ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 109 カップル・ナイト・コンテスト

俺たち兄弟は、一体何をトチ狂ってしまったのだろうか。

訪れた街のお祭りで、他の二組のカップルと共に、豪華ステージに立ち眩しいスポットライトを浴びている。

「さあトリアン・ナイトカーニバルにお越しの皆さん、お待ちかねの一大イベント、『カップル・ナイト・コンテスト』の始まりです!」

スーツ姿の魔族のイケメン司会者が宣言すると、テーブル席で飲み食いしながら楽しむ観客達が、歓声の渦を巻き起こす。

さきほど出会った元凶、獣耳兄弟の二人も仲間たちを連れてきて、両手を掲げて「おーいがんばれー!」と俺達を応援しているのが目に入った。

……優勝賞品が欲しいからとはいえ、やっぱ早まったかもしれない。

人々の視線に羞恥が募り、すでに後悔していた俺だったが、隣に立つ闇のローブ&黒マスクの男は違うらしい。

「兄貴。おでこに汗かいてる。猫耳もピンと立ってるし……緊張してるのか?」
「するに決まってんだろアホか。考えてみたら異常だろこんなの。お前はなんでそんな落ち着いてんだよ」
「いや俺もすごい興奮してるよ。だって世界中に兄貴への愛を知らしめることが出来るんだぞ。どんな任務よりもやる気でるよ」

いやここ魔界だから。こいつどんだけ大きな野望持ってんだよ。
二人でボソボソ話してる間に、司会者がコンテストの内容を説明し始めた。

どうやら出演者たちは今から『三つの試練』なるものに挑戦し、ステージ前にいる審査員らのポイントを稼ぎ、最終的に観客達からの投票を集めてベストカップルが決まる、というものだった。

こんな恐ろしいイベント、まず俺の人生に関わりがなかったと脂汗をかく間、参加者の紹介が始まった。

「まず一組目は、結婚歴400年という熟練カップルの吸血鬼夫妻です! さすがヴァンパイアのお二人、若さを保たれてますね〜。我々飽きやすい魔族ですが、長く添い遂げる秘訣とかあるんでしょうか?」
「ふふふ。そうだな、互いの餌には干渉しないことだろう。愛と食は別なのでね」
「ほんとよねえ、私達って獲物への執着はすごいから。夫婦でも線引きは必要よ」

透けるような肌の美男美女が、生々しい内容を語っている。
だがやべえ、なんだその桁違いの経験値……俺達なんてまだ30年も経ってないぞ。

い、いや。確かに凄いことだが愛は年数だけじゃないと自らを励ます。

「いいなぁ……俺も兄貴と400年一緒にいたいよ。寿命だけじゃ全然足りない。吸血鬼になればいいのかな…」
「はっ? お前聖騎士のくせに何言ってんだよ。親と俺が泣くぞ」

なんかクレッドのやつ、仮装してからやけに魔界寄りの発言が増えてないか。
意外な悪影響が密かに心配なんだが。

とりあえず弟のぼやきは置いといて、次のカップルに注目する。
だがライバルの彼らは驚きの出で立ちをしていた。

「続いて二組目は、魔生学の博士と助手のホムンクルスカップルのお二人です! えー、お二人の出会いは、どういったものなんでしょうか??」
「見て分からないかね? 彼は私が作った最高傑作のホムンクルスだ。あまりに出来がいいので伴侶にしたのだよ。そうだろう16号」
「はい、永遠にお慕いしていますマスター」

黒衣を纏う男に対し、隣の美少年がうっとりした顔ですかさず答える。

な、なんだと……同じ魔術師として好奇心と羨望の思いに駆られるが、倫理的にまずいんじゃねえのかと自分を棚に上げて突っ込む。

というかこのコンテスト、普通に三分の二が男同士なんだが観客含めなぜ誰も何も思わないんだよ。

「そして注目の三組目は、キュートな猫耳少年と闇落ちした元ホーリーナイトの異種カップルでございます! 馴れ初めが気になるお二人ですね〜。まさか騎士さん、誘拐してきちゃったんですか?」

弟に向かってマイクをぐいっと向けてくる司会者に、俺は身を乗り出した。

「え? どういう意味ですかそれ、僕は小さく見えますけどね、本当は立派な成人男性ですから。な、クレッド」
「うん。でも誘拐したくなるほど可愛いのは本当だな。俺達は兄弟なんですよ、だから生まれた時から一緒なんです。昔から兄貴に夢中で、もう離れるなんてことは、考えられなくなってしまいました」

弟が俺に向かって、甘美な声で伝えてきた。

大勢の前でしょっぱなから凄いアピールをされて全身が熱い。やっぱ騎士としての場数の違いか?と思いつつ、ヤケクソになった俺は「そうそう、俺も弟とは運命共同体なんすよね!」と精一杯振り切った。

「おお、なんと兄弟でしたか! 複雑な家庭環境が気になるところですが……熱々のメッセージありがとうございます! では盛り上がってきたところで、さっそく皆さんには第一の試練、『二人の気持ちの共鳴度』を競い合って頂きましょう!」

