ハイデル兄弟 | ナノ


▼  10 子供みたいだ

弟と初めてのデートで訪れた動物園。
なぜか俺は、見知らぬ子供に突然「お父さん」と呼ばれてしまう窮地に陥っていた。

クレッドがずんずんこちらに向かってきて、子供を真上から見下ろす。

「おい。この人はお前のお父さんではない。俺のお兄さんだ。その手を離せ」

弟の完全に子供じみた物言いに絶句する。
こいつ……こんな小さな子相手でもきっちり不遜な態度に出るのか。

「だよな?」

さっきまで天使のような顔だった弟が、怒りの表情で念を押してくる。

「あっ、当たり前だろ! 知らねえよこんなガキッ」

やべえ、つい坊やの前で口汚くなってしまった。
こんな二人の大人に囲まれたら泣き出してしまうかもしれない。

そう思い目線を合わせてしゃがもうとすると、クレッドがまた上から凄んできた。

「お前のお父さんは、どこで居なくなったんだ?」
「……分かんない。どっか行っちゃった」

不穏な言葉に嫌な予感がする。
これ一緒に探すパターンか? 面倒くせえ……

優しさの欠片もないことを思いながら、ひとまず手を繋いだまま子供をベンチに連れて行った。
こんなとこを見られて、誘拐犯に間違われたら大変なことになる。

「よし。ボク、ここに座っててくれる? 今、お兄ちゃん達が探してきてあげるから」

穏やかな声音で話しかけるが、何故か俺を見上げたまま言うことを聞かない。
なんだこのガキ。躾がなってねえな。
しょうがないから抱き上げて椅子に座らせた。

するとクレッドが前に出て腕組みをした。

「お前、名前は何て言うんだ?」

やけに高圧的な口調で話しかけている。
おかしいな。こいつは普段、子供相手には柔らかい物腰のはずだ。
記憶によれば、俺達の甥と姪のこともすごい可愛がってたし。
そんなに大人気なく苛ついてんのか?

「サーシャだよ」
「そうか。サーシャ、今日はお父さんと動物園に来たのか」 
「ううん。お母さんと」

その言葉に俺達兄弟は顔を見合わせる。お父さんじゃないのかよ。

「お母さんがどこに行ったか分かるか?」
「分かんない。トラさんの前でいなくなっちゃった」

やっぱり迷子だったか。
けれど不思議な事にあっけらかんとしていて、不安がる様子もない。

「クレッド。虎の場所って結構離れてるぞ」
「ああ。探しに行くしかないな。お母さんはどんな服を着てる? 髪の毛は長いか、短いか」

弟が尋ねると、子供はぼうっとした顔で止まってしまった。
考えているのか、うまく言えないのか分からないが、無反応だ。

「おい、どうした。はっきり答えろ」

相手は子供だというのに、まるで尋問のように問い詰めている。
黙りこくってしまったサーシャを前に、弟は短くため息をついた。

「こいつ、兄貴の催眠魔法にかけたらどうだ? それで喋らせたほうが簡単だろ」
「……はい? オイお前投げんの早いぞ。いつものしつこさどこ行ったんだよ」

思わずツッコむと、渋い顔の弟がさらに不機嫌そうに眉をひそめた。
はあ。子供が二人いるみたいだな……
いやこの雰囲気はよくない。せっかくのデートだというのに。

「しょうがねえ。俺が迷子センターに行って探してくるからーー」

そう言って離れようとした瞬間、サーシャが突然立ち上がり、俺の腰に抱きついた。
おいなんで俺こんなに懐かれてるの?
そんなにお父さんに似てるのかな?

「あのねーボク、ちょっと離して……ほらそこのデカイお兄さんが怒るからさ…」

ぎゅうっとしがみつかれ困り果てた俺は、隣で睨みつけてる弟を恐れながら子供をやんわり引き剥がそうとした。
その時、後ろから甲高い女性の声が聞こえてきた。

「ーーサーシャ、何してるの!」

げ。やべえ。
まさかこの子の母親か?
恐る恐る振り返ると、子供はパッと手を離した。

「お母さんっ」

大きな声を上げたサーシャの目線の先には女性が立っていた。
巻髪の華やかな女の人だ。

「もう! どこ行ってたの、心配したでしょ!」

母親が駆け寄ってきて子供を抱き寄せる。
なかなかの美人だ。けれど若干心配げな顔つきで俺のほうを見てきて、ぎくりとした。
やましいことは何もないのに、確実に怪しまれている。

