ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 110 兄の勇気

カップル・ナイト・コンテストに出場している俺たちが、早くも直面したいかがわしい質問内容。
それは『二人が最も燃える、夜のシチュエーション』を答えろというものだった。

不気味な静けさで隣に佇む弟の、心を読めたらいいのに……いややっぱ読みたくない、などと葛藤を繰り返しながら。
俺はやがてドン!と空中に答えを出した。

吸血鬼カップルは「行ったことのない野外」とかのたまい、ホムンクルスカップルは「まだ経験がない」とかいう驚きの結果を示し、共に正解して観客を沸かせた。

俺とクレッドの答えはというとーーなんと完全一致だった。
ともに「発情○○○○」と書かれていたのだ。

ちなみになぜかこれが一番盛り上がり、本当は弟の月に三度の呪いのことなのだが、俺は完全に「獣の自分の発情期」だと偽り、司会者と観客に卑猥な説明をする羽目になった。

ついでにクレッドは至極興奮した様子で耳を傾けていた。

「なあ、すごいなお前……俺の心読んだのか?」
「いや、読めたらいいけど……すごく考えたよ。でも兄貴は二人の時間のこと、話すの得意じゃないだろ? だから俺のことにした。実際にまあ、一番燃えてるっていったらそうだしな」

腕を組んで黒マスクを頷ける。

さすが俺の弟だ。
まさか一字一句揃えてくるとは思わなかったが。確かに発情のときは、俺たち一番やばいもんな。

とにかく、これでやっと第一の試練が終了した。
すでに精神的に疲労していたが、結果は今のところホムンクルスが一位になっている。
次の試合で頑張らなければ。

そう決意した俺のもとを、さらにヤバイ問題が襲い来る。

「さあ、それでは第二の試練にいきましょう! まずはカップルのうち、か弱いほうの皆さんはこちら側に立ってください!」

そう言って魔族のイケメン司会者が、俺と吸血鬼の女性、そしてホムンクルスの少年を左側に集めた。

オイコラ、か弱いほうってどういう意味だこの野郎ッ!

そう切れそうになるのを、さっきの失態を思い出し必死にこらえた俺は、大人しく弟にしばしの別れを告げた。

今から何が始まるんだよ。怖すぎる。

震えていると、笑顔の司会者がステージ端から白衣姿のおっさんを呼び込んだ。
この人も何やら怪しい巨大な魔石を手のひらに持っている。

「今から集まって下さった三人の方に、お相手の方をドキドキさせるような言動を行ってもらいます。ほらご覧ください、ステージの真上にはちょうどお相手の方達の心拍数と血圧が表示される仕組みになっているんですね〜。つまりこれで、最も恋人をときめかせた人が勝ちというわけです! 楽しみですね、博士」
「はぁ。……いや、ちょっと問題が……吸血鬼の彼は心拍数がありませんね。どうしましょうこれ」
「おおっと! これは大変な問題が発生しました! ……残念ですがこの試練には参加出来ません!」

しょっぱなから事故が起こり、ぶーぶー文句を言うヴァンパイア夫妻は休場になった。

よっしゃぁ!
小狡い俺は思わぬラッキーに内心拳を突き上げる。

しかし冷静になって考えてみると、弟をドキドキさせるなんて、俺は何をすればいいんだと若干パニックになってきた。

そんなことあんまり考えたこともないし、大勢の人が見てる前で、おかしな演技など出来っこない。

クレッドを見つめたが、黒ローブ姿で顔面マスクに覆われた表情は、まるで何を考えてるか分からない。

どうしよう…。
だが焦りもむなしく、最初は俺の番だった。

弟が俺の目の前まで歩みを進め、じっと見下ろしてくる。
だらだらと緊張が走った。

「では猫耳少年と暗黒騎士カップルのお二人どうぞ! ……おや、ちょっと待ってくださいよ。暗黒騎士さんのほう、やたら心拍数高くないですかね?」
「はぁ。本当ですねえ。この方、血圧もギリギリまで上がってます。すでに大変興奮しておられるようで…」

実況者の言葉が耳に入り、「え?こいつ大丈夫か?」と試合中ながら心配になる。

でも一旦落ち着くことにした。
奴のマスクを見つめ返し、空洞の目の部分に、いつもの綺麗な蒼い瞳を思い浮かべる。

ああ、なんだかクレッドの顔が恋しい。
自然と弟を求め、手を伸ばしてぐっとローブを捕まえた。びくりと弟の体が反応する。

「クレッド」
「ん? 大丈夫、兄貴…?」
「……うん。ちょっと、しゃがんでほしいんだけど」

俺を気遣う様子の弟が、言うことを聞いて静かに片膝をついた。

これでちょうどいい。俺は奴の両肩にそっと手をのせる。
周囲はしんとしていた。自分の心臓が飛び出そうだ。

「こいつをドキドキさせればいいんだよな……よし……」

ぼそぼそと独り言が口からこぼれてしまう。
弟が息を飲む音が聞こえた気がした。

「あの……こんな俺でいい?」

控えめに尋ねると、クレッドは一瞬間を置いたが、すぐに頭を頷けた。

「もちろんだよ、兄貴。俺は兄貴がいいんだから」

短い問いで俺の意図を汲んでくれる弟が、やっぱり愛おしい。
そんな思いを繋げて、次の言葉を発した。

「クレッド。俺はあんまり頼りにならない兄貴だけど、お前への愛なら誰にも負けない自信がある。お前のいない世界は想像出来ないし、お前はもう俺の全てなんだ。だから頼む、俺と、結婚してくれ……!」

……決まった。

俺は全勇気を振り絞り、決め台詞を愛する弟に放ったのだ。

その時。
突然ブーッブーッ!とステージ上にサイレン音が鳴り響いた。

合間に司会者の「ああっ! 大変です、暗黒騎士さんの肉体のパラメーターが限界値を越えています!」という恐ろしい報告がなされる。

え、うそ、やべえどうしよう。
慌てて駆け寄った俺の前でガクンと、弟の膝が崩れ落ちた。

「ちょ、大丈夫かよ、お前……どうした?」
「ど、どうしたって兄貴……俺、死にそう……幸せすぎて…」

消え入りそうな声で返事をされ、俺は慌てて寄り添った。

「ごめん。びっくりしたか? だって、まだ俺からその……言ってなかったから。ぶっ飛んでるけど、お前が喜びそうな言葉考えたら、こうなっちゃったんだ」

急に恥ずかしさが増し、言い訳っぽくなってしまう。

この言葉は、もちろん弟が聖誕祭の時にしてくれた、あの時の思い出をなぞらえたものだった。
きっとこいつも気づいているだろう。

弟は両膝をついたまま、俺を抱き締めた。
力強さの中に温もりを感じて嬉しくなった俺は、人目も気にせず奴に抱きつく。

するとクレッドは俺を抱いたまま立ち上がった。

「するよ。兄貴と結婚する。俺だって、最初からそうだけど、兄貴がいなかったらもう生きていけないから……!」

そう言って仮面を近づけ、俺の口元に重ね合わせた。
ちゅっと冷たい金属があたっただけなのに、顔がみるみるうちに火照り、燃え上がりそうになる。

イベント中の出来事なのに、抱えきれないほどの幸せに襲われた。弟が俺の気持ちをいつも以上の大きな愛で、受け取ってくれたからだと思う。



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