お兄ちゃんシリーズ | ナノ


▼ 学校生活とお兄ちゃん

夏休みが終わり、また学校が始まった。お兄ちゃんと長い時間過ごせなくなるのは寂しいけれど、お友達と会えたり授業を受けることは、僕にとって楽しみでもある。

今日は午後にスポーツの授業があり、男子たちは横一列で校庭に並んでいた。

Tシャツ半ズボンにハイソックスで準備万端の僕は、背が小さいほうなので端のほうに立っている。

「よーし今日は100メートル走の練習するからね、最初にストレッチしとこう。よく体ほぐすんだぞー」

ジャージを着た担任の先生が、正面に立って大きな声で掛け声を発している。
皆もそろって体をひねったり手足を伸ばしたり、「いっちに、さんし」と動かしていた。

今日は走るのかぁ。僕、足が遅いからちょっとやだな。
そんな風に思いながら体操を終えて、ドキドキしていると。

「あっ。上級生がたくさん出てきた。なーなー、あれルカの兄ちゃんじゃない?」

真後ろからお友達のジェイクくんに声をかけられる。短い黒髪のツンツン頭で、活発な男の子だ。
彼の視線を追った僕は目を凝らした。

「……えっ? 本当だ、お兄ちゃんだ!」

僕が見ていることに気づいたのか、遠くの兄はすぐににこりと笑い、手を振ってきた。
僕も笑顔で手を振り返す。

後ろには友達のサミさんもいて、兄はサッカーボールを背中にばしんと当てられていた。
ふざけて笑うサミさんに、大きなリアクションで向かっていくお兄ちゃん。
どうやら同じく体育の授業で、これからサッカーをするみたいだ。エディスさんも混じり、皆でパスの練習をしている。

初等科と高等科は違う棟だし、学校では滅多に会うことがない。だから兄の姿を見れて嬉しかった。

「ルカのお兄ちゃん、怖そうな人と一緒にいるね。もしかして不良グループなの?」

興味津々な顔で話しかけてきたのは、もう一人の仲がいい子、カールくんだ。金の髪の毛がくるってなってて、おっとりした優しい子だ。

「違うよ、皆優しかったよ。キャンプ行ったって話したでしょ? お兄ちゃんのお友達と一緒だったんだよ」
「えええ? ルカ、不良の仲間入りだ〜」
「すごーい、カッコいい! 大人になっちゃったんだルカ!」

二人からなにか勘違いされて「ううん、僕変なことしてないってばっ」と必死に訴える。
確かにテントの中ではお兄ちゃんと色々しちゃったけど、それは二人きりの秘密の治療だし。



その後、先生の号令でスタートラインに立った。
お兄ちゃんが見てるかもしれないから、頑張って五人中三番ぐらいには入りたいな。
出来そうな目標を持って、笛がピーっと吹かれた後、走り出す。

すごいすごい、今日はなんだか力が出ちゃう。
僕は一番速い子の後ろについていた。背中を追って一生懸命前を見て、ゴールのラインを踏み込んだときだった。
やったあ!

そう叫びたくなった瞬間、足がもつれ始めた。
僕はどんどん膝から落ちていき、やがてすってーん!と転んでしまった。

「ぅあぁぁっ」

情けない声を出して地べたに手足を伸ばし倒れる。すぐに先生が駆け寄ってきた。

「大丈夫か、アーガルト君!」
「……いてて……。はい、大丈夫です」

体をしっかりと起こされ、心配そうに顔を覗きこまれる。先生はクラスの女子にも人気が高く、イケメン先生と呼ばれている若い男の人だ。
いつもはつらつと元気だけど、すごく優しいから僕も含め、男子にも好かれている。

「うーん、かなり血が出ちゃってるな。これは保健室に行かないと駄目だ」
「大丈夫ルカ? わあ、やばいよ怪我してる!」

皆が集まってきていつの間にか囲まれる。確かに盛大に転けたせいで大きく膝を擦りむいていた。
僕、バカだ…。二番にはなれたけど、お兄ちゃんにいいとこ見せたかったのに。

「よし、じゃあ先生が付き添うからね。ちゃんと掴まってーー」
「ルカァ!! 大丈夫かッ!?」

大人の腕に肩を支えられようとした時だった。ダッダッと遠くから背の高い高校生が走ってくる。
僕のそばまでやってきて、息をぜえぜえ切らす兄は汗だくだった。

「どうした、転んじゃったのか! うわ、やべ、早く保健室行かねえと!」
「ちょっ、なんだいきなり、君はいったい誰だ?」
「あ、俺はこいつの兄貴です。二年C組所属のダッジ・アーガルトといいます。いつも弟がお世話になってます」

