ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 11 大人の呪術師

今日の俺は珍しく白シャツに上下黒のスーツという、綺麗めカジュアルスタイルに身を包んでいた。
ちなみに手には紫を基調とした花束を抱え、奴好みのやや値が張るぶどう酒も持参した。

時刻は夕方。目の前には一見要塞のような豪邸がそびえ立っている。
なぜこんな場所にいるかと言うと、同僚の呪術師マキア・エブラルの自宅にお呼ばれしているのだ。

浮気じゃない。おしゃれして土産まで用意したが、断じてこれは浮気じゃない。

ただの同僚だから。いくら周りにいない年上のイケメンでお上品なタイプとはいえ、別に緊張してないし。
頭の中で反芻するが、何故だか弟への罪悪感が募り出す。
俺、異様にドキドキしてる……

「いらっしゃい、セラウェさん。私の家にまで来て頂けるなんて、嬉しいですよ」
「あっ……エブラルさん。こんばんは。招いて下さりありがとうございます」

玄関ロビーに入ると、銀髪長身の紛うことなき超絶美形が出迎えてくれた。
丁寧すぎる挨拶をする俺に、呪術師がにこりと微笑む。

普段のローブ姿ではなく、黒シャツにスラックスという珍しくラフな装いだ。
若干はだけた胸元から妙に色気が滲み出ていて、ドキッとしてしまう。

「あのーこれ、エブラルさんはぶどう酒がお好きだと聞いたので。あとこの花はオズからです」
「素晴らしい。どちらも私の好みにぴったりだ。ありがたく頂きますね」

男に花なんてと思ったが、美形は何でも嫌味無く似合ってしまうんだな。
感心していると、呪術師が俺を中に案内してくれた。

建物の内部にはアンティーク調の家具や高価そうな骨董品が並ぶ。
奴の研究室もそうだが、落ち着いた色合いを基調とし、照明や絵画などの装飾にもこだわりが窺える。
実用的でこざっぱりしているクレッドの家とはかなり異なって見えた。

「センスの良い家ですね。美術に関心があるんですか」
「ええ、もちろん。気に入ってくださいましたか」
「はい。僕もそっち方面に興味あるので」

何気に意気投合しながら大広間へと連れられ、格調高いソファへと腰を下ろす。
笑顔だった呪術師が俺を見下ろし、わずかに銀色の眉をひそめた。

「セラウェさん。さっきから何故敬語なんです? 他人行儀な話し方は止めてほしいと言ったでしょう」
「……えっ。そんなこと言われても。僕達まだ知り合って間もないですし」

エブラルは俺の言葉に納得がいかないように、やたら真剣な顔で見つめてきた。

そうだ。こいつは俺の師匠により少年へと変貌する呪いをかけられていた。
最近その呪いが解かれ、大人の姿に戻ったばっかりなのだ。
種類は違えど、言わば俺とは「呪い友達」の間柄でもある。

少年の姿の頃から見慣れていた藤色の瞳に、久しぶりに不気味な淀みが漂い始めた。

「知り合って間もない? 冷たい方ですね。あれだけ色々と一緒に苦難を乗り越えてきたのに」
「へ。何言ってんすか、そんな覚え全然無いんですけど。最初の頃あんた俺のこと脅してましたよね」
「それは貴方の師であるメルエアデのせいでしょう。私だって切羽詰まってたんだ。文句ならあの男に言って頂きたい」
「まあそれは否定出来ないけど。そういや今日師匠いないよな。まさか後から出てこないよな」