「あのー……えっと……迷子になっちゃってたみたいで。お母さん見つかってよかったなあ。はは」

不自然に取り繕うと、余計に怪訝な目を向けられた。
するとクレッドが俺達の間に割って入ってきた。

「本当に見つかって良かった。一人で寂しそうにしていたので、事情を聞いていたのですが」

母親の視線は、適当に述べるクレッドに完全に突き刺さっていた。
顔を赤らめ何度も礼を言い始める。
おいその男はさっきまであんたの子供に凄んでたぞ。

「ごめんなさい、うちの子がご迷惑をおかけして……!」
「いえ、大丈夫ですよ。可愛らしいお子さんですね」

俺の弟がまた他所ゆきの笑顔を浮かべてやがる。
なんだろう、腹立たしい。

「お母さん。このお兄さんがお父さんに見えたから、間違えちゃったんだ」
「あら、そうだったの。すみません、この子が勘違いしちゃって」

女性は突然俺に向き直り、ぺこぺこと頭を下げてきた。

「いや別に、気にしないでください。よくある事ですよ、はは」
「お母さん、お父さんどこ? まだ帰ってこないの?」

せがんでくる子供を抱き寄せながら、母親が気まずそうに俺たちに目を向ける。

「実は数ヶ月前に夫と別れたばっかりで。いつもこんなこと言ってるんです」

えっ。なんかすごいヘビーな話だな。
どう反応していいか分からない。子供が気の毒になってきた。

「お父さんには月三回会えるでしょ。我慢してちょうだい」
「でも……」

なぜか子供は俺の手をまた握ってきた。母親はびっくりした顔をしている。
俺だってびっくりだわ。この子将来大丈夫か。

混乱しながらも、俺はしゃがみこんでサーシャの頭にぽんと手を置いた。

「ちょっと寂しいよな。会えるときはいっぱい遊んでもらえるのか?」
「うん。一緒にお散歩とかお馬さんごっこで遊んでる」
「そっか、それはラッキーだぞ。俺のお父さんも忙しかったから、たまに遊んでもらえた時はすごく嬉しかったな。サーシャもだろ?」

俺が尋ねると、しっかりと小さな顔を頷かせた。
 
「うん。僕もうれしい。……お父さんもかな?」
「そりゃそうだよ。お父さんもきっと同じだよ。だから会えた時はたくさん甘えて、たくさん遊んでもらうといいよ」

頭を撫でると、サーシャは顔を明るくして笑顔を見せた。
なんだ。喋ってみたら素直でいい子じゃないか。

「あの、ありがとうございます。もしよかったらお礼にお茶でも……」
「えっ。いや僕は何もしてないんでーー」

照れながら振り向くと、女性はクレッドに話しかけていた。
おい。ガキの相手したの俺なんだが。
白ける俺をよそに弟はにこりと極上の笑みを浮かべた。
それを見て、何故かずきりと胸が痛んだ。

「とんでもない、どうかお気になさらずに」
「でもこの子もすごくお世話になりましたし……」
「お気持ちだけで十分ですよ。それに僕らは今から大切な用があるので。なあ、兄貴」

弟が俺に視線を向けると、女性は驚いた顔を見せた。
慣れた反応だ。兄弟だということに驚いているのだろう。

「ああそうだな。じゃあ僕たちはこのへんで。行くぞ、クレッド」

早口で言って軽く会釈をし、弟の腕を引っ張った。
去り際にサーシャに向き直る。

「じゃあな、もう迷子になんなよ」
「うん。ありがとうお兄さん、バイバイ」

互いに笑みを浮かべ別れを告げた後、クレッドの腕を半ば強引に引いたまま、通りをぐんぐん歩いて行く。

「あ、兄貴。どこ行くんだ?」
「二人になれるとこだよ」

ぶっきらぼうに言い放つ。なんだか無性に腹が立っていた。
闇雲に歩き回るがまったく場所が見つからない。
すると弟が急にピタリと足を止めた。

「こっちだよ」

振り向くといつの間にか手を引っ張られていた。 
弟に先導され、静かな建物に入る。小さな植物園の様相で、熱気がこもっていて少し蒸し暑い。
中はしんと静まっていて、ひと気がないように見えた。