急に真面目な顔で深々と礼をする兄を前に、先生が僕らを交互に見た。年も離れてるし、顔はあんまり似ていないかもしれない。

「本当かい? アーガルト君」
「はい、僕のお兄ちゃんです!」
「だよな、ルカ。じゃあ先生、俺が保健室まで連れていきますので、ご心配なく」
「……そ、そうか。まあいいけど…」

若干残念そうな顔をした先生だったけど、僕はなんとそのままお兄ちゃんに抱っこされてしまった。
「恥ずかしいよ、僕歩けるからっ」と言っても「ダメ。俺に任せなさい」と言われ皆が見てる中、校庭を離れた。



玄関から長い廊下を歩き、僕はきちんと両腕に抱えられている。
さっきまではすごく顔が赤くなっちゃったけど、凛々しい兄の横顔を見ていたら段々ドキドキしてきた。

「お兄ちゃん、ありがとう。なんだか、お兄ちゃんってヒーローみたいだね」
「……えっ! そう? 嬉しいそれ。なりたいなあ、ルカのヒーロー」
「もうなってるよ、いつもすぐそばに飛んできて、守ってくれるもん」

自信を持って伝えると、兄は照れたように微笑んだ。でもすぐにじっと顔を見てくる。

「大丈夫か、ルカ。俺ちゃんと見てたよ、ルカが二番になったの、すげー格好良かった」
「ほんとに? やったあ。でも僕、ドジすぎだね。せっかくいつもより上手く走れたのに」
「そんだけ一生懸命だったってことだよ。もちろん怪我は心配だけど、ルカが頑張った証拠な」
「……うん!」

優しい兄の励ましに、勇気と元気が出てきた頃、一階にある保健室にたどり着いた。

僕は下ろしてもらって、兄と一緒に中に入っていく。室内は大きなカーテンつきの窓が明るくて、診察台と椅子、壁側にもカーテンが囲むベッドが並べられていた。

普段元気な僕は、保健室に来たことって、ほとんどない。
だから中にいる保健の先生にも会うのは初めてだった。

「どうした、怪我人か」
「はい、こんにちは」
「先生。うちの弟の膝が出血してるんです、どうか助けてやってください」

僕の背を抱いて前に出た兄を、大人の男の人が顎髭を擦りながらじろじろ見た。
長めの黒髪を後ろになでつけた、クールな感じの人だ。

「大げさだな。いいよ、見てやるよ。君、いつもの不良と一緒じゃないのか。彼に言っといてくれ、眠いなら家で寝てこいってな」

面倒くさそうに言うと、兄は「はあ」と苦笑いしていた。どうやらお兄ちゃんは知ってるらしい。不良ってもしかして、サミさんのことかな。

それから僕はまず右膝を洗い、砂利とかを取り除いたあと診察台に上った。
先生に消毒され、ガーゼを当ててもらい、大きな絆創膏を貼ってもらう。

まだちょっと痛いけど、「これで大丈夫だよ。お風呂は明日まで我慢ね」と言われて安心し、お礼を言った。

「ありがとうございます、先生。あの、弟をここで少し休ませても平気ですか?」
「ああ、いいよ。俺はちょっと職員室に用があるから、席を外すけど」
「分かりました。お留守はお任せください」
「……君は帰ってもいいんだけどな、堂々とサボりか?」
「いや変な奴が入ってきたら心配なんで。しばらくそばにいます」
「そうかい。好きにしろ」

兄が僕と一緒にいてくれるつもりなんだと知り、嬉しくなったけど。
先生が去り際、僕のことを見下ろした。あんまり大人の男の人と話す機会がない僕は、少しだけ緊張する。

「君の兄貴、すごいブラコンだな。いつもと全然違うよ」
「……えっ? そうなんですか? ……確かにお兄ちゃんはブラコン、でイカれてるって、サミさんが言ってましたけど…」

首を傾げた僕に「ちょ、何言ってんのルカっ」と兄の突っ込みが飛んだ。すると涼しげな顔つきだった先生が「ハハッ」と笑いだした。兄の肩を軽く叩いて「よく分かった」と満足げな顔で出ていった。



僕はそれからベッドに乗って、休むことにした。兄も隣についててくれる。
二人きりになったからか、さっきから僕の右手もぎゅっと握っている。

「やっぱあれだな、あいつは悪影響だな、お前に。なんか対策しねえとな…」
「ええ? サミさん優しいよ、面白いし。……ねえお兄ちゃん、授業大丈夫?」
「ん? 大丈夫だよ。あいつらと先生にも言っといたから。もうあんまり時間もねえし。心配だし、ルカと一緒にいたいの俺」

ぎゅっと抱かれて嬉しくなる。
やっぱりお兄ちゃんって優しい。僕だけの特別なヒーローだ…!

