ハイデル兄弟 | ナノ


▼ 111 天国と試練 (弟視点)

兄貴とのハネムーン四日目にして、俺は幸せの絶頂にいた。
わがままを言ってカップルコンテストに参加してもらっただけでなく、競技中のこととはいえ、なんと兄貴から公開プロポーズをされたからだ。

『俺と、結婚してくれ……!』

そんなのするに決まってる。
現実的な問題とかはどうでもいい。するといったらするんだ。俺はすでに兄に求婚して想いを実らせていたが、愛する人から実際に告げられることは、また格別な喜びをもたらしていた。

「なあ、お前さっきから黙ったままだけど大丈夫か? もう血圧さがった?」
「……えっ。いや、たぶんまだ。ちょっと興奮しててさ…」
「そっか、無理すんなよ。これで最後の試練だからがんばろーぜ」

他の出演者とともに、ステージのはしっこでセットや演出が変わるのを待つ間。
猫耳姿の兄が黒いしっぽを楽しげに揺らし、俺の胸をとんと小突いた。

か、かわいい……。

全てを放り出し今すぐ抱き締めて好きなことをしたいぐらい、半獣人の兄も魅力的だ。

仮装屋のせいで透明になってしまった俺だが、ローブをかぶり仮面をつけたことで、兄と視線が合うようにもなったし、今となってはこのハプニングに感謝すべきかもしれない。

「うん、最後の試練も、俺頑張るよ。優勝したら二人でお祝いしような?」
「おう! こうなったら開きなおって一位狙うぞっ! 景品も欲しいし!」

二人で手を握り合い、決意を新たにする。騎士として、兄の弟として、負けるわけにはいかない。

だがそんな俺のもとに降りかかったのは、ある意味史上最大の困難とも言える、第三の試練『愛の証明』だった。

四方からライトアップされた舞台上に、再び魔族の司会者が現れる。

「さあ皆さん! いよいよ次の試練でベストカップルが決定いたします! 今のところ吸血鬼夫妻が少々遅れをとり、博士ホムンクルスカップルと猫耳&暗黒騎士カップルの二組がともにトップとなっております!」

不敵に笑む競争者らと目が合うが、俺は他人のペアなど最初から眼中にない。
これは自分との戦いなのだ。

「ではまず、こちらの方に登場して頂きましょう! 魔術界隈屈指のエリート育成所・魔界妖術大学院を牛耳る、デードン教授です!」

銀色のマントを羽織った、長い黒髪の男がゆっくり登場し、会場がどよめく。
一目みただけで察知できる、禍々しい闇のオーラに、俺の隠された聖力が疼いている。

「ひっ……誰だあれ、強そう。妖術ってなんか嫌な予感するし……こえーよクレッド」

耳を震わせローブに掴まってくる兄の肩を抱く。
確かに率先して相対したくないタイプだ。

男は俺達を真っ先に見た。
そして黒い唇の口角を怪しく上げる。

「ほう。随分と毛並みの異なるカップルがおりますな。彼らから始めましょう。……くっく、久しぶりに腕が鳴りますよ」

ぞくりと背筋が冷える。
今まで誰からも指摘されることはなかったが、高位の妖術師には、俺達の術の状態が見抜かれてるのかもしれない。

魔族の司会者がさっそく説明を始めた。

「え〜教授にはですね、今からペアのか弱いほうの方に特別な秘術をかけて頂きます。それに伴い、相手の方はあることを上手に見破り、二人の愛と絆の強さを証明していただくという流れです!」
「ちょっと待ってくれ。何の秘術だ? 安全なのか?」