弟は俺の手を引いて、隅の方に連れていった。
周りを木や草花に囲まれる中、二人で長椅子に座る。
俺は奴の顔を見ずに足をぶらつかせた。

「あの女の人、絶対お前に気があったな」

くだらないと思いながらも、つい口をついて出てしまう。

「そうか? ……それで不機嫌なのか、兄貴」
「ちげえよッ」

図星な言葉にムキになって顔を上げた。嘘なのがバレバレだ。
でもクレッドは楽しげな様子で俺を見つめた。

「なんだ。残念だな。もっと焼きもち焼いてほしいのに」
「……何言ってんだ。馬鹿かお前」

こいつは面白がってるんだ。
恥ずかしさを隠す為に顔を背けると、弟の手が伸びてきた。
顎を取られ、正面を向かされる。

少し顔を傾けて、口にちゅっとキスをされた。

「……な、何してんだよ。誰か来たらどうするんだ」
「来ないよ。何の気配も感じないから」

そういう問題じゃないんだが。
ぼわっと全身が熱くなり、困惑しながら睨みつけた。

余裕の表情を浮かべていた弟が、思い出したように一瞬苦い顔になる。

「俺のほうがムカついたよ。あの子供、兄貴にベタベタしやがって。何がお父さんだ。馬鹿じゃないのか」

大きく舌打ちをして突然愚痴りだした。
俺は呆気に取られてしまう。
子供かよ。俺はあの女性と弟のお似合いな姿を見て苛ついたのに。

こいつと俺の嫉妬のベクトルが違いすぎて、若干乾いた笑いが起こる。

「確かにな。子供はお前一人で十分だよ」
「えっ、どういう意味だよ兄貴」

不満げな声を出したかと思うと、また突然唇を合わせてくる。
おいここは家じゃなくて外なんだが。
咎めるようにじっと見ると、にやりと目を細められた。

「子供はこんな事しないだろ?」
「……弟だってしないけどな、普通」
「俺は普通じゃないからな」

クレッドが開き直っている。確かにそうだと頷く。
ああ、なんか気が抜けてきた。いつの間にか苛々も治まってるし。

「でもさ。なんかあの位の子供って、小さい頃のお前思い出すわ。俺にべったりでさ、いつも腰にまとわりついて」
「はは、今とやってること変わらないな」
「まあある意味そうだけどね。そういう話してんじゃないんだよ俺は。お前が可愛かったって話だよ」
「かわいかった? 今は?」

何か引っかかったのか、ずいっと顔を近づけて尋ねてくる。
やたら真剣な面持ちで答えを待ってるようだ。
さっきまで俺が子供じみた態度だったのに、やっぱりこいつのほうが子供じゃないか。

「今も可愛いよ。何回も言ってんだろ」
「本当に?」
「うん。方向性が違うけどな」
「まあ関係性も違うもんな」

弟は妙に真面目な顔で納得したようだった。

やっぱり、可愛いんだよな。
おそらく俺にしか見せない態度がいっぱいあるはずだ。
そう思うと急に愛おしさが募り、俺の中で衝動的な気持ちが沸いてきた。

「……なあ。本当に誰も来ない? 人いないよな」
「来ないよ、大丈夫ーー」

入り口のほうを向いた弟の顎を取り、今度は俺が自分のほうへ向けさせた。
何事かと目を見張る弟に、強引に口付けする。
さっきはこいつの振る舞いを責めてたくせに、今日の俺はやっぱり浮かれすぎなのかもしれない。

「……っ、兄貴」
「だってしたくなったんだ。本当はもっと長いやつしたい」

こんな風に開き直ったりして、もう人の事をとやかく言えない。
クレッドは少し照れたように赤くなり、あどけない笑みを見せた。

「俺も。家に帰るまで待てる?」
「たぶん」

頬をなでながら嬉しそうに目を細める弟に、小声で答える。
外を歩くのは楽しいけど、さすがにいちゃいちゃ出来ないもんな。
まあ結局好き放題やってしまうんだが。


その後、動物園を後にした俺たちは、クレッドが見つけ出したというレストランに行き、夕食を楽しんだ。
個室だったせいかこいつがまた俺にベタベタしようとしてきて、俺は何度もたしなめた。
すごく美味しい料理だったのに、若干味がふっ飛んでしまった。

二人でいるのは日常的なことだけど、やっぱり今日はたくさんの非日常を体験できたと思う。
終わったそばからなんだが、もう一回デートしたい。



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