焦って問い詰めると、エブラルがにやりと笑った。
ぞくっと悪寒が走る。

「さあ、どうでしょうかね……怖いんですか」
「当たり前だろ。止めてくれよマジで」

怯える俺に対し、呪術師は中腰になって顔を近づけてくる。
え、何。
あんま接近すると美形に弱い俺の精神がいとも簡単に揺らいでしまうーー

「いつのまにか普段の言葉遣いに戻ってますね。私はそのほうが好きですよ、セラウェさん」

意味深に呟き、急に大きな体が迫ってきた。
どぎまぎして思わず身を仰け反らせる。

「な、なんだ、ちょっと離れてくれよ!」
「ふふ、貴方をからかうのは実に面白いな。やはりメルエアデも呼ぶべきだったか」
「は……?」

いやいやいや。あのバケモノ呼ばなくていいから。
汗がだらりと背中に垂れる。

「ちょっと。二人とも、何遊んでるんだ? 僕は一体いつまでここで待っていればいいわけ?」

突如広々とした空間に響いたのは、甲高い少年の声だった。
エブラルの背中越しに、黒いローブ姿の黒髪の少年が立っている。
真っ白な肌にあどけない顔立ちの魔術師は、呆れの入ったつまらなそうな表情を向けていた。

うそ。これは予想していなかったぞ。

「アルメア? どうしたんだお前」
「なに、セラウェ。僕がここに居ちゃいけないのか?」

ツンツンした喋り方でこっちに歩いてきて、向かいのソファにすとんと腰を下ろした。
するとエブラルがふふっと大人の笑みをこぼした。

「セラウェさん。実は今日貴方をお呼びしたのはですね。私の希望も勿論ありますが、アルメアがどうしても貴方に会いたいとうるさくて……」
「な、何言ってるんだエブラル! 僕はそんな事一言も言ってないだろっ」
「そうか? 私にはそう聞こえたが。こと有るごとにセラウェさんとハイデル殿のことを口にしていただろう」

え、そうなの?
唖然としながら魔術師に目を向けると、冷ややかな顔で見返された。

「だって君、全然僕のところにお礼の挨拶もしに来ないよね。呪いをといてあげたっていうのに。信じられないな。親はどういう教育してるんだ」
「ご、ごめんごめん。行こうと思ってたんだけどさ、俺お前の家どこにあるか知らねーし。特殊結界張ってんだろ、転移魔法も使えないじゃん」
「はあ。君本当に魔導師? そのぐらい自分で調べなよ。実力はしょうがないけど探究心が足りないんじゃないの」
「なんだとてめえ、ちょっとぐらい格上だからって言い過ぎだぞッ」
「まあまあ、せっかく魔術師三人が集まったんですから。夕食を取りながら歓談しましょうよ」


俺達の口喧嘩を仲裁する呪術師の一声により、その後奇妙な夕食会が始まった。

端から見ると、年も外見もバラバラだ。
共通点は魔術を嗜むという点のみ。ここにあのトラブルメーカーである師匠がいないということだけが、救いかもしれない。

「うわっ、すげえ豪華なコース料理だな。どうしたんだこれ」
「勿論私が作ったに決まってるでしょう。さあどうぞ、皆さん召し上がれ」
「へえ。中々美味しそうだ。僕は普段執事が作ったものしか食べないけど、今日は特別に食べてあげるよ」

バカでかい食卓に並んだ旬の食材たっぷりの料理を前に、各々テンションが上がる。
美形は料理まで完璧にこなすんだな。この男、段々どこかの誰かと重なってきた。

「あー美味しい。俺気分良くなってきたよ。今日はありがとな、エブラル。あ、ぶどう酒もっとくれ」
「喜んで頂き何よりです。そういえばセラウェさん。新しい呪いのほうはどうなったんですか? ハイデル殿とうまくいってるんですよね」
「う゛っ、げほッ、ごほッ!」

ほろよい気分で舌鼓をうっていると、突然呪術師に予期せぬ話題をぶっこまれ、俺は盛大に咳き込んだ。
おい食事中に何言い出すんだこの中年紳士は。

「な、何だよいきなり! 今そういう話題やめろよッ、ご飯食べてんだぞっ」
「でも呪術師としては気になるので。だいたいはアルメアから聞きましたが」

聞いたのかよ。
すでに俺の性生活知られてるっつうのか。何その羞恥プレイ。

最初のえげつない呪いを封じる為にかけられた新たな呪いといえば、一つ目はクレッドの月数度の獣じみた発情だ。これはまだ一度しか経験してないが……結構凄かった。

二つ目は奴の精液に含まれる媚薬成分のことだ。
ちなみにこの媚薬成分は、俺達が両思いでないと効果が発動しないという、わりとシビアなものである。

「そうだよセラウェ。僕も聞きたかったんだよね。僕が考えた呪いの媚薬どう? すごい良い贈り物でしょう」
「……あ? つうかお前よくもあんな、反応に困る呪いかけやがったな」
「何そのすさんだ顔。まさかもう効果が薄れてきたとか?」
「んなわけねえだろ! 俺達すげえラブラブだから、効果凄いから!」