俺は真っ先に物申した。
秘術という言葉には兄の師匠メルエアデのせいで、一連のトラウマがあるのだ。

「案ずることはありません、元聖騎士よ。むしろ貴殿の喜びそうなことをしてあげましょう」

知ったふうな口をきく魔族の教授が、明らかに不気味でいかがわしい。
ためらう俺だが、隣にいる兄はぴくぴくと身震いしていた。

「マジかよ……魔界エリートの術ってどんなんだろう……やべえ興味出てきた」
「え、兄貴? 本気か?」

仮装屋で酷い目にあったと怒りまくっていたのに、俺の兄は懲りないらしい。

その後も長々と司会者から安全性を語られ、運営には多くの救護班もいるから大丈夫だと説得された。

俺はきっとハネムーン・ハイで正常な判断が鈍っていたのだろう。
乗り気な兄にも押され、最終的には試練を受けいれることになった。

舞台の中心でスポットライトを浴び、観客が静まりかえり、他のカップルが端のソファ席で鋭い視線を送る中。

「ではいきましょう。猫耳獣人さん、精神をまっさらに保っていてください……!」

少し離れた正面に立つ兄が、教授の詠唱に晒される。
俺は固唾を飲んで見守った。
本当ならば、こんな光景は見たくない。胸が苦しくてたまらない行為だ。

しかし、やがて予想だにしない出来事が起こったのだった。

まるでアルメアの呪いを思い出させるような、黒い霧がかったモヤが辺りに充満する。

その中心から現れたのはなんと、ーーたくさんの兄貴だった。

「……え? なんだ、これは。……兄貴が四人??」

目を凝らすが、目の前には確かに三角の猫耳と猫の手足をした、淡いローブ姿の小さな兄たちが、横に並んでいた。

どれもこれも一見みな同じで、区別がつかない。

「「「「わーっ! 俺分裂してる! どうしようクレッド!!」」」」

兄たちが一斉に俺のほうにやって来て、取り囲まれてしまった。
観客が驚き、盛り上がる歓声が遠くで鳴り響いている。

「うそだろ……天国かここは……あに、兄貴が……増えてる」

瞬時にまた頭に血がのぼった俺は、後ろにふらっと倒れそうになった。

見計らったかのように、司会者がマイクで高らかに宣言を始める。

「では暗黒騎士さん、大変難しいと思いますが、この中から本物のお兄さんを見つけ、愛の力を証明してください!」

さっきまで自信にあふれていた自分が、情けないことに一瞬混乱に陥る。
幻術にしては、皆気配がきちんとあって、どれも皆兄に見えるのだ。

「はぁ? あいつ何言ってんだ、俺が本物のお兄さんだよ」
「バカか俺に決まってんだろ! 引っ込んでろこのやろー!」
「クレッドに触るなってば、俺がほんとの兄貴なんだぁっ」
「お前ら黙れ、俺意外みんな偽物なんだよ」

四人が喧嘩を始めた。
幸せに襲われていた俺だが、急に焦りを感じ始め、「ちょ、ちょっと兄貴たち落ち着いてくれ」と仲裁する。

しかし全員にぎろりと可愛い顔で睨まれてしまった。

「クレッド、お前なら俺のこと分かるだろ?」
「てめえ、俺の弟にすりよってんじゃねえ! おい早く答えろって!」
「そんな……まさか俺に気づかないのか? やだぁ! うそだぁ!」
「落ち着けよ偽物軍団。なあクレッド、混乱してないで俺を選べよ。正解だから」

口々に責められ、答えに窮する。
正直言って……こんなに難しい問題初めてだ。

外見は同じだし、皆それぞれ兄の特徴を引き継いでいる。

これはなんだ。高度な罠か、駆け引きか。
俺はなぜ分からないんだ?
これじゃ弟兼恋人、失格じゃないかーー。

兄への想いという確固たる自信が崩れ始め、感じたことのない絶望にうちひしがれる。
こっそり共有する聖力の力を探ろうとしても、まるっきり同じぐらいの力が四人から現れている。