歓声が響き渡る中、スポットライトがぐるぐると動き回る。

その間にセットが交換され、参加者たちには特別な魔石が一つずつ渡される。
それは思い浮かべた言葉が文字として宙に現れるという、不思議な代物だった。

二人の関係に関する共通の質問を投げかけ、答えがぴったり合致すればポイントを得られるというものだ。

「それでは一つ目の質問です! お二人が初めてキスをした場所は?」

弟と肩を並べた俺は、最初の質問から「ぅぐッ!」と変な声で反応しそうになった。

おいおい。
ちょっと際どいんじゃないか。魔界だからハードル高めなのか。

しかし参加したからには頑張るしかないと、俺は雑念を振り払って集中した。

やがて全員の答えが一斉に前方に浮かび上がる。
隣に立つクレッドと見比べると、二人とも「俺の部屋」「兄貴の部屋」と書いてあった。
ふーっと深い息をつく。

「よかったぁ、一瞬お前に尋問室でされた初キスかと思ったんだけどさ、やっぱそっちだよなぁ」
「う、うん。良かった、兄貴が俺の話覚えててくれて……」
「えっ。忘れるわけないだろ。記憶はないけど、大事なことだし」

コンテスト中なのに二人で見つめ合い、照れ合ってしまった。
俺たちの記念すべきファーストキスは、俺が16の時、あの問題の夜に交わしたものだ。

色々あったが、今では普通に話題に出せるようになったことが感慨深い。
きっと多くの困難を乗り越え、今はラブラブなせいだろう。

気になる他の参加者達だが、吸血鬼カップルは「昔過ぎて覚えてない」とあっけらかんとし、博士とホムンクルスのほうは普通に正解していた。

よし。この調子でいけば大丈夫かもしれない。

「それでは第二問目の質問です。相手の体のパーツで好きなところ、相手が自分のここが好きだと思う所を挙げてください!」

え?
なんか思ったんだが、段々内容がエスカレートしてきてないか。

焦りながらも必死に考える。
だがこれ、難しい。とくにあいつは、一体俺のどの部分が好きなんだ…?

耳をぶるぶる振りながら、懸命に思い浮かべた。
そして再び、一斉に答え合わせをする。

俺の答えには恥ずかしげもなく「弟の指、俺の顔」と書いてあった。
自分で何を言ってるのかと思うが、もうぶっちゃけた。

即座にクレッドの答えを確認するとーー「兄貴の背中、俺の指」と書いてあり、俺は驚愕した。

「マジかよ! お前俺の背中が好きだったの? 知らなかったんだけど! え、なんで?」
「いや、それはここじゃ言えないけど……兄貴の顔ももちろん大好きだよ。でも体って言われたからさ、つい」
「なんで言えないんだよ、変な奴だな。だってお前いつも俺見て可愛い可愛いって……まぁいいや、何言ってんだ俺。ごめんごめん。でもお前、よく俺の好きなとこ分かったよなぁ、はは」
「うん。だって兄貴の髪シャンプーするとき、いつも褒めてくれるだろ。嬉しいから覚えちゃったよ」

俺たちは何をコンテスト中にペラペラ喋っているのだろうと思ったが、普段こんなこと恥ずかしくて話せないので、何気に嬉しかった。

しかしこの質問は驚くべきことに、他のカップルは皆さらっと正解していた。

やばい。
俺のミスで今のとこ二番手になってしまってる。巻き返さなければ。

そう二人で決意したとき、予期せぬ問いがやってきた。

「それでは最後の質問です! お二人が最も燃える、夜のシチュエーションをお答えください! ちなみに際どい箇所には自動的にモザイクが入りますので、ご安心ください」

あり得ない文言が耳を通り抜け、俺の中で何かがブチっと音を立てて切れる。

「ちょっとちょっとぉ! さっきから何なんすか、危ない質問ばっかりしやがって! 公開ギリギリでしょうこんなの! ていうかプライバシーの侵害ですよねッ」

盛り上がっていた観客が俺の一言により、ざわめき始める。
司会者の男も驚きに目を瞬かせた。

「ええと、そうですか? まあナイトコンテストなので、少々アダルトな質問は多いと思いますが…」
「え! うそでしょ、僕そんなの知らなかったなぁ! どうしてくれんだよオイ!」

半獣人の姿のせいか、完全に気が立っていた俺は、審査員の心証を気にすることもなく全身の毛を逆立ててつっかかった。

すると、周りのカップル達からくすりという笑い声をかけられる。

「あら、可愛らしいお子ちゃまにはちょっと早い質問だったかしら。ねえあなた」
「ふふふ。そうかな。初々しいところは非常にそそるが……経験がないわけでもあるまいに」

美形のヴァンパイア達が俺を見て舌なめずりしている。
ゾッと警戒心を強めた俺の肩が、すかさず硬い手袋に握られた。

顔を寄せたクレッドの黒マスクに一瞬びびる。

「すみませんが、俺の兄はとても恥ずかしがり屋なんです。純粋ですし、変な目で見ないで頂きたい」

革の指先がつっと俺の頬を優しく撫でてきて、ぶるるっと震えた。
大勢の前で何してんだと文句を言いたくなるが、自然と体が大人しくなる。

それを見たホムンクルスの主、変態博士が興味深そうな顔で顎に手を当てる。

「ほほう。純粋な獣人族など聞いたことがないが、躾をする対象によって変わるのか? 面白い。私も飼ってみるか…」
「そんな、マスター。僕だけじゃ不十分なのですか…?」
「案ずるな16号。もちろん私の恋人はお前だけだ」

何か勝手に喋ってるが、妙な注目を集めてバツが悪くなった俺は「いやなんかすみません。ちゃんと我慢して参加するんで、はい」と頭を下げてゲームに戻ることにした。

くそ。
なんでこんな恥ずかしいこと答えなきゃいけないんだ。
俺は別に弟が思うほど純真なわけでもないが、大事な奴との秘め事を嬉々として他人に語る趣味はないのだ。

「いやあ盛り上がって参りましたね、皆さん! では気を取り直してお答えください!」

考えた末に、俺は頭をまっさらにして、素直に感じることにした。



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