「ありがとう、お兄ちゃん、好き」

僕は少し腰を上げて、兄のほっぺたにちゅっと唇を当てた。

「え、えええ! ルカ、こんな場所で……っ! うそ、やべえ、初めてのルカからのキス!」

真っ赤な顔で興奮し始めた兄に、しーっと静かにしてもらうようにする。
もう、カーテンはちゃんと閉まってるし、秘密の空間だから見つかっちゃいけないのに。

「声大きいってば。誰か来ちゃうよ」
「すまん、すっげえ嬉しくて、お兄ちゃん興奮しちゃった」

照れたようにはにかむお兄ちゃんの頬はまだ赤い。
そのまま手を繋いで肩を寄せ合っていたけれど、突然兄は口に手を当てて、大きなあくびをした。

「あー、なんかちょっとねみぃな。少しお昼寝しよっか」
「えっ? そんな時間あるかな?」
「あるある。十分だけ。ね、ルカ」

兄に言われるがまま、真っ白なベッドの中に潜り込む。シーツの匂いが真新しくて、不思議な感じがする。
隣にごそごそ入ってきた兄が腕枕をしてきて、僕はおずおずと頭を預けた。

学校の保健室でこんなこと、しちゃダメだよね。
誰かに見つかっちゃったらどうしよう。

「お兄ちゃん、僕ドキドキする」
「えっ、ほんとに? どれどれ」
「ひゃぁんっ」
「くくっ、ルカすごいびっくりしてる、……あっ、ほんとだ、心臓早いよ」

にやりと口元を上げて僕の胸を手のひらで触ってきた。
そんなことされたら、まるでお兄ちゃんの部屋にいるみたいに、変なこと思い出しちゃっていけないのに。

でもお兄ちゃんは僕の心も知らないで、今日はいたずらっ子みたいな顔だ。
僕よりずっとずっと上級生なのになぁ。

「ルカ……内緒でキスしよっか」

体を起こしたお兄ちゃん。見下ろして近づいてくる口を押さえられないで、だめって言えない僕の唇を優しく塞いできた。

「んっ」
「……ルカぁ……」

いつもよりゆっくり、柔らかい唇にキスされる。

「んあ……お兄ちゃん、学校でキスしちゃったよ……」
「……ん、そうだな。もっと秘密になっちゃうな。……ああ、学校でもすげえ可愛い、ルカ……」

そう言って何回も何回も口づけされてしまった。
僕はほわんと頭がぼうっとして、気持ちよくって、ドキドキも混ざり合って忘れられない時間になった。

そんな時だった。
廊下からパタパタと足音が重なって聞こえてくる。
すぐに勢いよく保健室の扉が開かれて、僕の上にいた兄は飛び起きた。

「ルカ? 大丈夫ー?」
「おい、来たぞー!」

それはカールくんとジェイクくんの声だった。同時にカーテンが勢いよく開けられて、びっくりした僕と二人の目が合う。

「あれ? ルカの兄ちゃん、まだいたの?」
「こんにちはー」
「……ああ、こんにちは。来てくれたの、ありがと君たち」

兄はすでに立ち上がってまだ赤い顔のまま、服を整えていた。
僕もなんでもないって表情を作り、二人に「大丈夫だよ、ありがとう」と伝えた。

危ない危ない。
やっぱり学校であんなことしたら、心臓によくないかも。
でも、すごくドキドキしたなぁ。思い出しただけで兄より赤くなっちゃいそう。

「じゃっ、俺は帰るか。二人とも弟のこと頼んだぞー」
「うん! 俺に任せろ兄ちゃん! あ、じゃあおんぶしてやるよ、ルカ」
「いやそれはダメ。禁止ねジェイクくん」
「なんでだよーケチ、さっき似てることやってたじゃん!」
「俺はいいの」

言い合う二人を見て僕とカールくんが笑う。
皆優しくて嬉しいけど、皆に兄のことを見られると、誇らしい反面ちょっぴり照れてしまう。

「お兄ちゃん、じゃあまたお家でね!」
「おう。またあとでな、ルカ。膝気をつけろよ?」
「うんっ」

二人で頷き合って笑顔で見送った。
ああ僕って、やっぱりお兄ちゃんのこと大好きなんだな。早く学校が終わって、また会いたいなって思ってしまった。



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