売り言葉に買い言葉でバタンッと立ち上がり、声高に宣言してしまった。
はっ。
俺は何を他人の前で兄弟の触れ合いを暴露してーー

「まじでやめろ、アルメア。……え、エブラルさんも聞いてるんだぞ」
「いやエブラルが始めたんでしょ、この話題」
「ふふ、そうですね。恥ずかしいんですか、セラウェさん。大丈夫ですよ、我々は呪術師ですから。純粋な興味から聞いてるんです」

爽やかな笑顔で諭されるが、そんなんで納得出来るはずがない。
その後も俺は根掘り葉掘り聞かれたが、相手をしているうちに、やがて限界がやってきた。

「もう俺の話はいいよ! そういやアルメア、お前は執事とどうなったんだよ。そういう関係なんじゃないのか?」
「な、ななな何で急に僕の話になるんだっ。関係ないだろ君に!」

ふっ。顔真っ赤にして狼狽えやがって。
俺は知ってるんだぞ、こいつが自分の執事であるノイシュさんに恋心を抱いているということを。

「関係あるだろ。お前らの仲、俺が取り持ってやったんだろうが。恋人同士になれたのか? 言ってみろよ、ほら」
「それは……」

アルメアは若干照れたように顔をうつむかせ、黙ってしまった。
なにその初々しい反応、まさかマジで?
やべえ自分で振っといてなんだが、あんまり聞きたくねえその先の話。

「ま、まあ無理に話さなくてもいいけどさ。お前まだガキだし。ちょっと早かったよな、こんな話題。スマンスマン」
「何それ。僕はガキじゃないよ。クレッドから聞いてるだろ?」

ムッとした魔術師の態度を見てはっと思い出す。
あ、そうだった。
すっかり忘れていたが、こいつの血族も確か長命とかいって、見た目通りの年齢じゃないとかいってたな。

「ふうん。アルメア。お前一体いくつなんだ?」
「具体的には教えたくないけど、エブラルより年上だよ。はるかにね」
「ええ!? うそだろ!?」
「本当ですよ、セラウェさん。彼と知り合ったのは数十年前ですが、姿は変わってませんから」

マジかよ。さすがあの炎の魔女タルヤの血族ーーつうか本当は魔族か何かなんじゃないのか。
もし人間だと言うのなら、不老の術を施すことが可能なんて、裏でヤバイことをやりまくってるに違いない。

「なに、信じられないの? じゃあ僕の本当の姿、見せてあげようか」
「出来るのか?」
「もちろん。この姿は魔力で保っているからね」

俺は奴の申し出に思わず頷いた。
魔導師として夢のような話だ。こんなに美しく若さを保持できるなんて。

アルメアはにやりと笑って、俺達の前で詠唱を始めた。
耳慣れない言語で紡がれる呪文は、おそらく血族に伝わる門外不出の術式なのだろう。

ああドキドキする。そんな奇跡がありえるのか?
この目で確かめたい。好奇心がずくずくと疼き出す。

胸の高鳴りを抑えつつ待っていると、突如立ち込めた黒い煙の中から人影が現れた。

「…………!」

透けるように白い肌、黒髪と赤い瞳はそのままだ。
だが幼い面影は消え去り、体格の良さを表す長い手足に、きりりとした切れ長の視線と男性的な顔立ち。
それはこの豪邸に現れた、とんでもないほどの、美形その2だったーー

口をあんぐりと開けている俺に、美青年がくすりと笑いかける。

「どうだ、セラウェ。これが本当の俺だ。……気に入ったか?」

えっ。誰だあんた。
口調も変わってるし。なんかオラオラ系に見える。

二人の美形を前にして、情けないことに今日の俺、心臓が保たないかもしれない。



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