレゼントしたらなんだかんだ言って使ってくれるんじゃないか?という希望が湧いた。

腕を組んで考え込む。すでに購入することは決定し、どうやって渡そうか想定すること約二十分。
背後に人の気配を感じた。

「あのう、そのエプロン今大人気のアイテムなんですよ。丈はちょっと短めですけど、生地は柔らかいのにしっかりしていて。ご注文が多くてずっと売り切れだったんですが、昨日また再入荷したばかりなんです」

突然甲高い声に話しかけられ、さっと振り向く。店員らしき小柄な女性が笑顔で立っていた。

「ああ、そうだったんですか。素敵だなと思って、つい目が惹かれてしまったんです」
「ほんと素敵ですよね…私もそう思います」

女性はなぜかうっとりした顔つきで頬を赤らめていた。
その後も俺に買わせようとしているのか、熱心にブランド名や素材の良さを説明し、エプロンにしては値段が張るが買って損はないと言いたげに、前のめりで売り込んできた。

「あの、もしかして奥様用ですか?」
「えっ、いや……」
「……あっ、彼女さんでしたか?」

にこりと尋ねる店員に対し、言葉に詰まる。
いえ兄用です。などと言いたくなっても言うべきではないだろう。さすがに俺でもそのぐらいの常識はある。

「はは。まだ奥さんではないんです」

どっちつかずの言葉で誤魔化した俺は、とりあえずこのエプロンの購入を決めた。
すでにイメージ図が出来上がっていた為、説明を聞く前から決心は固まっていたのだが。

「じゃあこれにします。教えてくださってありがとう」
「いえそんな……こちらこそありがとうございます! プレゼント用にラッピング致しますね。他にも何かご覧になられますか?」
「いや、これだけで大丈夫です。また来た時にゆっくり見させて頂きます」

そう女性に告げると、明るい返事とともに微笑みを返され、レジへと案内された。

調理器具は別に今度でいいな。
このエプロンを早く兄に着せてみたい。どんな反応をするだろうか。
俺の頭の中は本来の目的を忘れ、すっかり煩悩的なことにすり替わっていた。





その夜、兄が俺の部屋へとやって来た。
今日は昼間用事があると言われ、会う時間がいつもより短くなってしまったことを残念に思っていたのだが、逆に良かったかもしれない。

風呂から上がり、いつものように居間でごろごろ休んでいる兄に、そろりと近づいた。

「兄貴。ちょっと見てほしいものがあるんだけど」
「え、何?」

俺が背中に隠していた包みに気がついたのか、兄は目をぱちぱちさせてソファから立ち上がった。
ひょこっとかわいい顔が俺の手元を覗き込んでくる。

「何持ってんの、お前。もしかして俺へのプレゼント?」
「うん、そうだよ。はい。開けてみて」

俺はドキドキしていた。けれど同時に、胸の内から湧き上がる妙な興奮を抑えきれずにいた。
兄は子供のように素直に喜び、それを俺の手から受け取った。
わくわくと目を輝かせ包装紙を綺麗に開けている。

「……ん? なんだこれ。……服?」

怪訝な声が響いた。明らかに嬉しそうではない。
それどころか、花柄のパターンを細い指でなぞりながら、どんどん眉をひそめていった。

しかし俺はショックを受けていない。
そんな反応も想定内だ。問題はここからなのだから。

「気に入った? かわいいだろ、それ。絶対に兄貴に似合うと思って」
「……うん。確かに可愛いけどさ……つうかちょっと可愛すぎだろ。……まじでこれ、俺が着るのか?」
「当たり前だろ。その為に今日買ってきたんだから」
「え! 今日買ったの? 一人で何しに行ってんだよお前っ」

驚愕の眼差しで突っ込まれたが、本気度を示すために偶然見つけたという事実は隠しておいた。
困惑気味の顔をしていた兄は少し恥ずかしそうに、エプロンを自分の前におずおずと広げた。

俺はすかさずヒモの輪の部分を手に取り、兄の頭からくぐらせ、素早い動作で抱きしめるように後ろでリボンを結んだ。
そんな事はしたことが無いため、少し手間取った上に不格好な結びになったが、とりあえず完了した。

「な、何してんだよ、動きはえーよッ」
「ああ、凄いかわいい……思ったとおりだ。よく似合ってるよ、兄貴」
「……えっ。あ、ありがとう……。でもお前、こういうのが趣味だったのかよ……俺もう少し、男っぽいやつが良かったんだけど」
「え? それ嫌だ?」

目を泳がせる兄に対し、不安を装って尋ねたものの、俺は内心有頂天になっていた。

俺も別に兄に対しそんな趣味は持ち合わせていない。俺にとっては何を着ていても愛らしいが、いつものラフで男っぽい服装が一番兄らしく、合っていると思う。

ただ今回は一目惚れのような感じで、直感的に料理好きの兄がこれを着ていたら見ていて和む、そう思っただけなのだ。

「嫌じゃないけどさぁ……恥ずかしいだろ。なんか無駄に丈短くねえかこれ。……まぁ別に、ただのエプロンだから……いっか。それにお前の前でしかこんなの着ないし」
「そうだよ。俺の前だけ、俺専用だよ。だからいいだろ?」

抱きしめて優しく問いかけ、念を押す。

顔を赤くして俯こうとした兄の頬に手を当て、そっと口づけをした。
途端に兄の表情がぽうっと遠目になり、力が抜けたようになる。

「……ありがとう、クレッド。一応お前のプレゼントだもんな。嬉しいよ」
「俺も嬉しい。ありがとう兄貴、着てくれて…」

感謝をこめて抱擁し、甘い雰囲気の中見つめ合った。

こんなにうまくいくとは。
本当は即座に拒否され突っぱねられることも覚悟していたが、俺は兄の優しさを甘く見ていたのかもしれない。

幸せは予期せぬ所で見つかるものだ。
しみじみと思い、今日一日を振り返り、俺は珍しく自分の行いに満足することが出来た。



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