▼ 38 兄弟の休日 U (弟視点)
「兄貴。俺、風呂に入ってくる」
「あー、分かった〜」
「……よかったら一緒にはいるーー」
「行ってらっしゃい。クレッド」
一縷の望みをかけて尋ねた俺に対し、ソファに寝そべり本を読んでいる兄は即答した。
やっぱり今日も一人か。少し悲しいが仕方がない。
なるべく早く出て、また兄と二人きりの時間を楽しもう。
決意をし、さっさと入浴を済ませた俺は、約二十分後にリビングに戻ってきた。
目に入ったのは、仰向けで腹の上に読み途中の魔術書を置き、気持ち良さそうに寝入る兄の姿だった。
また寝ている……。
正直がっくりきながら、ソファの端に腰をおろし、あどけない寝顔を見つめた。
休日なのに早起きしたせいで、今頃になって眠気が襲ってきたのだろう。
かわいいけれど構ってもらえない寂しさが募りだす。
「兄貴……」
上から見下ろし、顔を近づけて柔らかな頬にキスをする。眠りの深い兄は滅多なことじゃ目を覚まさない。
一瞬好き放題しようかと思ったが、手足を投げ出した無防備な姿を見て、頭を左右に振った。
分厚い本をそっと手に取り、薄いブランケットをかける。
ずっと寝顔を眺めているのも逆につらく感じたため、何気なく兄の本をぱらぱらとめくる。
魔術に興味はないけれど、兄の関心事は知りたい。
しかし開いた瞬間、見たこともない言語でびっしり埋まってるのを見てすぐに閉じた。
しょうがなく自分の本棚から戦術書と神学書をもってきて読むことにした。
普段は騎士として仕事に関する読書しかしないが、いつ起きるのかと兄を横目に見ながらだと、ほとんど集中出来なかった。
それから数時間たって、ようやく隣の兄がのっそりと起き上がった。
「うーん……あ、……? クレッド、何やってんだ……お前」
「……兄貴。やっと起きたのか。もう夜だぞ」
「え! うそ、なんで起こしてくれなかったんだよっ」
目を丸くしてショックを受け、俺の服を両手で掴んでぶんぶん揺さぶってきた。
たくさん文句を言われたが、反応があることが嬉しく、そのまま腕の中に閉じ込めた。
「ああ、もう、寂しかっただろ。俺ずっと一人で待ってたんだぞ」
「ごめんごめん。……あっ、晩飯つくってやるから、ちょっと待ってろよ」
俺の頭を撫でながら必死に取り繕う兄には悪いが、もう夕飯の準備はした。
とはいえ、ただステーキを焼くだけのつもりだから問題はない。
その旨を伝えると、兄は驚きながらも感心してくれたが、終始申し訳無さそうに目を泳がせていた。
夕食を済ませ、刻々と二人の休日が終わりに近づいてくる。
明日は二人とも騎士団内での仕事だ。
だが俺としては、このままじゃあまりに呆気ない。一緒に濃密な時を過ごすという目的は、どこへ行った?
神妙に考えつつ、気がついたら夜も更けて、二人で寝室のベッドに入っていた。
愛する兄を一番近くに感じられる、至福の時間だ。
横向きになり、なぜかいつもと違い緑の丸目が大きなままの兄を、じっと見やる。
「クレッド……」
何かを言いたそうな兄の頬をなで、口に優しくキスをする。
その時、自分の中で邪な考えが頭をよぎった。
「もうこんな時間になっちゃったな。じゃあ寝ようか」
「えっ」
「おやすみ。兄貴」
「……お、おやすみ」
俺は意地が悪い。
出来るだけ焦らしてやろうという気持ちで、戸惑う兄を置いてさっさと眠るふりをした。
小さな照明がついた薄暗がりの中、片目を開いて確認すると、兄は眉に皺をよせて目を閉じていた。
十分ほどそうしていたが、素知らぬ顔をする俺の胸元に、温もりが近づいてきた。
「……怒ったのか、クレッド。ずっと俺が昼寝してたから……。ご飯も全部作ってもらっちゃったし。ごめん……」
ぼそりと呟く元気のない言葉を、とっさに否定したいのを堪えて聞いていた。
「ほんとに寝ちゃったのかよ……なぁ、起きて」
猫なで声で甘えてくる兄にくらくらしながら、やっぱり俺には無視なんかできないとすぐに考えを改めようとした。
すると腹筋のあたりを掌で撫でられた。
ゆっくり服の隙間から入ってくる兄の手に、皮膚の表面が震える。
「クレッド、許して、なんでもするから……」
体を密着させて懇願された台詞に、俺はばちっと目を開けた。
少し濡れたような兄の瞳と視線がかち合う。
「今なんでもって言った? 兄貴」
「……っ。お前、やっぱ起きてんじゃねえかっ」
途端に顔を赤くしてうろたえ逃げる兄を、がっしりと腕の中に捕まえる。
俺は一度聞いた言葉は絶対に忘れない。とくに愛する人の言葉は。
「嬉しいな。何をしてくれるんだ?」
「んぁあっ離せよ、ばか!」
「そうだな、久しぶりに、兄貴に俺のを舐めーー」
「はぁっ? またそれかッ、……と、時々してるだろっ! もう十分だろ!」
必死に力説されるが、俺の記憶が正しければ三回きりで止まっている。
しかも一回は呪いによる発情のせいで、無理やりさせてしまったのが最後だった。
それ以来申し訳なさが募り、自分の中でその行為はタブー視していたのだが。
ああ、俺は最低な男だと分かっているのに、こんなに愛らしい兄が悪いのだと、結局自らの欲望を抑えきれない。
悶々と考えていると、兄が俺の顔を両手で包み込み、自分に向けさせた。
赤らんだ顔で唇をきゅっと噛む仕草に、目が奪われる。
「そ、そんなにしてほしいのかよ。くそ。分かったよ」
え?
