ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 9 初めてのデート

今日は待ちに待った、弟との初デートの日だ。
俺はこの日をもう何日も前から楽しみにしていた。
この年になって、たかがどこかへ外出するという事に、こんなにも心踊るとは……

相手があのクレッドだからだろう。

「ふふ……ふふふ……」

気持ちの悪い笑みを浮かべ、街角のベンチに一人座っている。
実は待ち合わせの時間まで、まだ三十分近くもある。
しかも一時間前から俺はこの場所にいる。

そんなトチ狂った事をしてしまうのも、ただ浮かれているから、という理由なだけではない。
どうしても私服姿の弟が現れてこちらへ向かってくるという、貴重な瞬間を見たかったのだ。

これも対象の稀少な行動を逃したくない、魔導師としての好奇心からなるものなのか。
いや違う、相手があの愛しいクレッドだからーー

「あ、兄貴? なんでこんな早く来てるんだ?」

地面を見てぶつぶつ考えていた俺の頭上から、まさかの弟の声が降ってきた。

「え、ええ!? クレッド! お前もう来たの!?」

来るとこ見逃しちゃっただろ!!
すげえがっかり。

いや別にがっかりはしてないぞ。もちろん弟に会えて嬉しい。

「ああ。だって早めに着きたかったから。でも兄貴のほうが早かったな。ていうか早すぎだろ」

悔しそうな顔をするクレッドを見て、心の中でほんわかと笑いが起こった。

「はは。お前のこと待ちたかったんだ。デートっぽいだろ」
「えっ。……俺も同じこと考えた。今度はもっと早く来る」
「はあ? 時間通りに来いよ。疲れるだろ」
「兄貴疲れた?」
「ううん、全然。結構楽しいよ」

素直に答えると、弟がにこりと笑った。
「今度」と言われてひとりでにテンションが上がる。

俺達は待ち合わせ早々何をやっているのだろう。
でも兄弟だからなのか、似たもの同士な感じがして嬉しい気持ちになった。

「じゃあ行こう。エルヴァンガー動物園だよな」
「おう!」

そう。
俺達が初デートの場所として選んだのは、動物好きの俺が喜ぶ動物園だった。
ちなみに俺はもう二十八才だ。弟は二十五才である。
大の男が二人そろってうきうきと赴く場所とは思えない。

けれどクレッドは、まず最初に俺にどこに行きたいか聞いてきた。
正直いって、もの凄く迷った。
俺の趣味とこいつの趣味は、ほぼかすらない。

美術館や建築物などの観光が好きな俺と違い、弟は狩猟や水泳といった運動系の趣味をもつ実践派だ。
悪いけど俺は体を動かすのは大嫌いだった。

それを知っているクレッドは、この目の前にそびえ立つ動物園を提案してきた。
街の中心部にありながら、周りを大きな庭園に囲まれた巨大テーマパークだ。

「わあ、すげえ。ここ一回来てみたかったんだ。でも誰も行ってくれる人いなくてさあ」
「そっか。じゃあ今度から兄貴が行きたいとこあったら、俺に教えて。一緒に行こう?」

うっ。
今の笑顔、可愛かった。
太陽の光が金色の髪にきらきら飛んでいた。

って俺は馬鹿か。何を考えてるんだろう。
若干熱くなりながら「うん、よろしく頼む」と早口で返事をし、俺達は入場口へと向かって行った。


園内をゆく人が皆クレッドのことを見ている。
大柄でスタイルがよく、しなやかな筋肉質が腕や背からも分かる。
加えて色気を漂わすタレ目がかった蒼い瞳、目鼻立ちの整った凛々しい顔つきーー

ハハッ俺のものだぞ!

そんな風に自惚れているわけではない。
隣に容赦なく突き刺さる視線は昔から感じることだ。
だが胸にある感情はまるで違う。そうだ、俺は今こいつとデートしてるんだから……

「兄貴。あっちに有名な猛獣がいるらしい。行ってみるか?」
「えっホント? 行く行く!」

パンフレットを読みながら場所を見つけ教えてくれる弟。
だいたい外出先で先導するのが得意でない俺には、まじで頼りになる。
兄としてはちょっと情けないが。

「うわっでけえ! あの白と黒の毛並み、神々しいな〜。体もロイザの三倍はあるぞっ」

鉄製の禍々しい檻の前で、興奮状態となった俺は使役獣の話題を出してしまった。
嫉妬深いこいつに対してちょっとした失言に口を押さえる。
クレッドは微笑んでいたが若干血管が浮き出ていた。

「あれはネルハイムの山中で捕獲された魔獣だそうだ」
「へーそうなんだ。あんなのどうやって捕まえるんだろな。やっぱ魔法かな」
「そうだろうな。だが物理攻撃も有効だろう。あの手合だとおそらく罠をかけて四肢麻痺を起こさせ動きを封じてから腱を狙ってーー」
「ちょ、なんでそんな可哀想な話すんだよっあいつ生きてるんだぞ!」
「えっ。ああ、悪い。つい本当のことを」

こいつが見たままや事実にのっとり意見を述べ、話を進めることは知っている。
けどちょっと空気読めよ。魔物といえど俺動物好きなんだぞ。
そう思ってぎろっと睨むと、クレッドはバツの悪そうな顔をした。

「ごめん。俺あんまりこういう事慣れてなくて。今日は変なこと言うかも」

少し目を逸し恥ずかしそうに頭を掻いている。

え?
あんまりって、どの程度……?

