愛すべきもの | ナノ


▼ 6 キス

朝、クローデに買ってもらった服が届いた。僕は出かける準備をする彼の前で素早く着替えようとして、でも着方が分からなくてこんがらがっていた。

「フードが後ろだ。靴下は、もう覚えたな。パンツも……履いてるか」

見かねたクローデが直してくれて、終わると僕のお尻をぽんと叩き立ち上がる。
僕は毛色と同じ茶色の暖かいパーカーと、紺の半ズボン姿だった。もったいないけどちゃんと尻尾が出るように後ろに穴も開けてもらった。

「ふふっ。クローデって、おか……お父さんみたいだね」
「……お父さんだと? 俺はそんな年じゃねえ」
「何才なの?」
「28だ」

聞いておいてなんだけど、あまりピンと来なかった。僕は獣人の姿だと小さい少年に見えるらしいから、確かにお兄さんといったほうがいいのかもしれない。
とにかく、他にもたくさん人間らしい洋服を買ってもらって、本当に喜びワクワクしていた。

「ねえねえ、似合う? 僕、普通の男の子に見えるかなぁ」
「帽子被ればな。今日は着せかえごっこで忙しそうだな、お前。ーーそろそろ時間だ。行ってくる、オルヴィ」

僕との時間に付き合ってくれたクローデが、玄関前で手を伸ばしてきた。そしてなんと、彼から別れの抱擁をしてくれた。
ハンターの装備服をまとった力強い腕に抱かれて、僕はぎゅっと抱きしめ返す。

それに、名前。
この前クローデにつけてもらった素敵な名を呼ばれるたびに、嬉しくなってじんわり心が温まる。

「行ってらっしゃい、クローデ」

また夜まで会えないけれど、彼とのやり取りの時間のすべてが、どれも大切な瞬間に思えた。

けれどクローデはその日、僕がここに来て以降、一番遅い時間に帰ってくることになる。僕は正直に言うと、ずっと一人で家にいることに、だんだんそわそわしてくることが多くなっていた。

カエサゴの体はまだ若くて、元気が有り余ってるからだと思う。
それに、実はもうひとつ彼に言っていない秘密があった。

「あっ。やっぱり。……また戻れちゃった」

鏡の前で「獣化しよう」と念じたら、その通りになれたのだ。まだ子供のサゴの自分をまじまじと見る。他の動物はテレビでしか見たことないけど、似ているのは狼だと思った。

三角耳で毛並みは茶色く、手足はもう少し短い。それに特徴的なのは、背中にある縦長の黒線だ。
牙は結構鋭くて、大きくなったら強そう。
きっと外を駆け回ったら気持ちいいんだろうなぁ……。

想像したところで、また人間の姿に変身した。きちんと出来て安心する。
クローデには、なぜか僕は人間の姿で接していたかった。

その日、僕はまたお気に入りの人間のドラマを見ていた。
登場人物の男女は恋人同士で番なのだ。彼らは今日、テレビの中でキスをしていた。
キスというのは口と口を合わせることで、相手が好きで大切だと思ったときにやるらしい。
僕はそれを見て、これいい!と思ったのだった。

それからいつも通り、クローデの部屋で写真の本を見たり、好きなことをして過ごしていたけれど、彼が帰ってくるのが遅く心配をした。もうすぐ一緒に寝床に入る時間なのに。

彼の仕事はハンターで危険がいっぱいだ。大丈夫かな、また怪我してないかな。
心細くなりながら起きて待っていると、玄関から鍵を開ける音と、荷物を乱暴に置く音がした。

「おかえり、クローデ」

駆けよって迎えると、彼は小さく「ああ」と呟いて瞳は伏せていた。
言葉少なく風呂場へ向かい、体を流す様子を僕は外から伺っていた。なんだか機嫌がよくなさそうで、疲れてるみたい。
まるで僕を助けてくれた日のように。

お腹はあまり空いてないというクローデだったけど、アパートの居間ではソファ前の床に座り、お酒を飲み始めた。その姿は初めて見るもので、僕がこの間片付けた酒瓶がまた溜まっていく。

「クローデ。そんなに飲んで大丈夫? ……美味しいの? 僕も飲んでいい?」
「駄目に決まってんだろ」

低い声で否定されて隣でしょんぼりと肩を落とす。
何か、あったのかな。いつもと違う大人のクローデの様子に、どうすればいいか分からなくなった。

「なあ、オルヴィ。お前……」
「なあに?」

それでも話しかけられた僕は尻尾を振って顔を上げる。

「いや……家にいても、つまらないだろ。外に、出たいよな」

目元がほんのり染まった青い瞳に横目で見られて、心臓がどきりと鳴る。
同時に「ううん」と返事をした。

「違うよ、楽しいよ。僕、クローデと一緒がいい」
「……そうか。でも、あんまり一緒にいられないだろ」

グラスを飲み干して喉を鳴らす。彼の口からその言葉を聞きたくなかった僕は、寄り添って見上げた。

「今一緒にいるでしょう。時間が短くても、嬉しいんだ。あ。夜も一緒に寝ているんだから、結構長いね」

空気を明るくしようと笑うと、彼のずっと険しかった眉間の皺が緩まる。
口元が小さく笑い、また大好きな笑みに変わっていく。

僕は顔を近づけて、彼の口にちゅっとキスをしようとした。
でも、初めてだったからかうまく届かず口のそばになってしまった。髭跡が当たって変な感触だった。

「あれっ。間違えちゃった。ごめんね」
「…………なにしてんだ、お前…」
「キスだよ。今日テレビで見たんだ」

チャンスとばかりに今日学んだことをクローデに教える。
唖然としたままの表情を向けられたけど、僕は胸を張った。

「その人が好きで、大切だなって思ったときにするものなんだって。あと、もしかしたら元気が出るかもしれない」

それは勝手に今考えたことだけど、僕は実際元気が出た。
そう伝えると、クローデはやたら色っぽい目つきでこちらをじっと見ていた。言葉を発しないで視線を捕らえられると、だんだんドキドキしてくる。

どうしよう。したらまずかったのかな。
僕は、まだ人間のルールも分からなくて、勝手に間違ったことをしたのかも。

「あの……変なことしてたらごめん。クローデには、僕は、そんな相手じゃなかったかな……」

自信がなくなりそうになったとき、彼が少し身を乗り出した。
シャツを一枚羽織っただけの大きな体に、視界を占領される。彼の長めの黒髪が僕の頬にぱさりと触れた。

大きさの違う唇が、僕の口を優しくふさぐ。
しっとり重なった唇から熱が伝わり、そのまま五秒ぐらい、僕はキスをされた。

最後にちゅく、と柔らかくはまれたあと、ゆっくり離される。お酒の味も入ってきた。

「……こうやるんだよ。分かったか」

至近距離でまっすぐ目を見て尋ねられれば、僕は全身が熱くなってきて何度も頷くしかなくなった。

「う、うんっ」

本当は全然分かっていないけれど、クローデからもキスをされたということは、僕のこと、嫌いじゃないってことだよね。
考えただけで、心が浮わついてくる。

「クローデ。ねえねえーーあれ? 眠っちゃってるの?」

この気持ちを分かちあいたかったのに、彼はお酒で眠くなってしまったのか、僕に広い背中を向けてソファに頭を突っ伏してしまった。
風邪を引いちゃうからベッドで寝よう、今度は僕はそう話しかけることに忙しくなった。



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