唖然とする俺のそばで体を起こし、するするとベッドの端まで下がっていった。
ちょうど腿の隣に膝をついて、ぎこちない動きで前かがみになる。
「ちょっと待って、兄貴、ほんとにいいのか?」
「……うっせー! 恥ずかしいからあんまり言うなっ」
明かりをつけていいか聞きたかったが出来なかった。
ごくりと喉を鳴らし、俺の下半身をため息混じりに撫でる兄を見つめる。
「なんでお前の、もうこんな硬いの……?」
「そりゃ、そんな風に触られたら、そうなるよ」
すでに息が上がりながら、曖昧な言葉でごまかす。上体を起こし、俺のを手でまさぐる兄の姿を目に焼きつける。
そろりと下着から引っ張り出され、しなやかな指に絡め取られた。
まじまじと凝視する兄の横顔は、薄っすら赤く見えた。
手に包みこみ、ゆっくり上下に動かすのを繰り返し、タイミングを見計らってるようだった。
「兄貴、くち、つかって」
想像に急き立てられ告げると、兄はびくっと肩を跳ねさせ、顔をそこに近づけた。
「は、ぁ……っむ」
舌先でペロっと舐めた後、上唇と舌で包むように先端に口付けた。
ちゅく、ちゅくと小さな口の中に誘われ、淫靡な視界と音にめまいが襲ってくる。
「ん、む、……んぅ、ぅ」
悩ましげに眉を寄せ、舌の愛撫を続ける兄の黒髪に触れ、そっと掻き上げた。
一瞬上目遣いで見上げられ、どきりと胸が脈打つ。
さっと目をそらした兄は、やがて意を決したように大きく口を開け、俺のものをさらに深く飲みこんでいった。
「……ッあぁ、いいよ、そのまま……」
頭を優しく撫でて誘導すると、兄の緩やかな動きに従い、口元から卑猥な音が漏れ出す。
耳まで赤く染め上げ、一生懸命に咥え顔を前後させる様子が、さらに自身をいきり立たせる。
「ふっ、む、んん、ぅうっ」
いっそ突き上げたい衝動と戦いながら、少しずつ腰を動かしてみた。
びくん、と兄の肩が震えたが、動きを合わせるように吸い付いてくる。
「すごい、上手になったな、兄貴。……気持ちいいよ」
柔らかく告げると、兄は苦しそうな表情をして、いったん口を離した。はぁはぁ言いながら潤んだ瞳で見上げられる。
「……俺がするの、きもちいい? クレッド……」
ぷっくりと膨らむ唇に滴る唾液を舌でぬぐい、無垢な顔つきで尋ねられ、思考が止まる。
無言で頷くと、兄はにこりと微笑んだ。
さらに硬さをもった俺のを両手で大事そうに握り、再び口の律動を始めた兄を見下ろし、急激に焦りがわいてくる。
鼓動がドクドクと速まり、余裕が失われていく。
「……ンッ、兄貴、ちょっと、まって」
肩を優しく掴んでも、兄は止めようとしない。
自身がわずかに痙攣し、男の欲求が下からせり上がってくる。
あまりに気持ちのよい柔らかな舌と唇に翻弄され、もうすぐ達することが、兄にも分かっているのだろう。
「あ、あぁ、ま、待って、くっ、で、出そうだ」
意図せず我を失いそうになりながら、上下する頭をぐっと押さえ込んだ。
「っふ、ぁ……っむ、……出して、いいよ、はやく、」
一瞬口から引き抜いたすきに、俺を視線の端にとらえ、艶っぽい声で告げられた瞬間、我慢が出来なくなった。
声にならない声を漏らすとともに自身が激しく波打つ。
「んっ、く、……あぁッ」
思いの限り射精してから気がついた。
温かな兄の口内から外れていたことを。
仰け反った体を即座に戻し体勢を取り直すと、口をわずかに開けたまま呆然と俺を見る兄と目があった。
赤くのぞく兄の舌先と、同じく赤らんだ頬に、精液がべっとりとくっついていた。
あられもない扇情的な姿に、一瞬で時と思考が奪われる。
「……あ、兄貴、あの……」
けっしてわざとじゃない。
内側に燻る欲望が消えないどころか、すぐさま熱を帯びそうなのは事実だが、そんなつもりじゃなかった。
焦った俺は、固まったままの兄を抱きしめた。
恐る恐る顔についた白い液を指で拭い、すまないという気持ちとともに心の底から湧き上がる愛情に押され、唇を重ね合わせる。
「ん、っ、んん、……くれっ、ど……」
合間合間に舌足らずに俺の名を呼ぶ兄に、キスを繰りかえす。
背に回った手に服をぐいと引っ張られ、ようやく口を離した。
「ごめんね、兄貴。我慢できなかったんだ。もう、かわいすぎて、無理だった」
他にも色々と要因もとい言い訳はあるが、要約すればそういう事なのだ。
兄は口に手の甲を当てて、恥ずかしそうに目を伏せた。
「……ばかやろうっ」
顔を真っ赤にして怒りながら、言葉とは裏腹にしっかりと抱きついてくる兄が、たまらず愛しい。
「ごめん、許してくれ。なんでもするから」
「お前のなんでもって、自分が好きなことだろ!」
「……い、いや、そんなことないぞ。兄貴の好きなこと、全部してやる」
疑い深い目をしていた兄が、ぷいっと赤ら顔を背ける。
俺はその後も何度となく謝りつつ、今夜は自分にできる限りのお返しをしようと、心に誓ったのだった。
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