愛すべきもの | ナノ


▼ 5 大事なもの

クローデが暮らす寮に来て、数日が経った。僕は朝になると、玄関前でたくさんの荷物を背負う彼を見送る。
バッグに入った鋼鉄の武器や銃、そのどれもが物騒に見えるけど、クローデは動物達を悪い奴から守ってくれる、偉大なハンターなのだ。

「じゃあ行ってくる。誰が来ても無視しろよ。あと物音はあまり出すんじゃないぞ」
「うん、分かった。気をつけてね、クローデ」

いつもと同じことを告げられたあと、僕は彼の革服に両腕を回した。
抱きついて見上げると、無言の彼の青い瞳と目が合い、少し垂れた僕の耳ごと頭をポンポンと触られる。
この前、クローデに抱きしめてもらってから、僕は彼とこうして接することが好きなのだと知った。

乱雑な部屋に一人になり、僕はベランダがある窓に向かう。カーテンの隙間から自然が広がる外を見た。

「お母さんお父さん、おはよう」

二人にはもう会えないけど、こうして毎日話しかけることに決めてから、不思議と心は落ち着いていった。
車の音がブウゥンと響き、荷物を乗せたクローデが発進するのを見届ける。今日も職場のセンターに行ったあと、森に出て仕事をするようだ。

クローデは毎日朝から夜まで、たまに夕方に帰ってくる生活を送っている。休みは週に一日で、家にいる僕とは違い本当に忙しそうだ。

僕はたまに窓から曇りがかった空や寂しい色の枯れ木を眺め、巣穴のことを思い出す。でも、今はクローデと一緒にいることに安心していた。

寮のアパートは昼間はわりと静かだ。ハンター達はほとんど家に寝に帰るだけらしい。だから僕もテレビを見たりして、なるべく静かに過ごした。

テレビは色んな人に会えるから凄い。それに人間について勉強になる。
クローデは「くだらんドラマ」と言っていたけど、僕は昼の人間劇番組に夢中になっていた。

登場人物が「頭をすっきりさせるために掃除しよう」と張り切ってるのを見て、僕も真似した。僕は気に入ってるけど、クローデの部屋は汚い。だからたくさんの酒瓶やゴミを片付けて掃除をした。

「おかえり、クローデ。ねえねえ、僕今日は掃除したよ。きれい?」
「え? ああ、そんなことしたのか、お前。ありがとな」

汗や血の匂いが混じった彼の体が屈み、靴を放り出しながら僕の頭を撫でる。
嬉しくなって今日の出来事も全部話した。だが彼は僕の背中を見て眉をひそめる。

「なあ、お前、またケツが出てるぞ。風邪引くだろ」

指摘されて顔だけ後ろに向けると、確かにクローデに借りた大きなセーターが、ふさふさの茶色い尻尾の上でまくれていた。だからおしりが見えちゃっている。

「でも、尻尾が服の中に入らないんだよ。このほうが動きやすいんだ」

僕は廊下の壁にかかっている全身鏡を見て主張した。そこには白と薄茶が混じった獣の耳と、同じ色の茶髪をした健康的な少年がいる。瞳は緑でぱっちり大きく、カエサゴのときの僕とはかけ離れた姿だ。
クローデは腕を組み、考えたように見下ろしてきた。

「お前、元の姿には戻れないのか?」
「……うん。どうして人化出来たのかも、よく分からなくて……」

言葉を濁すと彼はやがて納得し、「じゃあ服が要るな」と呟いた。
もう服を貸してもらったよ、そう言っても夜になると、クローデからあるものを渡された。それはパソコンだった。

人間用の出来合いのご飯を食べたあと、彼は画面を見せてきた。そこには男用の子供服の写真がずらりと並んでいた。

「ここから好きなの選べ。決まったら、注文してやるから」
「……本当? すごいすごい!」
「悪いな。買い物に行く暇がねえ。それにお前のその姿だとーー」

そこまで言って彼は止め、僕の肩にそっと触れて立ち上がった。
なんとなく分かる。本当は一緒に買い物や、外を歩いたりもしてみたい。でも、僕はカエサゴが変身しただけの獣人の姿だ。きっと大騒ぎになるだろう。

その日、僕は夜もずっと服を選ぶのに夢中だった。クローデにもう寝ろと言われるまで我慢できず、ようやく終わって寝床に入る。
大きなベッドだけど、僕がいるせいでクローデは壁に追いやられてるようにも見えた。

「お前、そんなに服が欲しかったのか。もっと早く言えよ」
「そんなことないよ。もちろん嬉しいけど」

横を向いてまだ興奮して目が冴えてる僕を前に、クローデが小さく鼻を鳴らして笑う。彼の黒髪と肌から良い匂いがする。着古した部屋着からも。

「もう寝ようぜ」
「そうだね。おやすみ、クローデ」
「ああ。……おやすみ」

夜のもっと深い青い瞳が、ゆっくり閉じられる。なんて美しいんだろう、そう思いながら僕も眠りに誘われた。
けれど、しばらくして彼に起こされる。

「んん……なあに? クローデ」
「……なあ。こういうのは、どうだ…?」

やけに静かに、ぞわりとする低い声に囁かれて、僕はぱちりと目を開けた。すると、眠ったはずの彼が少し体を起こし、肘をついて僕の様子を伺っていた。

「ーーオルヴィ。お前の名前だ」

その言葉を聞いてすぐ、僕は飛び起きる。勢いあまって彼の目前に迫った。

「僕? それ僕の名前? オルヴィっていうの?」
「ああ。嫌じゃなかったら、な」

すでに僕の表情から分かったのだろうか、クローデの目元が柔らかく笑みを浮かべる。
僕は、飛び上がるほど嬉しかった。震えるほど感動が襲った。
自分にも名前が出来たんだ。不確かさが少しずつ消えてくように、またクローデから大切なものをもらった。

「ありがとう……覚えててくれたんだね、僕のお願い」
「そりゃそうだ。忘れてねえ。だが俺は、何やっても時間がかかるみたいでな。……名前は、大事なものだろ」

珍しく、少し照れを隠すような仕草のクローデは、こうも付け加えた。

「本当は、お前の名前も聞いてやれてたらよかったんだが……」

心から悔いるように話す彼に僕は「大丈夫だよ」と言った。
僕にも確かに、両親がつけてくれた名前があっただろう。でも、僕を探し出して助けてくれたクローデが一生懸命考えてつけてくれた名前も、僕にとって信じられないぐらい、大切なものなのだ。

「オルヴィかぁ。格好いいなぁ。この名前、好きだな」
「そうか。ならよかった。ほっとしたぜ」
「ねえ、どうしてこれになったの? どういう意味?」

また僕の質問攻撃が始まると、彼はわざとらしくあくびをし、布団を手繰り寄せた。素っ気なく「また今度教えてやる」と言われ、僕は首をひねる。

でも、眠そうだからまあいいか、そう思って僕もなるべくクローデの温もりを感じるとこまで寄り添い、ようやく一緒に目を閉じた。



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