「ああ……なんで皆こんなに、かわいいんだ……俺には選べない……どうすれば」

苦悩を口にすると、潤んだ瞳の兄たちに見上げられた。

出来れば兄たちを持ち帰りたい。1日過ごせばはっきりするかもしれないという、妙な欲が湧き出そうになったが、それじゃコンテストを放棄したのと同じだ。

よく見てみると、一人だけクールな顔つきで腕を組んでる兄がいた。
この兄だけは、他の皆と違う。男っぽさが強い。
ふと俺の方を見てドキリとする。

「そろそろ遊びは終わりにするか。……クレッド。俺達は皆同一じゃない。ほら、俺が一番かっこいいだろ? つまりどういうことか分かるな。自分を信じろ」

この兄は何を言ってるのだろう。
しかし背中を押す言葉の意味を、じっくりと考えた。

自分の感覚を信じる、兄への揺るぎない想いを信じる……

閃いた。

俺は全員の目を見つめ、実際こんなことが許されるのか、兄貴たちが納得するのかは分からないが、判断を明らかにした。

「分かったぞ。俺が選べないということは、全員兄貴なんだ。言動から察するに、皆少しずつ異なる特徴が出ている。左から穏やかな兄貴、怒りっぽい兄貴、泣き虫な兄貴、あとは男らしい兄貴! これ全部兄貴だろう!!」

何回兄貴と言うんだと思いつつ興奮気味に宣言すると、しんとしていた会場から、ぱちぱちとまばらな拍手が生まれた。
そして波は広がり、いつの間にか大歓声に包まれる。

兄貴は皆目を丸くして、立ち止まった。
しかしやがて、その姿がモクモクと再び黒い煙に見えなくなる。

「はい正解です。実は引っかけ問題でしたが、やりますねあなた。一か八かですか?」

無礼な教授の台詞を無視して、俺は霧の中にその人を探す。
すると幻術が解けたのか、再び一人になった兄貴が立ち尽くしていた。

「兄貴……!」
「クレッド……? 良かった、俺戻ったぞ!」

一目散に抱きつかれてホッとする。
俺は喜びと安堵のあまり、兄貴を抱き上げてしっかりと腕に包み込んだ。

ああ良かった。間違えてたら一生の危機だったに違いない。
男らしい兄のおかげだ。

「兄貴、何があったか覚えてるのか? 怖かった?」

尋ねると兄は興奮した様子で頷いた。

「うん、覚えてる。なんか変な感じだったよ。全員俺みたいで、でも勝手にしゃべるし、思考がめちゃくちゃだった。制御出来なかったんだ」

聞いてると、実際に恐ろしい術をかけられたのだとわかる。
いくらコンテストとはいえ、俺は大いに反省すべきだろう。

「でもお前よく一人に絞らなかったよな。まぁこれが本当の兄貴だ!って宣言されたら、たぶん俺ショック受けてたけど」

苦笑する兄に少し胸が痛む。

「ごめんな兄貴。正直俺、一人を選べなかったんだ。だって全員兄貴のかわいいとこ出てたし……そもそも兄貴にはいろんな顔があるだろ。ドジだったり泣きそうになってたり、不機嫌かと思ったら甘えてきたり……」
「おいそれ誉めてんのか? 恥ずかしーだろっ」

またいつの間にか表情を変えて怒っている。
愛しくなった俺はつい兄をぎゅっと胸に収めた。

「ほら全部兄貴なんだよな。どんな部分も俺は大好きなんだよ。だから間違ってなかったんだ」

若干言い訳がましくなったが、兄貴の顔がだんだん赤く染まっていく。
たぶん照れてるのだろう。

「あれ。兄貴、恥ずかしがってる?」
「いや別に。そんなことねーし」
「でも耳赤いよ。ほっぺたも」
「いま耳黒いだろ嘘ついてんじゃねえ!」

俺のローブに顔を埋めた兄が静かになった。
そういえば照れ屋の兄もいたな、と嬉しく思いながら考える。

ああ、やっぱり可愛いんだ。
何人になっても愛しさは変わらないが、俺はこんなふうに、ただ一人兄貴だけを愛しているのだ。



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