いやそんな事に気を回してもしょうがない。
でもなんか異様に初々しい雰囲気を醸し出す弟が、可愛いと思ってしまった。

「そ、そっか。俺も別に慣れてるわけじゃーー」

どぎまぎしながら俺は弟の腕を引っ張り、「他のとこも見てみようぜっ」と誘い園内を回った。

植物園と見紛うような自然豊かなパーク内を歩き、ぺちゃくちゃと会話をしながら進んでいく。
散策の途中、猛々しい獅子や虎の他にも、自由に散歩している鹿や川沿いの鴨などが目に入り、和やかな気分になる。

やべえ、すげー楽しい。
俺だけじゃなくてクレッドも楽しんでるのかな?
若干不安に思い隣を見やると、弟はすでに柔らかい表情で俺を見つめていた。
俺も意味もなく、へらっと口元が緩んでしまう。

ああ、なんか幸せ……

家で二人で過ごすのも幸せだ。
でもこいつと外に出るのって、こんなに嬉しいものなのか。

俺は完全にふわふわと幸福な世界に浸っていた。


歩みを進めると、いよいよ俺の最も好きな小動物コーナーにやってきた。
そこはまるで小さな森の中のような、箱庭空間だった。
色んな毛色の兎が跳ねたり休んだり、リスたちが跳び回ったりしている。

「はは、あの黒いのナザレスみてえ。似すぎだろ」

あっ。
馬鹿か俺は、またテンションが上がり他の男(黒うさぎ)の名前をーー
俺のほうが失言が多いかもしんない。

反省しながらも弟の顔を見るのが怖くなり、俺は近くにあったハムスターコーナーへ逃げた。

木くずが敷き詰められた枠の中に、小さなネズミたちが集まって寝ている。
やべえ、可愛い……一個欲しい。

「なあクレッド、すげー可愛くねえ? あー俺ハムちゃんも飼いたくなってきた」
「……ハムちゃん?」

怪訝な顔をしたクレッドが巣に近づき、外でちょうど伸びをしているハムスターを、あろうことか上から鷲掴みで取った。
持ち上げて裏返し、じろじろと観察し始める。

「うわああっお前何してんだよ、可哀想だろそんな掴み方!」
「え、そうなのか? どうやって持てばいいんだ?」

背中を掴まれたハムスターがジーッと厳しい声で鳴いた。
俺は慌てて両手のひらでそれを受け取った。

「こうやって下からすくい上げるように取るんだよ。上から手が伸びてきたら怖いだろ」

そっと巣に返してやると、ものすごい毛づくろいを始めた。

「そうか、勉強になった。ありがとう兄貴。俺、小さい動物のことは分からない。いつも自分よりデカイ奴を相手にしてるからな。全力で向かう癖があるんだ」

真面目な顔で述べる弟に唖然とする。全力ってこれは熊じゃなくてネズミだぞ。
まあいいや。なんかこいつらしいかも。

「はは。お前やっぱスケールのでかい男だな。そういうとこ結構好き」

適当に述べると、弟の頬がぽっと赤くなり照れだした。
ふっ、単純なとこも可愛いな。

やがてその場を離れた俺達は、緑に囲まれた広場に出た。
大きな噴水から水がばしゃばしゃと溢れ出て、周りで家族連れや子供たちが遊んでいる。

「兄貴、喉乾かないか? 何か飲み物買ってくるよ」
「え、いいの? ありがと。じゃあここで待ってるから」

気がきく弟に平気で甘えつつ、俺は広場を彩る植物を観察することにした。
春らしい色とりどりの花々を目で見て、香りでも楽しむ。

しばらくすると、ふと降ろしていた右手にぎゅっと温かい感触がした。
えっ、手握られてる。もしやっ。

「ちょ、何考えてんだこんな外で……っ」

いくらデートといえどさすがにあり得ないぞ!

でもなんかちょっと手が小さい。
不思議に思い振り向くと、そこにいたのは幼い子供だった。

俺の腰ほどの背の高さしかない、男の子だ。

「えっ……どうした、迷子になっちゃったのか?」

その子は目をぱちぱちさせて、無垢な顔で俺を見上げていた。
黒髪の大人しそうな子供で、黙ったままぼうっとしている。

困ったな。親はどこにいるんだろう。
なぜか俺の手をぎゅっと握って離さないし。

「あ、兄貴……? なんだ、その子供……」

突然、後ろから完全に動揺した弟の声が響いてきた。
バッと振り向くと、両手に飲み物をもって石のように固まっている。

ん? なにその反応。
まさか変な誤解されてないよな。

「お父さん」

下からぼそりと聞こえ、子供が俺のことをじっと見上げてきた。
おいおいおい、なんだこのガキ。俺はお前のお父さんじゃないんだが。

けれど目の前には、俺よりもっと顔を引きつらせた弟がいた。



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